前日譚「畜生」
「おなかがすいたな。」
僕の人生はそれが大半を占めていた。
胃袋の満たされることのない毎日に苛立ちを覚えていた。
僕は米塚家の長男坊だった。
普通の農家の家の子として、すくすくと育っていた。
楽や贅沢をできるような裕福な家ではなかった。
本当はおなかいっぱいになっていなかったけれど、
「おなかいっぱい」と言ったことが何度もある。
でも不思議と、心は満たされていた。
だが、それも長くは続かなかった。
それは暑い夏の日のことだった。
田を見れば、日に日に力を増す太陽に耐えられず、
ぐったりと萎れ果てた稲の残骸が生えている。
つくづく自然とは厳しいものだ。
あれだけの努力もこの猛暑を前にしては水の泡だ。
悔しかった。憎らしかった。腹立たしかった。
こんなに晴れているのに、いや晴れているからこそ、
僕の心は厚く大きい雲に覆われていた。
「いたい」
珍しく、お父さんが水族館に行こうと言った。
なんでだっけ? あ、そうだ。
テレビのコマーシャルでやってたからだ。
『一夏の大冒険』というキャッチコピーで、
それが僕の少年心をがしりと掴んで離さなかった。
本当は行きたかった。でもその時は我慢した。
覚えていてくれて嬉しかった。
「いたい」
…その後はどうしたんだっけ。
ああ、そう、たくさんのお魚を見て……それで……。
「いたい」
それで……あれ? あ、怖い大人が来て……
「おねがい」
お父さんがぱんぱんの封筒を持って、
手が震えてて、顔を引き攣らせて笑ってて、
お母さんが口を押さえて泣いてて、
「だれか」
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こっちにおいで
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僕は拐われたんだ。
……なんで、こんな嫌なことを、
今になって思い出したりするんだろう。
ああ、そうか。
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――月群邸 大食堂
「はぁ………はぁ……………。」
「まだ生きてんのか。運がねェな。
お前さん、苦しみながら死ぬことになるぜ。」
目の前の男がタバコに火を点ける。
僕のことをただの子供だと侮っているんだろう。
……痛いなぁ。どこを撃たれたんだろう。
右の肩と両足首が痛いなぁ。じんじんする。
まるで傷口がドクドク脈打ってるみたいだ。
「お前さん、神やら仏やらを信じるかい?」
「はぁ………はぁ…………どういうこと?」
「この世界に“絶対”はあるのかってことよ。」
こう話している間にも、男の左腕の口から、
うねうねと触手のように舌が躍り出て、
地面に散らばったコンクリートやら何やらを掴んでは、
口の中へ放り込み、ぐしゃぐしゃと食っていた。
「おじさんは?」
「オレか? オレァ、“無い”方に賭けるぜ。」
「何を賭けるの?」
「魂を。」
男は左手の照準を米塚削盛に合わせる。
「オレがこのクソッタレな人生で得た教訓は1つだけ。
神はいない。仏もいない。救いなんて存在しない。
“絶対”はない。“絶対”を決めたのは悉く人間様だ。
だったらオレだって定める権力がある。
『奪われたくなきゃ奪え。失いたくなきゃあ、戦え。』
残酷無慈悲な世界における、オレの“絶対”。」
「!」
男の左手の平にある穴にエネルギーが溜まる。
「【コンクリート・コンフリクト】」
コンクリートの弾が、米塚の脳天目掛けて放たれる。
米塚は一か八か、それを口に含んだ。
「………へェ〜。」
「不味い。」
にんにくをたっぷり入れたショートケーキの味がする。
「やるじゃねェの。ただのガキじゃァねェらしい。
いいだろう。今夜は特別だ。名乗ってやる。
オレァ、月群が《三本の懐刀》の1人。
天性のギャンブラー・打田内亜弾!!!
……名乗ってみせろ。ガキでも男だろ。」
「……!! 僕は、食べるの大好き・米塚削盛!!!」
「いいねェ。」
打田内が再び攻撃の構えに入る。
「今夜はじっくり楽しめそうだ。」
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――【夢世界】
「強がってたわりには攻撃当たってないッスよ〜。」
「・・・・・。」
一方、三月幻魔は紫パーカーの男と死闘を繰り広げていた。
「【転移弾】」
パーカー野郎は紫の霧の弾を打ち出し、
三月の呼び出した怪物の肉体を大きく抉る。
しかし、その不定形な肉体は急速に回復し、
あっという間に元通りになってしまう。
「なんなんスかこの化け物!!
ねちょねちょしててキショいし、
何よりデカすぎて送れないのがクソッス!!!」
「(戦闘経験はまだまだ未熟。故によく喋る。)」
怪物が大きく口を開け、パーカーに向けて光線を放つ。
しかし、命中したのはパーカーではなく三月だった。
膨大な熱が肉を焦がし、胴体の1/3を持っていった。
三月が振り向くと、紫色の【ワープホール】があった。
「なるほど、カウンターにも使えるわけか。」
「………頑丈ッスね。」
「こっちのセリフだよ。」
怪物の腕がパーカー野郎にクリーンヒット。
無論、傷1つ付かないのである。
「つくづく面倒な相手だ。」
「お互い様ッス。」
三月が『雲』を掴み、肉体をもとに戻す。
「……もしかして おれっち、結構不利ッスか?」
「そうでもないよ。」
三月は背後からの突風をノールックで避ける。
「だって実際のところ、これは三対一だろう?」
「なんで避けられてるッスかねー………。」
そう。これは一見一対一のように見えるが、
実際はただの三対一だ。
千尋の読み通り、こいつの能力はワープ系。
紫の霧が出入り口となって、
しばしば第三者からの横槍が入るような状況。
未熟? 違う。こいつは生粋の戦闘の天才だ。
「……興味深い。」
三月が『雲』を潰すと同時に、
パーカー男は見渡す限り木ばかりの空間に閉じ込められる。
「………なんスかこれ。」
「生憎、これ以上構ってやれるほど、
私たちに余裕は無いらしい。だから―――」
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くたばれ。
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不吉な気配を感じて振り返ると、
そこには『女の幽霊』のようなものが立っていた。
男は即座に【転移弾】を放とうとする。
しかし、一向に能力が発動する気配はない。
「え………。」
それに気を取られている間に、
幽霊は男の真後ろに移動していた。
「は?」
閑静な森林に、絶叫が響き渡る。
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――月群邸 庭園
「他所見すんなよ。妬いちまうぜ。」
「これは失敬。退屈だったものでなァ!!!」
咲坂逆が洋傘を大きく振り回し、
その風圧が周囲一帯の障害物を薙ぎ払う。
「YOUは確かに強い。だがどうだ?
YOUはもうボロボロ。対して俺様は超元気。
正直がっかりだ。
侵入者だからと期待してはいたが、
蓋を開けてみれば揃いも揃って雑魚ばかり。」
「おっと、誤解してもらっちゃあ困るぜ。
オレならまだしも、あいつらは全く弱くねェ。
三月はクレバーなやつで、
いつも何かとオレたちの手助けをしてくれる。
情報と戦力が揃ったあいつほど怖いものはない。
削盛は地頭の良さと飲み込みの早さが魅力だ。
今はまだひよっ子かもしれねェけど、
順当に育てば、オレをも超える逸材になるだろう。
撤回しろ。さもなくば地獄を見るぞ。」
「……YOUも男なら、力で捻じ伏せろ。出来るものなら。」
咲坂が指を上に向ける。
「REVERSE:DIRECTION Fall into sky」
すると、周囲のありとあらゆるものが空に落ち始める。
「出て来い、ウッディ!」
千尋の掛け声とともに、
地面から顔のついた巨木がにょきにょきと生えてくる。
その枝がぐんぐんと伸びて、千尋を掴む。
「危なかった!!!」
「――Meteor」
空に浮き上がったものが雨のように降り注ぐ。
ウッディが咄嗟に庇ってくれなかったら危うく死んでた。
「ありがとう、ウッディ。もう休め。」
「デ……デンドロォ………。」
ウッディが消失する。
「……YOUの能力が分からんな。」
「オレの能力はバラエティ豊富だからなァ!!
まだまだイクぜ! 力を貸せ、ミスト!!!」
千尋が白い霧に包まれて見えなくなる。
「目眩まし……。こんなもの無意味――」
その時、霧の底から青白い光線が放たれ、
咲坂逆の左肩を抉る。
「こんなこともできるのか。」
「人間に不可能はねェんだよ!!!」
千尋の肉体は黒い近未来的な機械に包まれていた。
「オレ with メカちゃん、参上!!」
「………そう来なければ。」
咲坂逆が空を蹴って一気に距離を詰める。
千尋はバックステップで距離を取り、
脚部と後背部の機械から蒸気を放出して飛行する。
胴体側面部から数発ドローンのようなものを打ち出し、
それが咲坂を追尾し断続的にビームを放つ。
「しつこいッ!!!」
傘を振り回すも、ドローンは小賢しく逃げ回る。
「道具ってのは使いようで大きく化ける。」
「!」
いつの間にか背後を取られていた。
背中に右手が突きつけられている。
「正しいヤリ方で初めて真価を発揮するものだ。
間違ったヤリ方では、その19%の価値も引き出せない。
これをオレは、『コンド●ム理論』と呼ぶ。
それを踏まえた上で言わせてもらうと――」
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傘は人に向けて振り回すもんじゃねェ。
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千尋の右手から放たれた電流が咲坂を包み込む。
だが不思議なことに、傷1つ残らず、気絶もしない。
「遺言はそれで十分か?」
「!?」
咲坂逆の首が捻じ切れんばかりに180°回転する。
そしてその口から爆音が放たれ、千尋の鼓膜が破壊される。
「(なんだ……これ……音が………聞こえない……。
象でも気絶するレベルの電流だぞ!? どうして…。
ああ、頭がぐわんぐわんする……気持ち悪い……。)」
「戦場で油断は禁物。残念だったな。あと少しだったぞ。」
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REVERSE:POWER High‐Gravity
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千尋の肉体を押し潰す勢いで重力が掛かる。
「YOUはそのまま地べたに這い蹲っておればよい。」
「勝負あり」と言わんばかりに立ち去ろうとする咲坂逆に、
聖川千尋は気味の悪いほど笑い始める。
「……気でも狂ったか?」
「いいや……!! 思わず笑っちまっただけだ。
分かっちまったんだよ。お前の倒し方ァ…!!」
「ほう……?」
咲坂逆が洋傘を構え直す。
「YOUは引き際というものを知らないようだな。」
「ついでに天井知らずの命知らずだ。
何度打ちのめされても、何度でもたち上がるぜ…。」
聖川千尋が大きく息を吸う。
「一暴れしようぜ、リューシャ!!!」
地面に巨大な魔法陣が形成され、
そこから赤い外骨格を持つドラゴンが現れる。
「形勢逆転のお時間だぜ……咲坂逆さんよォ…。」
「よかろう。気の済むまで付き合うてやるわ!」
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―― 一方、奴隷市にて。
『さあさあ皆さんお待たせいたしました。
続いてお出ししますのは、今回の目玉商品!』
ガラガラガラ……。
赤い布の掛けられた大きな檻が運ばれてくる。
会場の電気が消え、ドラムロールが鳴り響く。
そして、観客の気分が最高潮に達した時、
檻に掛けられたベールが取られ、中身をひけらかす。
『元貴族! 薄衣家の末子です!
少々クセがありますが光沢を放つ質の良い黒髪!
見る人全てが声を漏らす天女のような美肌!
聴けば誰もが虜になる魔性の嬌声!
なのに男! 可愛い上にお●ん●んが付いていてお得!
ここで買わずして何が富豪か。何が金持ちか。
返品は受け付けておりませんので、
悔いのないようにお買い求めください!
それでは早速行ってみよう! まずは1000万円から!』
目を血走らせた豚共が、涎を垂らしながら金をはたく。
その値段は1億、2億、3億……どんどん釣り上がっていく。
檻の中の少年の顔には生気がない。
己の運命を悟ったかのように、暴れもせず、
ただ枯れ木のようにそこに座っていた。
「(くだらん。)」
そう余が立とうとした時、
横に座っていた金髪七三の男が話しかけてくる。
「おーやおや。もう行ってしまうのかい? “悪徳王”殿。
これからが面白いところだというのに。」
「……君は。」
金久保優利。
代々金融事業や投資で栄えてきた一族の一人息子。
大の女性嫌いで、男色を好むことでも有名だ。
…オークションには滅多に参加しない彼が、
わざわざ参加しているということは、
十中八九彼を手に入れるために来たのだろう。
「…君が居るなら尚更参加する気にはなれまい。」
「釣れないな。せっかくプレゼントも持ってきたのに。」
「プレゼントだと?」
金久保は余に小さな箱を手渡す。
「………こんなもの、受け取れるはずがないだろう。」
「おっと、勘違いするな。
それはパッと見ただの指輪だが、
実に面白い曰くが付いた代物なのだよ。」
「ふむ。」
ただの金製の指輪に見えるがな…。
「この2つで一組の指輪。
男女でそれぞれ身につけることによって、
互いの能力を共有できる不思議な効果があるんだ。
はるか昔のヨーロッパで作られた正真正銘の魔具。
君、こういった風変わりなものが好きだろう?
私が所有していても持て余すから、君に譲るよ。」
「………なにか企んでないだろうな?」
「今はまだ、君と仲良くしたいかな。」
「……そうか。」
余が席を立つ。
「では、また。」
「ああ、また。」
金久保がニコニコしながら手を振る。
そんなことお構いなしに余は出口の扉を閉めた。
「………さて。」
『さあさあ、500億円が挙がりました!
もうこれで決まりでしょうかぁ〜!!?』
その時、金久保が満を持して手を挙げる。
「1兆円出そう。」
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大盛況のオークションを抜け出したこの男。
その正体は、日本を裏から操る“悪徳王”。
「侵入者とは……随分と舐めたことをしてくれたな。」
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この月群統一の屋敷を襲撃するなど。
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聞いたことはある。
夜な夜な金持ちの家に侵入し、
金銀財宝を奪い、奴隷を解放する厄介者ども。
彼らに狙われた金持ちの命はそう長くない。
「だがそれは余抜きでの話だ。」
半ば理不尽にすべてを失った金持ちは、
口々に彼らをこう言って負け惜しみするのだ。
「“3畜生”。」
月群統一が微笑む。
「ついに余の元に来たか、下衆どもめ。
いいだろう。かかって来るが良い。
思い知らせてやる。この月群統一の力を。」
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