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第3話 少女達は歩み出す

「それでは、行ってまいります」

「はい、行ってらっしゃいませ。寿葉お嬢様」


 わたしが6年生になって数日。

 今日も香取家の門まで付いてきてくれた綾乃さんにお礼を言って、登校をする。

 ただこの以前と変わらない日常に、一つだけ変化が起きた。


「あ、おはようことりん~!」

「はい、おはようございますゆかちゃん。今日も待ってくれていたんですね」

「もちろんだよ~、せっかく同じクラスになったんだもん!これくらいしないと、ことりんは人気者だからね~。学校だと、ずっと独り占めはできないし……」

「飛び級の転入生という立場ですから、仕方ないところもあると思います。……今のクラスメイトの皆さんは、積極的に話しかけてきてくれますし」


 飛び級から数日経っても、クラスメイトの皆さんはわたしに好意的に接してくれる。

 歳の近い知り合いがゆかちゃんしか居なかったわたしには、それがとても新鮮で嬉しい。


 頬をぷくーっと膨らませて隣を歩くゆかちゃんを見る。

 昨日ふとクラスメイトの女の子に、どうしてそんな風に接してくれるのかと聞いた。


 するとどうやら、わたしが転入する何日も前から、ゆかちゃんがわたしの良いところを皆に話してくれていたらしい。

 それである程度の事前情報を持っていたうえでの、初日のゆかちゃんとの教壇での会話。

 そして実際にわたしを見て、完全に警戒を解いてくれたらしい。


 つまり、わたしがこんな気持ちで学校に行けるのはゆかちゃんのお陰。

 どうしてわたしにここまでしてくれるのかは分からないけれど、決して悪意なんかじゃないという事は分かっている。


「ことりん?どうかした?」

「……いいえ。改めて、ゆかちゃんの事を好ましく思っただけです」

「っ……!?」


 友人を思いやり、明るく穏やかで、誰にでも優しいゆかちゃん。

 幼稚園の頃からの付き合いだけれど、わたしはやはり彼女が好きらしい。

 そんなゆかちゃんと一緒のこの登校時間も、わたしにとっては掛け替えのない時間だ。


 ──そんな幸せを得る権利なんて、わたしにはないくせに。



「やっほ、おはよう寿葉さん!……と、ゆかりは何してんの?」

「ゆかり?どうして香取さんに抱き着いてるの?」

「お、おはようございます、鹿島様、伊勢様。ゆかちゃん、もう学校に着きましたよ?」

「今日はことりんの横をキープし続けるよ~!」

「そんな無茶な……」


 6年2組の教室に着いて、鹿島様と伊勢様とそんな挨拶を交わす。

 何故かいつもよりも引っ付いてくるゆかちゃんになんとか離れてもらい、席について授業の準備を始める。


「ふあぁ……」


 わたしの席は窓際の最後列。転入生用に設けられたその席は、窓から穏やかな陽の光で照らされやすい。

 昨日の夜は香取家の書類仕事をしていてあまり眠れていないから、思わずウトウトとしてしまった。


 みんながいる教室で欠伸なんてはしたない。

 ただでさえ巫女として不出来なのに、そのうえ香取寿葉としてもこんな様。

 もっと身を引き締めないと、またわたしの大切な人を失ってしまう。


 わたしだけは、誰よりもしっかりとしないと。


「ふふっ、眠いの香取さん?」

「も、申し訳ありません伊勢様……。はしたないところをお見せしてしまって……」

「そんな事ないわよ。それより、そろそろクラスには慣れた?」


 にこりと笑顔でそう言う伊勢様は、まさに大和撫子のようなお方。

 クラスの中でも委員長気質な伊勢様は、そうやってわたしを気遣って下さることが多い人だ。


「はい、皆様のお陰で少しずつ。伊勢様にもご助力頂き、本当に感謝しております」

「私は何もしてないけどね。近づき難い巫女だってことを含めても、それだけ香取さんが素敵なのよ!」

「……はい。ありがとうございます」


 そう、わたしは香取家の巫女。

 大神様に最も近くて、他の巫女様とも違う。勿論、英雄様とも。


「香取さん?」

「申し訳ありません。少し、お手洗いに」


 不思議そうにわたしを見る伊勢様に背を向けて、わたしは教室を後にした。

 お手洗いとは言ったけれど、特に行く当てなんかはなくて。


 ただ、あの場にいれば伊勢様に情けない姿を見せてしまうかもしれなかったから。

 そんな〈情けない香取寿葉〉は、きっと必要とされることなんてないから。

 だから、わたしは逃げることにした。


 小学校の裏手にふらっと訪れれば、そこには日陰にベンチがあった。

 そのベンチに座れば、少しだけ気が楽になってくれる。


 ああ、こんなことはしてはいけないのに。

 香取家の巫女として、香取家の当主として。こんな、幼子みたいな逃げは許されるはずがないのに。


『近づき難い巫女だってことを含めても、それだけ香取さんが素敵なのよ!』

 

 お優しい伊勢様は、心の底からそう思って下さっているのに。

 今のわたしには、自分と彼女たちの評価があまりにもずれ過ぎているから、心が重いもので埋め尽くされてしまう。


 戦う力を持たず、立場から自死することも出来ず、ただ守られるだけの存在。

 だというのに、大きすぎる力のせいでわたしは絶対に守られてしまう。


 きらい、きらい、きらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらい。


 わたしは、わたしのことがだいきらいだ。


「たすけて、おねえちゃん……」 



「ことりんが?」

「ええ、さっきお手洗いにって。でも、とても苦しそうな顔をしていたようにも見えたから……」


 みずずがその話をしてきたのは、朝の時間の10分前のベルが鳴った後。

 お手洗いからまだ帰ってこないことりんを心配して、私とかななに声をかけたそう。


「苦しそうな顔って?」

「い、一瞬だったから、あまり見ることが出来なくって……」

「んー、それちょっと心配かも?アタシらで探しに行く?」


 かななも首をかしげながらのその提案に、私とみずずは頷く。

 ことりんのことだからきっと授業をサボるようなことはしないだろうし、みずずが聞いた通りお手洗いに居てくれたら安心できる。


「巫女様?お手洗いの方には誰もいないよ?」


 だけど、たった今お手洗いから出てきた女生徒から聞けた話はそれだった。


「えー、他の階とか棟とかかな?」

「でも、わざわざそこまで行くかしら?」

「……ことりんの場所、私分かったよ~」

「「え!?」」


 早く、早く、ことりんのところに行ってあげたい。

 きっとことりんは、一人で泣いてしまっているから。私の大好きな女の子が、自分で自分を傷つけてしまっているから。


「……みずず、かなな。ことりんの所へ歩きながら、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ~」


 でもその前に、みずずとかななにも知っておいて欲しいと思った。


 香取寿葉という、世界で1番孤独な女の子の過去を。


「……私の、大好きな女の子のお話」

 

 私がそう言うと、みずずもかななも顔を真っ赤にする。


「そ、それって、やっぱり寿葉さんの事?」

「こ、こここ恋バナ!?」

「えっへへ……。うん、ことりんの事〜。恋バナかと聞かれれば、ちょっと違うかもだけど」


 私のことりんへの気持ちは、恋なんてとっくに通り越していると思うし。


「香取家は、神歴になる前から巫女の家系。ことりんはその歴史の中でも、大神様に最も近い巫女様。それは、神職の家系の人間なら誰でも知っている常識」


 逸る気持ちをなんとか抑えながら、私は真っ直ぐにことりんのいる所へ向かう。

 みずずもかななも、私を信じて一緒に歩いてくれていた。


「そのせいで、ことりんは色んな事を背負ってる。香取家の当主として、筆頭巫女として。……まだ、10歳なのにね」


 私が遊んでいる間にも、ことりんはずっと誰かの為に働いていて。

 私の記憶の中のことりんは、あの日からずっと辛そうな顔をしている。


「……香取さんに、ご両親は?」

「そ、そうだよね!寿葉さんはまだ小学生なのに、なんで香取家の当主なんか──」


「ご両親とお姉さんは、ことりんを守る為に2年前に死んだよ」


 私の言葉に、2人は息を呑む。

 香取家の事は極秘事項でもあるけど、この2人なら情報を漏らしたりしないから大丈夫。


「今は広いお屋敷で、何人かの使用人さんと暮らしてる。でも、実際に話す事を許されてるのは1人だけ」


 色んな事を制限されたお屋敷で、自由に話せるのは1人だけ。

 他の使用人は、ことりんと話すことを許されていない。


「そんなの……」

「……香取さん」

「同情してあげて、なんて言うつもりないんだ~。だけど、少しでもことりんの事を知ってほしくて。きっと、ことりんはこの事話したがらないから」


 そこまで話したところで、私たちは小学校の校舎の裏側につく。

 建物の陰からそっと覗けば、視線の先のベンチでことりんが膝を抱えていた。


「どうしてこの場所が分かったの?」

「昔、ことりんが教えてくれたんだ~。あそこは、お姉ちゃんとの思い出の場所だって」


 本当は、もう少し話してあげたかったけど。

 泣いてることりんを見て、私が我慢だなんて出来るはずもなくって。


 足早に、でも音を立てないようにことりんに近づいて、私は彼女を後ろから抱きしめた。


「……ゆか、ちゃん?」

「おお、ことりんせいか~い!」


 ことりんの小さな体は震えていて、それが少しでも治まるように私は力を入れる。


「……どうして、来てしまったんですか」

「ことりんの事が大好きだからだよ~。それ以外に、理由なんている?」

「ひ、必要ですっ!」


 私の言葉に弾かれるように、ことりんは私の腕の中から逃げ出す。

 そうして私に向き合ったことりんは、悲痛に顔を歪めてしまっていた。


「わ、わたしは香取家の巫女なんです!ですから、こんな情けない姿で人前に出てはいけないんです!ゆかちゃんは、それを分かっているでしょう!?」

「うん、ことりんの事なら何だって分かるよ~」

「だったら──」


「でも私にとって、ことりんは大事な親友だから」


 そう、ことりんは私の大切な大親友。

 私の好きは今のことりんには伝わらないから、あくまでまだ親友。


 そんな私の言葉を聞いて、ことりんは心底驚いた顔をする。

 でも、その反応はちょっと心外かもだよ!


「そ、そんなのダメです。わたしが、ゆかちゃんと親友だなんて……」

「え~、ことりんは嫌?」

「ち、違います!でも、でも……」


 いつもの雰囲気に少しだけ戻ったと思ったら、また苦しそうな顔をして口を開く。


「──そんな大きすぎる幸せ、わたしなんかが貰っていいはずがない」


 その言葉をことりんが放った瞬間、後ろから走ってくる2つの足音が聞こえた。

 そしてその足音の主たちは私よりも先に、ことりんに抱き着いていた。


「い、伊勢様!?鹿島様!?どうして──」

「うるさい!香取さんは、幸せにならなきゃダメ!」

「水希の言うとおりだよ!寿葉さんは、もうアタシ達にとっても親友なんだから!」


 みずずとかななはそう言って、ことりんを抱きしめる。

 当のことりんは、その言葉たちに大粒の涙を流していた。


「だ、ダメです……!わた、わたしなんかが……!」


 むー、やっぱりことりんって頑固だよね。

 やっぱり、私たちが色々と揉み解してあげなきゃダメかな!


「ことりんが経験したこと、私も少しは知ってる。だからこそ、ことりんは誰よりも幸せにならなきゃダメなんだよ?」

「そんな資格、わたしには……」

「幸せになるのに、資格なんていらないよ!」


 結果的には、みずずとかななに話すのはあれだけで良かったかも。

 2人がこんなにことりんを想ってくれるなら、ことりんもきっと自分から話してくれる日が来るだろうし!


 でも、2人にことりんを取られるのはモヤっとしちゃうから。


「……大丈夫だよ、ことりん。ことりんの事がどんなに自分を嫌っても、私がことりんの事を誰よりも好きでいるから」


 そう言って、ことりんの手を私の両手で包み込む。


『寿葉って、こうしてあげると安心するんだ。どう、ゆかりちゃん?私の妹、すっごく可愛いでしょ!?』


 まだことりんのお姉さんが、香取舞さんが生きていたころ。

 すやすやと眠ることりんの横で、そんな会話をしたのを覚えている。


 そしてその行動のお陰か、ことりんは次第に落ち着き始めて。

 とてもとても不安そうに、俯きながら私たちに問いかける。


「わ、わたしは、香取家の巫女なんですよ?」

「そんなの関係ないわ!私は大神様関係なく、香取さんと親友でいたいの!」


「香取家の当主という立場で、皆様にご迷惑をかけるかもしれません」

「そんなの気にしないって!立場なんて、アタシ関係ないから!」


 みずずとかななは、本当に凄い子だなぁ。私が言いたかったこと、全部言われちゃった!

 そしてその言葉は、ことりんにとても響いてくれたみたいで。

 顔を上げたことりんは、不安そうだけど涙は止まってくれていた。


「…………わたしは、皆様の友達になっていいのでしょうか」


 か細い声で、小さな希望を見つけたように。ことりんは、私に問いかける。


 …………きっとその小さな幸せは、ことりんにとっては身に余る程の大きすぎる幸福。

 うん、それならしょうがない!ことりんがこの幸せが小さく思えるくらいに、幸せのプールに浸してあげなきゃ!!


「勿論だよ、ことりん!改めて、私たちと友達になろっ!!」


 その言葉と一緒にことりんに抱き着けば、ことりんはまたわんわんと泣き出しちゃって。

 結局授業には間に合わず、私たちは神宮司先生にしっかりと叱られてしまった。


 でもきっと、私たちはその日を一生忘れることはない。


 だって、初めて私たち4人の気持ちが通じ合った日なのだから!



 これは3人の英雄様と1人の巫女の物語。

 神の諍いに巻き込まれた人間たちにとっての希望の光を持った、少女たちの物語。

 そんな使命を持っていても、神に選ばれた少女たちは願う。

 いつまでも友達と、大好きな人達と一緒にいれますように。


 その願いを、持ってしまったから。

 巫女は()()、道を間違えてしまった。 

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