35話「不協和音」
――JEC本部 地下 審議の間
「なんか騒がしいな……。」
爪弾並人が天井を見つめる。
そこに天馬正和がやって来る。
平静を装ってはいるが、足音が慌ただしい。
「大変です。」
「何があった。」
「蝶野楽と繁芸獏が脱獄しました。」
「……は?」
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――JEC本部 地下30階 通路
「ま、待ってほしいなあ…。何もしないから……。」
「何もしないヤツは拳銃なんて持たないんだよ!!!」
繁芸獏は蝶野楽を取り戻すため、
開口蛇良々と追いかけっこを繰り広げている最中だった。
そんなとき、前方から丸みを帯びた何かが投げ込まれる。
表面が凸凹しており、“ピンは抜けていた”。
「手榴弾!?」
通路の奥の暗闇に、蛇良々の姿がちらりと見える。
その手には見るからに怪しいスイッチが握られていた。
「 くたばれ ♡ 」
蛇良々が『カチ』っとボタンを押す。
手榴弾に亀裂が入り、激しい閃光と共に砕け散る。
「よし。じゃあ早く皆のもとに…!」
そう蛇良々が踵を返した次の瞬間。
『バキューンーーーーーーー』
彼の右足の靭帯のあたりが正確に撃ち抜かれた。
傷口が徐々にじんじんとした痛みと熱を帯び、
蛇良々はまともに走れなくなってしまった。
「君は運が悪かったねえ。」
振り返るとそこには、
不気味にほくそ笑む青緑色の髪の少年が居た。
「私に爆発は効かない。」
…はっきり言って、私の能力が消えた時点で、
この特性も消えているのではないかとヒヤヒヤしたが、
能力で一度【変容】した肉体は元に戻らないらしい。
「さあ、大人しく楽を渡してもらおうかなあ。」
「……くっ。」
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――JEC本部 中央棟 地上20階
「大変だ、音鳴飛太!」
「どうした荒流!」
そこは、戦場と化していた。
鬼無瀬ロガと荒流源の戦いはさらに激化し、
音鳴飛太は井寺伴助に追い回されていた。
「開口蛇良々から連絡が入った。
脱獄した蝶野楽を確保。だがしかし、
現在繁芸獏に追われているらしい!」
「な、何だってーッ!?」
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他所見は禁物でござるよ。
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/ /
【車 / / 斤】
/ /
「………ってありゃっ!?」
「鈍い鈍い。」
此奴、いつの間に移動したんじゃ!?
「音鳴飛太。君は開口蛇良々の救出に向かえ。」
「バカ言うなッ! そんなことしたら、
お前は一人になっちまうだろッ!
俺チャンと協力してこの場を収めてから………。」
「それじゃあもう遅いんだよ!!!」
「………荒流?」
音鳴は、荒流がここまで取り乱す姿を見たことが無かった。
「動けるときに動かなければ、きっと後悔する。
だから動けるときには動くべきなんだ、音鳴飛太!」
「は、話が見えて来ねェ……。」
「・・・・・!」
話が一向に進まないことにカチンと来たのか、
荒流源の口調は荒々しくなる。
「何でこういう時に限って物わかりが悪いんだ!
いつもは常に早とちりで行動が早いくせに!」
「………今なんつった?」
「何度だって言ってやるよ、モヒカン頭!
ずべこべ言ってないで早く行けってんだよ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!??」
「いきなりケンカ始めたッスよ、姐御。」
「若い子はホントに元気だね〜。」
御門移と世変桜紗は2人をぼんやりと眺めていた。
「俺チャンは考えなしに言ってるわけじゃねェッ!
一つ一つ処理した方が賢明な判断だと……。」
「開口蛇良々を救えるのは君だけなんだぞ!!!」
「・・・・・!」
「ワタシの《白兵》は鈍くて到底間に合わんし、
天馬正和支部長は最も低い最下階に居るらしい!
そうこうしている間にも命の危機は迫っている!
ワタシは、大切な人を失いたくない!!!」
「………そうか。」
音鳴飛太が荒流源の真横を走り抜ける。
「死んでも死ぬなよ。」
「お前もなァッ!!!」
『ぱん』
爆音の柏手とともに、音鳴が消失する。
「1対4だ。」
鬼無瀬ロガが荒流を赤い瞳で見つめる。
「1対4? 笑わせるな。」
荒流は合掌し、さらに多くの《白兵》を呼び出す。
「少数 対 多数の間違いだろう?」
「悪くない。男を見せてみろ。」
鬼無瀬ロガは不敵に笑った。
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――JEC本部 地下30階 通路
「この中に、楽が入っているのかい?」
「そうだ。」
頬に拳銃を突きつけられた開口蛇良々は、
すっかり繁芸獏の言いなりとなっていた。
「これって解除できないのかなあ?」
「できない。私は【箱詰】の能力者ではない。
彼の想像する【箱詰】を具現化しただけだからな。
出られるかどうかは彼次第さ。」
「……ふむ。」
繁芸は白い箱を床にそっと置き、
ガンガンと何度も何度も足で踏み潰そうとする。
「無理だよ壊れない! そういう能力なんだ!」
「………そうかい。」
楽入りの箱を拾い直したその刹那、
微かにかなり上の方の階から手を叩く音が聞こえた。
「〝energico〟」
須臾の間に加わる高速の打撃。
まるで2tトラックにぶつかられたような強い衝撃に、
繁芸獏は為す術もなくふっ飛ばされた。
「不意打ちとは下劣極まりないねえ……!」
「生身の人間に銃口向けたやつに言われたかねェよ。」
そこには先程まで居なかったはずの、
モヒカンに黒ジャン、ト音記号のネックレス、茶色いサングラス、それに加えてダメージジーンズという痛々しいファッションをした男が立っていた。
「【音速】の男、音鳴飛太!ここに見参ッ!」
「音鳴……!」
「助けに来たぞ、開口!」
渡のような【瞬間移動】。
どういう原理で移動しているのかさっぱり分からん。
先程“音”が聞こえたのが何か関係しているのかなあ?
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――白い箱の中
「果たして外ではどのくらいの時間が経ったのか。」
そんな自問自答を繰り返した末、
蝶野楽は思考停止した。
無限のように感じられるその悠久の時間を、
身動きをとることも許されずただ宙を漂っていた。
『楽の夢はなんだ?』
沈黙と孤独に耐え兼ねたカシは、楽に質問する。
「…お前らしくない質問だな。
いずれ乗っ取る相手の夢を聞くなんて。」
『話題がそれしか無かっただけだ。言え。』
カシが高圧的に問う。
だがその声色はひどく落ち着いている。
「…俺の夢は、たくさんの人間を救うことだな。」
『なぜだ?』
「目の前に困っている人がいたら、
手を差し伸べたくなっちまうのが人間だろ?」
『そういうものか?』
「そういうもんだ。」
カシは俺の返答に思うところがあったのか、
はたまた何の意味もないのか。しばし沈黙した。
「だから、俺は最期にお前を救うよ。カシ。」
『急にどうした? 頭でも打ったか?』
「酷いな…。まあたしかに最初は乗り気じゃなかったよ。
『契約』だとか【神殺し】だとか、
訳のわからないことばっかりでさ。」
「…でも最近思うようになったんだ。カシはもしかしたら、
そこまで悪いやつじゃあ無いのかもしれないって。」
『そういう甘いところが君の悪いところだ。
向田ミルや繁芸獏にさんざん釘を刺されただろう。』
「…カシって本当はすっごい優しいよね。」
『なぜそうなる。』
「カシは、口は悪いけど、それは心配から来る言葉だ。
それに、俺には全然話してくれないけど、
カミサマを殺そうって志したのには、
きっとそれ相応の理由があると思うんだ。」
『・・・・・。』
カシは黙り込んでしまった。
いったい何を思い、何を考えているのか。
『楽、俺は、―――――』
そうカシが重い口を開いたその瞬間、
この暗闇の奥底に眩しい光が一筋差し込む。
そちらの方を見てみると、空間に亀裂が走っていた。
「…あ。ごめん、今なんて?」
『…今度じっくり話そう。早く出るぞ。』
「……あぁ、そう。分かった。」
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――回想。
「■■。」
「なんだい、イスケ?」
「俺は、こんな世界、間違っていると思う。」
ふざけているのかと思った。
しかし、彼の目には確かな闘志が宿っていた。
「紛争は絶えない。腹は膨れない。
今日明日生きていく希望さえも見つからない。
1日に1人が生を得る間にも、
世界では1万人単位の人間が亡くなっている。
こんな世界、無くなったほうがいいと思わないか?」
「だったらどうする? いっぺん死ぬか? 2人で。」
「いいや、やるのさ。2人で。……いや、みんなで。」
イスケは立ち上がる。
「みんなで一緒に作り上げるんだ!
争わなくていい、奪い合わなくていい、
明日の飯の心配だってしなくてもいい、
不幸よりも幸福で溢れる、より良い世界を!」
「そんなの、夢物語だ。」
「俺は、宇宙怪獣シドラを倒した男だぜ?」
「そんなの、ガキの頃のヒーローごっこの話だろう。」
「ああ。だから今度は本気にやるのさ!」
「やれやれ……。」
俺も立ち上がる。
「幼少からの腐れ縁。乗りかかった舟だ。」
「にししっ!」
「やってやろうぜ、俺たちで。」
「ああ。」
イスケが天を指差し、叫ぶ。
「俺はここに宣言する!ここから始まるんだ!
世界を統一し、邪神を倒し、皆を救う物語が!」
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俺はきっと、彼以上に出来ると信じていた。
イスケという男を心酔し、過信しすぎていたんだ。
『(今度は俺がやらなくちゃ、だな。)』
――俺が、消えて失くなってしまう前に。
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――JEC本部 地下30階 通路
「〝stringendo〟」
「えいやあ!」
獏が音鳴の蹴りを白い箱でガードする。
「ぶっ壊れないとはいえ、
友人を盾にするってのはどうなんだよォ!!!」
「友人? 違う。彼は、私の恩人だ。」
「ならなおさら駄目に決まってんだろォ!!!」
「うるさいねえ!!!」
獏が音鳴の左足を撃ち抜く。
「――ッ!! 開口ォ! 左足ィ!」
「承知!」
音鳴が自身の左足を消し飛ばすと同時に、
開口が形容しがたい未知の言語を発する。
すると、あっという間に新しい左足が付いている。
「ありがとう。これで俺チャンはまだ戦える。」
「あたぼうよ。」
「不死身かあ………?」
眼前で起こる超自然的事象に繁芸は恐怖を覚えた。
しかし次の瞬間、それは払拭されることになる。
「音鳴! 白い箱にヒビが!」「何ッ!?」
白い箱はみるみる内に崩壊し、人型実体が出現する。
それは間違いなく、私を打ち倒した男だった。
解放された彼を、私の細い腕で受け止める。
彼は状況を読み込めず混乱している様子だった。
「繁芸……獏!?」
「久方ぶりだねえ、蝶野楽!」
蝶野楽は自らが置かれた立場を知覚した。
目の前には開口蛇良々と見知らぬモヒカンがいる。
そして自分は繁芸獏にお姫様だっこされている。
「…ひとまず下ろして。」
「………うん。」
陶芸作品を床に置くように、丁寧に楽を扱う。
「どうして獏がここに?」
「怪しげなスーツ男に、
『楽を助けるように』と言われてねえ。」
スーツの男……。三月幻魔だな。
結果的にはナイスアクションなのだが、
こいつを解放するのはアウトな気がするような…。
助けられた身で何言ってんだっていう話だが。
「さあ、楽。これからどうしたい?」
「爪弾並人の元へ行きたい。手を貸してくれるか?」
繁芸獏は『待ってました』と言わんばかりに笑う。
「無論だ。じゃあまずは、彼らを対処しようかあ。」
「あいよ!」
「音鳴、まだ戦えるか?」
「俺チャンの戦闘不能よりも喉の調子を気にしなァ!!!」
⇐ to be continued




