第19話 転生メニューは、お決まりですか?
赤い満月が、僅かながら地表を照らしていた。
他に明かりは、老人が下げている盆提灯だけだった。
「この度はご愁傷様でございます」
レンタル悪役令嬢ルルは、顔が強張り足が竦んだ。
白髪の老人が、黒い作務衣を着て竹林の入り口に立っている。
「つきましては、逝く先は地獄か極楽どちらでございましょう」
皺が寄った茶色い顔に、目と鼻はなく口さえない。
それなのに、老いた声は澄んでいた。
「えっ、私、死んだの?」
はっと我に返り、思わず呟いて目線を下げると、真っ赤なドレスは、赤い着物に変わっていた。白い帯が、巻き付いた白蛇に見える。
「ここは、どこ??」
怖いのも忘れて、のっぺらぼうに尋ねたが、返ってきたのは絶望的な答えだった。
「いずれにしましても、ぜひ一度『転生食堂』へお立ち寄り下さいませ」
「転生っっ!?やっぱり死んでるっっ!?」
あまりにも驚いて、危うくつんのめるところだった。
狼狽の色を隠せないルルと違って、口のない老人は、それが毎度の台詞であるかのように告げた。
「今宵の満月も大変美味しゅうございます」
ない目と口が、一瞬だけ笑って見えた。
「月を食べる!?」
ぎくっとして夜空を見上げると、流れ星が1つ赤く光って見えた。
「わぁっ、きれい!あっ、願い事をし忘れた!ここは天界?地獄逝きは御免ね。だけど、転生も嫌!あの、私」
老人に視線を戻すと、煙のように音もなく消えていた。
「えっ、置いてけぼり!?」
ルルの眼前で、熊笹が激しく揺れ動いた。
「今度は何??獣?おばけ?」
逃げる術もなく恐怖に慄き立ち尽くした。
「死んだ記憶もないのに、殺されるの?」
王宮に行く為、流れ星のバスに乗って虹色トンネルに入ったまではいい。
しかし、つるりと足を滑らせて、落ちた場所が、ここだった。
「あの王太子が助けに来てくれるわけがない」
大人しく死を受け入れて、目を瞑ろうとした。
しかし、突如として現れた動物の模様が視界の端に入って目を見開いた。
「キリン??」
首の長さは一メートル程だが、足の長さは三メートル以上ある。全体でいうと優に四メートルを超えていた。
ルルは、最初呆気にとられて凝視した。
それから、少し冷静になって首を傾げた。
「普通は、パンダよね。キリンは、笹を食べない。でも、この世界のキリンは、食べるのかも」
驚きは続いた。
「どっこいせっ」
一瞬おじさんの掛け声かと思ったが、キリンの背から降りたのは、とても小さな男の子だった。
「小人!?」
「違う!キリン族からの遣いで、森の精霊だ!!よく見ろ、ローブが緑色だろう?」
よほど気に障ったのか、地団駄踏んで声を荒げた。
「とんがり帽も深緑だ!これが大人の証だ!」
小人も精霊も同じようなものだと言いたかった。
それに、森の精霊が、なぜキリン族?の遣いをしているのか聞きたかったが、ルルは黙って頷いた。
面倒くさいのが来たわね、と内心で思いながら成り行きにまかせることにした。
「わしは、フォルト。自己紹介は省くぞ。忙しいでな。これを手渡すため参った。心して受け取れ」
緑色の巻物を差し出されて躊躇ったが、鷹のような鋭い目で睨まれて、仕方なく受け取った。
「あ、ありがとうございます」
礼を言うと、ほんの少しだけフォルトの険しい目つきが和らいだ。
「うむ。開けてみよ」
逆らうと面倒なので、渋々開いた。
すると、《転生メニューお品書き》という文字が視界に飛び込んで、びっくり仰天した。
「転生は確定済み!?」
「当たり前だろう。おまえさんは死んだんだ。『転生食堂』へ連れて逝く。さっさと選べ。迎える客は多いんだ。わしは多忙でな」
何の情も感じられない淡々とした口調で急かされて、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「なんて横暴な!転生ですって?食堂なんか行きません!」
叫ぶように声を張り上げたルルを見て、フォルトは嘲笑った。
「流れ星のバスから落ちたのは、おまえさんだ。そんなに嫌なら、ゴースト子爵に頼み込め。大枚をはたけば、助けて貰えるぞ。死者の卵を割ってやろう。特別に、子爵を呼び出してやる。有難く思え」
そう言って深緑色の尖がり帽子から虹色の卵を取り出すと、地面に叩き付けた。
割れた卵から、もくもくと白い煙が飛び出して、あっという間に辺りは霧で包まれた。
煙を吸い込んでしまったルルが、記憶を手放す直前に、鈴を転がすような美しい声が聞こえた。
「転生メニューは、お決まりですか?」
ルルは、薪がはぜる音で目が覚めた。
「天国!?」
驚いて飛び起きると、天蓋付きダブルベッドの上いた。
「大丈夫ですか?」
ベッドの傍に、心配そうに自分を見つめる美しい令嬢が立っていた。
(すごい美少女。この子が、影のヒロイン?)
ルルは目を見張った。
歳は同い年くらい。
ぱっちりした二重瞼の下に、エメラルド色の大きな瞳。
整った眉に、唇は淡い桜色で、リップも付けていないのに艶々ぷるぷる。
鼻の形も、これまた美しい。
どのパーツも完璧で、これまでに出会った令嬢の中で一番かわいい。
た だ不思議なのが、髪の色だ。
(どう見たって、ピンクには見えない。元が討伐ゲームだから?)
銀色がかった青い髪は、日を浴びて輝く海のようだ。
「あの、災難でしたね。ドナルさんが助けてくれたんですよ」
美少女は、声まで美しかった。しかし、意識を手放す前に聞いたのは、この声じゃない。
「助けてくれた!?どうやって、どうして助けたの?」
ルルが身を乗り出すと、聞き覚えのある忌々しい声が聞こえて、嫌々そちらに目を遣った。
「双子の妖魔、三羽と四羽が、リーシャに知らせてくれたんだ。それで、リーシャがドナルを寄越してくれたのさ」
暖炉の傍にあるウッドテーブルには、なぜか、コンビニのおにぎりが並んでいた。
(あっ!木谷選手がCMしてる、ファミマのおむすび!あれ、最っ高に美味しいのよ!一口食べたら、ふわっって、お米が元に戻るの!普通、一口噛んだら、お米がべちゃって潰れるのに。最後まで、ふわっふわっ!初めて食べた時は感動した~)
ルルは、目をキラキラ輝かせて、ペットボトルを凝視した。
デザインが、三種類ちゃんと揃っている!
玄米茶、ほうじ茶、緑茶、この三本を順番に並べると、木谷選手のバッティングフォームが完成するのだ。
これを見た日は、テンションが爆上がりした。そして今も、ルルは、たちまち元気になった。
怖いものなし!ルルは、本来の自分を取り戻せた。
「森の精霊フォルトは、東の魔女エーリンの手駒でね」
王太子は、ウッドチェアに座ったまま話した。
「西の魔女サニベスの手下たち、キリン族の使い走りをしている。君は、死んでもいないのに、魔女たちに見込まれて、危うく《転生型・悪役令嬢》の候補に入れられる所だったのさ。魔女たちが運営している『転生食堂』へ連れて行かれて、呪いの満月を口にしていたら、君は本物の悪役令嬢になる所だった。危なかったね~」
他人事のように言う王太子にも、ルルは優しく微笑みかけて頷いた。
「そうですね。ドナルさんに御礼を言わなければ。彼は、どちらに?」
「リーシャ様と一緒に、仲裁に入っております」
ルルが尋ねると、あの声が聞こえて、思わず身震いした。
鈴を転がすような美しい声の主が、いつの間にか、ヒロインの隣に立っていた。
たいへんな美女だが、ルルは戦慄を覚えた。
ぞっとする美しさで、身に着けた白いドレスは、細身を際立たせるワンピース形だった。
まるで、ウェディングドレスのスレンダーラインのように、裾が床下まで伸びていた。
漆黒の髪は肩まで垂れて、褐色の瞳が、どこか怨めしそうにルルを見つめている。
肌が透けて見えるのは気のせいだと思いたかった。
ルルの問いを先回りして、王太子が言った。
「紹介するよ。ゴースト夫人だ。夫妻は、リゾート地から、急遽、帰省されたんだ。死者の卵のせいで、ゴースト子爵が呼び戻されたからね。夫人は、『転生食堂』で働いているから、いつも通りの接客に呼ばれたとばかり思って、君にメニューは決まったかと尋ねたんだ。ドナルが間に合って、誤解は解けたんだけどね」
(リゾート地って、休暇の邪魔をしちゃったわけね)
どうやら本気で恨まれているのだと察した。
「ゴースト子爵は今、第二王子、僕の義弟と言い争ってる。バスタオルが、どうのこうの、かんかんに怒っているけど。会いたいなら呼ぶよ」
「会いたくありません!!」
ルルが言うより先に大声がして、急いで振り向くと、ヒロインが、ガタガタ震えていた。
この反応が普通である。ルルは、気の毒に思った。
(こういう時は、美味しい物を食べるのが一番よ)
ルルは、ベッドから降りて、ヒロインに握手を求めた。
「はじめまして。私の本名は、二ノ宮 蘭子。あなたは?」
「………乙葉 花音です」
最初は戸惑った風に見えたが、じきに、にこっと笑ってくれた。
「ねえ、おむすび食べない?」
ルルが、テーブルを指差すと、ヒロインの顔が、ぱあっと輝いた。
「うん!食べる!」




