44話「トモダチ」
「お、お待たせ。」
「あ、ああ。」
8時20分、蝶野楽と一元湊のデートが始まった。
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――大手寿司チェーン店『くり寿司』
「・・・・・。」
「ボスー。スマホなんて覗きこんでどうしたんスか。
……ああ、らくっちをメールで誘ったんスね。
でも来るッスかねぇ〜。ずっと閉じこもってんでしょ?」
「来るさ。」
「……何故そう言い切れるんスか?」
「ここが『くり寿司』だからだ。」
「『くり寿司』への信頼度が限界突破してるッスね。」
鬼無瀬ロガと御門移が他愛もない会話をする中、
世変桜紗は井寺伴助と口論を繰り広げていた。
「だから、もっと高い皿を頼めっての!!」
「嫌じゃ!! この拘りは誰にも譲れんのじゃ!!!」
「たまご!! えび!! いか!! ハンバーグ!!
こんな注文許されるのは小学2年生までよッ!!!」
「好きなものを好きでいて何が悪いのじゃ!!!
誰が何と言おうとも、ワシは好きなネタを食べる!!!」
『ム゛ー! ム゛ー!』
「ボス、何か来ましたよ。」
「メールだな。湊からだ。
…『楽と話し合いしてから来る』だそうだ。」
「そうッスかー。」
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俺んちの近所には公園があった。
昔、湊とよく一緒に遊んだ公園だ。
俺たちは大きなイチョウの木の下のベンチに、
2人で、身を寄せ合って座っていた。
「今日はちょっと寒いな………。」
「じゃあなんで外に出たいなんて言ったんだ。」
文句を言いつつ、湊は自分の上着を楽に差し出す。
楽は「ありがとう」と伝え、ありがたく羽織る。
このベンチからは、所々ペンキの剥がれた、
どこか物寂しい雰囲気を醸し出すブランコがよく見える。
「………懐かしいな。」
「何が?」
「昔、この公園で楽と出会った時のことを思い出すよ。」
「…俺も、丁度その時のことを思い出してた。」
「………奇遇だな。」
「うん。」
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9年前の、まだ両親が健在だった頃。
俺と湊が出会ったあの夜は、確か雪が降っていた。
冬真っ只中で、手袋とマフラー、カイロ、
そして耳当てを着けていてもまだ寒かった。
だからこそ、不思議だった。
防寒具1つ着けず、ブランコに1人座る男の子が居ることが。
夜にぶらぶらと出歩いている俺も大概だが、
俺には父さんと大喧嘩したという大義名分があった。
「どうしたの、こんなところで。」
男の子は俺をちらりと見た。
その目にはいっぱいの涙を溜めていた。
「大丈夫? どこか痛いの?」
「大丈夫。」
「ほんとに? そんなふうには見えないよ。
泣きそうだし、……よく見たら靴履いてないし。
そうだ、親と別れたのかな。良かったら一緒にJECに…」
「ほんとに、大丈夫だから!!!」
男の子が声を荒げた。俺はびっくりした。
「もう………ほっといてくれよ。」
「・・・・・。」
俺はズボンのポッケからカイロを取り出し、
その男の子のほっぺにむぎゅっと押し付けた。
「ザ……ザラザラする…! 受け取れって?
わか……っ、分かったから、押しつけんのやめて!」
男の子はカイロを受け取り、眉を顰めた。
「お前……これ…………………まあ、いいや。ありがとう。」
「どういたしまして!」
俺は満面の笑みで応えた。
男の子はその笑顔に調子が狂ったようだった。
「……お前はここで何してんの?」
「え、俺?」
「そうだよ、鼻垂れ小僧。」
「ハナタレ!? ああ、えと、家出?」
「・・・・・お前が?」
男の子が俺の身なりを見るなり、鼻で笑った。
「お前みたいなやつが家出なんて、笑わせる。
その首巻きに、もふもふ、あと手袋。
それだけ買い揃えてもらえているのは、
一重にお前が親に愛されているからだろうが。」
「……そんなことないもん。」
「いーや、愛されてるね。すっごく。」
「そんなことないもん!!!」
「うわっビックリした。」
「うえ〜〜〜ん!!!」
「な、泣いちゃった。え、どうしよう。」
ダムが決壊したように大声で泣き出した俺を、
男の子はブランコから慌てて飛び降りて背中を擦る。
「なにがあったんだよ。言ってみろ。気が楽になるぞ。」
「・・・・・楽。」
「ん?」
「俺、蝶野楽。」
「ん、ああ。名前か。」
「君の名前は?」
「え? あ〜……えっと……」
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万が一人に会うことがあったら、
必ずこの名前を名乗りなさい。いいね?
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「……俺は、一元湊。」
「……いい名前!!」
「そ、そうかい……。」
俺と湊はブランコに座った。
「そんでね、父さんがね、ひどいんだよ。
いつも口うるさいし、絶対俺のこと嫌いだよ。」
「ふーん。」
俺はずっとキーコキーコとブランコを漕いでいた。
湊はずっと足をぶらんぶらんさせていた。
「そっちは、何があったの?」
「俺?」
一通り話し終わったので、湊に話を振る。
「俺は、父親がひでーやつなんだ。」
「どんな?」
「……といっても、本当の父親じゃない。
親がいないから、預かっているんだって。」
「そうなんだー。」
「でもさ、そいついつも酷いことすんの。」
「どんなことすんの。」
「なんか変な機械につないでビリビリってしたり、
穴を開けて、中にへんなの入れたりするの。」
「怖いね。」
「ね。」
静かだ。雪が降っているからかもしれない。
まるで、世界に俺と湊、2人しか存在しないようだった。
「楽、そろそろ帰ったら? 親が心配するよ。」
「心配しないよ、俺の親なんて。」
「そんなことないよ。大丈夫。楽。お前は愛されてる。」
湊がブランコから立つ。
「ほら、家どこ? 送ってってあげる。」
「……………もん。」
「え?」
「家、分かんないもん!!」
「ええええええええええええ!?」
「うえ〜〜〜ん!!!」
「あー、もう!!」
湊の目が一瞬だけ赤色に光る。
そして湊は、俺に背中を差し出す。
「お前の家分かった。乗ってけよ。おぶってってやる。」
「でも………。」
「大丈夫。俺、力持ちだから。」
不思議なことに、湊は俺の家を一発で当てた。
途中湊が鼻血を吹き出したりして大変だったけど、
無事に家までたどり着けた。
インターホンを鳴らすと、
血相を変えた父さんが飛び出してきた。
「どこに行ってたんだ!! こんな夜中に!!」
「・・・・・!!」
鬼の形相。すごい動揺した。
俺の肩をつかむ父さんの手が、震えていたから。
父さんは俺をぎゅって力強く抱き締めた。
「もう!!! 心配したんだからな!! 本当に!!
楽がなかなか帰ってこないから、
じいちゃんにも、JECにも探すの手伝ってもらって。」
「心配………してくれたの?」
「―――ッ!!! 当たり前だろ!!
お前は俺のたった1人の大切な息子なんだぞ!!!」
「!」
その日3度目のダム決壊だった。
「父さぁぁぁん!!! ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい!!!」
「……こちらこそ、ごめん。ごめんなぁ、楽。
お前にはつらい思いをさせてしまった。ごめんなぁ。
もう、『舞』の練習なんてしなくてもいいから。
じいちゃんには、俺からきちんと伝えておくから。」
「ありがとう………………大好き。」
「ああ!! 俺も、大好きだよ、楽。」
「それで、どこに行ってたんだ。」
「あのね、たくさん歩いてね、公園行ってね、
それでね、家が、分かんなくなっちゃってね、
で、でもね、湊が送ってってくれたの。」
「湊? 楽のお友達かい?」
「うん!!! 今そこに…………………あれぇ?」
もうそこには、湊の姿は無かった。
サク、サクと、積雪の上を踏みしめて歩く。
やがて、目の前に人影が見えた。
「湊!!」
「桜紗姉ちゃん!!!」
湊が彼女の胸の中に飛び込む。
「さあ、帰ろうか。」
「いや。帰りたくない。痛いことするもん。」
「弱ったなぁ………。ん? あれ、持ってるそれ。」
「ん、はい。」
湊から手渡されたのは、白い包み。
中にはサラサラとした細かい粒子が入っている。
それにこの香ばしい香り。間違いない。
「麦茶のパックじゃん。どうしたの、これ。」
「もらったの。カイロだって。」
「まぁ……小さい子なら勘違いもするか……。」
「それはカイロだよ。」
「いや、どうみても……。」
「だって――」
湊は桜紗から『カイロ』を返してもらう。
「こうして持っているだけで、心がぽかぽかするんだ。」
「…………そっか。」
桜紗は湊を背負う。
「温かい。」
「フッフッフ……。何故なら姉ちゃんは冬毛なのです!
そのままぬっくぬくもっふもふしてるがいいのよ。」
「うん……。」
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「あれからどんどん仲良くなったんだよな。」
「ああ。今でもまるで昨日のことのように思い出すよ。」
湊が懐から何かを取り出す。
「ほら、今もこのように持ち歩いている。」
「何で持ってるんだよ!? 捨てろよ!?」
「断る。これは俺の、宝物だからな。」
湊がさぞ大切そうに「麦茶のパック」を抱き締める。
対象が対象なだけあって、絵面がひどい。
「………湊、あのね。」
「………………なんだい?」
ようやく話そうと覚悟できた俺は、
あの日から今日までのことを話し始めた。
あの日、俺は確かに命を落としたこと。
そしてカシと契約し、命を繋いだこと。
爪弾並人、もとい山中仁と初めて会った時のこと。
周囲の人に裏切られ、たくさん悲しかったこと。
湊が俺の味方をしてくれて、嬉しかったこと。
目立益世と一度友達になったこと。
三月幻魔という男に会ったこと。
繁芸獏や《闇に潜む赫灼の瞳》が味方してくれたこと。
繁芸獏が俺を庇って死んだこと。
カシに突然裏切られたこと。
途中途中、ぐだぐだになりながら、
足りない語彙力で、精一杯話し続けた。
そうしている内に、太陽はてっぺんまで昇った。
その間、湊は話を遮ることもなく、
かと言ってカシのことを黙っていた俺を怒るでもなく、
ただ俺の背中を擦りながら話を聞いてくれた。
一通り話し終わった時、湊はドン引きするほど泣いてた。
それを見て俺も泣いた。2人でわんわん泣いてた。
そして互いに目が合い、
涙と鼻水でぐっちゃぐちゃになった顔を見て、
2人して思わず吹き出し、ゲラゲラと笑った。
「楽。」
「どうした、湊。」
「俺、もっと強くなるよ。」
「どうしたの、急に。」
一元湊は落ち着きなく指をしきりに動かす。
「もし俺がもっと強かったら、
きっとより良い未来を掴み取れたと思うんだ。
楽がここまで苦しむこともなかったし、
獏が死ぬなんてことも無かったと思う。」
「そんなことないって!
あれはなるようになってああなったんだよ。」
「それでも。」
湊が俺の手を両手で包み込む。
「俺は、楽のために今できることを全力でしたい。」
「お、お前………。俺のこと好きすぎかよ。」
「ったりめーだろ。子どもん時からの仲なんだ。
お前の良いところは、俺が一番よく知ってるよ。」
「ちょっ………撫でんな! 髪型が乱れる!」
「おっとすまん。」
湊が慌てて手を離す。
その後、楽は声のトーンを下げて言った。
「気持ちはすっげー嬉しいけどさ、
そういうのは、もっと大切な人のために使ってよ。
たとえば、妻子もった時………とかさ。
湊には、自分の幸せのために力を使ってほしいんだ。」
「…………そっか。」
湊はやや苦しそうに笑った。
「さて、と。楽の話は聞けたし。行こうか。」
「は? どこに?」
「え? ボスからメール来てるだろ。寿司食いに行くぞ。」
「まじで!?!?!?!?!?」
「うわっ声デカッ。」
蝶野楽は目をキラキラと輝かせていた。
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――大手寿司チェーン店『くり寿司』
「寿司食わせていただきます! よろしくお願いします!!」
蝶野楽が90゜の綺麗な礼をする。
「控えい控えい。今宵は勝戦祝いじゃ。
無礼講。お腹いっぱいたらふく食べりゃんせ。」
「井寺。あんたの金じゃないのよ。
調子乗って適当言ってるとまた折檻されるわよ。」
「はんすけっちは懲りないッスね〜。」
「はぅわッ!!」
ふざけ過ぎたと言わんばかりに、
井寺伴助は恐る恐るロガの顔を覗き込む。
「別にいいぞ。好きなだけ食って。」
「「!」」
井寺と楽は喜びすぎて踊り始める。
「こら、め! また部下を甘やかして!」
「許せ桜紗。 これも上の者としての義務…」
「そうやってうだうだ言ったところで、結局は
部下を巻き込んだ罪悪感を消したいだけでしょうが…!」
「ごめん!ごめんって!ギブギブ!!!」
ロガが桜紗に逆エビ固めされている。
「俺、マグロ食ってみたい!マグロ!」
「ワシは次はあれを! マヨコーンを所望するのじゃ!!」
「あ゛〜〜〜!! もう!!!! 子どもが増えちゃった!!!」
だがバカ2人はそんなこと知ったこっちゃない。
目先の上司の死に際よりも、寿司の方が関心度が高い。
世の中とは非情なものである。
「お主もやりよるのぉ。初手からマグロとは。」
「え? いや………ハハハ………。
俺、スシなんて食ったことなくて。嬉しくて。」
しばしの沈黙。
「なんか…チョット今頃になって山葵がツーンと…」
「痛い痛い痛い痛い痛い!! 桜紗!! 力強めないで!!
折れる!! なんか私の大事な何かが折れてしまう!!!」
「泣かせる話ッスねぇ…………。」
「ワシのことは気にするな! た〜んと食べ! たんと!」
「(なんか同情されてる………。
でも……、なんか、悪くないな、ここ。)」
その日、楽は久しぶりによく眠れたとさ。
めでたし、めでたし。
⇐ to be continued
☆オマケ:皆の好きな寿司ネタ
蝶野楽 →マグロ
一元湊 →赤貝
鬼無瀬ロガ→特になし
世変桜紗 →アボカドサーモン
御門移 →アジ
井寺伴助 →ハンバーグ
ちなみに、ビッくりポンは1回も当たらなかった。




