☆胸キュン王国の王子様たち~乙女ゲームを模倣します~5
忘れもしない小学三年生の冬――丘咲夢叶は、普通のクリスマスプレゼントを断った。
「ママ、私、王子様が欲しい!サンタさんに伝えてね」
真剣に頼んだら、クリスマスの朝、枕元に【白雪姫】の絵本が置かれていた。
新品だったが、包装紙は節約したようだ。
そして、赤いクリスマスカードが、添えられていた。
『王子様は、自分で見付けなさい』
あの頃は、サンタクロースの存在を信じていた――だから、クリスマスプレゼントをサンタクロースに願ったのだ。しかし、王子様は貰えなかった。
だから、翌年のクリスマスに、夢叶は宣言したのだ。
「ママ、私、王子様以外、欲しくないから。サンタさんに、もう来なくて大丈夫です、って手紙を書くね」
これまでに貰ったクリスマスプレゼントの御礼と感謝の気持ちを綴った手紙を、クリスマスイブの晩、枕元に置いて眠った。
『サンタさんへ
はじめまして、それから、こんばんは。私は、丘咲 夢叶と言います。
サンタさんは、ちゃんと名前を知っていると思います。
でも、自己紹介は、大切だと思いました。
サンタさん、私は、王子様は自分で探すことに決めました。だから、去年までにもらったクリスマスプレゼントの、お礼を書きます。
プレゼントは全部、大切に使っています。今まで、たくさんのプレゼントを、ありがとうございました。
毎年、楽しみでした。クリスマスの朝は、とっても幸せでした。
これからも、たくさんの子供たちを幸せにしてあげて下さい。
銀杏並木通り19番地 丘咲 夢叶より』
クリスマスの朝には手紙が無くなっていたので、無事サンタクロースに届いたのだと信じた。
夢叶が喜んでいると、母親が部屋に入って来て、一枚のカードを桜に手渡した。
「サンタさんから届いたわ」
「えっ!?本当!?」
慌てて受け取ると、昨年と同じ赤いクリスマスカードに金色の文字で、こう書かれていた。
『大人になったら、きっと見つかるよ』
☆☆☆
高校生になって、夢叶は悟った。
「王子様って、いないよね」
放課後の教室で、夢叶が、ぽつりと漏らした――サンタクロースに勇気を貰って未来を夢見た小学生の時分、そして中学三年間は終わったのだ――
「は?突然、何言い出すの?脈絡ないし。そんなん、いるわけないじゃん!」
赤いポッキーの箱を開けながら、榎下蓮華が鼻で笑うと、坂本優子が咎めるように言った。
「考え方は、人それぞれよ。そこに間違いなんて無いわ。サンタがいない証拠が無いのと同じよ。王子様がいない証拠も、どこにも無いわ」
優子は優しく微笑んだが、ふと名案が浮かんだ。
「……でも、夢叶は、折角可愛いんだから。今日この後、私と合コンに行かない?」
お嬢様学校の生徒会長で優等生、そんな優子が、三つ編みを解いて瓶底眼鏡をコンタクトレンズに変える日は、合コン日だ。
「蓮華も来るでしょ」
蓮華が頷くと、夢叶も頷きかけたが、やはり首を横に振った。
「やめとく。私、大学は共学に行くつもりだから。彼氏は大学で見つける」
そう言って、肩まで垂らした癖毛を三つ編みにし始めた。
真面目に見える髪型で帰らなければ、母親に嘆かれる。
だから、いつも登校後に崩しているのだ。
「あー、それ良いんじゃない?共学行けば、すぐ出来るって!」
蓮華は、食べるのに髪が邪魔だと言ってポニーテールにすると、ポッキーを口いっぱいに詰め込んで、もごもごと喋った。
「お、はあーさんの、きほーで、ひょひこー、にゅーはく、したでほ?」
「??何を言ってるか分からないわ。食べてから喋りなさい」
優子は呆れたが、夢叶には十分通じた。
「うん。お母さんの希望。私の意志じゃない。ここ、お母さんの母校だから。娘の私も入学させたかっただけ」
迷惑な話よ、と一言付け足して溜息を吐いた。
「あら、そうなの?初耳ね」
優子が驚いて見つめると、夢叶が神妙な顔付きで言った。
「運命の出逢いから遠ざかった気がする……」
哀愁を漂わせる幼馴染を見て、優子が苦笑しながら宥めた。
「……案外、近道だったりしてね。遠回りに見える道が、幸せに繋がっていた!なんて、無きにしも非ずな話でしょ?」
蓮華は、二人を横目で見ながら会話を聞いていたが、ポッキーを一箱平らげた時、教室のドアが、ガラッと音を立てて開いた。
三人が同時に振り向くと、養護の先生が、困ったような思い詰めたような、どっちつかずの顔をして立っていた。
「きっ、き君たち、もっ、もう、か、かえ、りなさい!」
それだけ言うと、顔を真っ赤にした。
「あー羽ちゃん先生だー。お仕事、お疲れ様~」
蓮華は白い歯を見せて、右手をプラプラ振った。
蓮華は、歯並びが綺麗で目元が涼やかな眼鏡美人だった。
その一方、優子は、歯並びは今一だが、小顔で目鼻立ちは整っている。
どんな時でも穏やかな微笑を絶やさないので、本人が思っている以上にモテるのだ。
気さくな姉御肌で他校にも知り合いが多く、内気な夢叶と違って、フットワークも軽い。
優子が、立ち上がって返事をした。
「今すぐ帰ります」
夢叶も、はにかんだ笑顔を浮かべて御辞儀すると、「先生、ありがとう」と小声で付け加えた。
すると、白衣姿の先生は、一瞬ぎょっとした顔をして俯いた。それから、びくびく震えながら、掌を僅かに上げたのだ。
スリービューティーズと呼ばれる蓮華たちは、この風変わりな先生を大変好いていた。
「羽ちゃん先生、ごめんね~。もうちょっと早く来てくれたら、ポッキーあげられたのに~」
蓮華が、赤い空箱を、数メートル先のゴミ箱に放った。
「ちょっと!蓮華!はしたない!」
優子が目を吊り上げたが、阻止する前に、空箱は窓ガラスに当たった。
その瞬時に跳ね返って落下すると、蓋の空いたゴミ箱に納まった。
「わあ!ナイスコントロール!流石、もとソフトボール部!!」
夢叶が感嘆の声を上げると、優子が腹を立てて怒鳴った。
「褒めてどうするの!!」
蓮華から、空のビニール袋を全て引っ手繰ると、優子は窓際まで歩いてゴミ箱に捨てた。その時、ふと窓の外を見て驚いた。
「まあ!さっきまで晴れていたのに!雨雲が広がってる。今にも振り出しそう」
夢叶も、駆け寄って首を捻った。
「おかしいね。天気予報、一日中、晴れだったのに。傘、持って来てないよ」
「私も。隣のクラスの子に折り畳み貸したまま、返して貰えてない」
蓮華が眉を寄せて零した時、後ろで甲高い声がした。
「せっ!せ、せ先生が、も、もってるぞ!!」
三人が振り返ると、小羽先生が、ピンク色の傘を三本掲げて震えていた。
「こ、こ、れを、つっ、つかいなさい!!」
珍しく大きな声を出した先生を見て、蓮華たちは、びっくりして互いに目を見合わせた。
「どうする?」
蓮華が二人に聞くと、夢叶は、ほっとした表情を浮かべて「先生、ありがとう!」と返事をしたが、優子は怪しんだ。
そして、目を細めると険しい目付きになって声を落とした。
「何か変じゃない?学校の貸し出し傘は、黄色なのに。どうして、ピンク?それも、三本とも!何だか、最初から雨が降ること分かっていたみたい」
「そんなん、魔女じゃん!」
蓮華が苦笑すると、夢叶が一笑に付した。
「もう!優ちゃんは、考えすぎ!蓮ちゃんも、魔女って何?漫画の読み過ぎ!」
二人を残してドアまで走ると、改めて御礼を言って受け取った。
「羽ちゃん先生、ありがとう!」
「ああ、気を付けて帰れよ」
力強い声で言うと、顔を赤らめて一目散に廊下を駆けて行った。
あっという間に見えなくなった後ろ姿を、不思議に思いながら見送った。
「羽ちゃん先生、普通に喋れるんだ……」
丁寧に折り畳まれた雨傘は、異様に軽かった。その為か、急に不気味に見え始めた。
「わー、これ、すぐ降るって!!」
雨空を覗き込むように見ていた蓮華が、慌てて夢叶のもとに来て、奪うように傘を掴んだ。
「とにかく帰ろう!」
蓮華の一声で、優子も急いで傍に来た。
「そうね。そうする他ないわ」
優子も諦めた様子を見せたが、夢叶だけが暗い顔つきのまま、教室を後にした。