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GOOD LUCK  作者: 阿寒湖まりも
第2楽章「幸災楽禍」
29/38

26話「 I choose you. 」

蝶野楽(ちょうのらく)が進むのは、不潔としか言いようがない、

薄暗くてジメジメした不吉な路地裏。

あちらこちらから生物が(うごめ)く音が聞こえ、

それらに由来する悪臭が(ただよ)っている。


「(ああ……一刻も早く立ち去りたい。)」

何もないことを確認したらとっとと帰ろう。


「なあ…進むのやめない?」

「グルルルルルル!!! ワンワン!!!」

「はいはい、そーですか…。」

説得虚しく、デストロイヤー鈴木は止まらない。


暗い足元をスマホのライトで照らしながら、

一歩一歩確実に進んでいく。


“見える”ことは一見安心を生むが、

逆に“見える”せいで不幸になることもあるわけで、

最中、何度か“見たくないもの”と遭遇した。


そして、俺はアイツと出会った。


「ワン! ワンワン!! グルルルルルル………」

「ひ、人……?」

はっきり言って、この時の俺はひどく動揺していた。

まさかこんな不潔な場所に人が居ると思わなかったからだ。


彼は、大きめの黒いコートを羽織(はお)っていた。

顔を見られたくないのか、フードを深く(かぶ)っていた。

運動直後なのか、疲れた様子で、肩で息を吸っていた。


「あの、だ、大丈夫ですか?」

「………………ろ。」

「す、すみません。声が聞き取れなくて…」

(まぶ)しいから光を弱めろと言っているんだ!!!」

「あっ!! す、すみません。」


声が幼い。俺より年下? どうしてこんな所に?


「あ、あの…」

「どうせ(わら)っているんだろう?」

「……え?」

「もしくは、気持ち悪いと思っているんだろう?

 ぼくには分かるんだ。それが真実だから。」

「いや…そんなこと…」

「善人ぶってんじゃねーよ偽善者が。

 お前みたいに中途半端に人に優しいやつが、

 ぼくは世界で1番嫌いなんだ!!!」


今にも泣き出しそうな声で、男は叫ぶ。


「ご、ごめん……。」

「……出てけよ。ここから。

 もう二度とここに近づくんじゃねー。」


俺ははっきり言って怖かった。

彼から得体のしれない(おぞ)ましさを覚えていた。

だからここはすんなり引くことにした。



…もしもここで取る選択が違えば、

また違う未来があったかもしれないが、

この時の俺にはそれが精一杯だった。



路地裏を抜けた俺は、デストロイヤー鈴木に問う。

「お前、何がしたかったんだ?」

「クーン?」

「いや『クーン?』じゃなくて…。はぁぁぁ。」



「何なんだ……何なんだあいつは……。

 何も悩みが無さそうで、幸せそうで、

 そのくせ他人(ひと)の心配をしやがって……!

 てめーがどうにか出来るわけじゃねークセに!!!」

男は 枝豆のような黄緑色の髪の毛を掻き(むし)る。


「………そうだ。」

男はビルとビルの間から覗く青空を見上げる。


「丁度いい。()()()()()()。」

男はぴしゃりぴしゃりと光さす方へ歩きだす。


路地裏を出ると案の定、

()いだばかりの包丁のような視線に()てられた。

皮膚がかゆい。破り捨ててしまいたい。

だがこの苦しみも、あと少しで治まるのだ。今は我慢。


右手で輪を作り、あの男を探す。

犬を連れていたから、すぐに分かった。


ぼくはしっかりと狙いを定めて、

拳銃の引き金を引くような気持ちで指を差した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

嫌われてしまえ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


唐突の悪寒(おかん)

一種の殺気のようなものを、俺は感じ取った。

たった1つのちっぽけなそれが、

たちまち全世界に広がるような感覚を覚えた。


「俺……何をされた?」

俺はその日、勘が(すぐ)れていた。

だからその違和感をいち早く感じとることができた。


皆が俺を見る目が今までとまるで違う。

無論『好意』ではない。だが『無関心』ではない。

それを一言で表すとするなら、――『敵意』。



『ドンッ!』「痛ッ……。」

「なぁーに立ち止まってんだボケッ!!!」

「す、すみません……。」

「……チッ。」


辺りからクスクスと笑い声が聞こえる。

最初は幻聴かとも思ったが、そうではないらしい。

そのベクトルは間違いなく俺に向けられていた。


「(何かがおかしい!!!)」

アズマシティ(この街)に暮らす人々はそこまで性格は腐ってない。

俺は今、何かとんでもない影響を受けている。


「……あれ?」

握っていたはずのリードが無い。

デストロイヤー鈴木はある方向を目指して駆けていた。


「ま、待て!! デストロイヤー鈴木!!!」

デストロイヤー鈴木を見失ったらまずい。

そう思って俺はその後を追いかけた。


やがて、俺は男に再会した。

デストロイヤー鈴木は男に対し尻尾を振っていた。


「犬って、懐いてくれるとこんなに可愛いのか。

 まったく知らなかったよ。いいこと知った。」

黒いコートを着た彼は犬ころを()で回す。


「はぁ……はぁ……お、お前、俺に、何を……!?」

「……決めつけはよく無いんじゃない?」

(らく)の問いに男は見当違いな返答をする。


「でも、お前の判断は正しい。

 今までのやつとはわけが違うらしいな。」

犬を抱きかかえ、笑みを浮かべながら男は言う。


「ぼくは…『爪弾並人(つまはじきへいと)』。そう名乗ることにしている。

 ぼくは君に『とっても素敵な魔法』を掛けた。」

「どういう意味だ!?」


爪弾(つまはじき)はやれやれと口ずさみ答える。


「ぼくが指を指す。

 そしたらお前は、()()()()()()()()()。」

「な、なんてことしやがった!!!」

「まあまあ落ち着けよ。」

「は?」

「分かるよ。お前は偽善者だ。

 人の役に立つことが さぞ好きなのだろう?

 だから()()を与えてやったんだ。

 ()()()()()()()全世界から嫌われるという役割を。

 良かったね。これでぼくの役に立てるよ。」

「俺は、そんなこと望んでねえ!!!」

「…お前が言ったんだよ。『大丈夫ですか』って。」

「・・・!」


爪弾(つまはじき)が苛立ちを(あら)わにする。


「お前はぼくを助けるつもりで声を掛けたのだろう?

 それともお前は、ぼくを心配するだけして、

 みすみす何もせずに立ち去るつもりだったのかい?

 それは、『可哀想可哀想』とか言って

 自分では何もしない傍観者と何が違う?同じだろ?

 なら、反省して少しはぼくの役に立つといい。」

「そんな勝手な……!」


男が回れ右して歩き始める。


さようなら(GOOD LUCK)

 死に際には会いに来てあげるよ。」

「おい!!!」


まずい……!ここで見失ったら!もう…!


(らく)! 上!!!』

「!」


上から降ってきたのは、大剣を構えた白髪(はくはつ)の戦士。


「う、嘘だろ……、なあ……!」

蝶野楽(ちょうのらく)、落ち着け、深呼吸だ!』


「ああ、言い忘れていたけれど。」

男が振り向いて言う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これからは、世界の全てがぼくに味方する。

それとともに、全世界がお前に対して牙を向く。

こんな風にね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


天馬(てんま)さん!! なんで!!」

「……馴れ馴れしく呼ぶな。大罪人が。」

「えっ………。」


「中にはお前を嫌いになれない変わり者もいるだろう。

 だからそういうやつらは()()記憶が改竄(かいざん)されている。

 説得は無駄だ、とぼくから優しいアドバイスだ。」

「くそったれッッッ!!!」


戦いたくない。俺は知っている。

天馬(てんま)さんの人となりを、俺は知っている。

もしこの人が正気に戻った時、どう思うのか。

だから、絶対に今は傷つけられちゃいけない。


『おい! ナメたこと言ってると死ぬぞ!!!』

「うるさい!!! カシ! お前に俺の何が分かる!!!」

『・・・・・。』


クソ。こんなケンカしてる場合じゃないのに。


どうしたらいい?

爪弾(つまはじき)を倒す……最悪、殺せばこれは解除されるだろうか?

だとすると、ここでチャンスを逃せば、

俺は一生 皆から嫌われたまんまになっちまう。

でも、アイツに近づくには天馬(てんま)さんをどうにかしないと…!


「【ラックアンラック】!」

「!?」


爪弾並人(つまはじきへいと)の能力の借用。

これで能力を分析して、あわよくば解除を……。


『それは悪手だ……(らく)……。』

「なんだ……これ……。」


嫌だ。嘘だろ? 信じない。きっと嘘だ。勘違いだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

能力【爪弾(つまはじき)】。

指を差した対象に、自身に集まっているヘイトを転嫁する。

この効果は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ヘイトの対象者の命尽きるまで、効果は永続する。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

俺は(なか)ば錯乱しながら、

遠くに見える爪弾並人(つまはじきへいと)を指差す。

その姿は、それはもう滑稽に、彼の目に映ったことだろう。


「嫌われろ!嫌われろ!嫌われろ!

 戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ!戻れよ!戻ってくれよ!

 お願いだから…一生のお願いだから……。

 代わりにどんな罰を受けても構わないから。

 このままずっと嫌われて生きていくなんて、

 俺は、クソ……! 耐えられないよ……!」

不運な少年の叫びを、道行く人は誰も気に留めない。


「直伝・【(ハコ)…」

「(これを食らったら確実に詰む!)」


恐らくこれは、かつて薄衣衒(うすきげん)との戦いで

天馬(てんま)さんが使っていたものだ。

そして効果は、箱根遷太郎(はこねせんたろう)と似ている…というかほぼ同じ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

彼の能力は【箱詰(ハコヅメ)】。

至近距離にいる対象を【箱】に閉じ込める。

中からは開けられず、外からは壊せない。

制限時間は約2時間しかないがな。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

恐らく天馬(てんま)さんはコピー能力が使える。

『直伝』……直接教わることに意味があるのか?

まあそれは置いておいて、

あの時 (みなと)から受けた説明が正しければ、

この能力の対象外となるには…………。


――全力で天馬(てんま)さんから離れればいい!


(なお)、ここまで0.01秒。)


蝶野楽(ちょうのらく)は空気を【変容】させて上空に逃れる。


「無詠唱は初めてだから賭けだったが、

 割となんとかなるもんだな……。」

『(こいつ……戦いの中で急成長している……!)』


「・・・・・。」

天馬正和(てんままさかず)爪先(つまさき)をトントンして飛行する。


「そういえば、こいつ空が飛べるんだった!!!」

『どうする気だ(らく)!』


「直伝・【箱詰(ハコヅメ)】。」



『………何故無事なんだ?』

「(こうなること、もちろん予想してたさ。)」


これは【変容】による光の屈折を利用して、

天馬(てんま)さんに俺の所在を誤認させるという戦略。

天馬(てんま)さんが俺だと思って【箱詰(ハコヅメ)】したものは、

ただの空気のかたまりだ。


『(こいつ、戦闘の時だけ妙に頭が良いな。)』

「今、すげー失礼なこと考えてない?」

『いや、まったく。』


だが、ここで痛恨のミス。


「あっ……。」

『なんだ?』

「着地のこと考えてなかった。」

『……馬鹿野郎!!』


『ゴキッ』

蝶野楽(ちょうのらく)の肉体は落下のエネルギーに耐えきれず、

割れたくす玉みたいに中身をぶち撒けてしまった。


『治すの誰だと思っているんだ?』

「大変申し訳ありません。」

(さいわ)い、突然できた血溜まりに、

天馬(てんま)さんは気づいていなかった。


「セーーーーフッ!!!」

『アウトだろ。』



(みみへん)



「ひとまず、脅威は去ったな…。」

何はともあれ、最悪の事態は避けられたわけだ。

爪弾並人(つまはじきへいと)には逃げられたが、

まだ【偶然を必然に変える力】によるワンチャンが狙える。


ワンチャン……ワンちゃん……。


「あ、デストロイヤー鈴木。どうしよう。」

『大丈夫だろう。動物には帰巣本能がある。』

「そういう問題じゃ……いや、今は目先の問題だよな。」

『うん。』


当面の目標はこの呪いを解く方法を見つけること…。


「カシの力でどうにかできないかな?」

『無理だ。、(らく)のヘイトというのは、

 他者から向いてるものだから、

 一人一人触れて治す必要があるし、

 そんなことをしていたら蝶野楽(ちょうのらく)が先にくたばる。

 しかも、あの爪弾並人(つまはじきへいと)の発言が正しければ、

 ヘイトを【変容】で解いても記憶は改竄(かいざん)されたまま。

 そもそも【爪弾】の原理自体、難解で不可解だし、

 集合的無意識の領域に干渉している可能性すらある。

 よって使うことはオススメできない。』

「言葉が難しくてよく分かんないけど、

 要するにカシの力不足で無理ってことだな?」

『なッ! う………うーん……あぁ………、うん、そうだ。』

「分かった。」


ならば、今 俺にできる最善の行動は……。


✆) ) )

『はい、もしもし…』

「俺だ!蝶野楽(ちょうのらく)だっ!!!」

『……どなたでしょ…う?』

蝶野楽(ちょうのらく)だ!!! お前の友達(ダチ)!!!」

『すみま…せんが、そ…んな名前は…存じ上げません。

 いたずら電話は……やめて…いただきたいのですが…』


駄目か? …いや、様子がおかしい。

電話から聞こえてくる声は途切れ途切れで、

今にも消えてしまいそうなほど(もろ)く感じる。


――まるで、()()()()()()()()だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

―― 一元湊(いちもとみなと)の事務所



「うッ…………ぐッ………あ゛あ…………!!!」

一元湊(いちもとみなと)は滝のように汗を流し、

声を震わし、目を泳がせ、頭を抱えていた。


一元湊(いちもとみなと)の【情報掌握】は、

記憶の収集と()()がセットになっている。


なので、余程のことがなければ忘れることはない。

勿論(もちろん)、記憶が改竄(かいざん)されている場合は例外だが。


…だがその例外を打ち破るのは、人の思い。

人格を構成した強い記憶。忘れたくない記憶。

そういった記憶は忘れにくいか、思い出しやすい。


そのせいで今の一元湊(いちもとみなと)は、

2つの矛盾する記憶に板挟みになり、

絶賛 大混乱を引き起こしていた。


電話は(みなと)から背後の人物へと渡った。


「もしもし。聞こえているかな?」

『えっ……誰?』

「忘れてしまったかな? 数週間ぶりだね。」

『……ま、まさか。』

「そう、私は鬼無瀬(きなせ)ロガ。助け舟を出そうか? (らく)。」



⇐ to be continued

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