17話「病的シミュラクルと狂気的ゲシュタルト」
アズマ展望塔 展望台フロア。
本来 休日のこの時間帯はカップルや親子連れにより、
バーゲンセールの如く人で溢れかえっている。
…だが例の『爆破予告事件』によって、
展望台を含む多数の施設が営業を休止していた。
お陰様でこのフロアは今、誰も居ない。
たった二人の男を除いて。
「右手に力を込め、放つ。巨大な拳のイメージ!!」
「おっと!」
アズマ展望塔に大きな風穴が開く。
しかし、拳に当たるよりも早く獏が消える。
「見ない内に妙な技能を身に付けたようだなあ。」
『ダン』『ダン』『ダン』
そして背後からの射撃。
このクソワープ戦法に関しては、
あっちが御門渡を倒してくれなきゃどうしようもねぇ!
「君には恐らく、別行動をしている仲間がいる。
彼らが御門渡を打ち倒すのを待っているのだろう?」
「(バレたか。)……だったらどうする?」
「『無駄だ』と忠告しておこう。
本気を出した彼は、私よりも強いからねえ。」
「だからどうした。」
「?」
「あいつらは強いよ。きっとやってくれるさ。だから…」
獏のすぐ横を空気の弾が駆け抜ける。
「今は俺だけに集中しやがれ!」
「フフフフ。まあせいぜい足掻くがいいさあ。」
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同時刻、オシアゲ駅前にて。
「オラオラ! そんなもんかよ愚兄!!」
「・・・。」
御門渡は、子供が新しい玩具を手にした時のような、
激しい気持ちの昂りを噛みしめていた。
「(……しかし妙だな。)」
これだけ攻撃を仕掛けているのに一切動かない。
やり返さず、防御せず、回避もしない。
その違和感は次第に大きくなっていた。
「…お前は単純な動きしか出来ないみたいだな。
こんなやつがおれっちの兄弟とは俄には信じ難い。」
「そんな大口は攻撃をさばききってから言えや!
……まぁ、愚兄にそんなこと出来るわけ無いか。
そうやっておっ立ったまま安らかに眠りな!!」
その時、空気が変わる。
まるで深まった夜闇が牙を剥いたように、
まるで今まで御門移が本気を出していなかったかのように、
重々しく息苦しい空気が、辺りに広がった。
「……さて、おれっちとお前の違いを教えてやろう。」
「今更 お前から教わることなんざねーよ 愚兄!」
「【蓄積放出】」
「………は?」
紫色の霧が目の前に現れ、
ボクは全身に猛烈な打撃を食らった。
「ヴ………オロロロロロロロ……」
その反撃は長く続き、しまいにボクは、
つい先程食べたカップラーメンを戻してしまった。
「おれっちとお前。どちらも【ワープ】だが、
移動する原理が全くもって異なっている。」
「おれっちの吐いた息は、十数秒ほどかけて、
ゆっくりと【ワープゲート】に変化する。
これは自由自在に操れるし、消せる。」
「・・・。」
なんでこの愚兄はペラペラと喋り始めた?
ハンデのつもりか? それとも別の目的が………
「お前のはどうだ?
おれっちと違って、全体しか送れない。
おれっちなら身体の一部だけワープとか出来るが。」
「何が言いたい。」
「なによりも最大の利点は、
対象を【瞬間移動】させるお前と違って、
異次元空間に対象を待機させられるということ。」
「だからダメージを食らわなかったと?」
「そう。そしてそれをお前におっかぶらせた。」
「ひっでー兄貴だよ。」
「そっくりそのまま返すぜ、愚弟。」
「あ゛?」
「さて、と。」
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尺稼ぎはこんなもんで十分ッスよね?
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「!?」
振り返ると、その先には男が立っていた。
機械っぽさを感じる黒いコートにボディスーツ。
血液のようにどす黒く赤い瞳。
そして、虹色に輝く右腕の拳。
「ああ。十分な足止めだ。感謝する。
何しろこの技は準備に時間がかかるからな。」
「だ、誰だ!?」
「私は鬼無瀬ロガ。君の計画を阻止しに来た。」
まずい。直感で理解した。
この技を食らったらひとたまりもない!
逃げなければ……【瞬間移動】で!
「ん………? あれ………?」
「君の能力【瞬間移動】の弱点は、
視界に収まる範囲にしか移動出来ないこと。
《スマートグラス》で監視カメラをジャックして
その効果範囲を底上げしているのは良い工夫だ。
だが、相手が悪かったな。」
何も見えない! 視力を奪われた!
加えて、足元が何かで固定されているみたいで、
身動きを取ることが出来ない。
「究極複合・【最大火力】」
ロガが突き出した右手の拳から、
強烈な衝撃波と熱が放たれ、渡目掛けて直進する。
爆音が轟き、砂埃が舞い、
肉が炙られて焦げるような匂いが広がる。
ロガの全身から白い煙が立ち昇り、
排出された膨大な熱によって空間が揺らぐ。
「………無鉄砲にも程がある。」
ロガは呆れたように呟いた。
その冷たい視線の先には、
両方の足先を失い苦しむ渡が転がっていた。
「……フゥー………………フゥー…………」
「視界と両足を封じられたにも関わらず、
生き残るためだけに【瞬間移動】を使った。
そのせいで足先を失う結果となった……か。」
「こんなもん……どうにでもなる!」
「ほう?」
さきの衝撃波で散らばった瓦礫を、
足首から先に【瞬間移動】し、分子レベルで結合する。
即席の義足である。
「ボス〜。倒しきれてないじゃないスかー。」
「いいや、これでいい。目的はもう果たした。」
「………!」
ボクの《スマートグラス》は粉々に砕けていた。
もう使い物にならない。獏の手助けは出来ない。
なるほど、最初からこれが目的だったのか。
「それに元より、私は彼に勝つことが出来ないしね。」
「実力的に?」
「いや、制限的に。」
そうこう話している内に、
後方からヨロヨロと男が駆け寄ってくる。
「ゼェ…………ゼェ…………………。」
「遅いよ みなとっち。」
「君というやつは…………。」
「移動が速すぎるお前らの方が異常なんだよッ!」
涙目で息を切らしながら、湊は力強く訴えかけた。
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「これはどうだい?」
戦闘開始から約40分経過。
蝶野楽には本日3度目の窮地が訪れていた。
逃げ場の無いほどの大量の埴輪や土偶、
絵画作品に取り囲まれ、大きな爆発に巻き込まれる。
「はぁ…………はぁ………………。」
「Awesome!!! 生き残るとは何たる幸運ッ!!!
やはり君は、私のトクベツのようだ!!!!!」
「うるせぇ……黙ってろ サイコイカレポンチ。」
【偶然を必然に変える力】。
死に際にのみ使用可能で、
莫大な運の消費と引き換えに、
起こり得る可能性を手繰り寄せる禁忌の力。
「(………かなりまずい。)」
あの無敵浩作とかいうやつからもらった機械には、
ご丁寧に、『あと2回』と表示されている。
これは【ラックアンラック】をノーリスクで使える
回数を表しているものだ。
【暗黒世界】からの脱出で1回。
《闇に潜む赫灼の瞳》の【影迹無端】回避に1回。
そして、今の攻撃の回避に1回。
もう、あとが無い。
「では、この攻撃を受けてみろ!」
繁芸獏が俺に手をかざす。
『シーン…………』
だが、フロアに静寂が広がるだけであった。
「……ふむ。」
「(攻撃が失敗した!?)」
ということは、つまり……あいつら勝ったのか?
「一向に【ワープ】が起こる気配が無い。
となれば、今の私は渡に頼れない。
自分で危機を乗り換えないといけないらしい。」
皆が作ってくれた好機。無駄にするわけにはいかない!
「見様見真似だが仕方ねえ!これでも食らえ!」
温存していた【影収納】を使い、
自身の影から巨大なタコを取り出す。
これで完全に【影収納】は使えなくなる。
『くぎゅうるるるるるるるっ!!!』
「やったれタコちゃんっ!!」
「(影村潜の力……。いつの間に。)」
「(うっ…………。)」
何故だかは知らないが、足が重くなる。
恐らく《闇に潜む赫灼の瞳》の能力の代償なのだろう。
『ぶったおおおおおおおすっ!!!』
「ふんっ。」
タコがその大きな触手を叩き下ろす。
食らったら一溜まりもないだろうが、
こいつはデカいだけで動きが異常に遅い。
さて、渡の援助が受けられない今、
私が使える最善手とは………。
「面白いッ!!! この挑戦、受けて立とうッ!!!!!」
繁芸獏が己の親指の表面を噛み千切る。
「な、何やってんだお前ッ!?」
「まーる描いてちょんっと。」
『くぎゅ?』
血で床に簡易的な『絵』を作り出した獏。
これまでの戦闘経験から、楽はその意味を即座に理解した。
「耐えろタコちゃん!!」
『ぎゅるるるるるるる!!!?』
血液が赤く光り、四方八方に飛び散り爆ぜる。
先程の攻撃たちと比べたら威力は低いが、
下手に食らえば火傷すること待ったなしである。
「咄嗟の思いつきだったが、悪くはないな。」
『ぎゅるるるるるる!!!』
獏の攻撃に激昂し、
巨大タコは触手を彼に向かって伸ばす。
「Splatter!!!」
水平一直線に連なった血液が襲いかかってくる。
このタコの肉壁が無ければ即死だっただろう。
でもそう長くは持たないぞ……どうする俺!
この作戦には、彼に数秒触れる隙が必要なのに…。
火!
「……どこへ行ったあ?」
爆煙に視界を覆われ、すっかり楽を見失った獏。
消し炭になったタコの残骸を踏みつけ、
前へ前へと進んでいく。
「(逃げたか? いやそれはない。
今も虎視眈々と、私の首を狙っているはず。)」
気配…!
「後ろかッ!」
「顔面ストレートパンチ!!!」
煙に紛れた奇襲。振り向いたその顔を
ド正面からぶん殴るという脳筋戦法だ。
「―――ッ!!!」
鼻から血がぽたぽた落ちる。
それを受け止めた右手は鮮血で深紅に染まり、
未だジンジンとした痛みが持続していた。
「おお……Awesome!! Awesome!!!!!
痛い! 脈打つ血管を手に取るように感じるぞッ!!
これが、これが『死』に近づくということなのかッ!!」
「この変態めッ!!」
何に対しても素晴らしいと称賛し、興奮する。
それは常人のそれではない。最早 狂気の域に達する。
「何で喜んでいるんだよ!」
「だってそうだろう?
生きとし生けるもの。その全てが、」
「ま、待て………!」
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とてつもなく美しい。
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蝶野楽の肉体が爆ぜ、
強い腐乱臭を放ちながら肉塊となって飛び散る。
そして磁石に鉄が引き寄せられるのと同じように、
再び群がり、人らしき物体を形作るのだ。
『気をつけてくれよ……。』
「すまん………カシ。」
カシが本当にしんどそうにしている。
さすがに連続して無理させすぎたか……。
「やはり壊れない……! Awesome!!!」
カツン、カツンと足音を立てて歩いて来る獏。
頬が赤く染まり、息を荒げ、瞳孔がかっ開いている。
「…お前はどうしてそこまで……
どうしてそんなに、芸術に拘るんだ!?」
蝶野楽の純粋な疑問。
楽が彼と出会ってから今日までずっと考えていたこと。
少しでも回復の暇を稼ぐための質問だったが………。
「………………???」
その簡単な質問が、繁芸獏の大混乱を招いた!
「芸術に……拘る?」
私が爆発に拘っている理由は分かる。
物事の終わりとは、儚く、美しいものだから。
……だが、私が美しいものを好き好むようになったのは、
果たしていつごろからだっただろうか。
「………あ。」
脳裏に浮かぶ、忌々しい『桜の丘』。
舞い散る桜の花びら。揺れる草むら。青い空。
そして―――
人!
「……頭を抱えたまま固まっちまったぞ。」
『嫌なことでも思い出したってとこだろ。』
「………なあ、カシ。」
『ん?』
「準備はどうだ?」
『とっくに準備OKだ。あとは君次第。
…にしてもつくづく君は甘いやつだよ。
こんな変態趣味爆弾魔を助けようだなんて。』
「向田ミルの時のようになりたくないからな。」
『言っておくが、
今から君がやろうとしていることは、
生身で火事の現場に突っ込むような馬鹿げた行為だ。
普通、チャンスがあっても実際にやる阿呆はいない。』
「まあ、そうだろうな。」
『それでもやると言うんだな?』
「ああ。やるよ。
俺は繁芸獏の精神に干渉して、あいつを説得する。」
そう。これが俺の考えた究極の一手。
『はぁぁぁぁぁぁ(クソデカため息)
まあ、精神への干渉の影響力は強い。
上手くいけば、人を殺さずに事件解決出来る。』
「な? いい案だろ。」
『上手くいったらの話だっての。
最悪の場合、君は繁芸獏2号の出来上がりだぞ!?』
「1カンマでも可能性があるなら、俺はそれに賭けるよ。」
『お人好しめ!』
獏が茫然自失している隙を狙い、
蝶野楽は彼の額に手を当てる。
「【ラックアンラック】」
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現在 23時15分。残り 6時間45分。
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⇐ to be continued