40話「悪役補正」
「待って」
身体が重い。上手く身体が動かない。
暗雲から絶え間なく白雪が落ちてくる。
「置いていかないで」
俺は子どもながらの小さな手を伸ばす。
だがそれは、俺の友達には届きそうにない。
「そっちは危ない 引き返して」
忠告も虚しく、楽は暗闇に消えていった。
豪雪が俺を嘲笑うように、楽の足跡を消していった。
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―― 一元湊の自室
「――楽!!!」
見慣れた天井がそこにあった。
どうやら先程の出来事は夢であったらしい。
頭の上には真新しい濡れタオルが乗っかっていた。
「俺……どのくらい眠ってたんだ……?」
気を失う前のことを思い出す。すると友達の顔が頭を過る。
「そうだ、楽はどうなった。楽は今どこに……!」
「どこへ行く気だ、湊。」
寝室のドアの前に鬼無瀬ロガが立っている。
……いや、これは鬼無瀬ロガの分身だ。本物じゃない。
「退けよ偽物。」
「無鉄砲に行動して何になる。落ち着け。」
「落ち着いていられるか!!! 友達の危機に!!!」
「今何が起こっているのか。どこへ向かえばいいのか。
何も知らない、分からないくせに衝動に身を任せ、
自分勝手に行動する愚かなお前に何が出来る。」
湊の肩がわなわなと震えだす。
「何も知らないのは、お前が肝心なことを
いつも、いっっっつも話さないからだろうが!!!」
湊がロガの胸ぐらを掴む。だが依然顔色に変化はない。
「そういう平然とした態度が腹立つんだよ。
俺のことが嫌いか!? 俺のことが信用できないか!?
だからいつもいつも俺のこと仲間外れにするのか!?」
「湊。私は――」
ロガが伸ばした手を湊が振り払う。
「俺はお前のことが大嫌いだ。
人様の関係掻き乱して楽しいかよ、なあ!?
思い上がるな!! 全知全能にでもなったつもりか!?」
ロガは何も言わない。ただ冷たく湊を見下ろすだけだ。
「……だんまりかよ。クソが。
もういい! 俺は楽を助けに行くからな!!!」
慌ただしい足音は刻々と去っていく。
「……本当に、痛いところを突くよ。」
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――JEC本部 地下 審議の間
「これ以上罪を重ねるな、蝶野楽。」
「今は、お前の顔は、見たくねェ!!!!!」
蝶野楽の右腕は天馬正和に抑えられている。
この鍔迫り合いの状況で、楽の方が先手を打った。
「【神風】!!!」「!?」
楽の右腕の周囲を空気が激しく旋回し、
天馬正和のがっちりとした拘束を解いた。
「貴様…! その能力は…!?」
「吹っ飛べ!!!」
楽の右腕が天馬の腹にクリーンヒットするが、
金属のような硬い音を立てて拳が止まる。
「直伝・【メタルボディ】【罪悪の手招き】」
「どんだけ能力ストックしてやがる!!!」
ふと足元を見ると、楽と天馬の足元が、
地面から生える黒い腕によって固定されていた。
「重くて動けな―」
「直伝・【転瞬】」
腰の入った重たい一撃が鳩尾に一発入る。
だが今は痛みを感じている余裕は無い。
「邪魔」
蝶野楽の周りを空気が大きく渦巻く。
空気はやがてその深い深い苦しみを代弁するように、
黒い台風に変化した。
やがてその中に、キラリと光るものが見えた。
光輪だ。楽の頭の上に輪っかのようなものが浮いている。
その輪の中心には、四つ葉のクローバーのような紋様。
神秘的な光を放ちながら、周囲を威圧していた。
その姿は、天馬にとって、神輝也と重なって見えた。
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能力は強い感情に呼応することがある。
だがそれはたった一回に限定されてはいない。
現に、何度も何度も能力が【変容】した事例が、
少なからず確認されている。
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「(何か……心がざわつく。嫌な予感。
恐らく楽の中で確かに何らかの変化が生じている。
今ここで決着を付けなければ、大変なことに……)」
天馬が光る剣を取り出し構えたその瞬間。
自分から何かが奪われるような感覚が全身に走った。
「(何だ……? この違和感は。だが、今やるしか――)」
いつの間にか、蝶野楽が目の前に立っていた。
右手を大きく広げ、今 私の視界を覆おうとしている。
「(剣を振れ剣を振れ剣を振れ剣を振れ剣を――)」
「退け。」
身体が思うように動かなかった。
技の発動を阻害されたような不可思議な感覚。
私は久方ぶりに恐怖を覚えた。
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楽の腹の底に渦巻くどす黒い感情が、
能力と結びついたことで発現した史上最悪の力。
【悪運】。
己に害なす者から無際限に【運】を抽出し、
自動的に【偶然を必然に変える力】を発動する力。
これを前にして、楽を攻撃できる者は、
この地球上において誰一人として存在しない。
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「爪弾並人。」
「ヒッ」
「お前だけは、刺し違えても、殺す。」
蝶野楽が爪弾並人の元へ向かう。
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最早“殺意の化身”と化した今の蝶野楽に、
生半可な攻撃は通らないどころか、攻撃さえできない。
むしろ、自分はどんどん【運】を吸われて不幸になる。
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『ぱん』
「・・・いい加減にしろよ。」
このクラップ音には聞き覚えがある。
またやつのせいで邪魔された。もううんざりだ。
「もう大丈夫だ。俺チャンが守るから。」
「音鳴飛太…! 開口蛇良々…!」
「うわぁ…何あれ………怖……。」
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ころすか?
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「明空! 天馬支部長! …クソ。よくもォ!!!」
音鳴飛太の言葉に蝶野楽は耳を貸さない。
蝶野楽は【神風】の勢いを利用し、
一直線に爪弾並人の元へ突き進む。
「『パタパタパタパタパタ』」
「うざい」
開口蛇良々の目の前が鮮血で真っ赤に染まる。
散乱する鳩の死骸から放たれる死臭が、
肺の奥の奥の奥に溜まり、不快感を倍増させる。
蛇良々は思わず嘔吐した。
「開口!!!」
蝶野楽に頭を潰されかけた開口蛇良々を、
ギリギリのところで音鳴飛太が救出する。
「お前、開口を殺す気かよッ!?」
「殺す気だよ。」
蝶野楽は球状に螺旋を描く風を生み、
乱暴にぶっ放す。吐き出し足りない感情をぶつけるように。
『ぱん』
「ギリギリセー「アウト。」
圧縮された空気が開放されるかのように膨張し、
大きく旋回する風の刃が音鳴たちを切り裂いた。
身を挺して庇われた爪弾並人だけは軽傷で済んだ。
「逃がすわけが無い、でしょ。」
「あ………ああっ………。」
音鳴飛太は特に傷が深かった。
背中からバッサリと切られた。一瞬だった。
幸い内臓は傷ついていないようだが、出血が酷い。
早急に対処しなければ、死ぬだろう。
「ごっ……ごめん…なさい。」
「は?」
楽が素早く腕を振る。
その風圧で爪弾並人の頬に傷がつく。
「い、痛っ。」
「何て? 何て? 何て? 何て? 何て?
何て言ったの? なあ、今何て言ったんだよ。」
「ご、ごめんなさ…」
「ごめんで済んだらJECは要らねェんだよ。」
腰が抜けて動けないらしい。ざまあみろ。
「ゆ、許して……」
「どうして俺がお前を許さなきゃなんねェんだ。
本当に許してほしけりゃあ、獏を返せよ。」
「し、知らない。ぼくはお前を殺そうと……」
「ふーーーーーーーーーーーーーーん。
わざとじゃなかったら許されると思ってるんだ。
わざとじゃなかったら悪くないって思ってるんだ。」
「違っ!!!」
蝶野楽の顔面がくしゃくしゃに歪む。
「なあ、返せよ。返してくれよ。
お前が殺した繁芸獏を返してくれよ。」
「む、無理……! できない!」
「なんでできないの?」
「ぼくの能力は【敵意】を他人に移すだけだ!
人を蘇らせるなんてこと、できないんだよ!」
「なら死ね」
「―――――っ!!!」
爪弾並人は楽に向け乱射する。
しかしその弾丸は一発も命中しなかった。
「…本当に哀れだな、爪弾並人。」
蝶野楽の拳が爪弾並人に触れる瞬間。
頭の中で、聞き慣れた声が響いた。
『ありがとう、楽。君のお陰だ。』
「・・・カシ?」
周囲はいつの間にか暗闇だった。
そこには俺とカシと爪弾しか居なかった。
『お疲れ様。君のお陰で、もう終わりにできる。』
「ま、待って。話がよく……」
カシが爪弾の頭を指が食い込むくらい握る。
爪弾の悲痛な叫び声と骨が折れる音が響きわたる。
「え……? は………!? え、カシ、何して……。」
『俺はね、楽。ずっと探していたんだよ。
俺を100%確実な存在にできる完璧な器を。』
「待って、待ってよ。何を言ってるの?」
カシはため息を吐く。
『君のその鈍感なところは嫌いじゃないけど、
この場に限ってはボンクラもいいところだ。』
「急に辛辣すぎない…?」
恐る恐るカシの目を見ると、冷血無情な目をしていた。
決して冗談で言った訳では無いのだと理解した。
「ど、どうしてそんな酷いこと言うんだ?
今までずぅっと、一緒にやって来たじゃないか。」
『…ああ、そうだな。たった1ヶ月あまりだが、
楽には十分に貢献してもらった。感謝しているよ。』
「よ、よせよ。まるで最期みたいじゃん。」
『そう。これで最期だ。もう十二分に時は満ちた。』
カシが俺に向かって歩き始める。
『まさかここまで早く準備が整うとは思わなかった。
きっと日頃の行いがいいからなんだろうな。』
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「ここまで追い詰めた褒美に良いことを教えてやろう。」
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『楽。知ってるか?』
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「ヒトを乗っ取るのに最も有効な手段は………」
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カシが蝶野楽の髪の毛を強く掴む。
『「精神を破壊するのが一番」なんだってさ。』
「…カシ………! 痛い……!」
カシはぐいっと楽の顔を近づける。
『いい加減黙って身体を差し出せよ役立たず。』
「……………え?」
俺はその言葉の意味が理解できなかった。
一つ一つの言葉が指す内容はもちろん分かる。
だがそれらの単語がカシの口から発せられたということが、
どうしても理解できなかった。理解したくなかった。
『お前はいつだって不十分だ。
両親は救えない。両親の仇も取れない。
友達に心配ばかり掛ける。後先を考えない。
繁芸獏の時だってそうだったろう。
ロガの前であれだけ啖呵を切っておいて、
結局は説得できずに殺し合うことになり、
挙句の果てには獏の温情で事なきを得た。
俺と出会ってからたった一度でも
自分自身の力1つで成し遂げたことはあったか?』
………ない。何もない。
言われてみれば、俺はいつだって他人任せだ。
いつも周りの人たちに甘えて、助けられてばっかりだ。
『お前はからっぽだ。
親、友人、JEC、そしてこの俺。
自分の人生を他人に任せ続けた結果がこれだ。
お前は所詮ただの舞台装置。社会の歯車の1つなんだよ。』
俺の中で、何かが砕けた。
ダムが決壊したように、涙が溢れて仕方なかった。
『さて、このくらいでいいか。融合する。
それが完全に終わるまで、ゆっくり夢でも見るといい。』
カシが指パッチンする。
『今度は本編ノーカットだ。』
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「おぎゃあ。」
アズマシティから遠く離れた山奥の村で、
1つ、また新しい生命が産声を上げた。
山中家に産まれたこの赤子は、
「人を慈しみ、思いやれる子になりますように」と、
両親の願いを込めて、「仁」と名付けられた。
⇐ to be continued




