43話「本当にお前は――」
「楽っ! どこに居るんだ楽!!」
人々が慌てふためくこのアズマシティの中を、
一元湊は人混みをかき分けて走り続ける。
世界の崩壊は順調に進んでいる。
空間の裂け目の発生数はさらに増加し、
もし判断を誤れば地球の裏側ツアーに強制ご招待だ。
「楽、いったいどこに………。」
ふと、その裂け目の1つに目が行った。
その向こうの景色は、アズマ展望塔に間違いなかった。
奥では黒くて大きなナニカと、
『秘密結社Ⅹ』の仲間や天馬正和が戦闘を繰り広げていた。
「しめた! よし、俺も……」
その奥へ一歩踏み込んだ途端、
凄まじい重力が降りかかり、文字通り一歩も動けなくなる。
「きっっっっつ!!!」
「おお、とうとう来おったか、湊殿。」
「長い道のりお疲れ様ッスー。頭大丈夫ッスかー?」
「移殿ォ!!! 言い方ァ!!!!」
「あっはは…一応、もう大丈夫。頭、痛くないよ。」
「なら良かったッス。」「なら良かったのじゃ。」
同じく動けないらしい御門移と井寺伴助が歓迎する。
「こ、こんな状況の中、ボスと桜紗さんは戦ってんの…?」
「如何にも。」
「最早あの2人は人間の域を超えてるッスからねー。」
「・・・・・。」
一元湊は目の前の怪物をじっと見据える。
「それで、あれは一体………。」
「あれは、楽と爪弾が混ざって現れた存在。
この異常事態を引き起こした張本人・カシ ッス。」
「…………あれが。」
一元湊の身体が淡く光り始め、
角が一対生え、そこから身体は白く変色し、
瞳の色は徐々に緋色に変化する。
「は……!? え、その姿なに!? どしたんスか!?」
「道端で変なもん拾い食いしたのじゃ!?」
「・・・・・。」
今回は、初回と違って激しい痛みは無い。
蝶野楽を奪われたという怒りが痛みを凌駕したからだ。
「あれが、楽を取り込んだクソ野郎かァ!!!」
ミナトは足の強靭なバネを利用し、カシの元へ跳ぶ。
「とうとう湊殿もそっち側に行ったか…。」
「あれだけ若い後輩に先を越されちゃあ、
おれっちたち、先輩としての立場が無いッスねー。」
御門移と井寺伴助は苦笑いする。
「友情パンチッ!!!」
「!?」
ミナトの重い一撃が、カシに命中する。
「聞こえてるか楽!? 俺だ! 湊だ!!」
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――精神世界
『お前、本当にこのままでいいのか!?
こんな野郎に乗っ取られたままでいいのかよ!?
目を覚ませ!! 俺んとこに戻って来い!!
そしたら、えー……たらふくパフェ食わせてやる!!』
「………だってさ。熱烈なラブコールだね♡」
「うっさいわ!!!」
ミナトの渾身の説得は、三月幻魔によって茶化された。
「……でも。」
蝶野楽はゆっくりと立ち上がる。
「俄然 やる気が湧いてきた。」
「いいね! 少年漫画みたいだ。」
三月は心底楽しそうに笑う。
「仁! まだ動けるか!?」
「ギリ。」
爪弾並人がよろよろと立ち上がる。
「おいカシ!」
「今度は何だ。」
楽はカシに思い切って話しかける。
「今こそ話してくれよ、カシ。
お前はここまで酷いことするやつじゃなかっただろ。
それとも、本当にお前はそういうやつだったのか!?」
「・・・・・。」
「俺はお前が言う通り、
他人の気持ちも察せないボンクラだ。
だから、言ってくれなきゃ分かんねェんだよ!!!」
カシの目つきがさらに悪くなる。
「俺は、お前を解りてェ!!」
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「俺は、十哉のこと、もっと知りたいよ。」
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「俺はもっと、お前と一緒に居たい。」
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「俺、十哉とずっと一緒に居たいからさ!」
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「カシ!」
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「十哉!」
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「うるさい!!!!!」
カシがビームで攻撃を仕掛ける。
咄嗟の三月の判断により、これは防がれた。
「本当に目障りだ。」
……本当にこの2人はよく似ている。
自分の実力を知っていながら、格上と戦う選択ができる所。
甘すぎるほど人に優しく、厳しい判断を下せない所。
……俺を、諦めないでいてくれる所。
楽が口を開く度に、イスケの姿が頭を過る。
その度に、胸が痛んで仕方がない。
いつの間にか、カシの目からは涙が零れていた。
「もう……お前は喋るな。お前の言葉など聞きたくない。」
『ミナト! そのまま押さえてろ!!!』
「「「!」」」
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――現実世界
「くそったれェェェ!! 暴れるなァァァァァ!!!」
ミナトがカシの身体にひっつき、動きを止める。
「多重複合・【一刀両断】」
ロガの手に虹色に光り輝く刀が出現する。
「何じゃあれは!? ワシも持ちたい!!!」
「はんすけっちはもうちょっと欲を抑えて欲しいッス。」
次の瞬間、ロガはカシの真後ろに移動しており、
時間差でカシの肉体は真っ二つに切断された。
刀がぼろぼろに朽ちて失くなると同時に、
カシの2つに分かれた肉体は、それぞれ、
蝶野楽と、爪弾並人に変化した。
「えぇ!? どういう状況!?」
蝶野楽が仰天していると、頭の中で声が響く。
『1/6で最も良い確率を引いたね、ラッキーボーイ。』
「え!? その声、三月幻魔!? 何故俺の頭の中に!?」
『君は本当に気づくのが遅いな。
精神世界に当たり前のように居た時点で言いなよ。』
「うぐッ!!」
三月幻魔の正論は破壊力がすごい。
『さて、ロガの能力のおかげで、
私たちは1/2に分割されたわけだが……。』
「……ってことはあっちの身体には!!」
爪弾並人の肉体が黒い炎のようなものに包まれ、
それはやがてカシの姿に変貌した。
「(クソ! 融合が解かれた!
まあ爪弾並人の方につけただけまだマシだが。)」
この世界には、存在感というものがある。
その存在がどれほど認知され、確実であるかということだ。
俺の存在は楽と一部の人間にしか感じ取れないほど微弱で、
そのままその存在ごと消されても誰も気づかない程だ。
このような存在が曖昧で不確実な肉体では、
自分の力を100%引き出すなど、到底不可能だった。
だがしかし、今ここに、
『嫌われる』ことで存在感を増す都合の良い器がある。
この力があれば、俺は全力を出せる。神をも殺せる。
まあ、今は楽に【敵意】が移っているから、
2人セットで肉体を支配しないと意味が無いのだが。
「よそ見してていいのか!?」
ミナトがカシを蹴って地上に叩き落とす。
「お前は楽に酷いことをした。絶対に許さない。」
「―――ッ!!!」
なんだこれ。この肉体はどこかおかしい。
まず、今の蹴りで身体が痙攣して動けない。
楽の肉体であればここまで打たれ弱くは無い。
さらに、傷の治りが非常に遅い。
楽の肉体であれば数秒で五体満足になれるというのに。
………楽の肉体であれば??
「何黙ってんだ?」
「なんか一言も喋らなくなっちゃったのじゃ。」
「ここまで追い詰められたのがショックだったんスかね?」
「ちょっと不気味ね……。」
「嫌な予感がする……。」
「・・・・・。」
その場のほぼ全員がその違和感を口にする。
「カシ………!」
楽は不安そうにカシを見つめた。
正直、今俺がどう動くべきなのか、分からない。
怖い。自分の選択ですべてが変わりそうな感じがして、
そのプレッシャーで吐きそうだ。
『落ち着け、楽。』
「三月。」
『いつだって、究極の選択というものは、
自分が一番冷静に判断出来ない時にやって来る。
そして、その時の選択はどのみち絶対に後悔する。
なぜなら、人間は誰しもどこかしら完璧主義だからだ。』
「じゃあどうすれば!?」
『選択しろ。どれでもいいから。
自分がそうしたいと思ったものを全力でやれ。』
「・・・・・。」
前提が間違ってた。楽の肉体の方がおかしかった。
人間を乗っ取るのが初めてだったから気づかなかった。
そもそも、俺は何故あの時、楽にだけ干渉できた?
存在が誰にも認知されないレベルであったにも関わらず。
明らかに作為的すぎる状況じゃないか。
「カシ!!!」
「・・・!」
楽がカシの名前を呼ぶ。
それをきっかけに、ある記憶が蘇ってきた。
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「本当に哀れだな、十哉。」
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「カシ、俺、カシのことまだ諦めたくない。
何か事情があるんだろ!! 頼むからそれを話してくれよ!!」
蝶野楽の姿が、赤髪の青年の姿と重なって見える。
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「やはりお前は……いや、お前ら人間は――」
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「カシ!!!」
「………………ふふふ。」
「!?」
「プププ………ククククク………ハッハハハハハハハ!!」
「カ、カシ……?」
カシは【神風】を身に纏う。
「お終いだよ。何もかも。」
「楽!!! そいつから離れろ!!!!!」
【神風】が勢いを増し、周囲一帯を削り取る。
ミナトが即座に庇わなければ、
楽は恐らく重傷を負っていただろう。
「湊!!」
「大丈夫。このくらい、すぐに治るさ。」
ミナトの言う通り、痛々しい傷跡は瞬く間に治っていった。
「そうかそうか、そうだったんだ!! ハハハハハ!!!
そうだよなぁ!! こんな都合良いことあるわけないよな!!
俺はずっと、泳がされてたんだ!! 弄ばれてたんだ!!」
カシは泣いてるような笑っているような、
見るに耐えない歪んだ形相を呈していた。
「ごめんなぁ、ごめんなぁ楽!!!
こぉんな無駄なことに付き合わしちまって!!!」
「・・・・・。」
絶句。楽は何も発することが出来なかった。
カシのその豹変ぶりに驚いて何も言うことが出来なかった。
「アハハハハハハハハハ!!!
絶望通り過ぎて最早清々しいよ!!
もう助からない!! もう逃げられない!!」
カシは半ば自暴自棄の状態で暴れ狂う。
その時、秋陰から1発の神々しい雷がカシに命中する。
「カシーー!!!」
楽は悲痛な叫び声を上げる。
「ゲホッ……。ああ、最悪だ。」
カシの足元に、黒い沼のようなポータルが出現する。
そして少しずつ少しずつ、そこに沈んでいく。
「待て、カシ、どこに行く!!?」
「おい! 追うな楽!!!」
止めようとするミナトをものともせずに、
蝶野楽は闇に呑まれていくカシに駆け寄る。
その刹那の瞬間、再び、
楽の姿は赤髪の青年のそれと重なる。
そして青年は、不相応な笑みを浮かべてカシを嘲笑った。
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「この完璧な世界における唯一の瑕疵だ。」
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カシの目は絶望一色で染まり、口角は引き攣った。
カシは楽の居る方向に向けて言い放った。
「本当にお前は…………いい性格してるぜ、クソッタレ。」
「え・・・・?」
楽がその言葉にショックを受けている間に、
カシは完全に消失し、この世から居なくなってしまった。
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斯くして、この一連の事件は終幕を迎えた。
その爪痕は思った以上に大きく、悲惨であった。
カシ、及びその宿主である爪弾並人の消失に伴い、
蝶野楽が受けていた【爪弾】の効果が消失した。
その上、因果関係は不明だが、
世界中の人々がここ1週間の記憶の喪失を被った。
この苦渋の数日間が、無きものとして扱われたのだ。
――ごく一部の人間を除いて。
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――蝶野楽の部屋
朝っぱらからやかましい目覚ましを止める。
今日も憂鬱だ。寝床から一歩も出る気が湧かない。
枕に顔を埋めていると、スマホの着信音が鳴る。
だが今はまだそれを取るつもりにはなれない。
俺はまた、二度寝した。
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――夢の中
「おはようございます。」
「…何で当たり前のようにここに居座ってるんだよ。」
「暇つぶしだよ。」
俺には夢の中にも逃げ場が存在しない。
何故ならそこには、三月幻魔が居るからだ。
かれこれ、『失われた1週間事件』から3日が経った。
それは、カシが居なくなってもう3日ということだ。
四六時中側に居た人間が急に居なくなったのだから、
その喪失感は「心にぽっかり穴が空いた」と表現するに足りうる。
「あれだけ口酸っぱく言われていれば、
私が今から何を言おうとしているか分かるよね?」
「『とっとと立ち直れ』だろ。分かってるさ。」
三月幻魔はいつも、白い椅子に腰掛けている。
1杯の紅茶が乗っかった木製のテーブルを挟んで、
「座れ」と言わんばかりにもう1脚の椅子を置いている。
昨日までの俺には対話の意思が無かったため、
座りもせず、三月の声掛けをガン無視していた。
だが、今日は気まぐれで座ってみることにした。
三月は一瞬驚いたような表情を見せたが、
すぐに取り繕い、温かい眼差しで俺を見つめた。
「そんなにおかしいか? 俺が座ったことが。」
「……いいえ。単に、嬉しいのです。」
三月は姿勢を整える。
「さて、君もお分かりの通り、あれから3日経ちました。」
「ああ。」
「事が済んでから今日まで、ご覧の通り、
君は不貞寝を繰り返していました。」
「そうだな。」
一体どこにしまっていたのだろうか。
テーブルの下からそこそこデカいボードを取り出した。
そこには①から③までの番号が割り振られていて、
その横に、文章を隠すように細長いテープが貼られていた。
「問題です。」
「は?」
「君がぬくぬくと眠っていた間に何が起こったでしょう。
大きく3つに分けてみました。お答えください。」
急に何を言い出すんだコイツは……。
「ちょっと待って、真剣に考えるから。」
「1つ目はデデン!! 『社会の混乱』〜♪」
「待てっつっただろうが!! その耳は単なる飾りか!?」
三月は楽に一切構うことなく話を続ける。
「不思議なことに、あの日カシと共に、
爪弾並人が消失したのに伴って、
ここ1週間の記憶が消失している。ここまではいいね?」
「まあ、何となく分かってた。」
「なら話は早いね。」
「たかが1週間、されど1週間。
その数日間の記憶が消し飛んだせいで、
まず物流が滞ったから物資は枯渇した。」
「大問題やないかい。」
「あとJECが裏で進めていた計画も、
進度が曖昧になってしまったせいで振り出しだ。」
「あーらら。」
「これに付随して2つ目の問題。
君に協力してもらいたいと言った例の計画。」
「アイとか言う人を殺してほしいんだよな?」
「ああ。あれ、やばいかもしれない。」
「えらいこっちゃ。」
「というのも、この計画にはJECの協力が不可欠。
だがJECは今回 事後処理の影響で当分忙しくなる。」
「………JECは人殺しに加担しないんじゃ?」
「そこのところは気にしなくていい。
JECとはある取引を持ちかけてあるからね。
…まあ計画実行は当分先になりそうだから、
今は考えなくていいよ。」
「………じゃあ3つ目の問題は?」
楽が恐る恐る聞いてみる。
だがその答えは思いの外拍子抜けするものだった。
「2892件。」
「…は? 何の数字?」
「君が引きこもっている間にあったメールの未読件数。」
「…………は?」
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内訳:
一元湊 :2880件
天馬正和 :2件
鬼無瀬ロガ:10件
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「はい、現実から取ってきた君のスマホ。」
「ありがと……うわっ!?!?
湊がマシンガンみたいな勢いでメールしてる!!」
「相当気にかけているらしいね。」
三月が楽に顔を近づける。
「私はね、君のことが少々気がかりなんだ。」
「へ?」
「私には分かるよ。君が外に出ない理由。
怖いからだろう。外に出て、人に会うのが。」
「・・・・・。」
はっきり言って、図星だ。
いくら【爪弾】の効果が消えたのだと分かっていても、
それでも、怖いものは怖いのだ。
あれは正直、今振り返っても鳥肌が立つ体験だった。
不特定多数の人間から放たれる『嫌悪の眼差し』。
信頼していた人々から罵られ襲われる『不信感』。
しかも、今彼らからその数日間の記憶はなくなっている。
まるで何事もなかったかのように俺と話そうとするだろう。
いくら能力のせいだと言っても、心が納得できない。
今はもう、誰にも会いたくない。
…会ったら、嫌いになってしまいそうだから。
「君の考えは理解できる。
私は部外者だから、選択を強制することはできない。
最後に決めるのは君でなければならない。」
「・・・・・。」
どこか他人事。だが配慮に満ちたその言葉。
その冷たいようで温かい言葉を、ただ黙って聞いていた。
「だから、私は情報を提供する。
無知蒙昧の選択ほど愚かなことはないからね。
せめて、君が後悔しない選択をさせてやりたい。」
三月がディスプレイのようなものを出す。
そこに最初に映し出されたのは、天馬正和だ。
「君を散々ボコボコにした彼だが、
それは彼が仕事に忠実すぎるが故の産物だ。
君は、彼の顔をちゃんと見てはいなかったのではないか?」
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面倒ばかり起こして……。覚悟はできてるか?
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それは、天馬が俺を捕らえる瞬間だった。
その顔は、ひどく歪んで見えた。
「………ひでー顔。」
「彼の中にも葛藤があったことは知っておいてほしい。
もちろん、彼のしたことは無くならないが、
彼が嬉々として君をボコったわけではないんだ。」
続いて映されたのは、目立益世だ。
「敢えてはっきり言わせてもらえば、
彼と君は出会わなかったことになっている。」
「………やっぱりか。」
記憶の消失。それは彼も例外ではなかった。
あの夜、彼の身の上を聞き涙したことも、
彼の料理に舌鼓を打ったことも、彼の生存を喜んだことも、
全部、彼にとっては無かったことになった。
「……こんなことを言うと、
『無神経だ』なんて言われるかもしれないけれど。」
「ん?」
「君たちは一度、友達になれた。
ならきっと、何度だって友達になれるはずだ。
だって一度、仲良くなったという保証があるんだから。」
「・・・・・!」
三月が楽の手をそっと握る。
「元の関係に戻れるかは分からない。
でも、今以上に仲良くなれる可能性がある。
だからまだ全てを悲観するのはお勧めしない。」
「………分かった。」
「………さて、最後は彼らだ。」
「あ、湊。」
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――カシが消失してから数秒後。
ロガは大きく息を吸う。
「撤収ーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」
「「「「!」」」」
「移は【ワープホール】用意!」
「合点承知ッス。」
「ミナトは放心中の楽を回収!」
「は、はい!」
「桜紗は井寺を気絶させて回収!」
「はい!」
「待てロガ殿! まだ暴れたりない! まだ暴れたりない!」
桜紗は一切の躊躇い無く首をトンッとやり、
暴れたりないと駄々をこねる井寺を回収した。
「【ワープホール】設置完了ッス!!」
「「「でかした!!!」」」
「総員退避ーーーーーーッ!!!」
「「「おーーー!!!」」」
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「戦略的撤退に手慣れすぎてるだろ。」
「ロガ曰く、これは仲間を傷つけさせないための手段。
引き際を見極めることで、被害を最小限にしている。
当然、君もその『仲間』に含まれている。」
「・・・・え?」
「まずロガは君を救うために裏であれこれやった。
病院に行かなくていいよう君を【治癒】したのも彼だ。」
「……ロガが?」
「御門移はあのペンダントを
欠片一つ一つを繋ぎ合わせて元通りに直していたし。」
「あれを直したの!?!?」
「桜紗は君が眠っている間に部屋を粗方掃除し、
本棚下段右から3番目の辞書の箱の中に隠された
『宝物の品々』をそっと見なかったことにしてくれた。」
「なら言うなよ!! 次会う時気まずくなるだろ!!!」
「そして井寺は、えー、井寺は、
………君への見舞いの品を全て平らげた。」
「1人だけやばいのいるじゃん。」
「でも代わりにどんぐりを3つも置いていったよ。」
「明らかに釣り合ってねェんだよ、価値が!!!!!」
「最後に、一元湊は、今にも泣き出しそうな目で、
今も君の手を強く強く握っている。」
「………え!?」
ディスプレイには彼の言う通り、
なんとも言えない表情をした湊が映っていた。
「世界で大多数の人間は記憶を消失した。
だが彼の能力【情報掌握】は、不忘の効果がある。」
「じゃあ湊は………!」
「ああ。しっかりはっきりと憶えている。
自分がどんな気持ちを君に抱いてしまったのか。
どれほど冷たい態度を取ってしまいそうになったよか。
今の彼は、言うなれば『自責心の塊』だ。」
「…………え。」
「彼は今も自分を責め続けている。
君を傷つけたこと。傷つけさせてしまったこと。
君の抱える秘密に気づけなかったこと。その他諸々。」
「そんなことない!!!」
蝶野楽は立ち上がる。
「湊はあの【爪弾】の支配に逆らって、
俺のために協力してくれたんだぞ!!
俺が仁に遭遇しちゃったのは単なる偶然だし、
今回の件は湊に一切の非がない!!!」
三月はにっこりと笑う。
「そう思うなら、是非直接伝えてあげて。」
「……! 分かった。」
蝶野楽が夢世界から退出する。
「……友達は大切にするんだよ。」
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「!」
「あ、目覚めたか、楽。」
湊は冷静を装っているが、
目の周りが赤く腫れ、声が枯れていた。
「ごめん、心配で来ちゃった。」
「いいよ、ありがとう。」
しばしの沈黙。互いに何か話そうとするも、
あーでもないこーでもないと苦悩し、
結局何も言い出せないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
やがて楽は湊と目を合わせ、口を開いた。
「話が………したい。」
「……………うん。」
「だから、……その、今からどっか、出かけないか?」
「!」
湊は目を見開いた。そりゃそうだ。
今まで家に引きこもっていたやつが
いきなり外に出たいと言ったのだ。驚くに決まってる。
湊は少し黙ったが、そう長くは無かった。
「…分かった。行こうか。」
⇐ to be continued




