49話「不純異性交遊」
――田中鋼一 自宅
「おはようございます。」
「おはよー。」
眠たげに瞼を擦りながら起きてきたのは、
田中鋼一の妹・鋼音だ。
そしてそれをダイニングで明るく迎えたのは、半端中途。
天馬正和の提案で、少し前から兄と同棲しているそうだ。
「……あれ? お兄様は?」
「モグモグ。もうトレーニングに行ったよ。」
「嘘でしょ!?」
「ホントホント。病み上がりなのに無茶するよねー。
昼前には帰ってくるからゆっくりしててだって。」
「そうですか…。」
やがて田中鋼音は洗面所から戻ってきて、
トースターのパンをもさもさと食べ始めた。
『ピンポーン』
「呼び鈴鳴ったよー。」
「プイッ。」
「……しょうがないなぁ」
鋼音が渋々立ち上がり、
インターホンのモニターを確認する。
そこには、白髪の美少女が立っていた。
「おはようございます。何か御用でしょうか。」
鋼音が扉を開けると、しばし女は絶句した。
「か、かわいい女の子が居る!!!?」
「かっ…かわ!?」
女は鋼音と両手を繋ぐ。
「!?!?」
「えーー!! めっちゃかわいい!!
いつからここに居るの!? メイク何使ってる!?」
「に、2週間前から居ます。すっぴんです……。」
「すっぴん!?!?」
玄関口で騒いでいると、奥から半端中途が出てくる。
「あ、天馬妹じゃん。」
「あ、半端さん。……玉子って名前で呼んでください。
…まあいいです! 貴方宛に手紙を渡しに来ました。
兄様が直接渡してほしいとのことでしたので。」
「えー、なんだろう。」
半端が封筒を開封する横で、2名の美少女は会話を続ける。
「2人は同棲なさっているんですか?」
「はい! ……というのも、
私がお兄様に無理言って頼んだのですが。」
「お兄様?」
「私は田中鋼一の妹、田中鋼音です!」
「ええええええ!?!?!?」
天馬玉子は目をぱちくりさせる。
「せ、生命の神秘〜。」
「貶してますか?」
「褒めてます。」
そんなこんなで会話している間に、
半端中途は大慌てで外出の準備を進める。
「ちょっと、どうしたの?」
「急用ができたの! 昼ごはんは要らない!
今すぐ出なきゃだから、じゃあね!!!」
「う……うん。じゃあ、また……。」
半端中途は破竹の勢いで駆け抜けて行った。
「何だったんだろう……。」
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―― 一方、同時刻 別の場所では。
「楽さん、この服どうですかね!?」
「は、はい。」
俺、蝶野楽は、何がどうしてこうなったのか、
ピンク髪の自称“俺のファン”染井好乃と、
ショッピングモールにやって来ていた。
そうだ、そういえば数日前……。
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――数日前、一元湊の事務所にて。
「高額の依頼が来ている。」
「それってヤバいやつ?」
「ああ。」
湊が依頼内容の書かれた紙を渡す。
「……1日買い物に付き合うだけ?
え? それだけでこんなにもらえるの?」
「ああ。怪しいだろ。嫌だったらやめていいぞ。」
「それにこの依頼者の名前……染井好乃…
これってもしかして、あの好乃さん!?」
「嫌だったらやめていいぞ。」
「でもショッピングモールって
子どもん頃に行って以来だし気になるから、
せっかくだし、ちょっと行ってみようかな。」
「嫌だったらやめていいぞ。」
「湊 お前どんだけ行ってほしくねぇんだよ!!」
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というわけで、今日の俺の仕事は、
染井好乃さんの買い物に付き合うことだ。
「でもこっちの服もいいと思うんですよね…。
楽さんはどっちの服がいいと思いますか?」
「!?」
やばい……分からん。
俺はそもそも服に関しては無頓着だから、
どんな服が大衆ウケするのかまったく分からない。
まして、たいして女性と出かける機会など、
雀の涙ほども無かったから、露ほども分からない。
脳内を高速回転させる蝶野楽を、
遠くから静かに見守る男が居た。
そう、蝶野楽の友達・一元湊だ。
「クソッあんなに楽しそうにしやがって……!!
楽が困ってんのが見えてないのか?
やっぱり今からでも染井好乃に介入して……」
「バカタレ。」
「あ痛っ。」
後頭部を軽く殴られる。
振り返るとそこには白髪の男が立っていた。
「げっ。天馬正和。」
「『げっ』とは何だ、『げっ』とは。」
「今忙しいんだ。邪魔しないでくれないか。」
「奇遇だな。私もパトロール中に変質者を見つけて、
その扱いに困っているところだ。」
「手伝おうか?」
「貴様のことだぞ。」
「俺は変質者では断じて無い。
楽を少々後ろから付け回してるだけだ。」
「世間はそれを“ストーカー”と呼ぶ。」
天馬が湊に合わせてしゃがむ。
「それで? なぜそんなことをするんだ?」
「楽は今、染井好乃という女とデートをしている。」
「ンン゛ッ!!!??」
天馬が吐血する。
「どうした。」
「いや…友達が女子とデートしているとなると、
なんか蚊帳の外みたいな感じがしてダメージが…。」
「ん? お前は楽の友達なのか?」
「やめろ!!! 私の傷口を嬉々として抉るなぁ!!!」
「俺は断言されたぞ。友達だと。」
「い、いやでもほら………。
私はこの前誕生日プレゼントもらったし……。」
「楽の押し入れの奥底にあったハンドスピナーが
そんなに嬉しかったのか? アラサー天馬。」
「それは本当にやめろ!!!!!
もう“ギリギリ20代”が名乗れなくて辛いんだぞ!!」
「知らんがな。」
「貴様もいずれは私のように年老いていくんだ。
20代、30代、40代………重ねる歳に思いを馳せるんだ。
トイレの回数が増えたり、1日を短く感じたり、
健康診断の結果に一喜一憂したりするんだぞ貴様も。」
「ごめんごめん。からかいすぎた。
悪かったって。後でパフェ奢ってやるから。」
「いや…………いい。」
「どうして? 甘い物好きだろ?」
「……次の健康診断に響く。」
「あ………うん。」
2人は目線を楽と好乃に向ける。
「ねぇ〜、楽さんは、どっちがいいと思うの?」
「楽、まだ悩んでんのか。
どうせ楽のセンスなんて参考にならないんだから
とっとと潔く楽の好きな方選べばいいのに。」
「貴様は友達に対して厳しすぎないか!?
普段の君はここまで辛辣ではないだろう!?
あ!分かった。友達が好乃に盗られて嫉妬を――」
「それ以上喋ったら2度と戯言を言わないよう、
この携帯用裁縫セットでその口を縫うぞ。」
「図星か。」
「・・・・・。」
「うぉぉ!? 本当に縫おうとするな!!!」
耳!
「というか、ここまで黙り込まれては、
相手の女の子も流石に呆れるんじゃないか?」
「そうなってくれた方がこちらとしてはありがたいが、
残念ながら彼女はそういう次元ではない。」
「ハッ!?」
染井好乃は飽き飽きとするどころか、
むしろ自分のことを一生懸命に考える楽を見て、
自然と口角が上がっているようだった。
「愉悦ってる!!!」
「愉悦ってやがります。」
天馬は顔を曇らせた。
「そういえば、私も似たようなことあったなぁ…。」
「どんな?」
「あれは妹が服買うのに付き合った時のことなんだが…」
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「兄様! こちらの服とこちらの服、
どちらがより私に似合うでしょうか?」
「…どっちも似合ってると思うよ。」
「0点! 退学! 市中引き回しの刑!」
「えぇ!? そんなに酷いこと言った!?」
妹・玉子は兄・正和をビシッと指差す。
「いいですか、兄様。
こういう時の女の子というものは、
既に自分の中で1つの解を持っています。」
「じゃあもうそれで良くない!?」
「いいえ。それは賢い選択ではない。
根拠なき主観による選択は愚か者のすることです。
世の女性が求めているのは、“同調”。
『こっち買いたいけど、一応聞いとくか』感覚です。
好きな人に“同調”してもらった上で買いたい。
少なくとも私はそう思っていますよ。」
「いや理不尽がすぎない!?
クイズ番組のラスト問題が1億点あるくらい理不尽!!
もしそれで買いたい方とは逆の方を選んじゃったら、
その時はどうするのさ!」
「『チッッッッッ!!!(クソデカ舌打ち)』て感じですかね。」
「ひどい!!!」
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「――というわけだ。」
「……いや『どっちでもいい』は駄目だろ。」
「『どっちも似合ってる』だ!!!」
「いやいや、もうほぼ同義だろ。
本当に私のこと考えてる?って思っちゃうわ。」
「乙女か!」
この時、天馬正和にメールが届く。
「なんか鳴ってるぞ。」
「ん?ああ。……話奏からだな。
『今すぐJEC本部に来い』とのことだ。」
「おう。」
「・・・・・。」
「・・・・・いや、行けよ。」
「『現在重要任務に当たっているため、
そちらに向かうことはできません。』送信っと。」
「お、お前………。」
そこで、蝶野楽がついに口を開く。
「えっ、えっと、あの、
あんまり選んだこと無いから……
というか、選んだこと全く無いし、
表現する語彙力も全然ないから、
参考になるかは分かんないんだけどね、
まず右の方、そう、こっちのセーターは、
肌触りもなんかフワフワで良い感じだし、
デザインもキュートで素敵だと思うんだけど、
でも俺は左の方、こっちの白いセーターが好きかな。
デザインがシンプルながら、どこか大人びてて、
そこがなんかこう……心にキュンと刺さる……かな。
……ごめん。完全に俺の好みなんだけど。」
「あれはどうなんだ、湊。」と天馬が問う。
一元湊は一拍おいて答えた。
「結構説明がグダってはいるものの、
楽が楽なりに精一杯考えて出した答えだ。故に――」
染井好乃が一瞬恍惚とした笑みを見せ、
すぐに取り繕い、楽に礼を言った。
「ありがとう。じゃあこっちの白いセーターにするね!」
「や、役に立てたなら良かったです。」
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――満点だな。
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その後もなんやかんや様々な服屋等を見て、
2、3着ほど追加で購入し、買い物が終了した。
「もう終わっちゃった。想像よりも早く片付いたなぁ。」
「そ、そうですね。」
今は一旦休憩ということで、
ショッピングモール内のカフェに座っていた。
「でも私は1日楽さんに付き合ってもらう予定だから、
今解散するのはもったいないカンジがするのよね。」
「は、はぁ………。」
「そこで! ジャ〜ン!!」
染井好乃がチケットのようなものを取り出す。
「実は丁度今、上の階の映画館の株主優待券を、
ぴったり2枚持ってるんだよね〜。いや〜偶然偶然。」
「(嘘つけ!!!!!!)」「(湊、抑えて抑えて!!)」
染井好乃のわざとらしすぎる提案に、
すぐ後ろの席に座った湊が激情を露にし、
乱入しようとする彼を天馬が必死に止める。
「あんなの偶然な訳がない。図ったんだあの女!
楽に色目ばっか使やがって!! 邪魔してやる!!」
「やめ…何で……そんなに嫌なのにOKだしたんだ貴様は!!!」
「え?」
「うわぁ!! 急に落ち着くな!!!」
暴れていた湊の身体から力が抜ける。
そして頭を抱えて悩みだした。
「俺はどうして許可なんて出したんだ!?
普段の俺なら絶対に許可なんて出さないのに…!!」
「お、おい……大丈夫か?」
「そ、そうだ!! 思い出した! あの女は―――!」
✺ 邪魔をするな ✺
「――今何の話してたっけ?」
「…はぁ?? ど、どうした? 頭大丈夫か?
ついさっきまで貴様は楽のことを………。」
「…頭痛い。もう帰って休むわ。」
「そ、そうですか……。」
一元湊が先に離席する。
「……1人になっちゃいました。
これからが良いところなのに、もったいない。」
そうして天馬が楽に注意を戻そうとしたその時、
彼に向かって声が投げかけられる。
「こんにちは。」
「!?」
伝能話奏だ。張り付けたような笑顔だ。
目が笑っていない。声のトーンが異様に高い。怖い。
「き、奇遇ですね。」
「ええ本当に奇遇ですよ。こんなところで会うなんて。
先輩の愛しい愛しい後輩ちゃんから、
JEC本部に来るように連絡があったはずなのに、
どうしてこんなところで油を売っているんでしょう。
『重要任務』とやらはどうしたんですか?」
「お、怒ってる?」
「怒ってません!!!」
いや怒っとるやないかい、と言うのはご法度だ。
「ほら、行きますよ。」
「いやでも…」
「あ゛?」
「……ごめんなさい。」
天馬正和は伝能話奏に引きずられていった。
……こうして、邪魔者は居なくなった。
「それじゃあ、行こっか!」
「う、うん。それで、どの映画を観るの?」
「え? うーんとね、今流行りの……」
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激しい息づかいが聞こえる。
恐怖で呼吸が浅く速くなっているのだろう。
トイレの個室の中で、男が震えている。
外から、足音が聞こえてくる。
ひた、ひた、ひた。それは近づいている。
ひた。それは扉の前で止まる。
同時に、ドアが壊れそうなほどに激しく、
絶叫とともに力強いノックが繰り返される。
男はひたすら謝っている。
やがてノック音が止み、足音が遠ざかっていく。
誰もが「やり過ごした」と思った次の瞬間。
視界内に、黒くて細長い糸の束が、降りてくる。
するり、するりと降りたそれは、床に達する。
男は、恐る恐る上へと顔を向ける。
そこには……
『ヴォアアアアアアアア!!!』
『うわああああああああ!?!?』
女の霊が覗き込む姿があった。
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蝶野楽は涙した。
楽はホラー映画を観るのは初めてだったが、
もう既に映画館から抜け出したくなっていた。
楽にとって、今の状況は拷問に等しかった。
だがスクリーンから目を背けることはしなかった。
その時、右手に仄かな温かみが乗った。
横の席の染井好乃が、楽の手を握っているのだ。
まるで「大丈夫だよ」と言い聞かせるかのように。
楽は亡き母のことを思い出した。
じいちゃんの家に泊まる時、
田舎の夜さながらのべたつくような恐怖で、
楽は母親の手を握らなければ寝られなかった。
染井好乃の手には、母に似た安心感があった。
「(これならまだ、耐えられるかも……。)」
✺ ああ 本当に愛おしい ✺
たかが服選びと怠慢せずに、
私のために、こんなにも必死になってくれる。
本当はホラー映画が苦手なくせに、
私の好みに合わせて一緒に観てくれる。
なんて愛らしいんだろう。
やっぱり、今すぐにでも手に入れたい。
無理矢理にでも攻め落として、籠絡させたい。
でも駄目。まだその時期じゃない。
「楽さん!映画、面白かったですねー!」
「は、はい……。」
愛を与えて、愛を与えて、
その心がぶくぶくと肥えきって、“食べ頃”になったら、
私がこの手で貪り、その身果てるまで食べ尽くす。
感度良好、視界はクリア、音質上々、魅力的。
…運が良いなぁ。こんなに良い器が手に入るなんて。
日!
それからもショッピングモール中を歩き回って、
そしたらいつの間にか、夕暮れ時になっていた。
染井好乃は十分に満足したらしく、
ショッピングモール前で解散することになった。
「ねぇ、今度はさ、仕事とか関係なく、
2人っきりで遊びに出かけてみない?」
「え?」
その際、このような提案をされたことを、
俺は本当に驚いた。
「ぷ、プライベートで、……ってこと?」
「そう。2人きりで。」
「ど、どうして?」
「楽さんといると、幸せだからです。」
そ、それって……?
「まあでも生憎、これから本業の方が忙しいので、
残念ながら、当分はお出かけできないんですよね…。」
「そ、そうですか……。」
当分会えないのか。なんか物寂しいような……。
「だから」
染井好乃がQRコードを提示する。
「連絡先、交換しよ?」
「は、はい!」
こうして楽は、初めて女性の連絡先を手に入れた。
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「……本当に哀れだな、蝶野楽。」
閉ざされた精神世界で、三月幻魔が茶を啜る。
モニターに映る染井好乃の笑顔を見ながら。
「偶然の賜物か、あるいは神の気まぐれか。
奇しくも、楽は巡り合ったわけだ。
………憎い憎い殺したいほど憎い私の因縁の相手と。」
カップを握る手に力がこもる。
「やっと。やっと好機が訪れた。
まさか本当に釣れるとは夢にも思わなかったが、
ずっと雲隠れしていた彼女がついに尻尾を出した。
楽には悪いが、このまま彼女を誘き寄せる餌として、
これからも丁重に扱わせてもらうとしよう。」
三月は懐から1枚の写真を取り出す。
そこには若き日の米塚削盛と自分、
そして、聖川千尋の姿が写っていた。
「待ってろ千尋。もうすぐ助けてやる。
待ってろ『アイ』。もうすぐその首刎ねてやる。」
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All for you.(すべては、君のために。)
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⇐ to be continued




