6話「月下に輝く刺客」
「冷たいッ!」
《悲報》
蝶野楽自宅の給湯器、故障。
『こりゃ、修理業者に頼むしかないな。
治るまでは近所の銭湯にでも通うほかない。』
「そ、そんなぁ…。銭湯だって安くないんだぞ。それに…」
『それに、何だ?』
「何か………やな予感というか、胸騒ぎがするんだ。」
『ほう。』
カシが興味深そうに、しげしげとこちらを見てくる。
「な、なんだよ。」
『いや。君が能力者として成長していると分かったのが、
何よりも嬉しくてね。
君の成長は、俺の成長に密接に関係しているからね。』
「………俺が成長?」
『ある学者の一説によると、
【能力】は過度な防衛本能から宿るとされている。
だから【能力】によって身体が活性化され、
“予知”のようなことが起きてるとしても不思議はない。』
「なるほど。」
『おっと、こんなこと話してる暇は無かった。
早くしないと日が沈む。銭湯に行く準備を。』
「いえっさー。」
足!
『ここが?』
「そう。“民間銭湯 煮豚”だ。」
『いまいちネーミングセンスに欠けるな。』
暖簾をくぐり、番台に入浴賃を渡す。
「…カシはいいよな。
誰にも見えないから、金払わずに風呂入れて。」
『……俺にだって、良心が痛む時は、あるぞ?』
「嘘つけ」
脱衣所で服を脱ごうとする。
……とても視線を感じる。
「俺、なんかじっと見られてない?」
『自意識過剰じゃないか?』
「………。」
『おいおい怒んなって。冗談だよ。
上段 中段 下段! …なんつって!』
「…………………。」
『………すみません。』
相当、カシが浮かれてるな。
先程のことが、それほどまでに嬉しかったのか?
『でも、あながち、間違いじゃないかもしれない。』
「…………何が?」
『世間からすれば、楽は、
悪質な爆弾魔を街から、世界から遠ざけた英雄。
やはり、皆のヒーローってことなんだよ。』
「………照れくせぇ。」
そんなこんなで着替えを済まし、浴場に移動する。
正面には大きく富士山が描かれており、
全面がタイル貼りでいかにも古風な風呂場だった。
『………………。』
「俺の身体あんまジロジロ見んなよ。
浴場で欲情してんのか?」
カシが吹き出す。
「ダジャレじゃねぇし、わざとじゃねぇよ!?」
『……ああ、いや、ごめん。ちょっと考えごとをね。
―あと、訂正しておくが、
君から見えている俺は本当の俺じゃない。』
「急に何を言い出す!?」
『あくまでこれは、コミュニケーションを
円滑にするために作り出した虚構にすぎない。
だって本体の俺は、君の身体に住んでいるんだから。』
「そういえばそうだったな。
…要するに俺から見えるお前は、何?」
『君の網膜に俺のイメージを投影したものだよ。』
「そうだったんだ。」
通りで、目と目が合っているはずなのに、
目が合っていないような違和感があったのか。
耳!
「あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~」
『…やはり、湯船に浸かるのはいいもんだな。』
「……あれ、お前って
何で虚構の身体で湯に浸かれるんだっけ?」
『感覚共有』
「そうだったわ。」
『あ、そうそう。あんまり長く浸かりすぎるなよ。』
「え?何で?」
『治療行為……というか、肉片を繋ぎ止めてはいるが、
君の肉体は、実際のところ、ズタズタになっている。
水が染み込むと、やや痛むかもしれん。
俺が鎮痛剤の役割を担っているとしても、な。』
「そうなんだ!?
じゃあ、あと1分くらいしたら湯から上げるわ!」
『そうしてもらおう。』
その時、2人は鋭い視線をキャッチした。
『…………楽。』
「今のは俺でも感じた。…あいつだよな。」
遥か前方、出入り口付近の席。
先程から身体を洗う手を動かさず、
チラチラとこちらの様子を伺う男がいた。
腰にタオルを巻き、無精髭を生やした、
金髪で七三分けという変態的なヘアスタイルを
確立している、だが何故か地味だと感じさせる男。
「なんだあいつ………。」
『分からん。だが今、何かされたのは確かだ。』
「……?」
身体には何の異変も起こっていないように見える。
本当に何かされたのか?
………まあ、カシがそういうんだからそうなのかな?
「どうする?銭湯から逃げる?」
『…ここは人が多い。このまま居た方が………、
いや、水気のある場所での長居は危険だ。
さりげなく退出しろ。分かったか?』
「さー!いえっさー!」
足!
『タッ タッ タッ タッ』
薄暗い夜道を、街灯の光を頼りに駆け抜ける。
「何だったんだろうな。あいつ。」
『分からん、が、君と何らかの因縁があるんだろう。
ひょっとしたら、4人目の刺客かもしれないな。』
「まじかよ……。もう早く帰って寝たいのに。」
だが、見覚えのある道に入る。自宅の近くだ。
ここまで来たら、追いつかれることはまず無い。
「もうちょっと!」
『いや、待て!!!』
カシが突然、静止をかける。
自宅まであと一歩のところで、
向こう側から人影が歩いてくるのが見える。
黄土色の外套で全身を覆う不審な人物だ。
やや強い夜風が吹き、雲隠れしていた月が顔を見せ、
目の前にいる人物の顔を照らし出す。
「………!」
先程、銭湯に居た男。その人である。
その奇抜なヘアスタイルを見間違えるはずがない。
「な…………んで?」
俺たちはあの後、速攻で自宅に向かった。
その最中、この男は俺たちを追うどころか、
銭湯から出ようとする素振りすら見せなかった。
「何故………お前が?」
『楽。下がれ。あのコートの下に
何を隠し持っているか、分かったもんじゃない。』
「…………コート、気になる?」
男がぽつりと呟く。
「コートの下が、見たいのかい?フフフ……」
この上ない嫌な予感。逃げるか?
いや、銭湯からここまで先回りしている以上、
理屈は分からんが、逃げたところでどうせ捕まる。
ならば、覚悟を決めて戦うべきだ。
「見せてやろう。」
そう言って、男はコートを脱ぎ捨てる。
―――頭によぎった2文字。
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こいつは、紛れもない、『変態』だ。
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「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「へっぶ!!」
思わず股間を蹴り上げてしまった。
コートの下は、生まれながらの、
ありのままの姿であった。最悪である。
絶対、夢に出てくるやつだ。トラウマになった。
「―――ッ!!!」
男は目に涙を浮かべ、股間に手を当て転げ回る。
カシはそれを、ゴミを見るような目で見ている。
「クソったれ!ガキのくせに!」
「…大の大人がこんなことして恥ずかしくないんですか?」
「恥ずかしいけど、能力発動に必要なのでね!!」
男は体勢を立て直し、腰をくねらせ名乗る。
「おれは薄衣衒!4人目の刺客だ。」
「ええぇ………(困惑)」
繁芸獏も落ちるとこまで落ちたらしい。
「おれはよ、本当はこんな
露出狂まがいのことしたくなかったのよ。」
「じゃあすんなよ。」
「能力の代償なんだよ!クソったれ!」
なんとまあ哀れな人間だ。
「当初の予定では、お前は、
あの銭湯でヨボヨボになって死ぬはずだった!
だのに、お前は生きてる!」
『やはりか。』
「え?」
『恐らくこの男は、
先の銭湯で楽の寿命に干渉している。』
「…………まじ!?」
「おれの力を明かしておいてやろう。
おれは何でもかんでも奪うことが出来るんだよ!
互いが裸であることが条件だけどな!」
「(つ、つかえねぇ〜〜。)」
『(君の能力も、人のこと言えないだろう……。)』
「分かったか!? 大人しく投降しろ。
今なら痛くしないでおいてやる!」
「断る。」
「……まあ、そんな楽には進まねぇよな。」
『バキューン――』
「―――ッッッッッ!?!?」
薄衣が手で銃のカタチを作り、
こちらに向け、弾丸を放った。
直前に避けようとしたが、右肩に命中。
だが、致命傷を負う最悪の事態は避けられた。
今ので周囲の住宅に住む人たちは起きてしまった。
電気が点く。中には、窓からこちらを覗く人もいる。
「(ど、どういうこと!?)」
『なるほど、そういうことか。
もし本当にそうならば、かなり不味い!』
「どゆこと!?」
『あいつは、薄衣衒は、奪ったんだ。
銃からその機能を奪って我が物にしたんだ!』
「それって……つまり…………。」
『あいつの《奪う》は人間以外も対象だ!
今のあいつは全身から銃弾を撃てる!』
「クソチートじゃあねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「フンッ。お前なんぞに、おれの苦労は分かるまい。」
薄衣衒の左肩がガコンと外れ、ハンドルのように変形する。
そして、左肩を大きく回転させ始める。
「…………まさか。」
『逃げろ楽! 全速力で!
あんなもん撃たれたら回復が間に合わん!!』
――そう。それは、誰もが知っている。
複数の砲身を環状にまとめ、
それを手回しハンドルで回転させることで、
給弾、装填、発射、排莢を反復して行い、
数々の勇敢な戦士を鎮めてきた、悪魔の発明。
『ガトリング砲だぁぁぁぁ!!!』
閑散とした住宅街は、喧騒にまみれた戦場と化した。
窓は割れ、塀や壁は蜂の巣になり、
「なんだなんだ」と起きてきた住人も撃たれる始末。
これを地獄と言わずして何と言おうか。
「……弾切れか。」
約6秒間の連射の後、惨劇は終了した。
「(クッソ………何でもありかよ!)」
『うーむ……。』
カシは悩んだ。
楽は、人を殺すことに抵抗を見せる。
それは人として、ごく一般的な反応だ。
……だが、このような緊急事態なら話は別。
なんとしてでも戦わせなければならない。
『…………………。』
「カシ。」
『…なんだ。』
「力を貸してくれ。あいつを無力化したい。」
『!』
「あいつは、無関係な人まで傷つけた。
殺す……………ことは、司法機関の仕事だ。
だからせめて、あいつを止めてやりたい。」
『………はあ。君というやつは、つくづく甘いな。
いいだろう。で?どうするんだ?』
耳!
「一体どこに行った……。蝶野楽!」
今のでガトリング砲は使えなくなってしまった。
使用回数に制限のあるものは、
たとえ機能を奪い取り込んでも、それは変わらない。
よって、使いたい分だけ銃弾を取り込む必要がある。
あと使用できるのは何だ?
【高速移動】【索敵】は、クールダウン中。
と、なれば、やはり近接戦闘が妥当か。
ひとまず、標的を見つけない限りは話が進まない。
そう遠くへは行っていないはずだが…………。
『ぷしゃっ』
「……………血?」
『ピシッ』『バシッ』
かまいたちのような何か……。
ものすごいスピードで動く何かに傷つけられている。
「………一体何者だ、お前は。」
「通りすがりのヒーローだ!なんてな!」
【変容】で空気をジェット機のようにして、
《高速移動する足場》として利用する。
そして、俺の両腕を刃物のように変える。
「―――ッ!」
早くも下半身に違和感。ぽろぽろとこぼれ始める。
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「――って作戦よ。どう?
褒め称え、崇め祀り、称賛するがいい!」
『要するに、殺られる前に速攻でカタをつけることか。
君らしいというか………、脳筋な作戦だな。』
「う、うっさいわっ!!」
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――カシにはボロクソに言われたけれども。
「(動きを追えない………。
なんつースピード出してやがる。
並の人間は耐えきれずに死ぬぞ……。)」
このまま、おれの失血死を狙うつもりか?
それはあまり、現実的ではないぞ。
「おい、見ろ!カシ!」
『傷の再生………。早いな。
プラナリア等から何匹分もの再生力を奪ったのだろう。』
「う、うえぇぇぇ………。」
あれか。切っても再生するやつか。
確かに、自然界に住んでいる動物のほとんどが、
一糸纏わぬ姿で存在している。
…再生力とか、概念も奪えるのか。
「……埒が明かん。」
薄衣衒がそう呟いた瞬間、
周囲の空気は揺らぎ、天が一層曇り始める。
『………これは少しばかり予想外だったな。』
「おいおいおいおいおい!!!
なんちゅーもん取り込んでやがんだあいつは!?」
それは、秋に来たる厄災。
通ったあとには、建物の残骸が残り、
毎年大勢の犠牲者を出す、自然現象。
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―――台風。
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空気のジェットは粉々に砕け、腕ももとに戻る。
そして、俺は台風に巻き込まれて宙を舞う。
『ふむ………これは、詰んだか。』
「まずい!俺の肉体が………」
俺の肉体が、割れた陶器製の食器みたいに、
徐々にぼろぼろと崩壊していく。
あまりの風の強さに、肉片が剥がれ始めたんだ。
「……やっぱり間に合わないか……。」
この強烈な渦の中で肉体の維持が可能なのは、
多めに見積もったとしても3分といったところだろう。
やがて身体は台風によって、
天に勢い強く突き上げられ、
最早 落下死を待つのみになっていた。
『間に合わない……か。本当にそうか?』
「え………?」
遠方に見えるは、一筋の光。
こちらに向かって、猛スピードで向かってくるのが見える。
「うわっ! な、何だお前は! 離せッ!」
同時に、下の方でいざこざが発生したようだ。
人がゴマ粒みたいでよく分からないが、
薄衣衒が誰かと対峙しているらしい。
「助けに来たよ、楽」
下の方に気を取られている間に、
俺は白髪の戦士に抱きかかえられていた。
「天馬さん……!
………何でお姫様だっこなんですか。」
「アハハハ!嫌だったかな?」
「………別に。嫌いとはいってません。」
「………嬉しいな。JECを頼ってくれるなんて。」
「まあ、必要だと思ったので。」
「そうか。」
|そういえば、何気なく天馬は
空中浮遊をやってのけてるわけだが、
その原理は一体どのようなものなのか??
………考えても無駄か。
「…あれ?」
「どうしたんだい?」
「ここに天馬さんがいるってことは、
下で戦っているのは一体…………?」
「ああ、それはね。まあ、君も驚くだろうけど。」
天馬がゆっくり下降する中、
ほのかに月明かりが強まり、
地上の様子を赤裸々に写し出す。
薄衣衒を封じ込めた人物がはっきりと見えた。
金属のように艷やかな黒い髪。純白の隊服。
人目を引く、腰に提げた玩具のナイフ。小綺麗な肌。
その姿は楽の知っている彼とは大きく異なっていた。
「まさか!?」
「そう。お察しの通り、彼は、1人目の刺客……」
「くっ…… 身動きが取れん!
おれの邪魔しやがって、一体お前は何者なんだ!」
「俺が誰かだってェ? 聞かせてやンよ!
俺ァ、元何でも屋にしてJEC史上最恐の男ォ……」
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田中鋼一だ!
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⇐to be continued