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GOOD LUCK  作者: 阿寒湖まりも
第3楽章「清濁戦争」
56/58

前日譚「畜生」

「おなかがすいたな。」


僕の人生は()()が大半を占めていた。

胃袋の満たされることのない毎日に(いら)()ちを覚えていた。



僕は米塚(よねづか)()の長男坊だった。

普通の農家の家の子として、すくすくと育っていた。


楽や贅沢(ぜいたく)をできるような裕福な家ではなかった。

本当はおなかいっぱいになっていなかったけれど、

「おなかいっぱい」と言ったことが何度もある。


でも不思議と、心は満たされていた。



だが、それも長くは続かなかった。


それは暑い夏の日のことだった。

田を見れば、日に日に力を増す太陽に耐えられず、

ぐったりと(しお)れ果てた稲の残骸が生えている。


つくづく自然とは厳しいものだ。

あれだけの努力もこの猛暑(もうしょ)を前にしては水の泡だ。

悔しかった。憎らしかった。腹立たしかった。


こんなに晴れているのに、いや晴れているからこそ、

僕の心は厚く大きい雲に覆われていた。


「いたい」


珍しく、お父さんが水族館に行こうと言った。

なんでだっけ? あ、そうだ。

テレビのコマーシャルでやってたからだ。


一夏(ひとなつ)の大冒険』というキャッチコピーで、

それが僕の少年心をがしりと(つか)んで離さなかった。

本当は行きたかった。でもその時は我慢した。


覚えていてくれて嬉しかった。


「いたい」


…その後はどうしたんだっけ。

ああ、そう、たくさんのお魚を見て……それで……。


「いたい」


それで……あれ? あ、怖い大人が来て……


「おねがい」


お父さんがぱんぱんの封筒を持って、

手が震えてて、顔を引き()らせて笑ってて、

お母さんが口を押さえて泣いてて、


「だれか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

こっちにおいで

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


僕は(さら)われたんだ。


……なんで、こんな嫌なことを、

今になって思い出したりするんだろう。


ああ、そうか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――月群邸(つきむらてい) 大食堂



「はぁ………はぁ……………。」

「まだ生きてんのか。運がねェな。

 お前さん、苦しみながら死ぬことになるぜ。」


目の前の男がタバコに火を点ける。

僕のことをただの子供だと(あなど)っているんだろう。


……痛いなぁ。どこを撃たれたんだろう。

右の肩と両足首が痛いなぁ。じんじんする。

まるで傷口がドクドク脈打ってるみたいだ。


「お前さん、神やら仏やらを信じるかい?」

「はぁ………はぁ…………どういうこと?」

「この世界に“絶対”はあるのかってことよ。」


こう話している間にも、男の左腕の口から、

うねうねと触手のように舌が躍り出て、

地面に散らばったコンクリートやら何やらを(つか)んでは、

口の中へ放り込み、ぐしゃぐしゃと食っていた。


「おじさんは?」

「オレか? オレァ、“無い”方に()けるぜ。」

「何を()けるの?」

(たましい)を。」


男は左手の照準を米塚(よねづか)削盛(さくもり)に合わせる。


「オレがこのクソッタレな人生で得た教訓は1つだけ。

 神はいない。仏もいない。救いなんて存在しない。

 “絶対”はない。“絶対”を決めたのは(ことごと)く人間様だ。

 だったらオレだって定める権力がある。

 『奪われたくなきゃ奪え。失いたくなきゃあ、戦え。』

 残酷無慈悲な世界における、オレの“絶対”。」

「!」


男の左手の平にある()にエネルギーが溜まる。


「【コンクリート・コンフリクト】」


コンクリートの(たま)が、米塚(よねづか)の脳天目掛けて放たれる。

米塚(よねづか)は一か八か、それを口に含んだ。


「………へェ〜。」

不味(まず)い。」


にんにくをたっぷり入れたショートケーキの味がする。


「やるじゃねェの。ただのガキじゃァねェらしい。

 いいだろう。今夜は特別だ。名乗ってやる。

 オレァ、月群(つきむら)が《三本の懐刀(ふところがたな)》の1人。

 天性のギャンブラー・打田内(うったない)亜弾(あだん)!!!

 ……名乗ってみせろ。ガキでも男だろ。」

「……!! 僕は、食べるの大好き・米塚削盛(よねづかさくもり)!!!」

「いいねェ。」


打田内(うったない)が再び攻撃の構えに入る。


「今夜はじっくり楽しめそうだ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――【夢世界】



「強がってたわりには攻撃当たってないッスよ〜。」

「・・・・・。」


一方、三月幻魔(みつきげんま)は紫パーカーの男と死闘を繰り広げていた。


「【転移弾】」


パーカー野郎は紫の(きり)(たま)を打ち出し、

三月(みつき)の呼び出した怪物の肉体を大きく(えぐ)る。

しかし、その不定形な肉体は急速に回復し、

あっという間に元通りになってしまう。


「なんなんスかこの化け物!!

 ねちょねちょしててキショいし、

 何より()()()()()()()()()のがクソッス!!!」

「(戦闘経験はまだまだ未熟。故によく(しゃべ)る。)」


怪物が大きく口を開け、パーカーに向けて光線を放つ。

しかし、命中したのはパーカーではなく三月(みつき)だった。


膨大な熱が肉を焦がし、胴体の1/3を持っていった。


三月(みつき)が振り向くと、紫色の【ワープホール】があった。


「なるほど、カウンターにも使えるわけか。」

「………頑丈ッスね。」

「こっちのセリフだよ。」


怪物の腕がパーカー野郎にクリーンヒット。

無論、傷1つ付かないのである。


「つくづく面倒な相手だ。」

「お互い様ッス。」


三月(みつき)が『雲』を(つか)み、肉体をもとに戻す。


「……もしかして おれっち、結構不利ッスか?」

「そうでもないよ。」


三月(みつき)は背後からの()()をノールックで避ける。


「だって実際のところ、これは三対一だろう?」

「なんで避けられてるッスかねー………。」


そう。これは一見一対一(タイマン)のように見えるが、

実際はただの三対一(リンチ)だ。


千尋(ちひろ)の読み通り、こいつの能力はワープ系。

紫の(きり)が出入り口となって、

しばしば第三者からの横槍が入るような状況。


未熟? 違う。こいつは生粋(きっすい)の戦闘の天才だ。


「……興味深い。」


三月(みつき)が『雲』を(つぶ)すと同時に、

パーカー男は見渡す限り木ばかりの空間に閉じ込められる。


「………なんスかこれ。」

生憎(あいにく)、これ以上構ってやれるほど、

 私たちに余裕は無いらしい。だから―――」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

くたばれ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


不吉な気配を感じて振り返ると、

そこには『女の幽霊』のようなものが立っていた。


男は即座に【転移弾】を放とうとする。

しかし、一向に能力が発動する気配はない。


「え………。」


それに気を取られている間に、

幽霊は男の真後ろに移動していた。


「は?」


閑静な森林に、絶叫が響き渡る。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――月群邸(つきむらてい) 庭園



他所見(よそみ)すんなよ。()いちまうぜ。」

「これは失敬。退屈だったものでなァ!!!」


咲坂逆(さかさかさか)が洋傘を大きく振り回し、

その風圧が周囲一帯の障害物を()ぎ払う。


「YOUは確かに強い。だがどうだ?

 YOUはもうボロボロ。対して俺様は超元気。


 正直がっかりだ。

 侵入者だからと期待してはいたが、

 蓋を開けてみれば(そろ)いも(そろ)って雑魚(ざこ)ばかり。」


「おっと、誤解してもらっちゃあ困るぜ。

 オレならまだしも、あいつらは全く弱くねェ。


 三月(みつき)はクレバーなやつで、

 いつも何かとオレたちの手助けをしてくれる。

 情報と戦力が(そろ)ったあいつほど怖いものはない。


 削盛(さくもり)は地頭の良さと飲み込みの早さが魅力だ。

 今はまだひよっ子かもしれねェけど、

 順当に育てば、オレをも超える逸材になるだろう。


 撤回(てっかい)しろ。さもなくば地獄を見るぞ。」


「……YOUも男なら、力で()()せろ。出来るものなら。」


咲坂(さかさか)が指を上に向ける。


REVERSE(リバース)DIRECTION(ダイレクション) Fall(フォール) into(イントゥ) sky(スカイ)


すると、周囲のありとあらゆるものが空に落ち始める。


「出て来い、ウッディ!」


千尋(ちひろ)の掛け声とともに、

地面から顔のついた巨木がにょきにょきと生えてくる。


その枝がぐんぐんと伸びて、千尋(ちひろ)(つか)む。


「危なかった!!!」

「――Meteor(メテオ)


空に浮き上がったものが雨のように降り(そそ)ぐ。

ウッディが咄嗟(とっさ)(かば)ってくれなかったら(あや)うく死んでた。


「ありがとう、ウッディ。もう休め。」

「デ……デンドロォ………。」


ウッディが消失する。


「……YOUの能力が分からんな。」

「オレの能力はバラエティ豊富だからなァ!!

 まだまだイクぜ! 力を貸せ、ミスト!!!」


千尋(ちひろ)が白い(きり)に包まれて見えなくなる。


()(くら)まし……。こんなもの無意味――」


その時、(きり)の底から青白い光線が放たれ、

咲坂逆(さかさかさか)の左肩を(えぐ)る。


「こんなこともできるのか。」

「人間に不可能はねェんだよ!!!」


千尋(ちひろ)の肉体は黒い近未来的な機械に包まれていた。


「オレ with(ウィズ) メカちゃん、参上!!」

「………そう来なければ。」


咲坂逆(さかさかさか)(くう)を蹴って一気に距離を詰める。

千尋(ちひろ)はバックステップで距離を取り、

脚部と後背部の機械から蒸気を放出して飛行する。


胴体側面部から数発ドローンのようなものを打ち出し、

それが咲坂(さかさか)を追尾し断続的にビームを放つ。


「しつこいッ!!!」


傘を振り回すも、ドローンは小賢(こざか)しく逃げ回る。


「道具ってのは使いようで大きく()ける。」

「!」


いつの間にか背後を取られていた。

背中に右手が突きつけられている。


「正しいヤリ方で初めて真価を発揮するものだ。

 間違ったヤリ方では、その19%の価値も引き出せない。

 これをオレは、『コンド●ム理論』と呼ぶ。

 それを踏まえた上で言わせてもらうと――」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

傘は人に向けて振り回すもんじゃねェ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


千尋(ちひろ)の右手から放たれた電流が咲坂(さかさか)を包み込む。

だが不思議なことに、傷1つ残らず、気絶もしない。


遺言(ゆいごん)はそれで十分か?」

「!?」


咲坂逆(さかさかさか)の首が()じ切れんばかりに180°回転する。

そしてその口から爆音が放たれ、千尋(ちひろ)鼓膜(こまく)が破壊される。


「(なんだ……これ……音が………聞こえない……。

 象でも気絶するレベルの電流だぞ!? どうして…。

 ああ、頭がぐわんぐわんする……気持ち悪い……。)」

「戦場で油断は禁物。残念だったな。あと少しだったぞ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

REVERSE(リバース)POWER(パワー) High(ハイ)Gravity(グラビティ)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


千尋(ちひろ)の肉体を押し(つぶ)す勢いで重力が掛かる。


「YOUはそのまま地べたに()(つくば)っておればよい。」


「勝負あり」と言わんばかりに立ち去ろうとする咲坂逆(さかさかさか)に、

聖川(ひじりかわ)千尋(ちひろ)は気味の悪いほど笑い始める。


「……気でも狂ったか?」

「いいや……!! 思わず笑っちまっただけだ。

 分かっちまったんだよ。お前の倒し方ァ…!!」

「ほう……?」


咲坂逆(さかさかさか)が洋傘を構え直す。


「YOUは引き際というものを知らないようだな。」

「ついでに天井知らずの命知らずだ。

 何度打ちのめされても、何度でもたち上がるぜ…。」


聖川(ひじりかわ)千尋(ちひろ)が大きく息を吸う。


一暴(ひとあば)れしようぜ、リューシャ!!!」


地面に巨大な魔法陣(まほうじん)が形成され、

そこから赤い外骨格を持つドラゴンが現れる。


「形勢逆転のお時間だぜ……咲坂逆(さかさかさか)さんよォ…。」

「よかろう。気の済むまで付き()うてやるわ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


―― 一方、奴隷(どれい)市にて。



『さあさあ皆さんお待たせいたしました。

 続いてお出ししますのは、今回の目玉商品!』


ガラガラガラ……。

赤い布の掛けられた大きな(おり)が運ばれてくる。

会場の電気が消え、ドラムロールが鳴り響く。


そして、観客の気分が最高潮に達した時、

(おり)に掛けられたベールが取られ、中身をひけらかす。


『元貴族! 薄衣(うすき)()末子(まっし)です!


 少々クセがありますが光沢を放つ質の良い黒髪!

 見る人全てが声を()らす天女(てんにょ)のような美肌!

 ()けば誰もが(とりこ)になる魔性の嬌声(きょうせい)

 なのに男! 可愛い上にお●ん●んが付いていてお得!

 ここで買わずして何が富豪か。何が金持ちか。


 返品は受け付けておりませんので、

 悔いのないようにお買い求めください!

 それでは早速行ってみよう! まずは1000万円から!』


目を血走らせた豚共が、(よだれ)を垂らしながら金をはたく。

その値段は1億、2億、3億……どんどん()り上がっていく。


(おり)の中の少年の顔には生気がない。

(おのれ)の運命を悟ったかのように、暴れもせず、

ただ枯れ木のようにそこに座っていた。


「(くだらん。)」


そう()が立とうとした時、

横に座っていた金髪七三の男が話しかけてくる。


「おーやおや。もう行ってしまうのかい? “悪徳王”殿。

 これからが面白いところだというのに。」

「……君は。」


金久保(かねくぼ)優利(ゆうり)

代々金融事業や投資で栄えてきた一族の一人息子。

大の女性嫌いで、男色(なんしょく)を好むことでも有名だ。


…オークションには滅多に参加しない彼が、

わざわざ参加しているということは、

十中八九彼を手に入れるために来たのだろう。


「…君が居るなら尚更(なおさら)参加する気にはなれまい。」

「釣れないな。せっかくプレゼントも持ってきたのに。」

「プレゼントだと?」


金久保(かねくぼ)()に小さな箱を手渡す。


「………こんなもの、受け取れるはずがないだろう。」

「おっと、勘違いするな。

 それはパッと見ただの指輪だが、

 実に面白い(いわ)くが付いた代物(しろもの)なのだよ。」

「ふむ。」


ただの金製の指輪に見えるがな…。


「この2つで一組の指輪。

 男女でそれぞれ身につけることによって、

 互いの能力を共有できる不思議な効果があるんだ。

 はるか昔のヨーロッパで作られた正真正銘(しょうしんしょうめい)魔具(まぐ)

 君、こういった風変わりなものが好きだろう?

 私が所有していても持て余すから、君に譲るよ。」

「………なにか(たくら)んでないだろうな?」

「今はまだ、君と仲良くしたいかな。」

「……そうか。」


()が席を立つ。


「では、また。」

「ああ、また。」


金久保(かねくぼ)がニコニコしながら手を振る。

そんなことお構いなしに()は出口の扉を閉めた。



「………さて。」


『さあさあ、500億円が挙がりました!

 もうこれで決まりでしょうかぁ〜!!?』


その時、金久保(かねくぼ)が満を持して手を挙げる。


「1兆円出そう。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


大盛況のオークションを抜け出したこの男。

その正体は、日本を裏から操る“悪徳王”。


「侵入者とは……随分(ずいぶん)()めたことをしてくれたな。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この月群統一(つきむらとういち)の屋敷を襲撃するなど。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


聞いたことはある。

夜な夜な金持ちの家に侵入し、

金銀財宝を奪い、奴隷を解放する厄介者ども。


彼らに狙われた金持ちの命はそう長くない。


「だがそれは()抜きでの話だ。」


半ば理不尽にすべてを失った金持ちは、

口々に彼らをこう言って負け惜しみするのだ。


「“3畜生”。」


月群統一(つきむらとういち)が微笑む。


「ついに()の元に来たか、下衆(げす)どもめ。

 いいだろう。かかって来るが良い。

 思い知らせてやる。この月群統一(つきむらとういち)の力を。」



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