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私を悪役にした皆様へ――色のない夢が終わる頃、幸せを見つけました  作者: ゆうひかんな


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アデライドと即興劇2


 リュシエンヌは持ち場へと戻る使用人の群れに混じった。


「アデライド、いつものように荷物をお城へ届けて」

「はい、かしこまりました」


 裏口に回ると、侍女仲間から籠に詰めた荷物を手渡される。

 この籠には城に拘束されている父、義母、オデットの着替えや生活必需品が入っていた。関わり合いになりたくないと誰も届けたがらないので必然的に下級侍女のリュシエンヌが届けにいくことになっている。

 籠を抱えたリュシエンヌはお城へと向かった。


「オベール家の者です、荷物を届けに参りました」

「いいぞ、通れ」


 二日に一度、足を運んでいるから顔見知りとなった兵士に笑顔で挨拶をして城の入り口を通過する。そのまま兵士とともに裏へと回って貴人牢のある塔へとたどり着いた。

 いつもだと、監視の騎士に荷物を預けて終わりなのだが。

 荷物を受け取った若い騎士は困った顔で軽く首をかしげた。


「君がアデライド?」

「どうされたのですか?」

「リュシエンヌ嬢が君が来たら面会したいと言われている。断ることもできるが、どうする?」

「はい、会います」


 リュシエンヌが迷わず答えると、彼は驚いた顔をする。

 そろそろオデットが何か言ってくるころだと思っていたのよ。

 

「言葉遣いや態度が荒れているが大丈夫? 罵倒ぐらいはされるかもしれない」

「大丈夫です、慣れていますので」

「慣れているとは……オベール家ではそんなにひどい目にあってきたのか。私も近くにいるから大丈夫と思うが、危ないと思ったら中断するからそのつもりでいてほしい」

「わかりました」


 騎士が牢の扉を開き、彼の後ろから部屋に入った。

 貴人牢は鉄格子があることを除けば、壁紙や絨毯もあって質素だが一般的なものと変わらない。

 部屋の真ん中には飾りのない硬い椅子があって、そこにオデットは座っていた。

 リュシエンヌは鉄格子越しに向かい合う。

 

「やっと来たわね、待っていたわよ」


 少し見ない間にずいぶんと見た目が変わったものね。

 隅々まで手入れをされていたはずの髪や肌はカサつき艶を失って、ドレスも飾りのない質素なものだからかつての華やかで派手な雰囲気は欠片もなかった。

 まるで昔のリュシエンヌのように搾り取られた残り滓のようだ。

 けれど目は怒りに燃えて吊り上がり、真っ直ぐにリュシエンヌを見つめている。

 追い詰められた状況でも、心はまだ折れていないらしい。

 彼女の視線がリュシエンヌの隣に立つ兵士に向いた。


「二人きりで話したいの、出て行きなさい」

「それはできません。規則でそう決まっているので」

「何ですって、おまえは私に逆らう気なの⁉︎ 私は筆頭公爵家オベールの次期当主よ!」

「次期当主でも、今は罪人です」


 彼はスパッと言い切った。清廉な騎士らしく真っ直ぐな性格の人らしい。

 巻き込んでごめんなさい、内心で謝罪しながらリュシエンヌは困った顔をして彼を見上げた。


「もしかすると女性同士でしか話せないようなご相談かもしれません。規則に抵触しない範囲で後ろに控えていただくということはできますでしょうか?」

「すまないが要望は聞けない」


 厳しい表情をして兵士は視線を合わせる。

 リュシエンヌは騎士特有の鋭い眼差しに怯えることもなく、柔らかに受け止めて微笑んだ。

 兵士は一瞬、目を見張った。

 ずいぶんと肝の座った女性だ、我々の気迫に怯えることもないなんて。

 いつもならば余計な気遣いなんてしないのに、このときの彼はほんの少しだけ譲歩してもいいかと思った。


「仕方ない、声の聞こえる範囲にいるからあとは適当にしてくれ」

「ありがとうございます」


 リュシエンヌは、ぱっと顔を輝かせる。

 感謝の気持ちを込めて微笑むと彼の頬が染まった。

 リュシエンヌが鉄格子に近づくと、やり取りを眺めていたオデットは皮肉げに口元を歪めた。


「相変わらず男をたらし込むのは得意みたいね、頭の固い兵士まで手なずけるなんて。そうだわ、あの男……クズで女の敵をどうやって籠絡したか参考までに聞きたいわ」

「くだらない話しかしないなら帰ります」


 暴言をばっさりと切り捨てたリュシエンヌは表情を消した。

 どうにも先ほどから立場というものをわかっていないように思える。

 この期に及んで、どんな暴言を吐く気かしら?

 すると嫌々という顔をしながらオデットは早口にまくし立てた。


「仕方ないから負けを認めてあげようと思って」

「どういう意味ですか?」

「ずっと機会を狙っていたのはわかっているの。だからリュシエンヌ・オベールの名を返してあげるわ。牢に収監されるくらいならオデットに戻って気狂い姫と呼ばれるほうがまだマシよ」

「は?」

「公爵令嬢ってどれだけ良いものかと思っていたけれど、たいして良いものではないわね。あれこれするなって言われて窮屈だし、勉強だの作法だの面倒なことばかり。最近はセレスタン様も口うるさいだけなのよ」


 焦点の合わない目をしたオデットは狂気に彩られた顔でニイと笑った。


「だからあなたに返してあげる。今日からまたリュシエンヌ・オベールに戻るのよ、うれしいでしょう?」


 リュシエンヌは理解できなくて一瞬言葉を失った。

 一体、どういう思考回路をしているのかしら。相変わらず言っている意味がわからないわ。

 奪ったときのように二人の髪色を戻せば入れ替わってもバレないとでも思っているのだろうが、そんな段階はとうに過ぎている。収監された状況でどうやって入れ替わる気なのかしらね。

 オデットは黄金の髪を揺らし、兵士に向かって叫んだ。


「この女が本物のリュシエンヌ・オベールよ! さあこの女を捕えて、わたしを解放するのです!」

「は?」

 

 言っている意味がわからなかったようで兵士は固まった。

 できるかは別として、そんな都合のいい奇跡が起きるはずもないのに。

 困惑した顔で、リュシエンヌは首をかしげる。


「何をおっしゃっているのか、意味がわかりませんわ」


 彼を意識して声を張り上げながらリュシエンヌは答えた。そこからさらにもう一歩近づいて、鉄格子に手をかける。気遣うふりをして、オデットの耳元でささやいた。

 

「あのね、わたしはもうその名前はもういらないの。だからあなたにあげるわ、大事にしてね」

「……え?」

「今日はあなたの誕生日でしょう、わたしからの贈り物よ」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 運命からは決して逃れられない。それがオベールの黄金を奪った者が支払う対価だ。

 それまで余裕だったオデットの顔色が変わった。


「お誕生日おめでとう。自分が犯した罪は自分で償いなさいね」


 これで、四人目。

 絶望を瞳に宿し、狂ったように叫ぶオデットを置き去りにしてリュシエンヌはさっさと踵を返す。

 厳しい表情をした兵士が飛び出してきて、リュシエンヌを背後にかばった。


「面会はこれで終わりだ!」


 オデットに怒鳴ると、リュシエンヌには労わるような視線を向ける。


「早口のせいか彼女の言うことがあまりよく聞き取れなかったのだが、何と言っていた?」

「正直なところ私もお嬢様のおっしゃることがよくわからないのです」


 リュシエンヌは鉄格子越しに憐れむような視線をオデットに向ける。


「お嬢様は、気が狂ってしまったとしか……」

「何ですって、逃がさないわよ! あんたはオベール家のために死ぬって決まっているのよ!」


 我に返ったオデットがさらに騒ぎ立てる。ガチャガチャと大きな音を立てて鉄格子が揺れた。

 オデットが伸ばした手は兵士によって阻まれ、その隙にリュシエンヌは部屋の外へと避難する。意味を成さない叫び声が聞こえて、青ざめた顔の騎士が勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。


「驚いたな。公爵令嬢ともあろう人があんなふうに暴れるとは思わなかったよ、怪我はない?」

「はい、大丈夫です」

「まるで噂に聞くオデット・オベールの……気狂い姫のようだな」


 扉を閉めていても部屋の外まで怒号と罵声が聞こえる。

 自分の欲求が抑えられず、現実逃避することでしか自我を保てなかった。

 誰もがそうと気がつかなかっただけで、いつのまにか彼女は狂っていたのかもしれない。


「今の彼女は正常な精神状態ではないのだろう。何か情報が掴めればと思っていたのだけれど君を怖がらせただけだったな、すまなかった」

「こちらこそお役に立てず申し訳ありません」

「気にしないで。ちょうど交代が来たから、入口まで送ろう」


 騎士は引き継ぎを終えると、荷物の籠を持ってくれた。

 並んで歩きながらリュシエンヌはオベール家について聞かれたことを答えた。邸内の様子に、使用人のこと、下級侍女として知っている範囲で聞かれたことは全部。

 いまさら隠したところで調べればわかることばかりだ。


 さあ、そろそろ次の局面に。リュシエンヌはハッとした顔で彼に尋ねた。

 

「そういえば郵便室はどちらでしょう。オベール家から手紙を持参しております」

「何だって、見せてくれ!」

「あわてていたので後回しにしてしまいました。申し訳ありません」


 リュシエンヌはポケットに入れてあった手紙を渡した。

 宛先はアナイス王妃に宛てたもの。封筒と封蝋にオベール家の紋章が入っているから正式なものだ。


「今、これが使えるのはセレスタン様だけか。急ぎかもしれないから今渡していこう」


 まさかセレスタン様ではなく、わたしが書きましたとは言えないわ。

 リュシエンヌは黙ったまま曖昧に笑って誤魔化した。

 郵便室に持参した手紙を預けて、そのまま出口へと向かう。

 あちらからは見えないだろうと思いながら王宮、アナイス王妃殿下の執務室がある方向を見上げた。

 オデットに機会を奪われてからお会いしたことはないけれど、リュシエンヌが登城するたびにお茶会に招いて困ったことはないかと声をかけてくださった方だ。


 お母様も王妃殿下を大切になさっていたから、あの方に真実をお知らせしないのはかわいそうだものね。

 ほっと息を吐いて、思わず安心したように胸へと手を当てる。


 出口に到着したところで、荷物を受け取ったリュシエンヌは兵士に深々と頭を下げた。

 

「ご迷惑をおかけしました。郵便のこと、手続きまで代行してくださってありがとうございます」

「ついでだからかまわない、それでまた二日後に来るのか?」

「いいえ、もうこれが最後です。オベール公爵家を辞めることにしました、その……いろいろありましたので」

「そうか、残念だな。まあ辞めるのは仕方ないことか。オベール家も順風満帆ではない」


 彼はどこか残念そうな顔をした。それ以上深く聞かないということは、納得してくれたらしい。


「実はリュシエンヌ嬢の義母メラニー様が参考人として呼ばれることが決まったらしい。どうやら彼女も娘オデットの悪名の影に隠れてさまざまな悪事に手を染めていたとか」

「まあ、こわいわ」

「さっき君がオベール家について教えてくれたことも役に立ちそうだよ」


 義母もまた、赤茶色の髪をしていることを利用してオデットの名を騙っていた。

 セレスタン様はお酒を嗜まないし、オデットは記念日でもないのに男性へ贈り物をするような性格ではない。

 そうなると義母一択だったからすぐにわかる。

 義母が役者の若い男に入れ上げていたのはお付きの侍女なら誰でも知っていることだから、バレるのも時間の問題と思ってきたけれど、あっさりと彼女の罪も明らかになりそうだ。

 これで、五人目。残るはあと一人。


 別れ際、兵士はリュシエンヌに愛想よく笑いかける。


「非番のときは城下にいるから見かけたら声をかけてくれ。お茶を奢るよ」

「お気遣いいただき、ありがとうございます」


 残念だけれど二度と会うことはないだろう。

 末永くお元気でと願って、リュシエンヌは軽やかな足取りで背を向けた。


 ――――


 王妃の執務室にノックの音が響く。

 扉を開けると、入室した護衛騎士が緊張した面持ちでアナイスに手紙を差し出した。

 

「先ほど郵便室から急ぎということでこちらが配達されました」

「何かしら、誰からの手紙?」


 受け取ったアナイスは表紙に印刷された紋章を見て顔色を悪くする。

 オベール家の紋章が入った封筒に封蝋。セレスタンかしら?


「オベール家から報告書が届くとしても明日以降だと思っていたけれど、ずいぶんと早いわね?」

「封筒には名前が書かれていません。安全を確認するために私が目の前で開封してもよろしいでしょうか?」

「いいえ、大丈夫よ。自分で開けます」


 手触りからして便箋一枚くらいのもの。危険と思うよりも興味のほうが勝った。

 慎重にペーパーナイフで封を開ける。

 便箋に視線を走らせたアナイスが一瞬、呼吸を止めた。


「アナイス様、いかがされました?」


 訝しげな侍女の声にも反応できない。

 なぜならこの手紙は、あってはならない状況が起きていることを伝えていた。


「配達してきたのは誰?」

「持ち込んだのは騎士ですが持参したのはオベール家の侍女だとか……ア、アナイス様⁉︎」


 騎士の言葉が終わらないうちにアナイスは城の窓に駆け寄った。

 オベール家の侍女と名乗る人物はまだここにいるのか。もしいるのなら、その人物こそまさに。

 侍女の止める声も聞かず、バルコニーに飛び出すと下をのぞき込んだ。

 遠目だが赤茶色の髪を結い上げ、侍女服を着た女性が門に向かって歩いていく後ろ姿が見える。

 ありふれた姿でありながら、どういうわけか人目を惹きつけて離さない。


 立ち止まった彼女が、ふとこちらを見上げた。

 

 油断していたアナイスの心臓が音を立てる。これは偶然か、それとも。

 これだけ離れているのに、合わないはずの二人の視線が重なったような気がした。

 彼女の手が、まるでそこにあるものを確かめるかのように自身の胸元へと触れる。

 

 ――――初代オベールの、戦神の寵愛を受けた心臓はここよ。


 月下の薔薇、華やかさと儚さが共存する奇跡のような人。


 過去の記憶を呼び覚まされたアナイスは確信した。

 間違いない、あの娘だ!

 アナイスは振り向くと叫ぶように護衛騎士へと命じる。


「あの娘を逃さないで! 捕まえて、この場に連れてきなさい!」

「は?」

「あの娘こそリュシエンヌ・オベールよ!」

「は、はい!」


 訳もわからないまま、命令に従うために護衛騎士は駆け出した。

 緊張のためか足元をふらつかせたアナイスに侍女は駆け寄る。


「大丈夫ですか!」

「何てこと、あの子がリュシエンヌよ。間違いないわ」

「で、ですがあの娘の髪は赤茶色です」


 無言のまま、アナイスは侍女に便箋を差し出した。文面を読んだ侍女もまた顔色を悪くする。


『オベールの黄金は呪われた樹海に棲む悪い魔女によって奪われた。真実を知りたい者は魔女に聞け』


 署名は――――リュシエンヌ・オベール。


 

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