47話「“多忙”の街は今日も騒がしい。」
―― 同日 8時頃
「たとえ世界が敵に回ったとしても〜♪」
リーフグリーンの髪色の男が、
ギター片手に窓辺で歌を歌っている。
「今日は、随分と、機嫌がいいね、植草。」
奥の部屋から、巨大な男が出てくる。
「削盛! ああ、その通り!
こんな日には、歌でも歌いたくなってしまうよ!」
「………君は、いつも、歌っているだろう。」
“食欲”こと米塚削盛は呆れたように淡々と言った。
「そう! その通り! ボクはいつも歌っている!!
ああ! 時間がいくらあってもたりないよ!!!
聞いてください! 作詞ボク! 作曲ボク!
『ボクは歌うよキミのために 〜FOREVER〜』!!!」
「聞かないよ。」
植草はこちらの拒絶もお構いなしなご様子で、
ジャンジャカジャンジャカとギターを弾き始めた。
「ちょっとうるさいからやめてくれる?」
部屋の壁から虹色のアフロの男が生えて、文句を言う。
「何故さ♪ 悪いことは〜 していないのに〜♫」
「近所のコアラからクレーム来てるんだよ。
存在自体がうるさいから自重してくれないか?」
「酷すぎて草〜♪」
「草を生やすな。枯らすぞ。」
「お〜♪ おっそろしい〜♫」
会話の最中でもこの男は歌うことをやめない。
「生巣。他の皆は、今何してる?」
「はっ。えー、今は、
豆腐谷は豆腐を作り終えたため、
いつもと変わりなく、疲れ果てて自室で寝ています。
武堂は、“滝の間”で修行をしています。
朝ご飯の支度が整い次第呼んでほしいとのこと。
そして、酒井なのですが…………。」
米塚はため息を1つ零した。
「やっぱり来ない……か。」
「……彼にも彼なりの事情があるんでしょう。」
「それでも、少し、寂しい。
朝ご飯は、一緒に、食べるもの、なのに。」
しょんぼりする米塚削盛を見かねて、
生巣は指を鳴らし、テーブルの上にオムライスを出現させ、
おまけにてっぺんに『くま』の旗を立ててやる。
「傷心気味のご主人様には、
このような朝ご飯はいかがでしょう。」
「わぁぁぁ!! ありがとう!! 生巣!!」
「(まったく…手間の掛かるご主人様だこと。)」
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――そして現在
「師匠ぉぉぉぉぉ!!!」
「聞こえておるわっ!! 何回呼ぶ気じゃ、たわけ!!!」
バー『一夜の怪街』にて、井寺伴助は、
自身の師であるこの男・酒井呑太と再会を果たした。
「近う寄れ。共に呑み交わそうぞ。」
「御意に。……あ、しかし、
ワシは酒全般が呑めないでござる。
して、代わりに『じゅーす』を頂くのじゃ。」
「つれない奴よのう。」
井寺は出口に近い酒井の左隣の席に座る。
「では何故酒場なんぞに来た。」
「今の主殿から師匠に渡してほしいものがあると。」
「……ほう。」
井寺はロガから預かっていたバスケットを酒井に渡す。
「やけに手厚く包装されておるな。酒かのう。
……中に何か文が入っておる。どれどれ……。」
手紙を見た酒井の手がわなわなと震えだす。
「び、びびびび『ビリオネア・ウォッカ』じゃと!?
こんな高価なものを儂に!? お主の主が!? 真か!?」
「なんじゃ、そんなにすごいのじゃ?」
「凄いも何も、最高級のお酒であるぞ。
よもや、これを呑める日が来るとは思わなんだ。
ありがたく持って帰らせて頂くとしよう。」
「文には何と書かれておったのじゃ?」
「感謝の言葉がびっしりと綴られておったわ。」
「(あのロガ殿がお礼を…………?)」
酒井は井寺の頭を撫でる。
「『少々やんちゃで我武者羅なところはありますが、
井寺は天真爛漫で優秀な私の仲間です。
彼には何かといつも助けてもらっています。』だとさ。
良い主君を持ったなぁ、井寺。」
「…………はい!」
普段思っていることを表に出さない人じゃったから、
内心自分がどう思われているのか、不安だった。
……ちゃんと、ワシのことを見てくれておったようじゃ。
「……ところで、ずっと気になっていたんだがのう。」
「はい、何でござろうか。」
「その被りもんは何だ。侍を模しているのは分かるが。」
「ロガ殿が『ぷれぜんと』してくれた冷却機なのじゃ。
ワシの能力で発生する熱を逃がしてくれるのじゃ。」
「それはまた高等な技術だのう。」
井寺はジュースを一口含み、質問を発する。
「師匠は、今は何を生業としておられるのじゃ?」
「……用心棒をしておる。」
「誰の?」
「米塚削盛という男じゃ。」
「ふーん…。何か聞いたことあるような……。」
一時の沈黙。
「“食欲”じゃん!!!」
「世間一般では忌み嫌われているようだが、
儂は彼の一派の手によって命を救われたのでな。
今風に言うならば、『命の恩人』という奴じゃ。
お主と別れたあとの冷たい冷たい『しべりあ』で、
息絶えようとしていた儂を、彼らが拾わねば、
今頃、生きてお主と再会することも無かったじゃろう。
一応、感謝はしとるんじゃ。」
開いた口が塞がらなかった。
「……ん? というかっ!!
今さらっと死にかけたと言ったのじゃ!?」
「ああ。」
「あの時、『ここは儂が食い止める。
だから井寺は先に行け。振り返らずに走れ。
大丈夫。儂は天下無敵の侍じゃ。絶対に死なん。』
とかなんとか、自信満々にぬかしておったくせに!!!」
「ちぃっ。要らぬことばかり覚えおって……。」
「あー!! 都合が悪くなったらすぐ酒に逃げる!!!」
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――『秘密結社Ⅹ』アジト
鬼無瀬ロガがノートと睨めっこをしながら、
世変桜紗と将棋をしている。
近くのスコアボードには、「2:2」と書かれている。
「さっきからよそ見ばっかしてて平気なの?」
「言うまでもない。」
「大分ナメられたものね。」
『パチッ』
「片手間でもいいと言ったのは君の方だろう。
それに、今のうちに好感度を稼がないと……。」
「え、なに? 遠隔で『どきメモ』でもやってるの?」
『パチッ』
「俺が乙女ゲーなんてやると思うのか。」
「思う。」
「もうやってないよ。」
「あら、前科はあるのね。」
『パチッ』
「…話が逸れたな。桜紗には話したよな。
12月になったら、何が起こるのかってこと。」
「ええ、聞いたわ。ロガがたくさん頑張ったこと。
犠牲を最小限に減らすのにかなりの回数を要したこと。」
『パチッ』
「……私もロガみたいに、それこそ『どきメモ』みたいに、
セーブとロードでやり直せたら良かったのに。」
「何かやり直したいことがあるなら、言ってごらん。
桜紗が後悔しないように、上手いことやってみるから。」
「……そういうことじゃなくてさ。」
『パチッ』
……ロガの打つ手を握り、目を合わせる。
「私はそれを知っているだけなのがなんかヤでさ。
辛いことや苦しいことは、一緒に乗り越えたいのよ。
分からない? 『オトメゴコロ』ってやつよ。」
「……分からんな。」
「はいはい、そーですかそーですか。」
『パチッ』
「じゃあ王手。詰みだよ。」
「は?」
「私の勝ち。3勝もぎとった方の勝ちだもんね?」
「え? いつの間に……。え?」
「負けた方が、勝った方の言うことを、
なぁ〜〜んでも、聞いてくれるんだもんね?」
世変桜紗がねっとり爽やかに微笑む。
「ねぇロガ。あなたは知っているんでしょ。
どう行動すれば、何が起こって、どんな結末を辿るか。」
桜紗がロガの頬に両手を添える。
「私があなたをどう思っているかも、知ってるんでしょ。」
「・・・・・。」
「否定はしてくれないのね。もしかして、
あなたにとっては初めての質問じゃないのかしら?
………本当に、ズルくて、最低で、罪深い人。」
「………桜紗?」
桜紗は、ロガからぱっと手を放す。
「なーんて、冗談♪」
「・・・。」
「さ、なんでも言うこと聞いてくれるんでしょ?
今日くらい使命なんて忘れて、デートを楽しみましょ?」
戸惑って、座ったままいるロガに、
桜紗はにこりと笑って手を差し伸べる。
「大丈夫。今のところは利用されててあげるから。
私とて、ロガを悲しませるのは本望じゃないし。」
「あ、ああ……。」
ロガの肉体をゆっくりと立ち上がらせる。
「上手に私を騙してね、ロガ。私の気が変わらない内に。」
「………ありがとう。」
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―― 話は蝶野楽に戻る。
「もう夕方かー。いつもより日が経つのが早く感じるな。」
「それは冬が近いからだろう。」
蝶野楽と一元湊は2人並んで歩く。
その足取りはおぼつかなく、どこか寂しさを帯びていた。
「もう秋が終わるんだな。色んなことがありすぎて、
俺にとってはあっという間みたいだわ。本当に。」
「俺もだよ。楽にはハラハラさせられっぱなしだ。」
「俺のせいかよっ!?」
「あんま心配させんなよなー。」
「言われなくても!!」
ここで俺達は丁字路に差し当たる。
「俺、こっちだから。」
「そうか。じゃあな、楽。」
「おう。」
遠ざかっていく背中を、名残惜しく思う。
楽しい祭りが終わった後のような、そんな気持ち。
かといって引き止める理由もないので、
俺は反対方向へ歩き出した。
だが、そこで声をかけられた。
「ごめーん!言い忘れてたーー!!」
「どうしたーー?」
楽が力強く手を振る。
「今日はありがとう!! また明日ねー!!」
「……! おう、また明日。」
湊が手を振り返し、刎頸の友と別れを告げる。
……こうしてゆっくり遊べたのは久しぶりかもしれない。
楽にとって、そう思わずにはいられないほどに、
この1週間は肉体的にも精神的にも堪えるものだった。
「ずっとこういう日常が続けばいいのに。」
楽観的な泡沫の願いは、オレンジ色の空へ消えていった。
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―― その日の夜、JEC本部司令部にて。
巨大なモニターの前で、男が座っている。
レモンのような色鮮やかな髪色だ。
彼の純白のマントに描かれたJECのシンボルは、
自身がJECを束ねる最高権力者であることを暗示していた。
彼の傍らには2人の部下が座っている。
1人は言わずもがな、アズマシティ支部支部長にして、
「JEC四天王と同格」と謳われる男・天馬正和だ。
そしてもう1人は、JEC本部司令部に勤める、
「司令部の花」と呼ばれる女・伝能話奏だ。
モニターには神輝也会長の姿が映し出されている。
司令部の空気は厳粛で重々しいものになっていた。
時計の針が8の字を指した時、
伝能話奏はヘッドホンとマイクの調子を確認した後、
ゆっくりと深呼吸をして話し始めた。
「時間となりましたので、これより、
『臨時JEC情報共有会議』を開始します。
初めに、会長の挨拶。お願いします。」
「はい。」
「日本全国の支部長の諸君。
忙しい中集まってくれてありがとう。
今回話したいことは2つ。
1つは、『失われた1週間事件』の後始末について。
もう1つは、JECの『これから』についてだ。
司会はいつも通り伝能話奏が務める。
資料をモニターに映しながら行うので、
分からない点があれば適宜質問するように。」
「以上、神輝也会長からでした。
続いて、1つ目の議題に移りましょう。
『失われた1週間事件』の後始末についてお話します。」
「今回の事件による爪痕は深く、
この通り大勢の人間が姿を消しました。
この資料に示されているように、
海外支部の協力により、現時点で数千人が発見、
あるいは保護されたことが確認できています。
また、約1週間分の記憶の消失により、
物流に致命的な混乱が起こっています。
そのせいで、我々の手配していたいくつかの物品も、
今どこにあるのかが分からない状態にあり、
現在進行形でJEC本部経営部が捜査を進めています。
我々が率先してやるべきこととして――」
(閑話休題)
「――以上で、1つ目の議題は終了とします。
10分ほど休憩時間を設けますので、
水分補給やお手洗い等を済ませてご着席ください。」
(ミュートON)
「あ゛ーーーー、疲れた……。
こういう堅ッ苦しいのは性に合わないんですよ…。」
伝能話奏は大胆に伸びをする。
「ご苦労さま、伝能。」
「会長さんからだけじゃ足らないですー。
先輩〜。先輩からも私を褒めてくださいよー。」
「えー……。」
天馬正和があからさまに眉を顰める。
そして、軽く咳払いをする。
「よく頑張ったな、話奏。後半も頑張ろう。」
「……はーい。」
耳!
「それでは2つ目の議題。
JECの『これから』についてお話したいと思います。」
伝能話奏は一度呼吸を整える。
「我々JECは来る12月、“性欲”に全面戦争を挑みます。」
『『『!?』』』
支部長たちがざわめき始める。
神輝也は立ち上がり、重々しい声で言う。
「静粛に。」
たった一言。にも関わらず、
その場は一瞬にして静まり返った。
「君たちがこのことをすぐには飲み込めないことも、
もちろん織り込み済みだ。だが今は話を聞いてほしい。」
『少々よろしいどすか?』
支部長の内の1人が手を挙げた。
神輝也は伝能話奏にアイコンタクトをする。
「はい、どうぞ。皇扇風さん。」
『おおきに。いや、言いたいことは1つだけやけども。
会長さん。あなた、気でも狂ったんとちゃいますか?
こんな不安定な状況で“超危険犯罪者”とやり合う?
冗談にしてはまったく笑えませんよ。』
「本気だ。私が一度でも冗談を言ったことがあったか?」
『…それでも、こんな状況で“性欲”と戦うとなると、
………はっきり言うたら、JECが負けますよ?』
次の瞬間、モニターにノイズが走る。
その場のほぼ全員が戸惑う中、モニターに、
1人の男の姿が映し出される。
『誰どすか、あなたは。』
「お初にお目に掛かります。」
モニターの中で男が深く礼をする。
「此度JECと一時的に同盟を結ぶことになりました、
三月幻魔と申します。君たちにとってすれば、
“睡眠欲”と名乗った方が分かりやすいかもしれませんね。」
⇐ to be continued




