19話「愚兄」
「こちらこそ、私と――」
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激しい気持ちの昂りが、【能力】を発現させることがある。
『能力の変容について』を著した、
かの有名な学者:ミルザムの言葉である。
【能力】は血筋や環境ではなく、人格に依存する。
だが暴力的な能力の人間が、
例外なく乱暴な性格の持ち主かといえば、それは違う。
【能力】とは防衛本能なのだ。
自分の心情に大きな変化が訪れた時、
たとえ優しい人となりであっても、
想像出来ないほどに残虐な力が発現することがある。
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「え」
頬を赤く染めた彼女の肉体に突如、金色に輝く亀裂が走る。
彼女は身体の異常に気がついたのだろう。
悲痛な表情を浮かべ、私に向かって手を伸ばす。
私も必死に手を差し伸べようとした。
「ハル!」彼女の名を叫んだ。
でも、もう何もかもが遅かった。
『ぼんっ』
能力発現時、約3割の人間が暴走する。
自分の意思とは関係なしに、不幸を振りまく。
繁芸獏にとって、能力の発現は
最悪のタイミングとしか言いようがなかった。
なぜなら、彼が掴みかけていた幸福は、
今、まさに目の前でただの肉塊に変わったのだから。
耳!
悪夢は去った。
無理やり現実に引き戻されたといってもいい。
【ラックアンラック】の効果が切れて、
カシが【白い部屋】を上手く展開出来なくなったのだ。
「・・・・・。」
蝶野楽は、絶句した。
そして、獏と出会った日のあの言葉を反芻した。
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幼少期に大分苦労したんじゃあないかなあ?
君はどうやら本当に恵まれているんだねえ。
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こいつは、繁芸獏という男は、
往時の過ちを今尚引きずって生きている。
きっと今、「あれは単なる事故だ」とか、
「君は悪くない」だとか、そういうありきたりな、
単なる慰めはきっと求められていないだろう。
むしろかえって、彼の心を傷つけることになる。
なら、今俺のすべきことは………?
「その顔は……。見てきたんだねえ。私の過去を。」
「ああ。勝手に見て悪かったな。」
「いいや、別にいいよお。
他人の記憶を体験できるなんて、滅多にない機会。
そんな貴重な機会を最期にもらえて、本望さあ。」
「……さて、先程は取り乱して悪かったねえ。
嫌な記憶を思い出してしまったんだあ。
…まあ、私の記憶を見たなら、分かるだろうけど。」
「・・・。」
「君の記憶を見て思ったが、君は比類なきお人好しだ。
私のような外道を救けようとするなんて、
正気の沙汰じゃあないんだよ。」
「……本当に、そう思う?」
「思うよお。」
「そうかい。」
「1つ質問してもいいか。」
繁芸獏が左手の腕時計を見る。
時刻は深夜3時。夜明けまであと、3時間。
あと3時間で、悲願が叶う。
「いいよお。答えてあげるよ。言ってごらん。」
「お前は最初、どうして爆破予告を流布したんだ?」
繁芸獏の表情が一瞬消失する。だがすぐに、
それを取り繕うかのように、不気味な笑みを浮かべる。
「それは、多くの人々の関心を爆発に向けさせるためだ。」
「その理屈はおかしいんじゃあねぇか?
お前は全世界の主要都市に爆破予告を送った。
今時だったらSNSに犯行声明を載せるとか、
…そう、御門渡のハッキング技術にものを言わせて、
テレビやらラジオやらで予告するなんて手もあった。
民間に口外されない可能性や、
妨害される可能性があるのに敢えてそうするなんて、
相当のバカか、自信過剰か、あるいは、
………計画を止めて欲しいと思ってるヤツだけだ。」
「…何が言いたい?」
「お前は、サイコイカレポンチなんかじゃねぇ。
悪役のフリして現実から目を背ける哀れな獣だ。」
「・・・・・。」
「お前の過去を知ったおかげで、少し分かった。
お前が芸術……要するに美しいものに執着する理由。
『大切な人を失ったお前にとって、
好きと言えるものがそれしか残ってなかったから』。
芸術はいつも身近にあって、
自分のやり場のない気持ちを表現できる手段。
それに縋って生きていく他無かった。」
「…う。」
「あの日のあれは故意じゃなかった。
【能力】の暴走で起こったただの事故だった。
それを頭では分かってても、心は拒絶した。」
「違う。」
「彼女を殺したのはお前の【能力】。
だがそれは、お前自身の『意思』とは無関係。
このどうしようもない二項対立する現実が、
お前の心を蝕み、今の歪んだ感性を生んだ。
やがて、お前は仮面を被るようになった。
『狂った芸術家』という肩書きの仮面だ。」
「違う!!!」
繁芸獏がやけっぱちに発砲する。
動揺しているのか、狙いを大きく外れている。
「『あの日の爆発は誰も悪くないと言うのなら、
私は一体何を憎み恨み生きていけばいいのか。
そうだ!あれは『芸術家』の私が起こしたのだ。
私の奥底に眠る無意識の『芸術家』が、
あの事故…いや、事件を巻き起こしたのだ。』
そう自己暗示することで、何とか精神を保った。
そして、大規模な爆破事件を引き起こすことで、
この戯言に無謀な確証を得ようとした。
『見ろ。これが『芸術家』の私だ。
残虐で冷酷で狂気的な、人類の敵だ。
あの日のあれも、こいつが原因なのだ』と。
これがこの一連の事件の真相だ……と俺は思う。」
「・・・・・。」
繁芸獏が俺を鋭く睨みつける。
「『お前を殺すことなく計画を防ぎ、救けたい。』
これは紛れもなく、俺のエゴの押し付けだ。」
「…その通り。君の幼稚なワガママだ。」
「だが、お前の計画もワガママだってことに変わりねぇ。
大勢の罪なき人々を傷つける、度の過ぎたワガママだ。
お前がこの計画を死ぬ気で成功させてーように、
俺も全身全霊を掛けてその計画を阻止してぇ。
お互い、一歩も譲れねぇ状況なんだ。」
「それが一体何だって言うんだ。
懇切丁寧な説得で、私が納得すると思ってるのかい?
残念ながら、先程からの君の言い分は、
全く、私の心に響いていないよ。
これ以上の話し合いは極めて無意味だ。
それとも何かな? これは時間稼ぎか何かかなあ?」
「…いや、これは確認だよ。
繁芸獏、お前の意思の確認だ。
今の対話で、お前の考えはよく分かった。」
「今ので何か分かったとでも?」
「お前の中には、無自覚の迷いがある。
計画の実行に対して、多少の躊躇いがある。
これは、かつてのお前の善性由来のものじゃねぇのか?」
「・・・・・。」
「生憎、俺のしつこさと諦めの悪さは、
《闇に潜む赫灼の瞳》からもお墨付きだからな。
ちょっとやそっと計画が狂ったくらいで、
お前を諦めるなんてことは、しねぇんだよ。」
「あぁ………そうだったねえ。」
繁芸獏が楽に銃の照準を合わせる。
「楽。君の言うことも一理あるのかもしれない。
自覚していないだけで、深層心理での私は、
この計画を止めてほしいと思っているのかもしれない。
だけどねえ、この計画は私の人生の終着点。
私の『芸術』の最終的に行き着くところなんだよ。
今更、如何なる事情や妨害があったとしても、
もう、―――もう、止めるにも止められないんだよ。」
「!」
『ダン』『ダン』『ダン』『ダン』『ダン』『ダン』
6連射。蝶野楽は2、3発食らった。
「いきなりひでぇじゃねぇの!」
「戦場において、ひどいもクソもあったものか。」
繁芸獏が俺を近づかせまいとするように、
適度な距離を保ちながら射撃してくる。
下手に近づこうとすると、進行方向がバレて
そこを見計らって弾丸をぶっ放してくる。
「くそ……じれってぇ!」
『楽。』
「なんだ!? 今のんびり話できる状況じゃねぇぞ!」
『これ以上の負傷は回復に時間がかかる。
一旦物陰にでも隠れて、状況を整理しよう。』
「あいよ!」
耳!
「また見失ってしまったかあ。
ちょこまかと逃げ隠れることだけは一流だなあ。」
コツン、コツンと鋭くブーツを踏み鳴らす。
「別に、そうやって逃げ隠れててもいいんだよお。
どうせもう、3時間弱しか残っていないんだから。」
蝶野楽は息を殺し、状況を再確認する。
「時刻は3時15分。残り2時間45分。
あの銃撃、あとは人体の爆発を避けないと。
【ラックアンラック】は念の為温存するとして…
カシの力を応用してなにか出来ないか………」
『残念だが、今の俺は能力の過剰使用で弱体化中だ。
使えてもほんの一瞬。その後は身体が腐るぞ。』
「うーん……どうしたら……。」
あの大馬鹿野郎をぶん殴ってやるために、
俺はどうしても距離を縮める必要がある。
ただし、銃弾をあと一発でも食らえば負け一直線。
「……あ。」
『何か思いついたか?』
「ああ、うん。……いや、
これはカシの負担が大きい。やめとくよ。」
『言ってみろ。やれるかどうかは俺が判断する。』
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同時刻、オシアゲ駅前。
「正傘さん! 大丈夫ですか!?」
「……嗚呼、衛生兵かァ。ご苦労さまァ〜ァ。」
「一体、何があったんですか? ここで。」
街は半壊状態だった。
もしオシアゲ駅周辺の住民が避難済みで、
尚且つ人通りが一切無くなった深夜でなければ、
莫大な被害が出ていただろう。考えただけでも恐ろしい。
あっしは、曖昧な意識の中、
ここで何が起きたのか振り返った。
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「来い若造! 全力で相手してやろォ〜ォ!」
「ぐぅぅぅぅぅるるるるるるるッ!!!」
決着30秒前。
あっしは向かってくる御門渡に対し番傘を構えた。
「強弱反転・【嵐傘】」
「………!」
あっしの能力は【なんでもかんでも逆にする力】。
これを応用し、傘が開く際に生じる僅かな風圧を強化。
強靭な突風として放ち、適度な距離を保つ。
「んぬううううう!!!」
「!」
負けじと『岩転移』の攻撃を使ってくる。
理性が消し飛んでいるおかげで、渡の動きは単調。
どのタイミングで来るか分かりやすい。
すかさず『渡の背後の空気』と『あっし』の位置を
【逆】にして、カウンターでぶん殴る。
「………ほう。」
死角からの攻撃でも此奴は、
唯一の弱点・顔の右半分だけは確実に死守する。
「……本当にいいのか、移?」
ロガが脇に抱えた御門移に対して静かに問う。
「それって、どういう意味ッスか?」
「『実弟を殺す』決断を下したことに、後悔はないのか。」
「まあ、少し迷いはあるッスよ。」
そう。おれっちは今日、実弟と死別する。
幼少にして渡と別れてから、もう17年になる。
上手くいかないことがたくさんあったし、
強敵に遭遇した時は、世界の広さと己の弱さを思い知った。
でも、おれっちは鬼無瀬ロガという男に拾われた。
それはとても幸運なことだった。
…だけど渡には、良い出会いが無かったんだよな。
だから、こんなことになっちゃったんだよな。
渡は大罪を犯した。
もしこのままJECに引き渡せば、
少なくとも、もう日の目を見ることは叶わないだろう。
……ならいっそう、ここで終わらせてやりたい。
たとえ、一生恨まれたとしても。
「……でも決めたんス。もう、決めたんです。」
「………そうか。」
「……事が済んだら、焼肉でも食いに行こうか。」
ボスが、ぽつりと呟いた。
貼り付けられた無表情から発せられた言葉は、
気遣いか、はたまた気まぐれか……。
『ゴォォォォォォォ―――!!!』
「ん?」「へ?」「おォ?」「?」
上空から何かが降ってくる。
それは、隕石でも、雹でも、スペースデブリでもない。
―――人だ。
「……これは、洒落にならないな。
湊! 移! 一大事だ。逃げるぞ。」
「はい!」「了解。」
「な、なんじゃありゃァ〜〜ァッ!?」
「正傘!時間稼ぎご苦労。
突然で申し訳ないが、イレギュラー発生だ。
なるべく遠くへ避難することをお勧めする。」
「な、何なんじゃ、あれは。」
「助太刀だ。まあ、後でお説教だが。
ひとまず、命が惜しいから私たちは退散する。
今回の借りは、いつか必ず返す。」
「お、おい待てェ〜〜ェい!!!」
「【ワープホール】」
吐息が紫色の霧となり、渦巻いて定着する。
「(渡。ごめん。)」
お前の言う通り、おれっちは愚かな兄だったよ。
「…行っちまった。」
鬼無瀬ロガとその仲間は、
紫色の霧に包まれて何処にか消えてしまった。
「久々の戦闘……! 本気で参るでござる!!!」
「【負傷反転】!」「!」
「斬り捨て御免! 落下の太刀……」
/ /
【車 / / 斤】
/ /
刃が地面に達すると同時に、
凄まじい衝撃波と砂煙に周囲一帯が包まれて、
いつの間にか、あっしは気絶していた。
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「そうだァ!! あいつらは!?」
慌てて辺りを見渡す。
やはり、もう既に彼らは居なくなっていた。
「くそっ!! 逃げ足の速い奴等だ!」
「ここに…誰か居たんですか?」
「嗚呼。3人組の男がなァ。
そうそう、近くに御門渡が倒れてなかったか?
…人とは到底言えん、土人形のような見た目だが。」
「……いえ。特に見かけませんでしたよ。」
「…そうか。」
あっしとの契りを破って連れ去った……?
否。身柄を引き渡す約束を破るような男ではあるまい。
経験上の憶測だが、彼はホラ吹き者ではない。
「…御門渡は、死んだか。」
己の無念を嘆く老人に、星の光が注がれる。
月の見えぬ暗黒の夜の中、彼は疲労で再び眠りについた。
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或る部屋の中心。
鬼無瀬ロガは1人の男の前で仁王立ちしている。
浅緑色の着物に、侍の被り物という、
なんとも珍妙な格好をしたこの男も、
一応、『秘密結社Ⅹ』のメンバーが1人である。
「さて、井寺伴助。話をしよう。」
「なんかめっちゃ嫌な予感がするからイヤでござる。」
鬼無瀬ロガは井寺伴助を笑顔で見つめる。
ただし、目は決して笑っていない。
「ボス。そんな怒らなくても……」
「湊の言う通りッスよ。だから…」
「いいや。これはいい機会だ。
『秘密結社Ⅹ』の掟について確認するいい機会だ。
井寺。お約束事項第3番を言いなさい。」
「『不必要な殺人や破壊行為の一切を禁じる』。
これくらい分かるのじゃ。馬鹿にしてるのか?」
「……オホン。よし。分かってるならいい。
では、次はもっと簡単な質問をしようか。
オシアゲ駅付近にどでかいクレーターが出来た。
何故だと思う?」
「全部 御門渡が悪いのじゃ。」
「……とのことだが?」
「おれっち見てたぞ。間違いなくお前が原因だ。」
「移殿ォォォォォォォ!!!」
「井寺ァ………。」
「ち、違うんじゃロガ殿!
ちょ、ちょっと久々のばとるに
テンションが上がっちゃったというか……。
み、湊殿も何か言ってくだせぇ!」
「擁護のしようも無い。」
「無慈悲ィ!!!」
結局、御門渡の撃破という快挙を成したにも関わらず、
井寺伴助には1週間のおやつ抜きが命じられた。
⇐ to be continued




