8話「因縁の相手」
時刻は11:11。
「コーヒーカップ、楽しかったな!」
「そうだね。」
俺、蝶野楽は、友達の一元湊と共に、
某遊園地へ遊びに来ていた。
「湊は他に乗りたいアトラクション無いの?」
「楽の乗りたいやつかな。」
「何だよそれー。
譲ってばっかの人生はつまんねぇぞー。」
「……そうだね。」
「どしたん?」
「ああ、いや。何でもないよ。」
「……変な湊。」
一瞬、湊の目つきが獣のようになった気がした。
俺、なんか悪いこと言ったかな?
さて、次なるアトラクションはどれか。
そんな想像を膨らませながら歩いていると、
前方から奇抜なファッションの2人が歩いて来る。
1人は………なんとも形容し難いファッション。
微妙な長さの髪型、黄色がかった青髪に、中性的な顔立ち、
さらに長袖とも半袖とも、
ピッタリともブカブカとも言えない絶妙なTシャツ。
目立つほど変では無いものの、違和感が残る。
そして、もう1人は…………
「………楽? どうした? 顔色が……」
両手に何かを隠すように黒い手袋を身に着け、
波のような模様が施された坊主ヘア、
豹柄フレームの茶色いサングラスをかけていて、
黒くて威圧的なジャケットを羽織った男。
その男を見た途端、忘れていた記憶を思い出す。
……いや、思い出さないようにしていた、の方が正しい。
その男は、見た目こそ変わったが、かつての面影がある。
憎たらしい。ああ、憎たらしい。
腸が煮えくり返ってしまいそうだ!
「こいつだ。」
「……。」
「こいつだよ。湊。」
「!」
目が血走り、唇を血が出るほど噛み、
真っ直ぐ前を向く俺を見て、湊が察する。
「お、はっけーん。」
「でかした、中途!」
「俺の! 両親を! 殺したのは!」
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某年12月25日 0:00
その日は、酷く激しく真っ白な雪が降っていた。
「サンタさんを捕らえてやるんだ」と宣って、
ガキの俺は、ただ寝たふりをに徹していた。
時計の針がてっぺんを指す頃。
母さんの断末魔が聞こえた。
俺は事の異常さに気づき、すぐに階段を駆け下りた。
居間の前には、母親の上半身が
虚ろな目をして横たわっていた。
居間の方に目をやると、
赤みがかった白い髪の毛を逆立て、
特徴的な大きいコブの付いた右腕で
俺の父親の顔面を掴む筋骨隆々の大男がいた。
父さんはまだ生きていた。
でも、次の瞬間には頭を卵のように握り潰され死んだ。
子供とは、無知で、非力で、未熟で、不孝で、
なによりとても弱い存在だ。
俺は目の前に広がる状況をなかなか受け入れることが出来ず、ただ廊下に立ち尽くしていた。
「あちゃー。見られちゃったかー。
ガキを殺す趣味は無いけど…仕方がないよな。」
男がゆっくり、ゆっくりと、
まるで俺の恐怖で歪んだ顔を楽しむかのように、
大きな足音を立てながら近づいてくる。
丁度その時だった。
「【ラックアンラック】」
俺は死に際に立って、ようやく能力に目覚めた。
…もっと早ければ、父さんや母さんを救えただろうか。
あとはもう、記憶に靄がかかったように思い出せない。
鮮明に覚えているのは、
両親の決して安らかとは言えない死に顔と、
豪雪の中へ走り去っていく彼、
赤い炎に包まれ崩壊する我が家、
そして、絶え間なく続く全身の痛みだけだった。
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…どんな運命の巡り合わせなのだろう。
憎き憎き恨み募る相手が、わざわざ会いに来たのだ。
刺し違えても殺す。何度でも殺す。
「【ラックアンラック】!」
『「待て楽! 早まるな!」』
「………相手、なんか怒ってない?」
「うーん…昔のオレが何かやったのかもなぁ。
やんちゃだったからなぁ。覚えてないわ〜。」
【ロケットパンチを撃つ能力】。
この際もう、どんな能力でもいい。殺せるなら。
照準を男に合わせ、心臓目掛けて放つ。
「中途。下がれ。」
男はそう言い、右手の黒い手袋を外し、
大きなコブの付いた手を露にする。
「ここだ。」
手を空中にかざすと衝撃波が起こり、
【ロケットパンチ】の軌道が大きく変わって、
見当違いの方向に飛んで行ってしまった。
数秒の時間をおいて、
飛ばして無くなったはずの右手が生え替わる。
「いきなり攻撃するのはマナー違反って、
親から教えてもらわなかったのか?非常識人。」
男が煽る。俺はもう自我を失いかけていた。
「落ち着け楽!」
「落ち着いていられるかよ!」
「聞け! あいつの能力は得体が知れない。」
それを聞いた男は嘲笑うように言った。
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嘘つけ兄ちゃん。いや、一元。
お前は、俺のすべてを知っているはずだぜ?
お前の持つ、【情報を知り、記憶する能力】でな。
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それを聞いた俺たちはさすがに動揺した。
「なんで……お前がそんなこと知って………」
湊はぽつりと疑問を零す。
当然だ。湊の能力の詳細は、俺しか知らない。
蝶野楽以外が知り得るはずがない。
………いや、待て。
湊の能力は、普段俺がカシにそうされているように、
セーフティロックがかけられている。
情報の強制的な記憶は、脳に多大な負担を与えるからだ。
要するに、今の湊は彼らのことを何も知らない。
にも関わらず、彼は知っているはずと豪語した。
そこから導き出される結論。
こいつらの持つ情報は不完全。
大丈夫。落ち着いて冷静に考えれば、勝機はある。
「湊。」
「分かっているよ、楽。
つまり、そういうことだろう?」
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【情報掌握】制限解除
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湊の瞳が緑色から赤色に変わる。
「円谷大に半端中途。
円谷は【丸いものを一瞬巨大化する能力】。
弱点は対象の座標が正確に分からないと使えないこと。
半端は【何事も中途半端に遂行する能力】。
弱点は、本人に能力の自覚が無く、
自分一人では能力が足枷にしかならな……おえ!」
湊が鼻血を垂らし、嘔吐する。
能力を使用した代償だろう。
無理をさせてしまって申し訳ない。
だが、今ので相手の名前、能力、弱点が分かった。
「さっすが、情報の掌握はお手の物って感じだなぁ。」
「なあ、僕ら、大丈夫なのかな?」
「なぁに、オレたちゃ、日本で一番のバディだろ?」
「そうだね!」
「湊………大丈……ガハッ」
不味い。能力の代償を考えてなかった。
我に返った途端に、全身の神経が焼き切れたように痛み、
ぴくりとも動けなくなる。
心臓の鼓動はみるみる弱まり、視界がぼやける。
『……馬鹿が。』
「すまん カシ。 助けてくれ。」
『助けてくださいだろ。このボケナス。』
「……助けてください」
『よろしい。では、こうしよう。まずは……』
耳!
楽は【ロケットパンチ】をうずくまる湊に向かって放ち、
右手ごと遥か彼方にぶっ飛ばす。
「なんだぁ? 仲間割れか?」
「これは何のつもりだ! 楽!」
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これで、しばらくお別れだ。湊。
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楽は死別を連想させる台詞を吐く。
「「!」」
「楽! 俺はそんなの認めない!
これを止めるんだ! クソッ! 離せ!」
湊は受け入れ難い状況に足掻くも、
俺の放った【ロケットパンチ】を引き剥がせない。
「さて、円谷大だったか。
お前はまさか、尻尾を巻いて逃げるなんて、
弱者みたいな真似はしないよな。」
「あ゛あん!?」
楽は、まるで人が変わったように、
的確に相手の逆鱗に触れ、挑発する。
「だ、大くん? 挑発に乗っちゃ駄目だよ!」
「黙ってろ中途。男はな、
喧嘩を売られたら買うのが常識なんだよ。」
「へー。そうなんだ。」
「おう……ん?」
円谷大は会話に夢中になっている隙に、
蝶野楽によって近づかれ、ぎゅっと抱きつかれる。
「…何のつもりだ、お前は。」
「タイワンアリタケって知ってるか?」
「……知らん。タイワンも、アリタケも知らん。」
「蟻に寄生するキノコだ。
そのキノコは、宿主の蟻を木の枝なんかに
噛みつかせて、そのまま死なせるんだと。」
「オレは、つまんねー長話は嫌いなんだけど?」
「その行動…『デス・グリップ』って言うんだが、
筋肉が異常収縮することで引き起こされてさ、」
楽の身体がギシッと音を立てて、より強く抱きつき、
さらに、円谷大の首筋に噛みつく。
「ぎゃああああああああああ!!!」
「大くん!」
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死んでも離さないんだって。
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「痛ェ!お前!離れろよ! ……力強ッ!?」
「ね、ねぇ、様子変じゃない?」
「あ゛?」
蝶野楽らしき器は、ぴくりとも動かなくなる。
「……………死んでる。」
「え? ウソ!?」
何ということだろうか。
標的が戦いが本格的に始まる前に死んでしまった。
これを、雇い主にどう報告したら良いだろうか。
そんなことを、呑気に考えているらしい。
こちらの策略にハマっているとも知らずに。
瞬間、楽の身体に亀裂が入り、
青白く発光し始める。まるで、爆弾みたいに。
「………冗談じゃねえ。 冗談じゃねぇよ!」
「!?!?!?」
刺客2人は目に見えて焦り始める。
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『これから君の身体を乗っ取って、
現状可能な最善の方法を用いて戦略的撤退を試みる。』
「逃げんのか? 仇が目の前にいるのに。」
『準備が足りない。復讐するなら、念入りに。
今戦ったところで、あまりにこっちが不利だ。』
「……分かったよ。」
『理解してもらえて嬉しいよ。
では初めに説明しておきたいんだが。』
「ん?」
『この作戦でミスを犯すと、君は死ぬ。』
「ハイリスクじゃん。」
『そう。ハイリスク。君は覚えているかな?
俺が以前君に話した、君の能力のデメリットを。』
「“爆発四散”?」
『そう。君はついさっき、
【ラックアンラック】と唱えてしまった。
なので、君はあと数十秒で爆死する。』
「そういえばそうだったわ。
ん? でも、最近2回唱えたけど、
その2回とも痛みはあれど、爆死しなかったぞ。」
『今までの能力発動は恐らく、
湊がくれたお守りのおかげで助かったのだろう。
あれには《祈り》と呼ばれる、
【運】に近しいエネルギーが込められていたからな。』
「なるほど。」
『だが、今はそれを持っていない。
君は恐らく気づいていないだろうが、
3人目の刺客・向田ミルとの戦いで、
呪文を唱えた時に焼失したからな。』
「あー。」
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楽の身体はどんどん崩れるが、
その瞳に宿る【殺意】は決して衰えなかった。
自己犠牲による究極の一撃。
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死ね
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楽の身体が激しく音を立てて破裂する。
周囲には腐乱臭が散らばり、
肉片や内臓の一部があたりに散らばった。
一般客の皆さんごめんなさい。
「ああああああああああああ!」
円谷大を死に至らしめるまでは行かなかったが、
体表を黒く焼け焦がし、顔の1/3を大火傷にできた。
「クソッ! なんて日だ!
世界一嫌なだいしゅきほーるどだったぜ!」
「……なにそれ?」
「純粋なお前は知らなくていい!
それよりも、中途に頼みたいことがある。
2秒以内に最寄りの医療機関に俺を運べ。」
「やってみる。」
足!
「ぐぇっ!」
【ロケットパンチ】に吹き飛ばされた湊は、
遊園地の入場口前に着地した。
「クソッ! 楽のやつ、何のつもりだ!」
一元湊はある1つの可能性を危惧していた。
――楽は相手を道連れに死ぬ気だ。
勿論、それが気の所為だったなら、ただの笑い話で済む。
だが、あの覚悟のこもった目は、
ある種の【死相】のようなものを感じさせた。
もしこの仮定が正しいなら、
なんとしても彼を止めなければならない。
「――――ッッッッッ!」
視界がぐにゃっと歪み、
頭をトンカチで殴られたような痛みを覚える。
たった数秒間に受信した情報量が、
人間の処理できるそれをはるかに凌駕したのだ。
四肢が震え、最早まともに立つことすら叶わない。
そんな時、元居た方角から爆発音が聞こえた。
大勢の人々の悲鳴と共に、
拒んでも拒んでも、情報が、流れてくる。
《セーフティロック》が再びかかるまで時間を要する。
だから、嫌ってほどに流れてくるのだ。
通行人が目撃した親友の最期や断末魔、
飛び散る肉片、生き延びた刺客が走る様。
「馬鹿……………野郎。」
友達は俺を安全な場所に避難させた後、
相手と相討ちになることを承知で自爆した。
この世から、たった一人の友人が、消えた。
「俺………お前がいないと………」
心にぽっかり穴があいたような、
痛みが、後悔が、寂しさが、棘のように突き刺さる。
守れなかった。守れなかった。守れなかった。
俺は、肝心な時にいつも側に居ない。
側に居てあげられなかった。助けられなかった。
『グゴゴッ ベキッ バキバキッ メキッ』
異音。振り返ると、楽の右手が、
痛々しい音を立てながら肥大化していた。
「なん………だ……これ。」
俺はその瞬間得た情報を、生まれて初めて疑った。
それの持つ情報は絶えず変化する。
やがて《何者かの肉片》から《見知った友人》の
情報に切り替わった時、それは人型の形をとった。
「…………楽………………………なのか?」
「お゛…………お゛…うぅぅぅう。」
まだ声帯が完全に作られていないのだろう。
黒い肉汁を垂らしながら、それは唸った。
やがてそれは、蝶野楽になった。
「本当に、楽なのか?」
「…! お、おう。俺は楽だ。
湊、お前、すげー酷い顔してる。
もしかして、俺が死んだと思って泣いてた?」
「…そうだよ。」
「……あっさり認めるんだな。」
「当然だ!!!」
湊が大粒の涙を流しながら叫ぶ。
「俺が…!どれだけ心配したと思ってやがる!
俺、俺さ、お前が、し、死んだかもって、
ふ、不安で、不安でさあっ………!俺ェ……………!」
「分かった!分かったよ!ごめんって!
一旦深呼吸!一緒に深呼吸して!落ち着け!」
「「すぅ〜……… はぁぁぁぁぁぁ………」」
「落ち着いた?」
「少しな………うぅっ……。」
「泣くなよ。罪悪感すげぇから。」
「…じゃあ謝って。」
「へ?」
「謝って!」
湊が子供のように頬を膨らませて言う。
「ほら!謝って!」
「ご…ごめんなさい。」
「抱きしめて!」
「お、おう? よしよし……」
「パフェ奢って!」
「図々しいな!?」
「あと………もう、二度とこんなことしないで。」
「……………。」
「楽はいつも、そうじゃないか。
自ら危ないことに向かって行って、
ボロボロになって帰って来る。」
「否定できん……。」
「だから、二度とこんな無茶しないで。」
「…約束するよ。」
俺は、その場しのぎの嘘をついた。
⇐to be continued