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GOOD LUCK  作者: 阿寒湖まりも
第1楽章「黎明爆破」
6/38

5話「決死の覚悟」

「ひぃ、ふぅ、みぃ………」


とあるアパートの一室。

こじんまりとした木製のテーブルの上に、

家中から寄せ集めた小銭を並べ、

電卓を叩くハンサムな男が居た。


「そう!それがこの俺!蝶野楽(ちょうのらく)だ!」

『自画自賛するのはやめろ。

 そもそも君はたいしてハンサムでもないし、

 わざわざ電卓を使うほどの金銭を持ち合わせていない。』

「……正論は、時に人を傷つけるんだぞ。」

『………………。』


先日 カシから言い渡された次なる目標。

それは、『指定のクレープ屋さんに行くこと』。

その途中で、3人目の刺客に襲われるという。


『……なんだ、それは。』

「ペーパーナイフ。護身用に持っていこうかと。」

『そんなものでは身は守れないし、

 JECに銃刀法違反でしょっ引かれたらどうする。』

「確かに。」

『それに、戦闘が避けられない以上、

 服装はもっと軽めの方が動きやすいだろう。

 荷物ももっと減らせ。このお守りとか。』

「それは(みなと)から貰った大事なもんなんだよ。」

『そうか。まあいい。もたもたするな。

 あまり遅くなると、間に合わなくなるぞ。』

「…?」



(あしへん)



今日は雲一つない晴天で、風はおだやかだ。

街路樹はさぞ嬉しそうに身を揺らし、

スズメは電線の上でうたた寝をしていて大変可愛い。


「んーーっ。やっぱり散歩は楽しいな。」

『油断しまくってんじゃあないよ。』

「いいじゃん。心には余裕を持たないと。

 『忙』しいってのはな、心を亡くすって書くんだぜ。」

『昨日見てたアニメに影響されたか?』

「…引用したのバレた?」

『感覚共有』

「そうだったわ。」


そんなこんなで漫才みたいな話をしながら歩いていると、

突然、遥か前方に強烈な視線を感じた。


『楽。目を閉じろ!!』

「え?」

「もう遅い。」


ぐにゃりと空間が歪み、気づいたときには、

赤いカーテンに囲まれた薄暗い不可思議な空間にいた。

目の前には、黒いタキシードで身を包み、

右目に銀フレームのモノクルを掛け、

黒色と赤色の髪が入り混じった、

センター分けの髪型をした異様な男が立っている。


「レディース エーンド ジェントルメーン!

 今宵、我に挑まんとするは、

 物好きな爆弾魔に好かれたこの男!蝶野楽(ちょうのらく)!」


「わぁー!」と歓声が上がるのが聞こえる。

……事前に録音された音声だ。


「ご機嫌よう。蝶野楽(ちょうのらく)。それと、()()()()()

 我が名は向田(むこうだ)ミル。(ちまた)で話題の奇術師だ。」

「『!?』」


こいつ! カシのことが見えているのか!?


「汝らは我が《空間》に招待されたのだ。

 この上ない誉れになるだろう。光栄に思うが良い。」

「一体なんなんだよお前!」

「ここでの《ルール》を説明しよう!」

「話を聞けよ!」

「ここでは、《叩いて被ってじゃんけんぽん》で

 勝負し、勝った方だけが生き残れる。」

「………随分と物騒なじゃんけんだ。引き分けは?」

「無い。どちらかが死ぬまで続く。」


『パッチーン』

向田が指を鳴らすと、「ハンマー」と「ヘルメット」が目の前に出現し、さらに、俺と向田は向かい合って正座していた。


「…拒否権は無いんだな。」

「ええ。どっちみち、ゲームに参加しないと、

 お互いに、元の世界へ帰れませんから。

 使うハンマーとヘルメットはこれでよろしいですね?」


緑色の、何の変哲もないプラスチック製だ。

どっから出したんだ?


「…細工してないよな?」

「ええ、もちろん。能力の使用やイカサマは禁止です。

 万が一 不正行為が発覚した場合、反則負けとします。」

「なら、安全だな。」

「審判は、こちらで用意しましょうか?」

「……カシ。審判頼めるか?」

『了解。』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1回戦目

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「「叩いて被ってじゃんけんぽん!」」


俺はグー。向田はチョキ。

いきなり好機!ハンマーを取らねば!


「!」


俺がハンマーに手を伸ばそうとした時、

既に向田はヘルメットを被っていた。


「なん……だと…………。」


カシに判定を求める。カシは首を横に振る。

ズルはしていない。素の力でやっているのだ。


『引き分け。』

「……………………。」


かつて、ここまで絶望したことはあっただろうか。


(実力差が………ありすぎる…………。)


《叩いて被ってじゃんけんぽん》は、本来 運要素に大きく左右される、皆に平等なゲームだ。


…本当にそうだろうか。いや、違う。


このゲームは、反応速度がすべてだ。

誰よりも速く、ハンマーとヘルメットを取り続ける。

そうすればいつか、相手が疲れてミスをする。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

勝てない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……その程度か。」

「え?」

「ならばもう、手加減はしない。」


向田の表情が、より険しいものに変わる。

それは、「お遊びは終わりだ」と言わんばかりに、

獲物の命を刈り取る獣の顔つきそのものだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

2回戦目

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「「叩いて被ってじゃんけんぽん!」」


俺はパー。向田はチョキ。

即座にヘルメットに手を伸ばすが、一手遅い。

もう既に、向田はハンマーを振り下ろそうとしている。


「これで終わりだ。」


向田は冷徹に言い放ち、ハンマーを振り下ろす。


『ガコォン――』


「何!?」

………防御がなんとか間に合った。


俺は先程、ヘルメットをほんの一瞬。

一瞬だけ重量を0に【変容】させた。

カシの力は右手を媒介とするため、

能力の発動が分かりにくい。

それを逆手に取った、一か八かの試みだった。


「………汝、イカサマはしてないな?」

「勿論です。」

『(まじかコイツ……曇りなき眼で……。)』

「……面白い。でも、それはいつまで持つかな!?」



(みみへん)



「「ぽん! ぽん! ぽん! ぽん! ぽん! …」」


(決着が着かねえ………。)

《重量不正》が出来るようになったことで、あと1回。

もう一度だけ、ハンマーを使えれば勝てるようになった。


しかし、じゃんけんが一向に勝てないのだ。

じゃんけんが、初回を除き全て向田の勝利に終わる。

そのせいで攻めることが出来ないのだ。



『ポト』



「「!?」」


音のした方を向くと、そこには、

グズグズになった薬指が転がっていた。

…気づけば左腕は赤紫色に変色し、腐乱臭がしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

発見時は()()()()がグジュグジュになってたそうだが

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その瞬間。

カシの能力のデメリットを、真の意味で理解した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

能力の()()使()()は不可能ってことだ。

肉体の維持と、【変容】の使用は無理らしい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


カシの言っていたあれはつまり、

【変容】を使用すると、一時的に肉体が崩れる。

俺の肉体は、爆散した肉片をカシが維持しているから、

その力を右手に集中した場合、

その箇所以外がズタボロになるのは自明の理だ。


さきの薬指の崩壊。それが意味するのは、

すなわち身体の限界。あと何回【変容】できる…?

あと何回、向田の猛攻を持ちこたえられる…?


「…蝶野楽(ちょうのらく)。汝は、不正を働いたね。」

「!」

「今までは見逃していたが、

 こんなあからさまな証拠が出た以上、

 もう無視は出来ない。これ、能力の代償だろ?」

「…………。」

「汝も同罪だ。黒い客人。

 審判であるにも関わらず、身内の不正を隠匿した。

 本来、この時点で、汝らは《反則負け》だ。」

『…………。』

「で、ここから汝らはどうする?

 潔く負けを認め、抵抗せず殺されるか?

 それとも、地面に伏し、命乞いをするか?はたまた…」

「俺は、たとえ死ぬと分かっていても、

 最期まで戦うことを止めないと決めている。」

「…汝、それは正気か?」

「端から見れば狂気だろうな!もう一度言う!

 俺は『死ぬから諦める』なんてことはしない!

 たとえみっともなくても!見苦しくても!

 最期まで意地汚く足掻いてやる!」


それは一心に、「死にたくない。」という思いが、

生存本能が、考えるよりも先にそう叫んでいた。


「…………いいだろう。気に入った。

 これで最期だ。正々堂々 相手してやる。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

50回戦目

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「「叩いて被ってじゃんけんぽん!」」


俺はチョキ。向田はパー。

即座にハンマーを手に取り、【変容】で軽量化。

だがもう遅い。向田はあと少しでヘルメットを構え終える。


ここに来て、下半身が粉々に散る。左腕もだ。

地に倒れる寸前にて、俺はカシに目で訴える。

カシに、()()()()()()()()()が伝わることを信じて。

そして、力強く唱えた。



「【ラックアンラック】」



火事場の馬鹿力というものを聞いたことがあるだろうか。

人は極限まで追い込まれた時に、

ものすごい力を発揮するということわざだ。

この【能力至上社会】にも同様のことが起こる。


それこそが【変容】。

ある者は、能力によって、心と身体が変化し、

ある者は、肉体変化や感情によって、能力が変化した。

そして、蝶野楽(ちょうのらく)は………


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

圧倒的後者であった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


楽は最初、莫大な【運】の消費により、

【ランダムな能力のレンタル】()()を可能にしていた。

だがここ数週間での心身の変化により、

楽の能力は可能性の幅を大きく広げていた。


「な、なに!?」


向田は()()ヘルメットを落としてしまった。


「そこだぁぁぁぁぁぁぁ!」

『ガッコォォォォォォン』

ハンマーを勢い良く振り下ろす。



―【偶然を必然に変える力】

運の莫大な消費により、

相手に致命的な失敗を起こさせる能力。


「―――ッ!!」

勿論 代償も据え置き。楽の身体は激しく痙攣し始め、

全身の穴という穴から赤黒い血が流れ落ちる。


『パッチーン』

直後、向田が指を鳴らす。

空間が歪み、楽は表彰台の上に移動していた。

…ゲーム中に負った傷もすべて回復していた。


「敗者よりも勝者の方がボロボロなんて、

 似合わないとは思わないかね?」

「………それもそうだな。」


これも向田ミルの計らい……否、こだわりなのだろう。


そう。勝ったのだ。俺は、この男に勝ったのだ。

…【変容】というイカサマを使ってまで。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ここでは、《叩いて被ってじゃんけんぽん》で

勝負し、勝った方だけが生き残れる。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


この向田(むこうだ)ミルという男は、死ぬのだ。

実質的に俺が殺害したとも言える。

勿論、向田が《ルール》を破って生き残る可能性だってあり得るが、恐らくそんな野暮なことはしないだろう。


『楽。君の考えていることはお見通しだ。

 これは仕方のないことだ。気に病む必要はない。

 こいつが勝負を仕掛けた。正当防衛だ、これは。』

「ああ、分かってる…。だけどさ。

 ちょっと気の毒だなって。

 死ぬのってやっぱり、怖いからさ。」

「実につまらん男だな、汝は。」

「え?」

「汝は、我を打ち倒した以上、

 地球上で最も勇敢な男で無くてはならない。

 人一人殺した程度で狼狽えるような男に、

 我は殺されるつもりはないのでな。」

「そんなこと言われても……」


そんな身勝手なことを言われても困る。

誰に何と言われようと、《殺人》は抵抗がある。

たとえ不本意だったとしても、不可抗力だとしても、

近くで人が死ぬことは、嫌だから。


「我は今まで数多の猛者に勝負を挑んだ。

 だが、《我に勝つに値する》相手はいなかった。

 だから完膚なきまでに打ち倒し、殺した。

 《納得のいく最高の死》を味わうため、

 如何なる犠牲は厭わなかった。」

『とんだ傍迷惑な野郎だな。』


カシが横槍をいれる。俺も同意見だ。


「汝に言われる筋合いは無い。

 汝からは、我と似た臭いがする。

 目標のために犠牲を厭わないタイプだ。違うか?」

『………………。』


カシは黙ってしまった。

先程からコイツの言っていることは、

間違ってるようで、正しいような気もする。


「なあ、1つ聞きたい。

 何故俺のイカサマを見逃したんだ?

 何故、最後()()()パーを出したんだ?」

「……そんなことも分からんのか。心底呆れる。」


やっぱりムカつくな。こいつ。


「汝に、それをする程の価値があったということだ。

 わざわざ言わせるとは、無粋なやつめ。」

「!」

「でなければ、不正が発覚した時点で、

 汝らを容赦無く葬り去っていたと思わんか?」


それもそうだ。こいつは、

やろうと思えば、すぐにでも俺たちを殺せた。

俺が勝てたかどうかは、こいつの匙加減だった。

なんとまあ、………憎たらしい。


「……本当に死ぬのか?」

「ああ。我はあと僅か数分でこの世を去る。

 残念なのは、汝の行く末を見届けられないことだな。」

「………向田ミル。」

「せいぜい、この我を後悔させられるような、

 華々しい人生を謳歌するがいい。」


空間が徐々に歪み始める。

向田ミルの能力の限界。死が近いということだろう。


「俺、お前とは普通に、命とか賭けずに、

 ()()()()()、一緒に遊びたかったよ。」


向田ミルは、一瞬だけ目が潤み、

そしてすぐに、わざとらしく笑ってこう言った。


「だから汝は甘いと言ったのだ!

 そんなことではすぐに殺されてしまうぞ!

 彼岸で好きなだけ相手してやるから、簡単には死ぬな。

 早死にしたらハンマーで百万回叩いてくれる!」

「ああ、いいだろう。誰もが羨む人生送って、

 お前を一千万回後悔させてやるよ!

 粗茶でも啜って待ってろバァーカ!!」


端から見たらガキのような見苦しい言い合い。

だが、俺にとっては、

幼少時代に戻ったような新鮮さを孕むものだった。


「では、我は敗者らしく、

 捨て台詞(ゼリフ)を吐かせてもらおう。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

幸運を(GOOD LUCK)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


空間がガコンと大きな音を立てて崩れ、

再び目を開いた時には、元いた並木道に立っていた。


「……一体何だったんだ、あの空間。」


長い間ゲームしていたはずなのに、

空の明るさや太陽の位置が一切変わっていない。

まるで、()()()()()()()()()かのように。


「……夢だったのかな。」

『ある意味、夢に近しいとも言える。』

「え?」

『時間経過が見られないこと、

 突然景色がガラリと変わったこと、

 空間内で楽の治癒や物の出し入れが出来たこと、

 なにより、()()()()()()()()()

 これらのことから推測するに、

 彼の能力は【精神世界】に干渉するものだった。』

「最初にカシと出会った【白い部屋】みたいに?」

『そうだ。』

「じゃあ、やっぱり、あれは………」

『実際に起きたことだ。向田ミルは負けたことで、

 能力発動の代償を支払い死んでいるだろう。』

「……………。」


不思議な男だった。初対面にも関わらず、

自分に近しいというか、親近感が湧いた。

互いが互いの精神に干渉したからだろうか…。


『ひとまず、お疲れ様。

 クレープ屋はもうすぐだ。行こう。』


そして、俺は人生初のクレープを食べた。

きっと、甘くて、柔らかくて、美味しいのだろう。

だが、今の俺にそれらを感じることは出来なかった。

初めてのクレープは、しょっぱい味がした。


⇐to be continued

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