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GOOD LUCK  作者: 阿寒湖まりも
第3楽章「清濁戦争」
57/58

50話「夙夜夢寐」

俺・蝶野楽(ちょうのらく)は、あの日の染井好乃(そめいよしの)とのデートを機に、

頻繁(ひんぱん)に彼女と連絡を取り合うようになった。


最初は、「今日何食べた」とか、

「今日こんなことがあった」とか、

そんなごくありふれた他愛(たあい)もない話だった。


だがやり取りの中で彼女のことを知っていった。

桜餅(さくらもち)が好きなこととか、犬を飼っていることとか。


それを繰り返すうちに、

俺は不思議と、彼女のことが頭から離れないようになった。


「俺どうしちゃったんだろう……。

 好乃(よしの)さんのこと考えると、胸がドキドキする…。」

「急性心筋炎ではないか?」


俺の疑問を、三月幻魔(みつきげんま)がばっさりと切り捨てる。


真面目(まじめ)に答えてよ。」

「大真面目(まじめ)に答えているだろう。」


そのポテチ食べながらごろごろ読書にふけるその姿の、

いったいどこに真面目さが表れているのか、

わかる人がいたら是非とも教えていただきたい。


「――――ッ!! なんかモヤモヤする!! ソワソワする!!」

「まあまあ、(もち)ついて。」

「はいよ。ぺったんぺったん……じゃねぇよ!!」

「(ノリがいいな……。)」


どうやら(らく)は彼女に好意を抱いているらしい。

お陰様でこのありさま。見事に浮き足立っている。


「(……やれやれ。先が思いやられる。)」



三月(みつき)がため息を吐く中、壁の上の方に、

黒い点のようなものが動いているのを見つける。


「ん? おい。あんなところにクモがいるぞ。」


三月幻魔(みつきげんま)は指摘する。


「巣を作られるぞ。(つぶ)せ。」

「いや、そんなことしなくていいよ。

 このハエトリグモってのは巣を作らないし、

 なんなら俺の苦手な虫を狩ってくれるからな。」

「いやでも怖いじゃん……。」

「ハエとか████よりはマシだろ。」

「それはそう。」

「それに、『朝の蜘蛛(くも)は縁起が良い』って言うし。」

「………仕方ない。見逃してやろう。」


三月(みつき)(つの)を折って(らく)の意見に従った。


「あ、もう時間だ。出る準備しなきゃ。」

「今日も仕事か?」

「うん! (みなと)にナイショでアルバイトしてるんだ!」

「バレたら怒られるんじゃないか?」

「うーん……まあ、大丈夫でしょ!」

「(楽観主義……。)」


そのまま(らく)は急いで身なりを整え始める。


「(……でも、なんか以前とは雰囲気が変わったというか。)」


以前の(らく)は身なりを気にするような男では無かった。

服の(しわ)なんて気にしたこともなかったし、

毎朝ヒゲを()ることだってしなかった。

本当に彼は彼女との出会いで大きく変わったようだ。


「行ってきます!」

「ああ、行ってらっしゃい。」


玄関の扉が閉まり、私はまた1人になった。


「なあクモさんよ。

 もし君が本当に幸運を(まね)くというのなら、

 そう遠くない内に始まる私たちの戦いの、

 無事を(いの)ってはくれないだろうか。」


気まぐれに話しかけてみたが、返事はない。

それはそうだ。蜘蛛(くも)には発声器官が(そな)わっていない。


「……なにやってんだろうな、私は。」

「本当にそうッスね。」

「は?」


紫パーカーの男が、私の後ろに立っていた。


「………いつから居た?」

「お前がクモとダベってるとこからッス。」

「Oh………。」


三月(みつき)は頭を抱えた。


「バカがうつるという話は本当だったのか……。」

「それとなくおれっちの友達をディスるなッス。」

「これは失敬。」


三月(みつき)は紫パーカーの顔をじっと見つめる。


「……私のこと、(うら)んではないのか?」

「勘違いすんなッス。バリバリ(うら)んでるッスよ。

 それ以上に、これはボスの命令ッスから、

 おれっちは部下として、役目を果たすだけッス。」

「ははは……。立派だな。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――『秘密結社Ⅹ』アジト



「お待たせしました。」

「そんなに待たされていないから、

 別に謝る必要は無いよ、三月(みつき)。」


三月幻魔(みつきげんま)鬼無瀬(きなせ)ロガと挨拶(あいさつ)を交わす。


「……彼はまだ来ていないんですか?」

「迎えは要らないっていうから待っているんだが、

 一向に来る気配が無くてね。困ったものだよ。」

「おれっちが呼びに行きましょうか?」

「ああ、頼むよ。(うつる)。」


(うつる)は紫の霧に包まれて消失した。



三月(みつき)は部屋中を見渡す。


部屋の中央には、四角いテーブルがあり、

その上には日本地図が広げて置かれていた。

地図には複数箇所にピンが刺さっている。


アイヌシティの「札幌(さっぽろ)市時計台」。

トーホク地方・三陸沖(さんりくおき)の海上。

アズマシティのシブヤ・スクランブル交差点。

カイシティの「富士の樹海」。

ナニワシティの「戎橋(えびすばし)」。

トトリシティの「鳥取(とっとり)砂丘」。

アワシティの「平等寺」。

サツマシティの「桜島」。


……ここで争いが起きるということか。


「座りなよ。」

「……では、お言葉に甘えて。」


鬼無瀬(きなせ)ロガに(うなが)されるがまま、

三月幻魔(みつきげんま)はイスにそっと腰を下ろす。


「(さて……こいつは今何を考えているのか。)」


私の悲願を()げるためとはいえど、(らく)を利用して、

強引(ごういん)に今回の件に巻き込んだことを怒っているだろうか。

それとも、私に恩を売って何かしようと(たくら)んでいるだろうか。


三月(みつき)はその一挙一動にまで気を配り、

慎重(しんちょう)鬼無瀬(きなせ)ロガの狙いを見定めようとしていた。


一方、ロガは――


「(お茶とか出した方がいいか?

 いや、全員(そろ)ってからの方が……いやしかし……。

 というかそもそもお茶でいいのだろうか?

 もしかしたらコーヒーや紅茶をご所望(しょもう)かもしれない。

 そうなったら今すぐにでも買いにいかねばならない。

 …判断を誤った。ついでに(うつる)に頼めば良かった。)」


まったく関係ないことを考えていた。


「ロガ。先に言っておくよ。協力してくれてありがとう。」

「そういうのは無事解決してから言ってくれ。」

「言える内に言っておきたいのさ。

 私はこの戦いで、命を落とすかもしれないからね。

 ほら、よく言うだろ。……『死人に口なし』って。」


三月(みつき)のその言葉に嘘偽りは無い。すべて本心のようだ。


「まあ、君の意見も最もではあるが、

 そうならないように今から作戦を立てるんだろう。


 戦う前から弱気でどうする。

 そんな生半可(なまはんか)な覚悟では、勝てる戦いも勝てん。」


ロガの指摘はある意味、(まと)を得ていた。

三月(みつき)は思わず苦笑いしてしまう。


「ははは……。君はいつも正しいね。」

「いいや、間違ってばかりだよ。始めから。」


しんみりとしてきた雰囲気をぶち壊すように、

御門(みかど)(うつる)(かみ)輝也(てるや)が到着する。


「聞いてくださいよボスー!!!

 こいつ、電車で寝過ごして終点まで行ってたッス!!!」

「いや……本当に申し訳ない。

 たまには電車を使おうと思ったら、

 その揺れがあまりにも気持ち良くてつい……。」

「なんとか言ってやってくださ……どうしたッスか?

 2人とも、そんなに暗い顔して。腹下したッスか?」

「「いや、なんでもないよ。」」


ここで、(かみ)輝也(てるや)がテーブルの上に大きな袋を置く。


「考え事には糖分とカフェインが不可欠だ。

 とりあえずスーパーでありったけ買ってきた。

 つまみながら話を進めていこう。」

「「賛成」」


()くして、実力者()(どもえ)の話し合いが始まった。

御門(みかど)(うつる)は疲れて床で眠った。


「では作戦を聞かせてもらおうか、【情報屋】。」


輝也(てるや)が話し始めるようロガに(うなが)す。


「……始めに断っておくが、今から話すことは、

 これから起こること、及び()()()()()()だ。


 はっきりいって、今の私たちには、

 戦力も、物資も、時間も、何もかもが不足している。


 普通に戦えばまず負けるし、良くて辛勝だ。

 負傷者及び死人ゼロなんて夢のまた夢だし、

 大衆のJECへの信頼度低下も避けられない結果となる。

 それでも、この作戦に乗ると(ちか)えるか?」


「無論。」「(ちか)おう。」


2人の返事に一切の迷いはない。覚悟は皆できているのだ。


「決戦は12月24日、クリスマス・イヴ。

 今回の標的である『アイ』は、

 午後9時になると同時に各地に性獣(せいじゅう)を放ち、

 日本国を征服(せいふく)。やがて世界を支配するつもりだ。

 よって、これをタイム・リミットとし、

 それまでに彼女の潜伏地を明らかにするのが、

 私たちの最優先事項となる。

 ………しかし、これは恐らく不可能だろう。」

「何故だ。」

「彼女は何らかの方法で、24日までの間、

 日本国各地を転々として、逃げに(てっ)する。

 特定の場所に留まらない以上、捕捉は困難を極める。

 その上、彼女には性獣(せいじゅう)の力がある。

 【常識改変】で、彼女に関するあらゆることが、

 認識・記憶・伝達不可能になってしまう。」

「……鬼畜難易度ですね。」


三月(みつき)が天を仰ぐ。そして問う。


「ロガ。それは()()()()()()君でも無理か?」

「残念ながら、不可能()()()

 これまでで何度かその居場所を割り出したが、

 例外なく、記憶の引き継ぎに反映されなかった。

 私たちが彼女を倒すためには、やはり、

 24日に直接(なぐ)り込みにいくのが最適解になるだろう。」


しばしの沈黙。


「続いて、各地の性獣(せいじゅう)の対処について話そう。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


―― 一方、蝶野楽(ちょうのらく)は。



「もう上がっていいぞー。」

「ありがとうございましたー!」


いい(あせ)かいたってカンジがする。

制服を脱いで、店を出たその瞬間。


1件のメッセージが届く。


『12/24の夜って空いてますか?』


染井好乃(そめいよしの)からだった。俺は二つ返事で許諾した。


『やったー! じゃあ一緒に出かけよう!』


不思議だな。使ってる文字のフォントは同じはずなのに、

彼女が打った文章だと思うと無性に可愛(かわい)く感じる。


「……ん? ていうか、12月24日って……。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「そういえば、どうしてクリスマス・イブなのかな?」


(かみ)輝也(てるや)は、至極当然の疑問を投げかける。


「あー……えっと、その、会長は知らないかもしれないが、

 12月24日の21時から翌日25日の3時までは、

 『性の6時間』って言って、そ、その、セ、セ……。」

「1年で一番███する人が多い時間帯なんだ。」


鬼無瀬(きなせ)ロガが言い(よど)んでいる内に、

三月幻魔(みつきげんま)は何でもないようにサラッと言ってのける。


「なるほどね。理解したよ。

 先程の説明と照らし合わせて考えてみれば、

 性獣(せいじゅう)とは、聖川(ひじりかわ)千尋(ちひろ)が従える、

 『性癖』を(つかさど)る未知の生命体。

 故に、性のエネルギーが最も活性化されるこの時間帯。

 『性の6時間』の間は性獣(せいじゅう)がパワーアップする。

 故に、彼女はこの日に日本を征服しようとするわけだ。」

「そ、そう!! 私はそれが言いたかった!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「クリスマス・イブかぁ〜。

 そういや、いつもは1人か、(みなと)と遊んでたから、

 他の人と遊ぶのは初めてだな。…ドキドキしてきた。」


蝶野楽(ちょうのらく)は冷え切った手を重ね合わせて(こす)りながら、

(にぎ)やかな街道を歩いていく。


歩き始めてからしばらくすると、

ぽつ……ぽつ………と天から水滴が落ちてくる。

それから間もなく冬時雨(しぐれ)が降ってくる。


俺は急いで近くの店の屋根の下に移動した。


「ひゃー、急に降ってきたな。

 こりゃあ当分雨宿りするしかないかー。」


なんて独り言をしていたのも(つか)()

真横に尋常ではない大きさの人間が立っていた。


いや、人間かどうかも怪しい。

肥大した頭、青白い肌、一対(いっつい)の黒いツノ、

白黒反転した目、ギザギザの歯。

そして、全身から(ただよ)うあま〜い香り。


米塚削盛(よねづかさくもり)!?」

「……うん? えっと、君は。どこかで、会ったな。」


よりにもよってコイツの隣になるなんて。

どうしよう、今は食べ物の1つも持ち合わせていないぞ!?


「ああ、そうだ、思い出したよ、君のこと。

 君は、確か、僕に(あめ)を、くれた人だね。」

「あ、はい、そうです。」


覚えてるんだ……。


「すごい、雨だね。」

「そう……ですね。少し()れちゃいました。」

「・・・。」


米塚削盛(よねづかさくもり)は突然、自らの服の(はし)(やぶ)り、俺に差し出した。


「え!? は!? え!?」

()れると、風邪(かぜ)引く。

 風邪(かぜ)引くと、頭ガンガンして、とてもつらい。

 だから、これで、全身を、()け。」

「え………いや…………でも………。」

「……僕に、逆らうのか?」

「いえいえいえ!()かせていただきます!

 ええ、ええ!()かせていただきますとも!喜んで!」


(らく)は彼を怒らせまいと慎重(しんちょう)に受け取り、

腕やら背中やらを念入りに()いた。


「……ねえ、君の名前、何だっけ?」

「あ……はい、蝶野楽(ちょうのらく)です。

 『(ちょう)』が『()』原で『(らく)』をすると書いて蝶野楽(ちょうのらく)です。」

蝶野楽(ちょうのらく)……。良い名前だね。」

「あ……どうも。」


(らく)はなんか照れくさい気分になる。


(らく)。君に、聞きたいことがある。」

「何でしょう?」


「もしも……もしもの、話だよ?

 君の、本当に大事な友達が死んだとして、

 もう一度、会えるとしたら、どうしたい?」

「……会いたいかどうかってこと?」


米塚削盛(よねづかさくもり)はブンブンと首肯(しゅこう)する。


「そうだな……。会わない……かな。」

「どうして?会いたくないの?」

「うーん……そりゃあ、会いたくなるだろうけど……」


俺の頭には、一元(いちもと)(みなと)の姿が浮かんでいた。


「……一度会っちゃったら、きっと、

 また会いたくなっちゃうから、会わない……かな。」

「・・・・・。」


米塚削盛(よねづかさくもり)は無言で天を(あお)いだ。


「ねえ、(らく)。」

「ん?」

「変なこと、聞いちゃうけど。」

「いいよ、何?」


米塚削盛(よねづかさくもり)は何かを問いかけようと口を開きかける。

しかし、首を横に振り、ニコッと微笑む。


「やっぱり、いいや。」

「そう?」

「うん。これは、きっと、

 誰かから答えをもらうものじゃないと思うから。」

「…わかった。」


米塚削盛(よねづかさくもり)は左手に抱えた紙袋から、

まだ(ほの)かに温かい「ブール」を手渡す。


「これ、そこのパン屋で買ったやつ。

 話、聞いてくれた、お礼に、あげる。」

「えっ……いや、そんな、いいよ。

 俺は聞きたいから聞いただけだから。」

「いいの!受け取ってよ。ほら。」

「モ゜ッ!?」


米塚削盛(よねづかさくもり)はブールを蝶野楽(ちょうのらく)の口に突っ込む。


「それじゃあ、またね。」

「フガ、フガフガ。(うん、またね。)」


米塚削盛(よねづかさくもり)は雨が弱まった頃を見計らって、

元気そうに走り去って行った。


(らく)がただ一人取り残された店先には、

まだ、ほんの(わず)かにおいしそうな(にお)いが(ただよ)っている。


いつの間にか、蝶野楽(ちょうのらく)からは、

米塚削盛(よねづかさくもり)への恐怖がすっかり消え去ってしまっていた。


「………ごっくん。ぷはあ。美味かった。」


ほうっと息を吐く(らく)の頭には、

新たに2人の人物像が浮かんでいた。


繁芸(しげき)(ばく)向田(むこうだ)ミルだ。

2人とも、俺のせいで死んでしまった。

世間一般のいう友達とは違うのかもしれないが、

紛れもなく、心が通じ合った人たちだ。


もしも、あの2人ともう一度会えたとしたら?


「……あ、雨が止んだ。」


雨は止んだ。しかし、空はまだ暗いまま。

すっきりしない、そんな気持ちを抱えながら、

(らく)はその場を後にしたのだった。



⇐ to be continued

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