第6話 少女たちは初陣を駆ける
「ここが、結界の外……」
ことりんに見送られて御社殿の外に出た私たちを待っていたのは、全てが灰色の世界。
「なに、これ……」
「空気はちゃんとあるし、特に異常気象なわけでもない」
「……出雲の外は、こうなってたんだ」
木々は目に見える範囲にはないし、池や水たまりも見えない。
あるのはかつて使われていただろう人工の建物だけ。
なにより恐ろしいのは、命の気配を私たち以外全く感じない事。
建物に触った感じ、別に焼けてしまったって感じでもないね?
本当に、何があったらこんな事に……。
『皆様、聞こえますか?』
「ひんっ!?」
こ、ことりんの声が脳内に直接!?
「び、びっくりしたよことりん~!」
「うん。アタシも心臓止まるかと思った」
『も、申し訳ございません。ですが、慣れて頂かないと……』
私としてはご褒美もいいところなんだけど、やっぱり心の準備がね!
「寿葉、この光景ってもしかしてずっと?」
『……はい。その光景こそ結界の外、古くは日本と呼ばれた国の現状です』
みずずの問いかけに答えて、ことりんは話を続ける。
『受け入れ難い光景だと思いますが、どうか気をしっかり持ってください。外の世界のお話は、帰ってから行いましょう』
「別に寿葉を責めてるわけじゃないのよ?でも、そうね。色々と、聞きたいことができたかも」
古くは西暦の終わり頃、人の世を終わらせるためにマガツカミが兵を率いて攻め込んできた。
その兵を撃退して人々を救ったのが、初代の英雄様と巫女様。
私はそんなおとぎ話しか知らないけど、ことりんはもっと色々知っているのかな?
小学3年生の頃から香取家の、現代で最も力を持つ家の当主になってしまったんだし。
『──!敵兵が来ます!皆様、神器を構えて!』
「「「了解!」」」
ことりんの緊迫した声に、私たちは神器を現出させる。
かななが現出させたのは神度剣。
身の丈以上の赤の大剣で敵を殲滅する役割で、私たちの中では一番威力が高い神器。
みずずが現出させたのは天羽々斬。
小回りの利く青の双剣で、かななとの連携で真価を発揮する神器。
『ゆかちゃん!今侵攻中の敵兵は数が多いですが、数だけで一体の強さはそれほどではありません!まずは牽制を!そこから建物の上から、前方へばら撒いてください!』
「任せて~!」
ことりんの指示通り3階建ての建物の屋上に飛び移って、神器を構える。
私の神器は天之麻迦古弓。
その名の通り後衛用の神器で、2人を後ろからサポートするための神器。
ことりんが言うとおりに、まずは数重視で矢を放とう。
「……あれが」
神器のスコープで覗いた先には、凡そ500はいるであろうマガツカミの雑兵。
頭部と下半身がなく、白く発光している手と上半身だけの異形。
うーん、神様というよりかは幽霊みたい。
「やっちゃえゆかり!」
「先制攻撃は大事よゆかり!」
も~、2人ともそんなキラキラした目で言わないで~!
私だって初実践なんだから、実は緊張してるんだからね~!
「打ち漏らしたら、カバーお願い、ねっ!」
そう言いながら放った緑の矢は、空中で何百の群になって敵を攻撃する。
でも、やっぱりいつもの鍛錬より数も質も違う。
神力っていうエネルギーがあるだけで、ここまで影響するんだ。
「うわ、凄いじゃんゆかり!何今の!?雨みたいに矢が飛んで行ったよ!?」
「えへへ~、まぁね!」
「なるほど、これが神化で強化された本来の神器……」
「みずずはもっと私を褒めて~!」
おっと、いけないいけない。
ことりんにも油断は大敵って言われてるし、気を引き締めないと!
「どうどう、ことりん!?」
『反応はかなり減りました!ここからゆかちゃんは隙を見て狙撃、かなちゃんとみずちゃんが中心での撃退戦に移ります!』
「りょーかいっ!ゆかりには負けてられないよ水希!」
「ええ、行きましょう香苗!」
そう言って、2人は鍛錬の時以上の脚力で駆け出す。
さっきの私の弓矢を考えると、接近戦ならもっと火力は出てくれるはず。
でも、攻撃はできても──。
「ことりん、この衣装って丈夫だったりする?」
『戦闘衣自体に防御の機能はありません。大神様の神力は、あくまで身体能力や神器の出力の向上だけに充てられていますから』
「そ、それじゃあ頑張って敵の攻撃は避けないとだね!?」
『いいえ、防御も回避も要りません。最大火力での攻撃で、敵兵を倒していきましょう』
あくまで身体能力の向上に充てられているだけなのに、ことりんは防御は要らないと言う。
という事は。
「何かあるんだね、ことりん」
『はい。……皆様がわたしを信じてくださっているから、絶対に大丈夫です』
本当に、不思議でたまらない。
普段こそ自分に自信がなくて、庇護欲が無限に湧いてくることりんなのに。
巫女として振舞うことりんの言葉は、どうしてこんなに心強いんだろう!
『この2年間、わたしは今日の為に頑張ってきたのですから』
ーーー
「そりゃあ!!」
そう言いながら、香苗が私の数十歩先で大剣を振り回す。
ゆかりが減らしてくれたからなのか、敵の雑兵の数は目測で100か150ほど。
こうも敵と接近をしたらゆかりの援護は難しいけど、でも今の私たちなら問題ない。
『はい。……皆様がわたしを信じてくださっているから、絶対に大丈夫です』
ふふっ、寿葉ってば頼もしい。
でも、回避も防御も必要ないってどういう事かしら?──って!
「香苗あぶないっ!」
「え?って、わっ!?」
香苗が大剣を振った後の硬直の隙を狙って!
もしかして、こいつらには知能がある!?ただの雑兵じゃない!
香苗を押しのけたのはいいけど、この状態じゃ双剣を振れな──
「──あれ?」
反射的に目をつぶってしまった私に、敵の攻撃はいつまでも降りかかってこず。
ゆっくり目を開けると、敵の攻撃は私の十数cm先で止まっていた。
「これ、は──」
『みずちゃん!』
「──っ!やあぁ!!」
寿葉のお陰で我に返って、目の前の敵を細切れにする。
そうしてさっきの攻撃された部分を見れば、うっすらと白い光が明滅していて。
「寿葉、さっきの防御は要らないって……」
『はい。皆様と神力で繋がっているから出来る、わたしのサポートです。絶対に、皆様の体に傷はつきません!』
「すっごい!これ、無敵バリアってことじゃん!!」
『むてきばりあ……?そ、そうなのですか?』
寿葉の説明通りだと、確かにこれなら私たちは絶対に負けない。
2年間の成果とも言っていたし、寿葉の努力で成したものなのかな。
心の底から尊敬しているけど、改めて心強い存在ね!
「もうお前らなんか怖くないからなー!」
『──っ!ゆ、ゆかちゃん!』
香苗の周りには白い光が多数明滅しているけど、それを気にせず香苗は敵を薙ぎ払い続ける。
そこにゆかりの援護もあるんだから、この程度の敵なんて怖くない!
その筈なのに、私は考えてしまう。
寿葉のこのバリアは本当に凄い。これがあれば傷を負うことなく、絶対に負けないと思う。
だけど、ここまで強大な力にデメリットが存在しない?
確かに寿葉は大神様に最も近い巫女様ではあるけれど、あくまで近いだけ。寿葉は大神様でもなければマガツカミでもない。
「寿葉!この能力、寿葉は平気なの!?」
『……は、いっ!大丈夫ですから、みずちゃんも油断をなさらぬよう……っ』
寿葉の声音がおかしい!やっぱりこのバリア、何かを犠牲に──
「わわっ!?何か凄いのが来たよ!?」
「──え?」
ようやく敵兵を倒せたとなったときに、香苗の声に弾かれるように顔を向ける。
「なに、あれ……」
ビルの3階に届くであろう不気味な体躯。
羽根も何もないのに、どういうわけか宙に浮いていて。本体らしき部分は巨大な目玉がついているだけで、周囲には2本の巨大な指輪のようなものが浮かんでいる。
一目でわかる程には、異様なほどの神力を纏いながら。
その神々しさに、思わず目を奪われてしまう。
『皆様、建物に隠れてっ!』
「わ、かったっ!」
「え、ええ!」
香苗と一緒に、私たちは近くにあったビルに入り込む。
今にも朽ちそうな建物だけど、そんなものは気にならない。
「こ、寿葉ー!なにあれなにあれ!?」
『落ち着いてくださいっ!ゆかちゃんもかなちゃんも、一度深呼吸をして下さい!』
「ひ、ひっひっふー、ひっひっふー!」
『どうしてお二人ともラマーズ法を!?』
私には見えないけど、ゆかりも香苗と同じ天然を発揮していたのね。
……うん、2人の天然で少し気が楽になったわ。
「寿葉、あれが言っていた最終目標?」
『今回の戦いでの最終撃退目標。マガツカミの兵の将であり、古くは【外なる神】と呼ばれていた神格です』
「うっそ、あれも神様!?」
多くの場合、敵は多数の雑兵と一体の強大な神格で攻めてくる。
聞いてはいたけど、いざ目の前にすると眉をひそめてしまう。
「ちなみに、情報とかはあったりする?」
『申し訳ございません……。あの敵との交戦記録は、過去を遡っても……』
「ううん、気にしないで!寿葉に頼りきりになって、私こそごめんなさい」
ただでさえ、寿葉に何かが起きているのは確実なのに。
とはいえ、敵の情報がなければ取れる手段はゆかりの牽制からの突撃しかないのよね。
仕方ない。その作戦で、後は臨機応変に対応しましょう。
「聞いて香苗。寿葉はゆかりに伝えてあげて」
そして早く倒して戻って、寿葉の様子を見てあげないと!
「あの神を撃退する為の、作戦会議を始めましょう」