50話「夙夜夢寐」
俺・蝶野楽は、あの日の染井好乃とのデートを機に、
頻繁に彼女と連絡を取り合うようになった。
最初は、「今日何食べた」とか、
「今日こんなことがあった」とか、
そんなごくありふれた他愛もない話だった。
だがやり取りの中で彼女のことを知っていった。
桜餅が好きなこととか、犬を飼っていることとか。
それを繰り返すうちに、
俺は不思議と、彼女のことが頭から離れないようになった。
「俺どうしちゃったんだろう……。
好乃さんのこと考えると、胸がドキドキする…。」
「急性心筋炎ではないか?」
俺の疑問を、三月幻魔がばっさりと切り捨てる。
「真面目に答えてよ。」
「大真面目に答えているだろう。」
そのポテチ食べながらごろごろ読書にふけるその姿の、
いったいどこに真面目さが表れているのか、
わかる人がいたら是非とも教えていただきたい。
「――――ッ!! なんかモヤモヤする!! ソワソワする!!」
「まあまあ、餅ついて。」
「はいよ。ぺったんぺったん……じゃねぇよ!!」
「(ノリがいいな……。)」
どうやら楽は彼女に好意を抱いているらしい。
お陰様でこのありさま。見事に浮き足立っている。
「(……やれやれ。先が思いやられる。)」
三月がため息を吐く中、壁の上の方に、
黒い点のようなものが動いているのを見つける。
「ん? おい。あんなところにクモがいるぞ。」
三月幻魔は指摘する。
「巣を作られるぞ。潰せ。」
「いや、そんなことしなくていいよ。
このハエトリグモってのは巣を作らないし、
なんなら俺の苦手な虫を狩ってくれるからな。」
「いやでも怖いじゃん……。」
「ハエとか████よりはマシだろ。」
「それはそう。」
「それに、『朝の蜘蛛は縁起が良い』って言うし。」
「………仕方ない。見逃してやろう。」
三月は角を折って楽の意見に従った。
「あ、もう時間だ。出る準備しなきゃ。」
「今日も仕事か?」
「うん! 湊にナイショでアルバイトしてるんだ!」
「バレたら怒られるんじゃないか?」
「うーん……まあ、大丈夫でしょ!」
「(楽観主義……。)」
そのまま楽は急いで身なりを整え始める。
「(……でも、なんか以前とは雰囲気が変わったというか。)」
以前の楽は身なりを気にするような男では無かった。
服の皺なんて気にしたこともなかったし、
毎朝ヒゲを剃ることだってしなかった。
本当に彼は彼女との出会いで大きく変わったようだ。
「行ってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい。」
玄関の扉が閉まり、私はまた1人になった。
「なあクモさんよ。
もし君が本当に幸運を招くというのなら、
そう遠くない内に始まる私たちの戦いの、
無事を祈ってはくれないだろうか。」
気まぐれに話しかけてみたが、返事はない。
それはそうだ。蜘蛛には発声器官が備わっていない。
「……なにやってんだろうな、私は。」
「本当にそうッスね。」
「は?」
紫パーカーの男が、私の後ろに立っていた。
「………いつから居た?」
「お前がクモとダベってるとこからッス。」
「Oh………。」
三月は頭を抱えた。
「バカがうつるという話は本当だったのか……。」
「それとなくおれっちの友達をディスるなッス。」
「これは失敬。」
三月は紫パーカーの顔をじっと見つめる。
「……私のこと、恨んではないのか?」
「勘違いすんなッス。バリバリ恨んでるッスよ。
それ以上に、これはボスの命令ッスから、
おれっちは部下として、役目を果たすだけッス。」
「ははは……。立派だな。」
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――『秘密結社Ⅹ』アジト
「お待たせしました。」
「そんなに待たされていないから、
別に謝る必要は無いよ、三月。」
三月幻魔は鬼無瀬ロガと挨拶を交わす。
「……彼はまだ来ていないんですか?」
「迎えは要らないっていうから待っているんだが、
一向に来る気配が無くてね。困ったものだよ。」
「おれっちが呼びに行きましょうか?」
「ああ、頼むよ。移。」
移は紫の霧に包まれて消失した。
三月は部屋中を見渡す。
部屋の中央には、四角いテーブルがあり、
その上には日本地図が広げて置かれていた。
地図には複数箇所にピンが刺さっている。
アイヌシティの「札幌市時計台」。
トーホク地方・三陸沖の海上。
アズマシティのシブヤ・スクランブル交差点。
カイシティの「富士の樹海」。
ナニワシティの「戎橋」。
トトリシティの「鳥取砂丘」。
アワシティの「平等寺」。
サツマシティの「桜島」。
……ここで争いが起きるということか。
「座りなよ。」
「……では、お言葉に甘えて。」
鬼無瀬ロガに促されるがまま、
三月幻魔はイスにそっと腰を下ろす。
「(さて……こいつは今何を考えているのか。)」
私の悲願を遂げるためとはいえど、楽を利用して、
強引に今回の件に巻き込んだことを怒っているだろうか。
それとも、私に恩を売って何かしようと企んでいるだろうか。
三月はその一挙一動にまで気を配り、
慎重に鬼無瀬ロガの狙いを見定めようとしていた。
一方、ロガは――
「(お茶とか出した方がいいか?
いや、全員揃ってからの方が……いやしかし……。
というかそもそもお茶でいいのだろうか?
もしかしたらコーヒーや紅茶をご所望かもしれない。
そうなったら今すぐにでも買いにいかねばならない。
…判断を誤った。ついでに移に頼めば良かった。)」
まったく関係ないことを考えていた。
「ロガ。先に言っておくよ。協力してくれてありがとう。」
「そういうのは無事解決してから言ってくれ。」
「言える内に言っておきたいのさ。
私はこの戦いで、命を落とすかもしれないからね。
ほら、よく言うだろ。……『死人に口なし』って。」
三月のその言葉に嘘偽りは無い。すべて本心のようだ。
「まあ、君の意見も最もではあるが、
そうならないように今から作戦を立てるんだろう。
戦う前から弱気でどうする。
そんな生半可な覚悟では、勝てる戦いも勝てん。」
ロガの指摘はある意味、的を得ていた。
三月は思わず苦笑いしてしまう。
「ははは……。君はいつも正しいね。」
「いいや、間違ってばかりだよ。始めから。」
しんみりとしてきた雰囲気をぶち壊すように、
御門移と神輝也が到着する。
「聞いてくださいよボスー!!!
こいつ、電車で寝過ごして終点まで行ってたッス!!!」
「いや……本当に申し訳ない。
たまには電車を使おうと思ったら、
その揺れがあまりにも気持ち良くてつい……。」
「なんとか言ってやってくださ……どうしたッスか?
2人とも、そんなに暗い顔して。腹下したッスか?」
「「いや、なんでもないよ。」」
ここで、神輝也がテーブルの上に大きな袋を置く。
「考え事には糖分とカフェインが不可欠だ。
とりあえずスーパーでありったけ買ってきた。
つまみながら話を進めていこう。」
「「賛成」」
斯くして、実力者三つ巴の話し合いが始まった。
御門移は疲れて床で眠った。
「では作戦を聞かせてもらおうか、【情報屋】。」
輝也が話し始めるようロガに促す。
「……始めに断っておくが、今から話すことは、
これから起こること、及び最低勝利条件だ。
はっきりいって、今の私たちには、
戦力も、物資も、時間も、何もかもが不足している。
普通に戦えばまず負けるし、良くて辛勝だ。
負傷者及び死人ゼロなんて夢のまた夢だし、
大衆のJECへの信頼度低下も避けられない結果となる。
それでも、この作戦に乗ると誓えるか?」
「無論。」「誓おう。」
2人の返事に一切の迷いはない。覚悟は皆できているのだ。
「決戦は12月24日、クリスマス・イヴ。
今回の標的である『アイ』は、
午後9時になると同時に各地に性獣を放ち、
日本国を征服。やがて世界を支配するつもりだ。
よって、これをタイム・リミットとし、
それまでに彼女の潜伏地を明らかにするのが、
私たちの最優先事項となる。
………しかし、これは恐らく不可能だろう。」
「何故だ。」
「彼女は何らかの方法で、24日までの間、
日本国各地を転々として、逃げに徹する。
特定の場所に留まらない以上、捕捉は困難を極める。
その上、彼女には性獣の力がある。
【常識改変】で、彼女に関するあらゆることが、
認識・記憶・伝達不可能になってしまう。」
「……鬼畜難易度ですね。」
三月が天を仰ぐ。そして問う。
「ロガ。それは絶対忘れない君でも無理か?」
「残念ながら、不可能だった。
これまでで何度かその居場所を割り出したが、
例外なく、記憶の引き継ぎに反映されなかった。
私たちが彼女を倒すためには、やはり、
24日に直接殴り込みにいくのが最適解になるだろう。」
しばしの沈黙。
「続いて、各地の性獣の対処について話そう。」
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―― 一方、蝶野楽は。
「もう上がっていいぞー。」
「ありがとうございましたー!」
いい汗かいたってカンジがする。
制服を脱いで、店を出たその瞬間。
1件のメッセージが届く。
『12/24の夜って空いてますか?』
染井好乃からだった。俺は二つ返事で許諾した。
『やったー! じゃあ一緒に出かけよう!』
不思議だな。使ってる文字のフォントは同じはずなのに、
彼女が打った文章だと思うと無性に可愛く感じる。
「……ん? ていうか、12月24日って……。」
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「そういえば、どうしてクリスマス・イブなのかな?」
神輝也は、至極当然の疑問を投げかける。
「あー……えっと、その、会長は知らないかもしれないが、
12月24日の21時から翌日25日の3時までは、
『性の6時間』って言って、そ、その、セ、セ……。」
「1年で一番███する人が多い時間帯なんだ。」
鬼無瀬ロガが言い淀んでいる内に、
三月幻魔は何でもないようにサラッと言ってのける。
「なるほどね。理解したよ。
先程の説明と照らし合わせて考えてみれば、
性獣とは、聖川千尋が従える、
『性癖』を司る未知の生命体。
故に、性のエネルギーが最も活性化されるこの時間帯。
『性の6時間』の間は性獣がパワーアップする。
故に、彼女はこの日に日本を征服しようとするわけだ。」
「そ、そう!! 私はそれが言いたかった!!!」
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「クリスマス・イブかぁ〜。
そういや、いつもは1人か、湊と遊んでたから、
他の人と遊ぶのは初めてだな。…ドキドキしてきた。」
蝶野楽は冷え切った手を重ね合わせて擦りながら、
賑やかな街道を歩いていく。
歩き始めてからしばらくすると、
ぽつ……ぽつ………と天から水滴が落ちてくる。
それから間もなく冬時雨が降ってくる。
俺は急いで近くの店の屋根の下に移動した。
「ひゃー、急に降ってきたな。
こりゃあ当分雨宿りするしかないかー。」
なんて独り言をしていたのも束の間。
真横に尋常ではない大きさの人間が立っていた。
いや、人間かどうかも怪しい。
肥大した頭、青白い肌、一対の黒いツノ、
白黒反転した目、ギザギザの歯。
そして、全身から漂うあま〜い香り。
「米塚削盛!?」
「……うん? えっと、君は。どこかで、会ったな。」
よりにもよってコイツの隣になるなんて。
どうしよう、今は食べ物の1つも持ち合わせていないぞ!?
「ああ、そうだ、思い出したよ、君のこと。
君は、確か、僕に飴を、くれた人だね。」
「あ、はい、そうです。」
覚えてるんだ……。
「すごい、雨だね。」
「そう……ですね。少し濡れちゃいました。」
「・・・。」
米塚削盛は突然、自らの服の端を破り、俺に差し出した。
「え!? は!? え!?」
「濡れると、風邪引く。
風邪引くと、頭ガンガンして、とてもつらい。
だから、これで、全身を、拭け。」
「え………いや…………でも………。」
「……僕に、逆らうのか?」
「いえいえいえ!拭かせていただきます!
ええ、ええ!拭かせていただきますとも!喜んで!」
楽は彼を怒らせまいと慎重に受け取り、
腕やら背中やらを念入りに拭いた。
「……ねえ、君の名前、何だっけ?」
「あ……はい、蝶野楽です。
『蝶』が『野』原で『楽』をすると書いて蝶野楽です。」
「蝶野楽……。良い名前だね。」
「あ……どうも。」
楽はなんか照れくさい気分になる。
「楽。君に、聞きたいことがある。」
「何でしょう?」
「もしも……もしもの、話だよ?
君の、本当に大事な友達が死んだとして、
もう一度、会えるとしたら、どうしたい?」
「……会いたいかどうかってこと?」
米塚削盛はブンブンと首肯する。
「そうだな……。会わない……かな。」
「どうして?会いたくないの?」
「うーん……そりゃあ、会いたくなるだろうけど……」
俺の頭には、一元湊の姿が浮かんでいた。
「……一度会っちゃったら、きっと、
また会いたくなっちゃうから、会わない……かな。」
「・・・・・。」
米塚削盛は無言で天を仰いだ。
「ねえ、楽。」
「ん?」
「変なこと、聞いちゃうけど。」
「いいよ、何?」
米塚削盛は何かを問いかけようと口を開きかける。
しかし、首を横に振り、ニコッと微笑む。
「やっぱり、いいや。」
「そう?」
「うん。これは、きっと、
誰かから答えをもらうものじゃないと思うから。」
「…わかった。」
米塚削盛は左手に抱えた紙袋から、
まだ仄かに温かい「ブール」を手渡す。
「これ、そこのパン屋で買ったやつ。
話、聞いてくれた、お礼に、あげる。」
「えっ……いや、そんな、いいよ。
俺は聞きたいから聞いただけだから。」
「いいの!受け取ってよ。ほら。」
「モ゜ッ!?」
米塚削盛はブールを蝶野楽の口に突っ込む。
「それじゃあ、またね。」
「フガ、フガフガ。(うん、またね。)」
米塚削盛は雨が弱まった頃を見計らって、
元気そうに走り去って行った。
楽がただ一人取り残された店先には、
まだ、ほんの僅かにおいしそうな匂いが漂っている。
いつの間にか、蝶野楽からは、
米塚削盛への恐怖がすっかり消え去ってしまっていた。
「………ごっくん。ぷはあ。美味かった。」
ほうっと息を吐く楽の頭には、
新たに2人の人物像が浮かんでいた。
繁芸獏と向田ミルだ。
2人とも、俺のせいで死んでしまった。
世間一般のいう友達とは違うのかもしれないが、
紛れもなく、心が通じ合った人たちだ。
もしも、あの2人ともう一度会えたとしたら?
「……あ、雨が止んだ。」
雨は止んだ。しかし、空はまだ暗いまま。
すっきりしない、そんな気持ちを抱えながら、
楽はその場を後にしたのだった。
⇐ to be continued




