21話 ホームランボールで、プロポーズ;ヒロインは終われない,I love you so.
リーシャたち四人が無事観客席に到着した時、既に王子は跪いていた。
両手の掌に野球ボールを乗せて、それを掲げるように持ち上げていた。
ヒロインが望んだ為、観客席は人が少なかった。
普通なら、ありえない状況で、一体何が起きているのか分からず、ルルは観客に説明を求めた。
「あの人たち、何て言ったの?」
リベールの問いは、リーシャとドナルの問いでもあった。
「試合は、もう終わってます。飛んできたボールは、木谷選手のさよならホームランでした。運よく王子が取って、その後すぐ跪いたそうです。王子が何をしているのか、さっぱり分からないって、皆さん言っています」
その時、美しくも、不満げな声が聞こえた。
「子供って言いましたよね?結婚相手に子供を選ぶんですか?」
不貞腐れたように、そっぽを向くルイネを、ユトンは真剣な眼差しで見上げて言った。
「ああ。本当の年齢から見たら、ここにいる全員、子供だ。ただ、ルイネだけは、女に見える。俺と結婚して欲しい。まっすぐな心根に惚れたんだ」
「まあ!呆れる話だこと!」
甲高い声を上げたのは、リーシャだった。
「齢80を越える男が、子供相手に、すごい口説き文句ね!あなた、子供には騙されないって、私に大見得を切ったわよね。それが、逆に騙そうとしたり。今度は、ぬけぬけと、プロポーズですって!?本気の恋に溺れると、男は皆、こうなるの?」
ルイネは、申し訳なさそうにリーシャを見遣ったが、ふいに歌いだした。
その場に居合わせた者たちは、初め呆気にとられた。
しかし、じきに、その美しい声に聞き惚れた。
音楽家の血筋とは、こういうものだ。父親は、指揮者。母親は、声楽家。
ゲームの中に入ったからと言って、ゲームのキャラになったからと言って、変わるものではない。
魂が音楽を覚えている。
その歌は、《世界の歌姫》この言葉がぴたりと当て嵌まるシンガーの名曲だったので、その場には、歌姫を知る者が幾人かいた。
サビを歌い終えた時、ルイネは、両手を差し出した。
「この歌詞が、答えでいいですか?私は、一生、あなたのヒロインです」
ルイネの手に、ホームランボールが渡った瞬間、観客席が、
わあああっっつ!!!と沸き立った。
ルルの通訳で、観客は全員、プロポーズの最中だと知って息を潜めていたのだ。
「コングラチュレイショーンズ!」
皆が叫び、手を打ち、肩を叩きあった。
なぜか抱き合う人たちもいて、全身で喜び合った。
喜びの波というのは広がるもので、あっというまにスタジアムの隅々まで知れ渡った。
特に、トパーズの勝利、木谷選手のさよならホームランで終わっていたので、尚のこと観客は、このプロポーズを一種のパフォーマンスのように受け取った。
ルイネは、恥ずかしさで真っ赤になりながらも、リーシャを見据え、毅然として告げた。
「私、ヒロインは終れません。ユトンが、大好きだから」
日本語で言ったのに、親切な友人が、英語に直して周囲に知らせた。
She said, “I'm not able to be a heroine because I love him so!”
そして、今度は、スタジアムが湧いた。
親切な誰かが、興味津々でプロポーズの結果を尋ねに来ていた選手たちに、事細かに教えたからだ。
それは、一気に広まって、ベンチにいる木谷選手にまで届いた。
その為、更に、スタジアムは大揺れした。
なぜなら、木谷選手が、ホームランボールを飛ばしたからだ。
そして、その記念すべきボールは、ルイネの両手にポスンっと乗っかった。
ボールには黒いマジックで、「おめでとう、ヒロイン!」と、綺麗な字で書かれてあった。
ルイネは、潤んだ瞳で破顔し、大声を上げて、ベンチに手を振った。
「ありがとうございまーす!!一生の宝物にしまーす!!」
「全くもう!後悔しても知らないわよ!」
リーシャが口を窄めると、ルイネが微笑んで言った。
「大丈夫です。王子さまは、ちゃんと約束を守ってくれたので。ガラスの靴を拾ってくれました」
皆、ホームランボールに気を取られていたが、ルイネだけは、ユトンのポケットの膨らみに気付いていた。
「ガラスの靴ですって!?」
信じがたい発言に、リーシャは絶句した。
何度も瞬きを繰り返している間に、リベールが口を挟んだ。
「おやおや、これは、僕も驚くね。ガラスの靴とは、誰が想像できただろう?ねえ、ルル?」
突然話を振られたルルは、先から感極まって目尻に涙まで溜めていた。
何も言わないレンタル悪役令嬢に代わって、ドナルが諭すような口調で言った。
「ガラスの靴を差し出してエンド、プリンスらしい設定を誰より望んでおられたでしょう?夢が叶い何よりでございます。温かく見守りましょう」
「まあ!あなたって人は!」
やっと声を発せたリーシャは、眉尻を下げて溜息を吐いた。
「呑気なものね。私は、天変地異の前触れかと思ったわ。ガラスの靴を差し出すなんて小っ恥ずかしいことは、天地が引っ繰り返ってもしないと、そう豪語していた王子よ?それが、こんな事って!槍が降っても驚かないわ」
わなわなと震える唇を噛み締めて話すリーシャと違い、リベールは肩を震わせて笑いを必死に堪えていた。
大勢のトパーズファン、特に木谷選手ファンたちから、温かい微笑みを向けて貰って、ルイネは、ほっとして全身の力が抜けた。
「おいっ」
崩れかけたところを、ユトンに支えられた。
「おまえは、すぐ倒れるな。俺が拾った時も、死人みたいに青ざめた顔して気絶してたぞ」
「うっ、その説は御迷惑をおかけして」
身を起そうとした瞬時、軽々と持ち上げられた。
いわゆるお姫様抱っこをされたのだと気付いた時、慌てて暴れた。
この場にいる全員が、先程よりも温かい目を自分たちに向けている。
しかし、唇は一様に震えていた。今にも笑い出しそうだ。
「ちょっと!皆さんがいるからっ!降ろして下さい!これ、めちゃくちゃ恥ずかしいですっ!」
ルイネは、羞恥心で顔が真っ赤になった。しかし、全力の訴えは、あっさり拒否された。
「まだガラスの靴を履かせてない。このまま王宮まで運ぶ。それでハッピーエンド、ゲーム終了だ、ルイネ姫」
ユトンが、口角を上げて、にんまり笑った。そして、忘れずに付け足した。
「心から愛してる。ヒロインは、一生終わらせない」
最後の通訳も又、歓声を呼んだ。
He said to her, ❝ I love you so ! You are my only heroine !❞




