エピソード1
「もう朝か……そろそろ寝るか」
ここ数年、俺は昼夜逆転生活をしている。
学校にも仕事にも行かず、一日中、部屋にいる。
部屋では、もっぱらネットゲームをしている。その時間は、何も考えなくて良いからだ。
パソコンの電源を落とし、布団に入る。布団に入ると、考えたくないことが、悶々と頭を巡る。
25歳にもなって働かず、実家に寄生し、年金も生活費も払っていない。こんな毎日で良いのか。
一緒に入ってきた猫を撫で、なんとか心を落ち着かせる。
初めて就職した会社がブラックだった。そこで体と心を壊し、今に至る。
更に、中学から男子校だったので、女性経験はない。ない、どころか、話した事さえない。
そもそも俺は、生まれもってのコミュ障だ。
何年か引きこもりをしていると、人との話し方を全く忘れてしまう。
昨日も、ゴミを捨てに久々に外に出た時、
「おはようございます」
ご近所さんらしき人に声をかけられた。
俺の咄嗟に出た言葉は
「あっ、えっ、あっ、お、おつ、お疲れ様です」
だった。
仕事かよっ!
心の中では爽快に話せるのに、外に発する事ができない。こんな事では、社会復帰はいつになるのやら。
13時頃起きると、家にはもう誰もいない。当たり前だが、みんな働いているのだ。
かーちゃんが作ってくれたおにぎりを、遅い昼飯に食べる。
こんな俺を、家族はなにも言わず、優しく接してくれている。本当に涙が出る。今日のおにぎりはしょっぱいぜ。
今日は少し調子が良いので、ReLIFEに行ってみようか。
先月から、社会復帰支援の活動をしている施設に通っている。そこは、俺の様な心のを壊してしまった者達の希望の砦だ。
施設のドアを開けると、暖かく優しい笑顔の阿部さんが出迎えてくれた。
「こんにちは。今日も来てもらえて嬉しいです」
「あ、えと、ど、ど、ど、どうも」
俺は反射的に目を反らした。上手く話せない自分が恥ずかしかった。
阿部さんは、そんなイケテない俺にも優しく接してくれる。
……もちろん俺にだけではないが、な。
ここでは社会復帰の為に、様々な勉強ができる。パソコンの扱い方や職業別擬似作業、面接の受け方まで、教えてくれる。でも最も大事な事は、ここに『通う』という事だ。
俺は阿部さんに会いたい一心で、ここに通っている。阿部さんのお陰で、俺はここまで来れる様になった。
ここに来ている他の奴らも、俺と似たり寄ったりで、皆、纏まりもなく好きなように活動している。それはまるで、人を避けて生きているモンスターの様だ。暗い虚ろな目でモソモソと蠢いている。そう思う俺も、ただのその中の一人なんだ。