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第4話 春日ゆかりは恋をする

「───ん!ことちゃん!」

「はぅっ!?」


 まどろみの穏やかな眠りから、わたしはその呼びかけで覚醒した。


「お、やっと起きた。もー、そんなに私の膝の寝心地が良かった?」


 優しくて、とても楽しそうな声音。

 その言葉通り、どうやらわたしは目の前のお方の膝枕で眠っていたようだった。


「も、申し訳ございません!すぐに退きます!」

「あははっ、これから他の3人と待ち合わせでしょ?膝枕はまた後でね♪」

「……まちあわせ?」


 改めてそのお方の顔を見て、わたしの思考が止まる。


 綺麗な銀色の長髪に、どこかで見た事のある制服。

 だけれど、その顔は黒いモヤで覆われていた。


「……えと」

「なーにその反応?もしかして、この─────を忘れたの!?私悲しいっ!」

「そ、そういうわけでは……」


 そう言いながら、少女は私におどけてみせる。

 どうしてか、言葉の1部分がまるでノイズのようになって聞こえない。


「んー、まだ寝ぼけてるかぁ。しょうがない、後で皆に2人で謝ろーね♪」


 わたしの頭に乗せられた手を、少女はゆっくり動かす。

 それがとても心地よくて、そのまどろみに体を任せてしまいそうになる。


 知らないはずのその行為と少女に、どうしてこんなに安心するのだろう。


「あー!2人ともこんなところに!」

「ボク達探し回ったんだけど!?」


 その2つの声が聞こえて、わたしは背後を振り返る。


 そこに居たのは2人の少女。

 金色の長髪を肩口で纏めて下ろしている少女と、藍色の髪をさっぱりと肩辺りで切りそろえている少女。


 そしてそのどちらも、顔に黒いモヤがかかっていた。


「あはは、ごめんごめん!ここは私とことちゃんの可愛さに免じて、ねっ!」

「寿葉はともかく、───はダメに決まってるでしょ!?」

「ふふっ♪あれ、どうかした寿葉ちゃん?」

「………………いえ」


 少女達の話す姿はとても楽しそうで。

 わたしもその中に自然と入れられている事に、奇妙な感覚を覚える。


 知らないはずなのに、まるで記憶にない光景なのに。


 どうして、わたしはこんなに悲しいんだろう。


「あー!───達居た!なんでリーダーを除け者にして、こんな所にいるの!?」


 とっても懐かしくて、とっても恋しい。

 わたしが大好きな人の声が聞こえて、その方向を見る。


「舞、お姉ちゃん……」


 綺麗な黒髪を風に靡かせながら、お姉ちゃんが歩いてきた。


「皆、ちょっと好き勝手行動し過ぎでは!?」

「ボクと──も振り回された側なんだけどね!?」

「え〜、それじゃあ私とことちゃんが悪いみたいじゃん!」

「寿葉ちゃんではなく、───だけだよ?」

「ひっどーい!?」


 本当に、とても仲の良さそうな会話。

 皆様とても楽しそうで、和気あいあいとしていて。


「どうかした寿葉?ふふっ、寝てたんでしょ?可愛い顔が、更に可愛くなってるよ♪」


 お姉ちゃんも、楽しそうにその光景を見ていた。


 知らない、わたしは知らない。

 お姉ちゃんにこんな友達がいた事も、こんな幸せな光景も。



 ()()()()、記()()()()()



「お、おねえちゃ…………!」

「……もう、なんて顔してるの。ほら、大丈夫大丈夫」


 お姉ちゃんに抱きしめられて、少しだけ安堵する。

 何時だって、わたしを抱きしめてくれる。

 そんなお姉ちゃんが居たから、わたしは──


「──え?」


 少し、瞬きをしただけ。

 その一瞬で、周囲の景色が変わった。


 赤い、紅い、赫い。

 空の青色に不釣り合いな程の深紅の彼岸花が、辺り一面に咲いていた。


「──私達を、忘れないでね」


 そんな言葉が耳元で聞こえて、わたしの意識は──。



───



「……どうして」


 少しばかりの肌寒さに触れて、わたしの意識は浮上した。

 横に置いてある時計は、5時を少し過ぎた頃。

 いつも通りの起床時間に、いつも通りのわたしの寝室。


 いつもと違うのは、わたしが涙を流しているという事だけ。


 何か怖い夢でも見たのか、どうやら寝ている間にかなり泣いてたみたいで。

 枕には、涙の跡がかなり目立ってしまっていた。


「……大丈夫大丈夫」


 涙の跡を拭って、わたしはいつも通りを意識する。


 香取家の巫女として、当主として、こんな姿は人には見せられない。

 特に、わたしの……、と、友達の皆様には──


「……え?」

「あ」


 涙を拭って顔を上げれば、扉の襖からわたしを見つめる人影。


 わたしの大切な友達で、大切な幼馴染。

 春日家の英雄様でもある、春日ゆかりがわたしを見ていた。




「まったくもう、まったくもう!!」


 香取家の門の前で、わたしはゆかちゃんと綾乃さんに猛抗議をする。


 相変わらず綾乃さんのご飯は美味しかったし、ゆかちゃんと一緒に朝ご飯を食べられたのは嬉しかったけれど!


「ゆかちゃんはいつも唐突すぎます!せめて、事前にご連絡を下さい!」

「ご、ごめんなさい〜」

「綾乃さんも、せめてわたしが起きてから!いくらゆかちゃんといえども、です!」

「ふふっ、はい。申し訳ございません、寿葉お嬢様」


 むう〜!わたしが猛抗議しているというのに、2人ともニコニコして!


「わたし、すごく困るんですからね!!」

「こ、ことりんが可愛い〜!!」

「!?」


 ゆかちゃんはそう言いながら、わたしに思いきり抱きついてくる。

 本当にどうして、わたしにだけこんなに抱きつきたがるのですか!?


 というか、何かある度にわたしに可愛い可愛いと!


「可愛いって言うほうが可愛いんです!ゆかちゃんだって、可愛いんですからね!」

「〜っ!!ことりんだいすき〜!」

「どうしてなのですか!?」


 ま、また一層スキンシップが激しく!?

 わたし、すっごく困ると言いたいだけなのに!


「寿葉お嬢様」

「は、はいぃ……」


 ゆかちゃんのスキンシップに圧倒されてる最中、綾乃さんに呼びかけられる。

 よ、良かった、助けてくれるのですね!


「ちょっと可愛いが過ぎるので、もう少し抑えて下さい。本当に困ります」

「どういう事ですか!?」





 今日は学校もお休みの土曜日。

 つまり私達にとっては、長時間鍛錬の日でもあるという事で。

 朝の9時から始まった鍛錬は、15時を過ぎたところでようやく終わった。


「つかれた~」

「右におなじくー」


 私とかななはそう言いながら、お屋敷の縁側に倒れこむ。

 夏よりは涼しくなってきたけど、まだまだ暑いから仕方ないもん!


「ちょっと、2人ともはしたないわよ?」


 そんな私たちを注意するのは、いつだってみずずだったりする。

 私と体力は同じくらいなのに、どこにそんな余力があるんだろう?


「まぁまぁ!水希もこっちで寝転がろうよ!」

「そうだよみずず~!休息も大事って、先生も言ってたよ~!」

「……しょ、しょうがないわね。うん、2人が誘ってきたんだもの」


 私たちの誘惑に負けて、結局みずずも寝転がる。

 えへへ、こういう所もいつも通りだね!


 ただ、そんないつも通りに、今日から違う事が一つ。


「鍛錬、お疲れ様で……。ど、どうして、皆様寝転がっているのですか?」


 寝転がった私たちの後方から、誰よりも可愛い声が聞こえてくる。

 パッと起き上がって見れば、その声の主は戸惑った様子の表情を浮かべていた。


「ことりん!えへへ、今はみんなで────」

「ゆかちゃん?」


 そこに立っていたのは、紛れもなくことりん。私が大好きな人。

 だけど、その恰好は。


「わ、めっちゃ可愛い!寿葉の巫女服姿、アタシ初めて見た!」

「そ、そうでしょうか?」

「私もびっくりしたわ!凄く可愛いわよ寿葉!」

「あ、ありがとうございます……」


 きっと、香取家の巫女として振舞うための正装用の巫女服。

 何度か見たことはあったけど、こんなに間近で見るのは初めてで……。


 あれ?ことりん、朝に一緒だったときは私服だったよね?

 ことりんも一緒にこのお屋敷の別部屋で修業をしていたみたいだし、その時に着替えたのかな?

 ここはその代の英雄と巫女の修練場だし、それなら正装でいるのも正しいのかな?


 ことりんの綺麗で黒い長髪に、白を基調とした巫女様の服がとても似合っていて。

 これ、可愛いなんて言葉で表せられないかも。元々ことりんって綺麗系の顔立ちしてるから、えっとどうしよう。凄く儚いけど同時に目が離せないほど綺麗で。


「ゆかちゃん?もしかして、お疲れが溜まっているのですか?」

「へぇっ!?」


 こ、ことりんがいつの間にか目の前に!?

 かおちかくて、すごくいいにおいがするっ!?


「け、結婚だよ!?このままだと!?」

「どうなされたのですか!?」


 あまりの顔の良さに慄いて、思わずそんなことを言ってしまう。

 ひ、避難の為に離れないと!


「い、今私に近づいたら、ちゅーするからねことりん!!」

「ちゅー!?」


 あ、あれ?もしかして、テンパりすぎて変なこと言ってる私!?


「いやぁ、青春だねぇ」

「何を言ってるの香苗……。寿葉もゆかりも、いったん深呼吸しましょう」





「あー、生き返るぅ……」

「麦茶って美味しいよねぇ~」


 落ち着きを取り戻した私たちは、縁側で麦茶を飲む。

 横に座っていることりんに相変わらずドキドキはするけど、さっきみたいな焦りは消えていた。


「寿葉はどんな修練をしてたの?」

「滝行と瞑想、それとお祈りです。わたしは皆様のように直接戦うわけではありませんから」

「でも、実践では寿葉の神力を私たちが借りるんでしょう?それなら、一緒に戦っているようなものじゃない!」

「……そのお言葉だけで、わたしは嬉しいです」


 いつの間にか、ことりんとみずずはとても仲良くなっている。


「えー、アタシは滝行とか瞑想とか無理かも……」

「ふふっ、わたしは小学1年生の頃からしていますから。慣れてしまえば、案外集中できるものですよ?」

「おお、流石巫女様……」


 かななとも、ものすごくフランクに接するようになっていて。


『…………わたしは、皆様の友達になっていいのでしょうか』


 あの日から数日、ことりんは難しい顔をあまりしなくなった。

 それはとても良い変化で、尊いもの。


 大神様に選ばれた神域の巫女が、その人生を人として歩み始めたから。

 

「ゆかちゃん?……あ、あの?」


 それはそれとして、ことりんは私の幼馴染なわけで!

 誰よりも可愛くて綺麗なことりんだからこそ、私もかななやみずずに嫉妬してしまうわけで!


「ええっと、その、どうして袖をつかむのでしょうか?」

「まーまー、掴ませてあげときなよ寿葉♪」

「えっ?」

「ふふっ、寿葉も鈍感ね♪」


 うぐぐ、みずずとかなながニコニコしてる!

 ことりんは頭に?マークを浮かべてるけど、ここまで気づかないものかなぁ!


「えっと、どうすれば許してくださいますか?」

「……多分今日は無理だけど、次の土曜日に付き合ってほしい場所があります」

「今からでは難しいのですか?」

「だって行きたいパンケーキ屋さん、もう閉まってるもん」


 最近町の方にできた人気のパンケーキ屋さん。

 甘いものが大好きな私にとっては、とても心動かされるもので!


「2人でですか?」

「ち、違うよ~!かななもみずずも一緒に!」

「うわっ、ゆかりがへたれた!」

「もう、情けないわよゆかり!」


 ひ、ひどいよ2人とも!

 私、元から2人も誘うつもりだったのに~!


 ……デートはちょっと、心が持たないかもだからだけど!


「ふふっ、分かりました。次の土曜日は、皆さんでぱんけーき?ですね」

「ことりん、もしかしてパンケーキを知らない?」

「お、お恥ずかしながら、食べ物だという事くらいしか───」


 ……あ、あれ?

 ことりん、急に表情が険しくなった?


「ことりん?」

「…………ゆかちゃん、手を御離しください」

「え?」


 ついさっきまでの雰囲気とは違う、まるで舞さんが亡くなった後みたいな。

 表情こそ険しいだけだけど、ことりんの纏う空気が変わった?


 そうしてことりんの服の袖を離せば、ことりんは一歩下がって座りなおす。

 苦しそうなことりんはそれを抑え込むように、重々しく口を開いた。



「……神託を賜りました。敵が、”マガツカミ”の兵が、明日に攻めてきます」



 マガツカミ。

 災いの化身、厄災の神。

 西暦の最後に襲来した、神を喰らって人を喰らう終末を呼ぶ災害。


 そして私たち英雄が倒さなきゃいけない、人類の敵。


「あ、明日!?いつ頃!?」

「戌の刻、つまりは19時頃です」

「つ、ついに実践かー……」


 ことりんの顔は真っ青で、今にも倒れてしまいそう。


 神託を誰よりも正確かつ早く受け取れることりんだからこそ、誰よりも驚いているのかもしれない。

 そしてその恐怖を拭う事こそ、私がしてあげたいこと。


「大丈夫だよことりん!」

「ゆかちゃん……」


 ことりんの手を、私の手で包み込む。

 冷たくなって震えている手を、その震えが止まるくらいに強く。


「今日の為に、1年かけて鍛錬してきたんだもん!だから、きっと大丈夫!」


 怖くない、なんて言えない。

 マガツカミと戦うのは、きっとかななもみずずも怖い。

 だって、ことりんのお姉さんの舞さんでさえ、2年前に殺されてしまっている。


「そ、その通り!アタシ達が、寿葉と皆を守るからさ!」

「ええ、だから大丈夫。ちゃんとやっつけてくるからね!」


 私の手の上に、みずずとかななも自分の手を置く。

 暖かくて、とても頼りになる私の親友たち。

 うん!皆がついているなら、怖いものなんてないよ!


「…………これから、わたしは神庁まで行ってまいります。皆様は、どうか明日まで英気を養ってください」


 ことりんはするりと手を退けて、今度は私達の手の上に自分の手を乗せる。

 表情はもう険しいものじゃなくて、覚悟を決めた強い目になっていて。

 


「ゆかちゃん、みずちゃん、かなちゃん。皆様の事はわたしが命に代えても守ります。……その為の2年間を、わたしは過ごしてきたのですから」


 

 その瞳に、私はどうしようもなく恋をしてしまうのだ。


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