13話「オール・オーヴァー!」
「何か言い残すことはあるかな?」
黒装束の男は、無敵浩作に問う。
「ははは……やはりこうなるか。」
「貴殿の発明がどれも素晴らしいことは認めよう。
だがしかし、致命的な欠点がある。
それ即ち、燃料切れや故障。違うかい?」
「その通りだよ。この子らは模倣品。
前線に貸し出しているプロトタイプに比べれば、
劣っているところが多いことだろう。
まさか【反能力空間】が無効化されるとは思わなんだ。」
「それは言い訳か?」
「まあそんなところだ。
ところで1つ…いや2つ聞いてもいいかな?」
「まあ、冥土の土産にくれてやる。何だ?」
「1つ。ここは現実世界ではないな。」
「……驚いた。戦闘時から分析していたのか。」
「ここは恐らく、現実とは切り離された空間。」
「その通り。吾輩は【暗黒世界】と呼んでいる。」
「そして2つ目。」
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君、いや君たちは……人間じゃあないだろう?
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「………そこまで分かったのか。」
「私としては、ここまで分析に
時間を要するとは思ってなかった。恥だ。
『未知』を『既知』にするというのは、
1文字変えるだけに見えて、実に難しいものだ。」
「それで、言いたいことは全てか。」
「まだだ。君たちは人間でない。
おそらく君とは別の協力者がいる。
さらに君たちには、ある共通点があるんだよ。」
「それは?」
「炎だ。」
「……………?」
「君の連れてきた大量の黒装束。
彼らは「繁芸獏討伐作戦」で拉致したJEC会員だろう?
いや、正確に表すならば、模倣品だ。」
「何が言いたい。」
「中には火を扱う能力者が居たはずだ。
だがこの《スマートグラス》の情報では、
その火の能力者だけここに呼ばれていない。」
「で?」
「推測される君たちの弱点。それは“火”。」
「・・・・。」
「いいやこれも誤りだ。」
そうして指パッチンを鳴らすと、
一機のドローンが天井スレスレを飛んで現れる。
「!」
「本当はこれが嫌だったんだろう?」
『FIRE』
ドローンが大爆発を引き起こし、
スプリンクラーが反応して雨が降る。
「……始めから掌の上だったという訳か。」
「君たちは絵だ。
ズタズタにされたり、濡れたら消えるんだろう?」
「ここは一度、敗北を認めよう。
だがもう目的は果たした。
貴殿らは破滅の運命から逃れられないだろう。」
「ほざいてろ。」
黒装束の男とその仲間は、
まるで金属が塩酸に溶けるかのように消失した。
「ひとまずはなんとかなった。次は司令部に行くか。」
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一方その頃、蝶野楽と田中鋼一は…。
「タコ!クラゲ!ウツボ!カニ!
ここは水族館かよチクショォォォォッ!!!」
「俺ァ 獏追ってナニワシティに行く途中に拉致されて、
それ以来ずぅ〜っとこの暗闇を彷徨ってる。
天馬さんが逃がしてくれなきゃ、
俺も他の会員と仲良く捕まってたと思う。」
「そっかぁ! 何か情報は掴めた?」
「何も分かんねェ!! 俺ァただ、
いきなりでけぇビルが現れたから来ただけだ!
そういえば、今って何月何日だ?」
「10月28日だけど?」
「3日も経ってるじゃねェかァァァッ!!!」
今ので1つ新たな疑問が生まれた。
俺はこの真っ暗闇の世界は、
向田ミルの精神世界へ閉じ込める能力や、
結界のように、空間と空間を切り離す類のものではない。
あまりに広範囲で、長時間維持するとなれば、
これらのような能力では到底不可能だからだ。
と、すればここは完全なる別世界。
能力者本人の力によってのみ出入りできる空間。
「やってみる価値はあるか。」
「何をだァ?」
「【ラックアンラック】。」
「なにそれ?」
あ、そうか。こいつの前ではカシの力しか使ってないから知らないのか。まあ、そんなことどうでもいい。
「大成功だ………ガハァッ!」
「楽!?」
吐血するも、いつもより負担が軽い。
彼の渡してくれた機械を見ると、「4/5」と書かれている。
「なるほど……こりゃ使える。」
『だがあまり頼りすぎても駄目だ。
もしそれが故障した時、何も出来なくては本末転倒。』
「分かってるよ。」
「何 独り言 言ってンだ?」
「ちょっと黙ってて。」
「(´・ω・`)」
蝶野楽の能力【ラックアンラック】。
この世のランダムな対象から、能力を借りるというもの。
その強みは、その可能性の幅だけではない。
「……よし。理解した!
これでこの世界から脱出できる!」
その真の強みは、借りた能力を理解すること。
どういう原理で、どういうことが出来るのか。
鳥が「はばたく」という感覚を知っているように。
魚が「エラで呼吸する」ことを当たり前とするように。
能力を当然のように使用する。それが楽の強み。
「鋼一。しっかりと手を握っててくれ。試す。」
「?? お、おう。」
「準備はいいな? いくぞ!」
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【召喚】!
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途端、2人はまばゆい光に包まれて、
気付いた時には、満天の星空の下に居た。
「…………!?」
側に居たのは、黒装束の男。
突然現れた俺たちに動揺を隠しきれないでいる。
「ど、どーゆーことだァ!?いきなり戻ったぞ!?」
「俺はコイツの能力を借りた。
コイツの能力は【影収納】。
触れている影から物を出し入れする能力だ!」
「なァッ!? なるほどォ〜!?」
「・・・ただ者ではないな。名を名乗れ。」
「アズマシティの何でも屋・蝶野楽!」
「JEC会員志望・田中鋼一ィ!」
「吾輩は、《闇に潜む赫灼の瞳》。」
「「・・・・・。」」「・・・・・。」
「な、なんて?」
「《闇に潜む赫灼の瞳》。」キリッ
「本名?」
「………うむ。」
「外国人かァ?」
「いや、れっきとした純日本国民だ。」
「「「・・・・・」」」
「フッ」
「ちょっと待てどこに笑う要素あった!?」
「マジで掴みどころねぇなお前ェ!?」
黒装束のナントカさんは、
ルビーのように赤い瞳を輝かせ、不気味に笑う。
「いいや。愉悦に浸っているのだ。
吾輩の影から脱出できたのは、君らが初めてだ。
これ程の強敵を相手に出来るとは………。」
黒装束の男が指でピストルの形をつくる。
薄衣衒との戦いを思い出し、楽はすぐに反応する。
「鋼一!防御ッ!」
「もうやっとるわいッ!!!」
『ダン』『ダン』『ダン』『ダン』『ダン』『ダン』
男の袖口から硝煙が立ち昇る。
「そうか。触れていればいいなら、
服の内部に生じる影だって【影収納】の対象!」
「如何にも。」
続いて男は直立したまま左手を床に向けてかざし、
血液のように赤黒い大剣を召喚した。
「我が影より出し至高の大剣・マヴロス。
鉄をも穿ち、貴様を捻じ伏せる。」
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「小生は昔日よりずっと考えていた。
武器や戦術、そして“人”。それらが何故魅力的なのか。」
こいつは、ずっと自分語りを続けている。
左手の鉛筆さばきはよりテクニカルになり、
手元を一切見ずに、
“コンティニュアスパームスピン”を連続して繰り出す。
「答えは簡単だった。人は獣なのだ。」
「何が言いたい?」
「人間は獣を野蛮とし、
自らはまるでそうではないかのように振る舞っている。
だが果たして本当にそうなのか?
否。それは全くの間違いである。
ミミズだってオケラだって、そして人間だって、
長い刻を遡ってみれば同じ祖先に辿り着く。」
「それとこれとは話が別だ!
たとえ君の持論が正しかったとしても、
人間には他の動物とは違って理性がある!」
「浅はか。」
「……は?」
「あ・さ・は・か・だ。って言っているんだ。
汝は生物学の授業を取っていないのかな?
いや何よりもまず、理性があるから
人間は野蛮では無いというところがナンセンス!」
「な………!」
「オスは狩りをする!メスは家を守る!
それが太古から続く基本的な役割!
要するに、そこから導き出される推論は……」
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いつの世も男はカッコよくて強い武器をぶん回すのが好き。
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「我が究極の一太刀、受けてみよ。」
さっきまでとはガラリと雰囲気が変わった。
大剣なんちゃらを持ったからだろうか。
〚刃よ。猛る光の如く彼の喉笛へ飛ぶが良い。〛
意味があるのかすら怪しい詠唱。
嫌な予感を感じているのは、俺だけではない。
【刀光剣影】。
詠唱終了とともに、黒い斬撃が
目で捉えきれないほどのスピードで飛んでくる。
「「あああああああああ!? ッぶねェ!!」」
「・・・・・。」
シャドー・なんちゃらさんは
大剣を振り下ろした体勢で固まっている。
「あの斬撃飛ばすのまじで何!?
あんなのフィクションじゃねぇと許されねぇだろ!」
「物理法則無視してンだろ あれはよォッ!!」
〚万物 移り変わりて 生まれ変わる〛
「「もう次!?」」
さっきと詠唱が違う。
なんか顔見るとめっちゃくちゃ嬉しそうに笑ってる。
〚それが世の常 けして 抗うこと勿れ。〛
【繋影捕風】。
「(あれ……? さっきと同じ技?)」
と、思ったのも束の間。
斬撃は途中で弾け、まるで線香花火のように、
四方八方に小型の斬撃が飛び散る。
「もう嫌だァァァァァァァァッ!!」
「①右手に力を溜める ②ぶっ放す
③大きな拳のパンチのイメージ!!!」
合間を縫ったカシの力を使った攻撃。
何故か男に命中する前に消え………
「うう゛ん!?」
真反対の方向に居た田中鋼一に命中する。
「な、何だと!?」
攻撃が何故か防がれる。
おそらくこれにも何らかの理屈があるんだろう。
あの最初の銃弾のトリックみたいに。
〚真実さえも 闇に紛れて〛
こっちが攻撃出来ないのでは、
いくら耐え忍ぼうといつかは負けてしまう。
何か………何かヒントは…………。
「うぉらああああ!」
「!」
田中鋼一が【空気の牢】で男の動きを止める。
「これで詠唱も唱えられまい! かませ楽!」
「おっしゃあ!!」
「・・・・・。」
この追い詰められた状況で、
まるで勝利を確信したかのように、
《闇に潜む赫灼の瞳》はほくそ笑む。
…〚揺蕩う人影 白狐の瞳〛
「!?」
詠唱が止まらない。
目の前にいる男は口を動かしていない。
〚狙うは一つ 覇者の頸〛
と、いうことは………。
「鋼一 気をつけろ! もう1人――ッ!?」
気づいたところでもう遅かった。
俺は背後から何者かに大剣で貫かれていた。
「ァ……………がぁ……ふ……」
「楽!?」
そのまま血管を巻き取るようにし、
桜吹雪のように血液を噴出させた男。
――彼は《闇に潜む赫灼の瞳》と瓜二つだった。
〚穿て 穿て 雪原を駆け〛
「(どっから現れた!?
いや、今ァそれどころじゃあねェ。)」
恐らくあと数秒で今までの比ではない大技が来る。
俺の【硬化】ァ、腕1本につき1つを固める。
俺と楽を両方守るにァ、2本必要。
だが、1本を目の前のコイツに使ってる。
〚赫灼の大地を 今宵 築かん。〛
仕方ねぇ。
「【空気の牢】解除! 【防御】展開!」
【硬化】された空気が楽と鋼一を覆う。
「(俺ァ、生物は【硬化】できねェが、
非生物なら絶対に壊れなく出来る!
今 蝶野楽を守れるのは俺だけだ!)」
【影迹無端】
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「……やはり、吾輩の相手にはならんか。」
「(あれ………?)」
今、何をした?
俺の全身は切り刻まれていた。
設置した【防御】に攻撃は加わっていない。
内側から攻撃でもしない限りこんなことはあり得ない。
「お疲れ様〜。随分と楽しんでたみたいだね。」
《闇に潜む赫灼の瞳》の後ろにクリーム色の髪の男が現れ、
彼の顔を見るなり面白がって言う。
「まあね。こうも正々堂々挑まれたら、
興奮するなと言う方が無理であろう。」
「それもそうだな。」
「……嗚呼。これが暗殺依頼でなく、
加えて新月で無ければ、もっと楽しめたのだが。」
「そういう星の下に生まれただけのことよ。
勝負は時の運。これもまた運命なんだよ。」
「……そうだな。」
「(駄目だ……もう……意識がァ………。)」
田中鋼一の意識の途絶と共に、彼の【防御】も解ける。
「結界? が解けたみたいだぞ。トドメを刺さんのか?」
「吾輩は不必要な殺生はしない主義だからな。
目標の蝶野楽は倒したし、
彼は生かす。その方が面白かろう。」
「今後の成長が楽しみだな。」
「そうだな。」
「!」
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くどいッ!
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死角から飛んできた攻撃を華麗に躱す。
それは、虫の息の楽の必死の抵抗だった。
「コピーの俺で動きを封じ、【影迹無端】で粉微塵にする。
田中鋼一の分の斬撃もそっちに多く回したというのに、
たいした傷も負わず、生きている?」
「彼の話は半信半疑だったが。
なるほど、これは彼の脅威と成り得るな。」
究極の太刀、【影迹無端】。
それは、防御不可の連続した斬撃だった。
彼の月に関する発言で理解した。
これまでの不可解な攻撃の恐ろしいトリックを。
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新月で無ければ、もっと楽しめたのだが。
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彼の【影に物を出し入れする能力】は、
自分の影で無くとも、触れていれば全て対象。
そう、夜もまた影なのだ。
光があれば、影が生まれる。
陽の光が当たらなければ、闇が生まれる。
それは当たり前のことだった。
つまり今の彼は、この夜の間だけ、
ありとあらゆる場所から物を出し入れ出来る。
……分かったところでもう遅いが。
「おい、生きてるじゃないか。トドメを。」
「まあ待て 成美。
これだけ根性のある彼を殺すのは勿体ない。」
「………うーむ。」
「それに、あとたった12時間だ。
放っといても、もう計画は止められないよ。」
「・・・何を言ってるんだ?」
「もうとっくに、戦いの火蓋は切られている。
繁芸獏は日本国の日の入りと共に、
この地球を鮮血によって染め上げるつもりだ。」
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そして今回の彼は本気だ。
世界のどこかに居る彼を殺害しない限り、
この『芸術的爆発』を止めることは出来ないよ。
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⇐ to be continued