7話「なんでもかんでも」
「………今何て?」
「だからァ! 俺をJECに入れろッつッてんだよォ!」
ここは、JECアズマシティ支部 取調室。
…「取調室」とは言うものの、
今や、JECのメンバーが談笑する空間になっているが。
「オホン、話を整理しましょうか。田中鋼一さん。」
「おう。」
「貴方は蝶野楽を襲いましたね?」
「ああ、襲った。」
「それで、本部で取り調べを受けた。」
「受けた。」
「【再犯防止の刻印】は?」
「おらよ。」
田中鋼一がTシャツを捲り、
腹にデカデカと押されたピンクの刻印を見せる。
「では、もう用済みですね。さようなら。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待てよお兄さん。」
「なんだ。」
「俺ァ、感謝してるんだ!
アンタだろ? わざわざ俺の素性を調べて、
妹の手術費用を支払ってくれたのは!」
「………さァ? よく覚えていないね。」
「まだ3日しか経ってねェよ!」
「……………。」
確かに、私はこの男に情けをかけた。
この男は何でも屋。金さえ払えば何でもする。
殺しだって、やってのける。
…まあ、暗殺依頼を受けるのは今回が初だったそうだが。
「……やっぱり、前科者が
正義の味方になるって、可笑しいか?」
田中が心細そうに問う。
「世間一般から見れば、異例だろうな。」
「……………………。」
「だが、私はそれを嘲笑ったりしない。」
「…おっちゃん!!」
「誰がおっちゃんか!
まだギリギリ20代だっての!!!
老け顔か!やっぱり老け顔なのか!!!」
「………すいません。」
「……それに、私が君を助けたのは、
同じ兄として、思うところがあったからだ。」
「!」
「君の妹は、今 元気か?」
「お陰様で、症状が収まりました。」
「そうか。ならば、
もう何でも屋として働かずとも、
JECからの、寄付金で何とかなるだろう。」
「それじゃ、駄目なんだ。」
「?」
「俺ァ、弱いんだ。妹さえ、守れない。
頭よく無ぇし、能力も使い勝手悪いから、
まともな働き口だって見つからねェ。
こんな情けねェ兄貴のままじゃあ、嫌なんだ。
俺は、強くなりたい、
そして、JECで頑張って働いて、
今まで傷付けた人たちへの、罪滅ぼしがしたい。」
「それを私に話して、どうなる。
結局 君は、最後まで誰かに頼りきりなのか?」
「!」
「JECに入って、君は我々にどれ程貢献できる?
JECにおいて、君だけが出来ることは何だ?
そもそも、JECに入ったところで、
罪滅ぼしが出来ると考えるのはやや短絡的だ。」
「………………ごめんなさい。」
それから、15分程の沈黙が流れた。
俺ァ、気まずいなんてモンじゃなかったし、
もう正直、諦めて地元に帰ろうとも思った。
この人が言っていることは正しい。
俺の言っていることは、ただのエゴかもしれない。
でも…………俺ァ………………。
「……まあ、いいだろう。1ヶ月あげよう。」
「え……!」
「1ヶ月。私の側で働き、学び、強くなれ。
私が“使える”人材と判断したら、JECに入れてやる。」
「! ありがとう…………ございます!」
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「……俺ァ、強くならなきゃァいけねェ。
強さの証明には、お前を倒さないとなンねェ。
だからァ! 大人しく投降しやがれェ!」
「嫌だね!おれは諦めない!絶対に!」
月明かりが2人の男を照らし出した。
1人目の刺客・田中鋼一。
4人目の刺客・薄衣衒。
どちらも、蝶野楽の命を狙ったことに変わりない。
だが、決定的な違いがあった。
「なんで、あいつが、ここに?」
蝶野楽は、当然の疑問を吐き出す。
「それは、彼が望んだことだ。
彼は、彼なりに、君に贖罪がしたいんだよ。」
天馬正和は、慎重に答える。
「……俺は、たとえあいつがどうしようと、
気持ちを変える気は無い。許す気はないです。
だって、殺されかけたんだから。」
『実際、殺されたけどな。』
「(黙れ)」
カシが話に水を差す。
…カシが居なかったらそのまま死んでいたのは確かだが。
「…私は、君が彼を一生許さなくてもいいと思っている。
今がどうであろうとも、過去は変わらないからね。」
「………………。」
楽は苦虫を噛み潰したような顔をする。
それを、天馬は見逃さなかった。
「……君も、変えたい過去の1つや2つあるだろう。
私だって………………ううん、皆、その位持っている。
だから、許すまではいかなくとも、
その想いを哂わないでやってほしい。」
「……善処する。」
「……そうか。」
人!
「さて、お前は1つ、ミスを犯している。」
「急になんだァ?」
「お前は拘束する時、呼吸だけは出来るように、
首から下しか固定しないようにしているね。」
「……それがどうしたァ?」
「こういうことだよ。」
薄衣衒の肉体がぐにゃりと変形し、
ほんの数秒で【空気の牢】から脱出する。
「えェェェェェェェェェェェェェェェェ!?」
「お前、つくづく甘いな。」
そのままフワフワと、上に向かって昇っていく。
―――まるで気体みたいに。
「天馬さん! 逃げた!
そっちに向かってるッ! 危ねェ!!」
「「!!」」
目の前に薄衣衒が現れる。
「気体にもなれるのかよ!」
「その通り。」
薄衣衒は右手を刃物に変形させる。
「天馬さん!」
「大丈夫。」
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直伝・【箱詰】。
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瞬き一つの間に、薄衣衒は白い箱に変化した。
「………なにこれ?」
「私の能力で、薄衣衒を特別な箱に収容した。
もうこれで、完全に脅威は消え去った。」
「えぇぇ………(困惑)」
そのままフワフワと、天馬正和は着地し、
俺を最大限注意を払いながら、地べたに寝かせる。
「天馬さん……。
もうこれ、天馬さん1人で良かったじゃないですか。」
「愚か者。本当は、君がとっ捕まえるのがベストだった。
君がしくじったから私がやらざるを得なかったのだ。
……これじゃ、JEC入会の件もナシかな?」
「ソンナ!?」
「今後も励め。」
「あ!はい!」
そして田中鋼一はこちらを見、
かなり気まずそうな顔をする。
「蝶野楽………さん。」
「は、はい。」
「申し訳なかった。」
それは、綺麗な土下座だった。
「俺は、お金に目がくらんで、
君に酷いことをしてしまった。
到底許されることではない。罵ってくれて構わない。
気が済むまで殴ってくれても構わない。
…言ってくれれば、二度と君の前に姿を現さない。」
「………………。」
『楽。彼は一切嘘をついていない。
それに、彼はかなりの伸び代がある。
ここで切るのはもったいないと思う。
そう遠くない未来で、きっと良い捨て駒になる。』
「(こいつ……どうしようもないカスだな。)」
楽は頭を掻き毟り、悩みに悩んで結論を出す。
「あ゛ーーもう! 良い! 全部水に流してやる!
その代わり、しっかり社会貢献しやがれ!」
「!」
田中鋼一が嬉しそうに顔を上げる。
………根は悪いやつじゃないかもしれないな。
「では、お互い仲良くなったところで」
「「なってねえよ。」」
「…まあまあ、落ち着いて。
本部に彼を送り届けてから、
一緒に飲みにいかないか?」
天馬が嬉々として提案する。
「未成年です。」「未成年だぜェ。」
「(´・ω・`)」
提案はあっさりと打ち砕かれた。
天馬はトボトボと、寂しそうな足取りで本部に向かった。
「………………。」
残る刺客はあと4人。半分だ。
さすがにこうも襲われ続けるのは、きつい。休みたい。
「………………ん?」
真横を見る。田中鋼一がいる。
「お、お前………着いてかなくて良かったのか?」
「…………………………あ。」
田中鋼一の顔はすっかり青ざめる。
「待ってください天馬さん!
置いてかないでェーーーーッッッッッ!」
人!
とあるボロアパートの一室。
2人の男はカップラーメンを啜っていた。
「さて、繁芸獏。計画は順調かな?」
「まあね。あと2日もあれば準備完了ってとこかな?」
「……でもさ。蝶野楽はどうなってる?」
「生きてるねえ。」
「「生きてるねー。」じゃあないんだよ!大問題だ!
刺客はあと何人残っている!? もう半数じゃないか!」
「それで?」
「「それで?」ってお前……。ううん。
君、そんなんで本当に大丈夫か?
これは、君だけの計画じゃないんだからな。」
「大丈夫。失敗はさせないさ。だって次の刺客は…」
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チートなんてもんじゃあないからねえ。
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日!
嫌な目覚めだ。
時計の針は3:13を指している。
何と中途半端な時間だろう。眠すぎる。
男は、カーテンを開き、窓を2/3程度開く。
寝室のドアを開け、洗面台に向かう。
顔を洗ったら、朝食の準備。
戸棚にしまった食パンを一斤取り出し、包丁で切る。
………絶妙な厚さになってしまったが気にしない。
フライパンに玉子を落とす。ジュワアアアと音を立て、
ギリギリ円と言い張れ無くもない形の目玉焼きが出来る。
それを食パンの上に乗せ…………乗り切らない。
それを口に運び、食べる。
………半熟とも完熟とも言えない奇妙な食感。
「うーむ……次こそは!」
そうして自分をふるい立たせると、携帯電話に着信が。
『オレたちの出番だ。』
そうか。ようやく僕たちの番が回ってきたのか。
「よぉーし!頑張って殺すぞーっ!」
人!
釈然としない目覚めだ。
時計の針は4:44を指している。
まあ、なんと不吉な時刻ですこと。
「カシ、起きろー。」
『んあ?』
楽は、カーテンを開き、窓を全開にする。
寝室のドアを開け、洗面台に向かう。
顔を洗ったら、朝食の準備。
冷凍庫から食パンを1切れ取り出し、解凍する。
「やっぱり6枚切りが正義だよな。」
『8枚切りに決まっておろうが、このたわけ。』
「うるせぇ。誰が何と言おうが、6枚切りこそ至高!」
『チッ。』
冷蔵庫からいちごジャムを取り出す。
ブルーベリージャムと悩んだが、今日はこっちの気分。
専用のスプーンを用いて、丁寧に塗りつける。
「あ、どうせならバター使えば良かった。」
『愚か者め。』
それを口に運び、食べる。
「サクッ」「フワッ」2つの食感を併せ持つ。
いちごの酸味と大量の砂糖のハーモニーが、
俺の味覚を刺激する。先人は偉大だ。
「美味い!」
感動していると、湊から着信が。
『久しぶりに遊ばないか?』
俺は「いくいくー!」と返信して、支度する。
「よしっ!今日はたくさん遊ぶぞー!」
足!
時刻は10:45。
「遅れてごめーん!」
「いいよ。急に誘って悪かった。」
私服の湊は普段の地味なスーツ姿と比べて、
かなりお洒落で若者っぽい。…同い年だけど。
「今日は仕事のパートナーとしてじゃあなく、
友達として一緒に楽しもうぜ!」
俺たちが向かったのは、皆大好き、遊園地。
「この遊園地はすごいよな。
なんせ、20世紀からあるんだからな。」
「ほんとになー。
てか、よくチケットなんて取れたな。」
「フフフ。株やってるからな。」
「………抜かりないよな、湊って。」
「よせやい。照れるだろ。」
湊は昔からずっと、俺を助けてくれた。
俺がまだガキで、お漏らしして泣いた時とか、
スーパーで親とはぐれて、迷子になった時とか、
………両親が死んで、身寄りが無くなった時とか。
ほんとに、ずっと変わらずいい奴だった。
「……どうした?顔色悪いぞ?」
「あ、いや。大丈夫。」
「…そうか。無理すんなよ。」
遊園地の中は、たくさんのバルーンで彩られている。
親子連れが多く、キャラクターの着ぐるみと戯れている。
「あれ、中身おっさんって教えたらどうなるんだろ。」
「楽……お前ってやつは。」
「冗談だって! 睨むなよ。
上段 中段 下段! なんつってな!」
カシが明らかな殺意を持ってこちらを睨む。
「アッハハハハハハ!
何それギャグ? 面白いな!」
「えぇ……(困惑)」
カシは誇らしげに笑い、俺に無言で近づく。
悪かったって。お前のギャグは最高だよ。
認めたくないけど。
「…さて、最初はどれに乗るんだ?」
「この1番速いジェットコースターかな。」
こいつ、正気か?
「…楽って絶叫系無理だったっけ?」
「やや苦手。」
「じゃあひとまず、コーヒーカップでも乗るか。」
「ありがとなー。」
〜一方その頃〜
時刻は11:01。
揺れる観覧車のゴンドラの中には、
手のひらに丸いコブのようなものがあり、
坊主ヘアで茶色いサングラスをかけていて、
黒くて痛々しいジャケットを羽織った男と、
短髪とも長髪とも言えず、黄色っぽい青髪で、
男性とも女性とも言えない中性的な顔立ちで、
さらに遊園地にも関わらずTシャツ……それも、
長袖とも半袖とも、ピッタリともブカブカとも言えない、
とにかく中途半端で形容し難い男が座っていた。
「で、何故遅刻した?」
「しょうがないって!
急に言われても準備なんて出来てないし!」
「はぁぁぁぁぁぁ(クソデカため息)
もう怒ってないから、
とっととこのゴンドラから
蝶野楽を見つけて殺せ。」
「やってみる!」
形容し難い男は、窓枠の外を凝視する。
「殺せはしないだろうけど。見つけた。
コーヒーカップにいる。男と一緒。」
「男の名前、身長、体重、趣味、
見た目、能力の詳細、住所、弱点、所属は?」
形容し難い男は一瞬黙り込む。
「すみません。完全には分かりません。」
「構わん。答えろ。」
「名字は一元、身長180cm以上、体重71.3kg以上、
趣味は読書と人間観察、なんかお洒落な見た目。
能力は【情報の収集と記憶】。自動発動型。
住所は……日本のどこか。
弱点は一度覚えたことを忘れられないこと。
所属は……秘密結社Ⅹ?知らない名前だなあ。」
「よぉーしよし! 良くやった!不完全だがな。」
「不完全だけどねー。」
「さて、じゃあいっちょ、ちょっかいかけに行くか!」
「うん! 臓物ぶち撒ける!」
⇐to be continued