14話「目指すは完全なるハッピーエンド」
蝶野楽は田中鋼一と共に、
《闇に潜む赫灼の瞳》と戦うも、敢え無く完敗。
そして彼から告げられたのは、
あまりに唐突で、信じがたい真実であった。
「全世界爆破まであと12時間………
しかも、繁芸獏を殺すまで止まらない!?」
「彼は世界と、そして何より
君と、決着を付けるつもりだ。」
「俺と?」
「何故か、彼は貴様にゾッコンでな。
『最終決戦に相応しい場所にて待つ』と。
まあ、吾輩も詳しくは聞いていないがな。」
「《闇に潜む赫灼の瞳》。そろそろ。」
「嗚呼、分かっている。
そろそろ備えねばならんな。
成美はもう【暗黒世界】に戻るといい。」
「ありがとう。では先に失礼するよ。」
クリーム色の髪の男は彼の影に沈んでいく。
「………さて、貴様はここまで聞いて、どうする?
大人しく黎明の爆発を待つわけではなかろう?」
「……止める。止めてやるよ!」
「よく吠えたものだ。」
ますます気に入ったとばかりに、
シャドー・なんちゃらさんはほくそ笑む。
「ま、せいぜい足掻いてみるといい。」
「ま、待て!」
立ち上がろうとしても、立てない。
必死に手を伸ばしたが、届かない。
そして《闇に潜む赫灼の瞳》は、
田中鋼一を担いで再び夜闇の中へと消えていった…。
「クソッ…………」
俺はまた、何も出来なかった。
親の仇に負けて、半端中途に負けて、
《闇に潜む赫灼の瞳》にも負けた。
今 俺に出来ることなんて……
「楽!」
俯いていると、聞き慣れた声が聞こえた。
顔を上げればそこには、俺の友達が居た。
「な…………んで………」
「説明はあとだ! 担いでやる。行くぞ!」
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「何だ、生きてるじゃないか。」
研究室での一戦を終えた無敵浩作は今、
JEC本部の西棟を訪れていた。
「死んだふりでもしてた方が良かった?」
「そんな無駄なことする暇あったら働け。」
ふざけた返事を返したのは、
『働いたら負け』と書かれたブカブカTシャツに
ゆったりとしたズボンを来た紫髪の気だるげな男。
ひつじのぬいぐるみを枕代わりに横になり、
ポテトチップスを貪っている。
「二つ名【不動の徒】に相応しい姿だな。」
「えっへへ。褒めても何も出ないよ。ポテチ要る?」
「食べないし、褒めても無いよ。
……君が本気さえ出してくれれば、
わざわざ私がJEC本部をあちこち回らなくて済むのに。」
「めんどくさいもん。」
「はぁぁぁぁぁ………(クソデカため息)」
「で? 侵入した奴らは? 負傷者は?」
「全部きちんと処理したよ。
侵入者は全滅。司令部も奪還。
他の塔もすべて見て回って来たよ。」
「おつかれサマーバケーション。
でも外は暗いままだ。どうするんだい?」
「“なんとかして”って言ったら?」
「“甘えんな♡”って言う。」
普段 冷静沈着を貫いているこの私の精神を
ここまで逆撫で出来るのは、生涯コイツだけだろう。
「……輝也様はこいつのどこを気に入ったんだか。」
「そんなこと、本人の目の前で言う?
少なくとも、液晶画面ばかり覗き込む
どこぞの変態どもよりは仕事していると思うよ。」
「誰に向かって言ってんだよ………。
もういい。こうなったら奥の手を使おう。」
「奥の手?」
「ああ、とっておきのね。」
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「ここは………」
俺が目覚めた場所は、西洋風の一室。
「目覚めたか。」
「て、天馬さん! 良かった……生きてた。」
俺・田中鋼一は今、
天馬正和さんと共に牢屋へ捕らえられていた。
「さて、あと11時間45分54秒。
汝たち『正義の味方』さんはどう行動するか。」
天馬正和が右手を前に突き出す。
「…おっと、危ない。」
「……!」
だが行動を起こす前に、
空気を固められ、身動きを封じられる。
「田中の……コピーか…!」
「その通り。やはり歴戦のJEC会員は勘が鋭いようだ。」
目の前でニタリと笑うクリーム色の髪の男。
その側には、横にいるはずの田中鋼一そっくりの人物。
唯一の違いは、戦闘服のデザインくらいだろうか?
JECの純白の戦闘服とは対称的な、
暗闇のように真っ黒な戦闘服。
ご丁寧に、背中のJECのマークに上から✕を付けている。
「…今ので謎が解けた。」
「天馬さん? 謎って?」
「私はこの数日間、ずっと観察していた。
そしていくつか気づいたことがあった。」
「いいだろう。お手並み拝見といこうか。」
「まず、ここは現実とは異なる異空間だ。
前に似た能力者と戦ったことがあるが、
そいつらはたった30分しか空間を維持できなかった。
何故なら、現実と空間を完全に隔離するには、
膨大なエネルギーを消費してしまうからだ。
また、この世界はずっと暗闇のように見えて、
規則的に闇の濃度が変化してるのが分かる。
どこかから光が入ってきているんだ。
従って、この空間は完全には隔離されておらず、
常に、どこか出入り口が存在している。」
「(すげェ……。楽が言ってた通り、
ここは現実の世界じゃァなかったのか。)」
「ここまではいいだろう。それで?」
「その出入り口に成り得るのは、
能力者本人の他にはあり得ない。
ここからは直感だが、この仮説が正しければ、
その本体はこの世界には入れない。」
「…………。」
「私は捕まるまでの間、
その能力者らしき黒装束と戦った。
だが全員が偽物だったよ。切ったら消えた。
能力者本人は入れないというのは、
結界系能力のデメリットの典型的な例だ。」
「ほう。」
「では、今 目の前にいる君はどんな能力者なのか。
偽物の黒装束やJEC会員、怪物を作り出した張本人。
恐らく能力は【描いたモノの具現化】だ!」
「………フフ。フフフフフ。ハッハハハハハハハ!!
よもや、本当に小生らの能力を見破るとは。
やはり次期四天王に選ばれるだけはあるようだな!」
「その件は断ったがな。」
狂喜乱舞する変態とは対照的に、
いたって冷静沈着な天馬正和。
それはまさに、精神の格の違いというやつなのだろう。
「初見正解のボーナスとして名乗ってやろう!
小生は、“闘争の芸術家”土筆成美。
どうして能力が【描いたモノの具現化】だと?」
「前に似た能力者と戦ったことがあってな。
そいつは墨で書いた文字の具現化の能力者だった。」
「成程。『経験の差』という訳か。」
土筆成美が側の机の引き出しから
スケッチブックを取り出し、1枚のページを千切り、
私たちに向けて見せる。
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〚これが何に見える?〛
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「……ガキの落書きかァ?」
「…『ワタシとアクマ』だね。
【魔風の大飢饉】の時に、露国の少女が描いたとか。」
「さすがJECアズマシティ支部長様だ。
第三次世界大戦にはお詳しいようで。」
本当にいやみったらしい男だ。
戦争を美化するなど、反吐が出る。
あの戦争を止めに行ったJEC会員達が、
どんな末路を辿ったのか知らないくせに。
「さて、美術の授業といこうか。
これはスケッチブックに模写した『ワタシとアクマ』。
先程述べられていた通り、これを書いたのは
大飢饉真っ最中の露国の少女・ヴィスナー。
荒々しい絵のタッチからは、その壮絶さが伺える。」
最もらしい解説。
講師が彼で無ければじっくり聞き入っていただろう。
「……と、いう意味が込められている。」
「退屈な授業はおしまいか?」
「ご清聴、心より感謝しよう。
感想を述べたまえ。まずは汝から。」
「彼女の描いた作品は心にくるものがある。
それは紛れもなく、私が感じたものだ。
君の描いた偽物からは、怒りしか湧かないが。」
「…………フン。それで、汝は?」
「……正直、飢えて苦しい気持ちァ、
痛ェ程知ってるから、分からなくもねェ。
それァそれとして、俺ァてめーが大嫌いだ。」
「フーン。まぁいいだろう。それでは、」
〚具現化〛
「あ゛! ¿ 」
視界がなんかカラフルになって、ぐにゃってなって、
ぐるぐるぐるぐる回っていく。
息も発汗も激しくなるが、やがて感覚は失われる。
割れそうな頭に浮かぶは「死」の1字。
アクマはワタシに囁いた。
『おなかがすいた。ごはんを食べよう。』
ぱくぱく。もぐもぐ。いただきます。
ぎちぎち。がりがり。美味しいオニク。
ばりばり、ごりごり。ステキな食卓。
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目を覚ませ! 田中鋼一!
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「………え?」
「なんだ。もう目覚めたか。
やはり絵画の模写では威力が弱いか……。」
正面には俺の肩に手を置く天馬正和。
俺は牢屋に立ち込む鉄の匂いに、思わずむせる。
視野を広げると、辺りには吐瀉物や血肉で溢れていた。
「う゛……!? イッテエ!!!」
我に返ったことで、蓄積された痛みが
無数の針が刺さるように、左腕に集中する。
恐る恐るその痛みの集合に顔を向けると、
一部 骨が剥き出しになった俺の片腕らしきものがあった。
舌いっぱいに広がった悪心が、
失った部位の行方を鮮明に指し示していた。
「き、気持ち悪………」
いよいよ耐えきれなくなり、嘔吐する。
吐き出されたのは、赤い血肉と折れた歯の破片だ。
「それこそが『欲』だ。
獣が生きるため培った本能だ。
そして、小生が追い求める争いの根源だ。」
土筆成美がつらつらと流暢に語る。
……洋風の窓の外に迫る人影にも気づかずに。
『―――ッガァァァァン!!』
割れた窓ガラスの破片が右半身に刺さり、
土筆成美に致命的な隙が生まれる。
その一瞬の隙を見逃さず、侵入者は彼に一発叩き込み、
ついでに檻の中の2人を解放する。
「・・・君は?」
果たして敵か味方か。あるいは第三勢力か。
古びた絨毯から生じた埃で、
侵入者の姿は確認できない。
「僕は、咎人だよ。
罪を犯し、果てに唯一の友を失った。
今までたくさん迷惑をかけてきた罰だ。」
男は淡々と自分語りを始める。
「あいつは言ったよ。
『我々に一生隷属すると誓うならば、
君の相棒の命だけは助けてやる』って。
だから僕は、本当はこんなことやりたくないけど、
お前らのために戦ってやる。」
埃が拡散し、男の容貌が露呈する。
それは、私が耳に挟んだ情報とは異なっている。
それはまるで『堅い決意』を表すような、
均一に剃られた坊主頭と、整った隊服姿だった。
「君……半端中途か。」
「……そうだよ。
僕は破れた。お前らに、そして、蝶野楽に。
敗者は勝者のいうことに従うしかない。
大くんの命のためなら、僕はなんだってするよ。」
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無人の囚人部屋に、白衣の男が立っている。
「……ったく。あの計画に備えた、
切り札として運用するつもりだったのに………。
まさかこんなに早く解放することになるとは……。」
JECは時折、元犯罪者を雇用することがある。
それは「社会貢献」「贖罪」といった名目で、
即戦力を確保するためである。
だが雇用には、ある程度「安全性の保証」が必要。
世界平和のためなら、JECは手段を選ばない。
「彼は君のために戦っている。
つまり、今 君は「社会貢献」してると言える。
醜悪で皆から憎まれている君が、だ。
これって、とても素晴らしい事だと思わないかい?」
『ゴポ…… ゴポ……』
「おっと、もう喋れないんだったね。」
男が右脇に抱えているのは、ホルマリン漬けの脳味噌。
水槽のラベルには、人名が書かれている。
「言った通りだろう? 君の血肉は余さず使うって。」
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【円谷大】 H30.10.26
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ラベルを眺め、男はぽつりぽつりと呟いた。
「正直、驚いたよ。本当に。」
「ここまで君に翻弄されるとは。
これではJEC四天王の面子に泥を塗ってしまうね。」
「果たして、どこまでが君の計画通りなんだろう。
半端中途が生き残るという結果も、
君の用意したシナリオ通りなのかな?黒い友人。」
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斯くして、各々は動き出した。
夜明けまで、あと残り11時間30分。
その頃、楽は………。
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「初めまして、と言うべきだろうか。」
一元湊に連れられ、或る人物の前に居た。
「(……何者だ、こいつは。)」
全身を機械的な黒色のコートで覆う男。
彼は、楽が今まで出会った誰よりも強い。
そう、彼の本能が訴えかけていた。
「その傷では対話もままならんだろう。」
そう言い、彼は俺の傷を一瞬にして治した。
【治癒】系統の能力者は、一握りしかいないはずだが。
「改めて、名乗らせてもらおう。私は、鬼無瀬ロガ。
こう見えて、『秘密結社Ⅹ』の社長をしている。
此度、君をここに呼んだのは、ある目的のためだ。」
「目的?」
「繁芸獏の討伐に協力する代わりに、
我々、『秘密結社X』の仲間に加わってほしい。」
「なんか胡散臭いし怪しいし嫌だ。」
「楽!?」
「大体、何の必要があって……」
「神。」
「………え?」
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忌々しい神の討伐。それが我々の目的だ。
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⇐ to be continued