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悪役を押しつけられた貴婦人は色のない夢を見る  作者: ゆうひかんな


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悪い魔女の懐古と、グランドヴァローム王家の焦燥


 王城の地下牢。固い石の床の上に老婆は座っていた。

 

「まさか、こんなあっさり捕まってしまうとは思わなかったよ」


 人は自分のことを呪われた樹海に棲む悪い魔女と呼ぶ。

 ただ誤解されているようだが、良いか悪いかは相手の立場によって変わる。

 オベール家の例はまさにそうだった。


「娘の髪の色を入れ替えてほしい」


 現当主の依頼を受けたときは、さしてそこまで深く考えたわけではなかった。

 娘の命を奪うわけじゃない、あくまでも髪の色を魔法で入れ変えるだけだ。

 それだけで高額な報酬が手に入るのだから断る理由はないと思った。だからこんなふうに巡り巡って自分が捕まる羽目になるとは思いもしなかった。

 もらった報酬でほんの少し贅沢をしただけなのに今回だけは足がついて居場所がバレてしまったのは、なぜだろう?


「やはりオベール家に手を出したのが間違いなんだろうねぇ」

「心当たりがあるのか、言え。何をした⁉︎」


 騎士に詰め寄られて、魔女はちょっとだけ考えた。言うか、言わざるか。


「簡単なことさ、魔法でちょいと入れ替えただけだよ」

「……何を入れ替えた」


 あっさり話したのは、やはり大したことはしていないと思ったから。染粉だって、かつらだってあるのだ。髪の色くらい変えたってどうってことはない。

 だから騎士の顔色が悪くなっていくのを見て、失敗したかもと思ったが。いまさら誤魔化しはできないものね。

 仕方ない、正直に話してしまおう。


「オベール家の二人の少女の髪を入れ替えた。黄金を赤茶色と取り替えたんだよ」

「な、何だって」


 騎士は真っ青な顔で口元を手で覆った。


 赤茶色を、黄金に。黄金は赤茶色へ。

 黄金の少女を軸として魔法で髪の色を入れ替えた、魔女がしたことはただそれだけ。

 騎士の小刻みに震える肩が、内心の混乱を物語る。その尋常ではない怯え方に魔女は悟った。

 しまった、これは下手を打ったね。


「誰に頼まれた」

「オベール家現当主だよ、ジェルマン・オベール」

「どうして引き受けた」

「お金だよ、高額の報酬を払うというからさ」

「何だと、報酬に釣られてそんな恐ろしいことを引き受けたというのか!」

「そうだよ、どうしてお金で動いてはダメなんだい?」


 激昂した騎士に魔女は不思議そうな顔をした。


「お金は裏切らないし、お金だけが助けてくれる。だからお金がほしかった。それの何が間違っているというのかい? ああ、安心していいよ。だからといって世の中や国の偉い人を責める気もない。わたしがどんなつらい目にあっていようが、あんた達にすれば他人事。何で助けてくれなかったのかと恨むのは筋違いというものさ。でもね、そう考えれば報酬に釣られたわたしを責めるのもまた筋違いというものだよ」

「だからってやっていいことと悪いことがあるだろう⁉︎」

「もちろんある、だからわたしは髪の色を変えただけなんだよ。娘の命を奪ったわけじゃない」


 さっきからどうにも話が噛み合わない。

 金の髪をした娘の絶望にまみれた顔を見たときも不思議に思ったけれど、そんなに深刻なことなのか。


「魔法を解除して元に戻すことはできるのか?」

「できないよ」


 冷たく吐き捨てると騎士の顔が再び青ざめる。

 そういえば娘にも同じように答えたけれど、実はひとつだけ方法があった。それは術者である魔女が死ぬことだ。ただ魔女だって命は惜しい。だから教えるつもりはないけれどね。


「何が問題なんだい。オベールの黄金は、もう一人の娘の頭で今も輝いているだろう?」

「だから髪だけではだめなんだ」

「どういうことだ?」

「今回の一件で、改めて我々にも周知された。戦神はオベール家の血筋に加護を残すと言ったそうだ。オベールの黄金は目印に過ぎない、と。まさか魔女ともあろう存在がそんな大事なことを知らなかったのか⁉︎」

「ああ、知らないね。樹海に住んでいると噂や情報には疎くなるから」


 興味はないという顔で答えたけれど、内心は違った。

 ああ、なるほど。赤茶色の髪の娘は血を繋ぐ正当な後継者ではなかったということか。あのときは父と母に愛されている娘と嫌われている娘くらいにしか認識がなかったけれど、実はそういう裏があった。

 だからこれだけ騎士があわてているわけか、面白いねぇ。


 魔女は脳裏に金の髪をした少女の顔を思い浮かべる。

 お菓子のように甘く、汚れを知らないところがあって、建国の英雄の血を受け継いだ娘とは思えなかった。

 これじゃ、あっという間に悪い大人達から食い物にされるだろう。

 ……ただひとつだけ、人と違うとすれば。

 魔女は己が手を見つめた。


 いくら相手が転びそうだからって、まさか自分を騙したような人間に手を差し伸べるとは驚いてしまったよ。

 

 甘いにも限度があるというものだ。

 だから思わず忠告してやった……かつての弱く愚かな自分に重ねてしまったから。

 ただ、なぜか今も鮮明に覚えている。掴んだ娘の手は子供のものとは思えないほどに固く強張っていた。

 今思うと、あれはしなくてもいい苦労を重ねてきた手。

 魔女になって心を動かされることは少なくなっていたが、あの手にだけはぐらっときた。

 もしあの差し出された手が、英雄の強さを受け継いだ証だとすれば……。

 あの子が自分に手を差し伸べたのは本当に愚かさと弱さからくるものなのだろうか?

 無意識のうちに敵をたらし込んだ。

 だったら面白いねぇ、魔女はニヤリと笑った。

 

 いいだろう、機会をやろうか。岩のように凝り固まった魔女の心を動かしたご褒美だ。


「ああそうだ、いいことを思いついたよ」

「何だ、いいことって」

「試しに片側だけを解除してみようか。そうすれば結びつきが弱くなって両方とも解けるかもしれない」


 大嘘だ。でもはっきり解けるとは言っていないから、嘘にはならない。

 魔女は自らの施した魔法の痕跡を追った。

 ああやはり、魔法の軸とした金の髪の娘のほうではない。

 魔法の影響範囲にいるのはもう一人の、元が赤茶色の髪をしていた娘のほうだけ。


「ちょうどいい、ここに片割れがいるだろう。まずは赤茶色に戻してみよう」


 そして追い詰められて弱い立場の人間ほど、呆気なく騙される。

 魔法封じの手枷を外した騎士はやってみろとばかりに顎でしゃくった。

 魔女は呪文を唱える。すると手ごたえがあって、どこからか風に乗って悲鳴のような響きが聞こえた。

 

「見に行ってごらん、きっと変わっているから」


 魔女に手枷をつけた騎士は仲間の騎士に合図を送った。あわてて出て行った騎士は、戻ってきたときには青ざめている。何度も大きくうなずいたところを見ると、どうやらうまくいったらしい。

 解除ではなく、魔法の上書き。あの娘の髪を赤茶色に染め直しただけだ。


「片割れは戻った。さて、もう片割れはどうだろうね?」


 人は、都合のいいほうを信じるものさ。

 魔女は煽るように笑った。


「さあ、探せ。オベールの黄金を持つ娘はどこにいる?」


 扉の外を指せば騎士達が顔色を変えて飛び出して行く。

 扉が閉まると同時に魔女はたった一人、声を上げて笑った。

 ここにいないということは。いいねぇ、金の髪の娘は逃げたか!

 かつての自分の姿を重ねて魔女は笑い続けた。


「ああ、滑稽だ。せいぜい奴らをからかって長生きするとするかね!」


 かつては愚かで弱さしかなかった娘よ。

 逃げろ、逃げろ、逃げるんだ!


 たとえ逃げたとしても、その先で強く生きていけばいい。



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