表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GOOD LUCK  作者: 阿寒湖まりも
第2楽章「幸災楽禍」
43/58

39話「ラピスラズリは今際に煌めく」

「いいか、(じん)。」

「なに? 兄ちゃん。」

「人にはな、自分の力ではどうしようもない時がある。

 そういう時、どうしたらいいか分かるか?」

「うーん………分からない!」


温かい大きな手が、ぼくの頭を優しくなでる。


「そういう時はな、人を頼るんだ。」

「兄ちゃんを頼ればいいの?」


兄の手が一瞬ぴくりと止まる。そして再び動き出す。


「いや、兄ちゃんだけじゃなく、皆を頼るんだ。」

「どうして?」

「……いつまでも兄ちゃんが

 (じん)と一緒に居られるわけじゃないからな。」

「……ふーん。」


(ほお)を膨らますぼくに兄は苦笑いする。


「大丈夫。きっと(じん)が思っている以上に、

 (じん)を助けようとしてくれる人はたくさん居るよ。」


兄がぼくをぎゅっと抱きしめる。


「だからね、(じん)。忘れちゃいけないよ。

 人に助けてもらったら、『ありがとう』だからね。」

「うん!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――JEC本部 地下 審議の間



「微分は手加減はできないから、全力で行くよ。」


筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)の大男・明空(あけそら)王羅(おうら)は組手構えをする。

明空(あけそら)が腕で十字を切ったその刹那(せつな)に放たれた強烈な殺気。

この場に居るだけで絶えず閉塞感と絶望感が襲いかかる。


何故かは分からない。だが本能が(うった)えている。

『この男だけは絶対に相手してはいけない』と。


蝶野楽(ちょうのらく)はあれこれと思案を(めぐ)らせ、

半狂乱になり、目に涙をため、過呼吸を引き起こす。


(らく)! 動け!!!」


その時、先に動いたのは明空(あけそら)王羅(おうら)だった。

繁芸(しげき)(ばく)の忠告が(らく)の耳に届く頃、彼は既に目の前に居た。


「―――――ッ!?」

身の入った重々しい一撃が、(らく)の首に当たる。

鋭い一撃だ。喉を貫くような激痛で声が出せない。


「野郎!!!」

(ばく)が銃を連射するが、あまりにも速い拳で弾かれる。

そして(またた)き1つの間に明空(あけそら)(ばく)の元へ移動。

力強い蹴りにより拳銃は破損し、腕が衝撃で痙攣(けいれん)する。


(ばく)が状況を理解するまでの(わず)かな間に、

明空(あけそら)王羅(おうら)はもう次に繰り出す攻撃の準備をしている。


(ばく)にとって、その拳はひどくスローモーションに見えた。

だが、それは逆転の(きざ)しだとか覚醒の予兆だとか、

そういった希望(あふ)れるようなものでは到底なく、

ただ単に、拳が届くまでの恐怖を増大させるだけだった。

その衝撃は脳を揺らし、激しい痛みをもたらした。


続いて動いたのは蝶野楽(ちょうのらく)だ。

だが明空(あけそら)王羅(おうら)の反応速度は並々ではない。

考えるよりも先に右足を繰り出した。


……だが、その蹴りの矛先(ほこさき)(らく)ではない。


「(何だこれ!? 身体が勝手に……!?)」


それはペンダントだ。青い結晶のペンダント。

中に白い何かが封じられていることを除いて、

なんの変哲もないただのペンダントのはずなのに、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!



「(目立(めだち)! ありがとう!!!)」


目立益世(めだちますよ)がくれたペンダント(デコイ)のお陰で、

明空(あけそら)王羅(おうら)が無防備になるという千載一遇の好機が訪れた。


俺は暴力を振るうのが大嫌いだが、

ここでコイツを倒さないと、俺たちの命が危ない。


「ごめん。ちょっと痛くするぞ!」

「…………!」


(らく)は【変容】で硬化した拳を明空(あけそら)に放つ。

だがその瞬間、(らく)の背筋が(こお)るほどの殺気が放たれた。


()()()。また身体が言うことを聞かない。

拳がこれ以上進まない。身体が震えて攻撃できない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


明空(あけそら)王羅(おうら)

能力:【ムードメーカー】


体表から特殊なフェロモンを分泌し、

周囲の人間の共感性を刺激し、意のままに雰囲気を操る。


場の雰囲気に()まれやすい人ほど効き目が強く、

また彼自身も作り出した『雰囲気』の影響を強く受ける。


元々、この能力は幼少期の彼が

冷めきった両親の仲を取り持つために発現した。


今 彼が放っている『強者の雰囲気』は、

味方に対してこれ以上ないほどの信頼感と安堵を与え、

敵に対して身の毛がよだつ程の恐怖を植え付ける。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


本当に嫌になる。どうして俺はいつもこうなんだ。

肝心な時。動かなければならない時に限って動けない。


「(………畜生ッ!!)」


迫りくる拳を見つめながら、そう俺は心中で叫ぶ。

その時、頭の中である言葉が思い出された。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

汝は、我を打ち倒した以上、

地球上で最も勇敢な男で無くてはならない。

人一人殺した程度で狼狽えるような男に、

我は殺されるつもりはないのでな。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


そうだった。向田(むこうだ)ミルに言われていたんだった。

ここで死んだらハンマーで百万回叩かれる。


『そもそも君は死なないだろう。』

「そうでした。」


「!」

蝶野楽(ちょうのらく)明空(あけそら)王羅(おうら)の拳を受け止める。


「もう止まらねェ!!!」

借用した能力【神風】を身に(まと)い、

(らく)の蹴りが明空(あけそら)の胴体に当たる。

しかしそのあまりの硬度に傷1つつけられない。


(かて)ェな!!!」

「鍛えてるからね!!!」


肉弾戦。だが力量差は月とスッポン。

一歩間違えたら致命傷。しばらく動けなくなる。


でも、それは諦める理由にはならない。

立ち止まる理由になどなりはしないのだ。


ここまで来た理由はただ1つ。

『奪われた大切なモノを取り戻す。』それだけだ。



「(何故だ。何故ここまで抗える。)」

だってそうだろう。ぼくの能力によって、

全世界に嫌われたのにも関わらず、諦めない。


人とは(もろ)い生き物だから、

孤立無援の状況では失望して何もできないはずなのに。

簡単に、スケープゴートとして運用できるはずなのに。


なのに、どうしてこんなにも抗えるんだ。

こんなに追い詰めてもまだ希望を見出せるなんて、

並大抵の胆力ではない。常軌(じょうき)(いっ)している。


こんなんじゃ、まるで、

まるでぼくの能力が彼の意思に負けたみたいじゃないか。



「(……もういいや。()()()()。)」

爪弾(つまはじき)並人(へいと)は拳銃を(ふところ)から取り出し、(らく)に向けて構える。


「(殺して、変えよう。もっと、楽なやつに。)」

爪弾(つまはじき)並人(へいと)明空(あけそら)王羅(おうら)一瞥(いちべつ)し、せせら笑う。


「(別に誰がツマハジキモノにされたって構わない。

 最終的にぼくが幸せだったら、何も問題は無い。)」



「す………すごいなあ……。」

()は、最早何もすることは出来なかった。

あの大男の蹴撃のせいで、せっかくの拳銃が破壊されてしまったからだ。


…しかも、まだ身体が痛くて起き上がれない。

(らく)だって辛いはずなのに、よく戦えるなあ。


……(まぶ)しいなあ。

私もあのくらい力が強かったらなあ。



その時、銃を構えた爪弾(つまはじき)並人(へいと)が瞳に映る。

私はすぐに状況を理解し、考えるよりも早く動き出した。


「(彼は恐らく、(らく)を殺すことによって

 また別の人を犠牲にし、やり直すつもりなんだ。)」


恐らくコイツは、記憶に多少干渉できる。

(らく)に関する記憶が所々薄れているからだ。

1つ覚えているのは、私が彼によって救われたということ。

この事実だけは決して忘れはしなかった。


――その理由が、今 分かったような気がした。



「今日までありがとう、(らく)。安らかに眠れ。」


爪弾(つまはじき)並人(へいと)引鉄(ひきがね)を数度引く。

弾は空を切り、蝶野楽(ちょうのらく)の元へ突き進む。


ところが、途中その弾道が大きく曲がる。

その道筋の果てで、繁芸(しげき)(ばく)が腹部を撃ち抜かれた。


ここまでの一連のプロセスを得て(ようや)く発砲音が聞こえる。


そして、ここで蝶野楽(ちょうのらく)明空(あけそら)王羅(おうら)は状況を認知する。

まるで、空気が(こお)りついたようだった。


脳が理解を(こば)んだ。だが、部屋中に広がる鉄の臭いが、

目の前で力無く横たわる繁芸(しげき)(ばく)の姿が、

激しく脈打つ心臓の鼓動が、表皮を流れる嫌な汗が、

そのすべてがそれが現実であると知らしめた。


蝶野楽(ちょうのらく)は急いで繁芸(しげき)(ばく)の元へ向かった。


(ばく)の手にはヒビの入ったネックレスが握られていた。

それは(ばく)(らく)(かば)ったことを意味していた。


「どうして!?」

「さあねえ。知らないよう。身体が勝手に動いたんだ。」


俺はひどく動揺していた。冷静じゃなかったと思う。

もっと掛けるべき言葉があったはずなのに、

頭ん中が真っ白になって、もう訳が分からなくて。


「なんでだろうねえ。

 君が丈夫だって、分かっていたはずなんだけどねえ。」

(ばく)!」


俺の中に、どこか事態を冷酷に見ている自分が居た。

『何故悲しむ。そいつはお前を殺そうとした敵だ。』

残酷なほどに冷たい声でそいつは言った。


だが答えは(おの)ずと見つかった。

(ばく)の姿が、両親の亡骸(なきがら)に重なって見えた。


それはきっと、彼を知っていたからだ。

俺は彼の生涯をすべて見てきた訳では無い。

だが、何故彼が(あやま)ちを犯すことになったのか、

その発端を俺は知っていた。体験していた。


同情? 憐憫(れんびん)? そんなチャチなもんじゃない。

言葉ではとても形容できないどデカい感情が、

俺の中で渦巻いているのを感じた。


「……きっと、重ねていたんだろうねえ。」

「え?」


声が、熱が、鼓動が、刻一刻と失われていく。


「私は、自分で思っていたよりも、ずっと、

 君のことを、大切に思っていた、らしい。

 ……多分、ハルと同じくらい。とっても、ねえ。」


(ばく)の細い腕が、俺の髪に触れた。

そして、ゆっくりと下降し、(ほお)()でた。


「君は、こんな、私のために、泣いてくれるんだねえ。」


途切れかけた息を必死に繋ぎ止めて、

最期にできるだけ息を吸って、口角を上げ、一言。


「ありがとう。」

「……! いや、こちらこそ――」


『こちらこそ、助けてくれてありがとう。』

そう言おうとした頃には、(ばく)の目はもう(うつ)ろになっていた。

(ばく)の腕がぱたりと地面に転がった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――JEC本部 地上20階 無敵(むてき)浩作(こうさく)の個室



『パキ』

「ああ!? 私の2番目のお気に入りの猫ちゃんマグカップが!!!」


鬼無瀬(きなせ)ロガの持っていたカップの取っ手が砕け散る。


「すまない。力が入りすぎた。」

「力が入りすぎるって何だ!?

 力慣れしていない戦闘民族の生き残りか君は!?」


無敵(むてき)がキレッキレのツッコミをしている様を、

3人の部下が見守っている。


「あー、あー、何やってんスかもう、ウチのボスは。」

御門(みかど)(うつる)は呆れたように吐露する。


「まあ失敗は誰にでもあるもんじゃ。

 わざわざ外からとやかく言うことではあるまい。」

井寺(いてら)伴助(はんすけ)は愛刀の手入れをしながら適当に返事する。


「うーん……」

「どうしたんじゃ桜紗(おうさ)、やけに(まゆ)(ひそ)めて。」

世変(よがわり)桜紗(おうさ)は尻尾を垂らしてずっと(うな)っていた。


「やっぱりロガ、ちょっと無理してるよね。」

「そうか? いつも通りに見えるんじゃがのう…。」

「・・・・・。」



その時、ロガの近くのテーブルの上に、

手のひらサイズのプレゼントボックスが出現する。

それを見て、3人の部下の顔色が明確に曇る。


ロガは急いで包装を解く。

中には何の変哲もないただの石が入っている。

そしてそれを握りしめると、数秒沈黙する。


「作戦変更。今すぐに地下50階に向かうぞ。」

「はい!」「はいはい。」「承知。」

ロガは態度を切り替え、早急に行動を開始する。


無敵(むてき)浩作(こうさく)。話し合いは終わりだ。

 “超次元エレベーター”を再起動してくれ。」

「先程言っていた()()()()()()がこれか。難儀なものだ。

 安心したまえ。君たちが使った後は誰にも使わせない。」

「感謝する。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――JEC本部 地下 審議の間



腹の奥から、どす黒い感情が湧き上がる。

炎のように熱く、身体の内側にねっとりと張り付くような、

耐えがたい「不快感」と「拒否感」の無限の往来。

視界がどんどん縮小し、周りは最早何も見えなくなる。


これは、()()()の感覚にひどく似ている。

円谷(つむらや)(だい)に両親を惨殺された時の、

まるで怒りが大量の(うじ)となって皮膚(ひふ)を突き破りそうな、

あるいは全身の穴という穴から復讐の炎が吹き出しそうな、

思い出したくもない、だが忘れてはいけないあの感覚。


――大切な人を失う感覚。



爪弾(つまはじき)並人(へいと)。」

蝶野楽(ちょうのらく)は中身が抜け落ちたようにふらふらと、

(くす)ぶっている煙ようにゆっくりと立ち上がった。


爪弾(つまはじき)並人(へいと)。」

足先が()()()に向く。


爪弾(つまはじき)並人(へいと)。」

()()は静かにこちらへ歩き始める。



「待て! ここから先へは――」

明空(あけそら)王羅(おうら)が立ち塞がるが、いとも容易(たやす)く転倒させられる。


「(なに、この力!? 身体が(しび)れて動かない。

 まるでさっきとはまるで違う。別人になったみたい。)」

明空(あけそら)王羅(おうら)は動けない。呼吸はどんどん荒くなる。


並人(へいと)。逃げ……!」

爪弾(つまはじき)並人(へいと)ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


蝶野楽(ちょうのらく)爪弾(つまはじき)の元へ駆ける。

まるで野分(のわけ)の風のように、破竹の勢いで(ひた)(はし)る。


(らく)の右手が爪弾(つまはじき)の喉笛を()き切らんとするところに、

またしても横槍が入る。


「貴様にはもう誰も殺させない。」

天馬(てんま)正和(まさかず)!!!!!」


⇐ to bd continued

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ