番外「水面」
この話は、『GOOD LUCK』の本編でカットされた内容です。
本編とはそこまで深い関係は無いので、
読まなくても全く構いません。
さて今回の話は、半端中途の生い立ちについて。
まあ、彼らを好きなもの好きは居ないでしょうが、
気が向いたら読んでやって下さい。
あ、あとグロ注意です。
………いうても今更か。
「何でオレが、こんな………!
こんなちゃっちぃ仕事しなきゃなんねぇんだ!」
「落ち着きたまえ。円谷くん。」
オレはその頃、暗殺依頼ばっか受けていた。
命の危険がある分 報酬が高いというのもあるが、
何より、自分の強さを実感できたからだった。
「借金取りの脅し役。
ある種の顔パスである君が居てくれると、何かと都合がいいんだよ。」
「チッ」
下らねぇ。つまらねぇ。やりたくねぇ。
こんなパンに生えた青カビみたいな仕事に何の意味があると言うのだろう。
でも、これもある意味 運命だったのだろう。
足!
「ここが?」
「そう。このアパートの 1 0 3 号室。」
「ふん。とっとと終わらせようぜ。
おい、大家のババア、とっとと開けろ。」
「は、はぃ……。」
「君が居てくれると、皆が素直で助かる。」
「………ケッ。」
大家がマスターキーで「 1 0 3 」の扉を開けたその時。
部屋から真っ黒な何かが沢山飛び出して来た。
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!」」」
無数の蝿。ブンブンと不快な羽音を立て、
出口を求めて我先にと一直線に向かってくる。
「クソ虫どもがァァァッ!!!」
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彗星
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原子を拡大すると、その勢いで空気が押し出され、
とてつもない衝撃波を発生させる。
これもその力の応用。蝿を蹴散らし、
何とか視界をクリアに出来た。
足の踏み場も無いようなゴミだらけの玄関を抜け、
生ゴミのような腐臭がする居間へ向かう。
「………最悪。」「まぁ〜〜じか。」「ヒ、ヒィ〜。」
三者三様の反応を示す。まあそれも当然。
だってそこに有ったのは………。
「首吊り死体………か。」
「うむ。死んでから3日以上立ってるな。」
「医療関係者か?」
「勘。」
「(殺そうかな。)」
闇金借りた男は首を吊って死んでいた。
大量の蝿のお出迎えに大変気分を害したが、
これで俺もお役御免!早めに仕事が終わって良かった。
「あ、あの………」
「何だババア!」
「こ、これって………。」
ババアは風呂の前に居た。
指を指す先にあるのは、浴槽だ。
湯は溜まったままのように見える。
「……………うげぇ。」
ガキが沈んでた。
白目剥いて、手を水面にかざして。
首には赤く、手で首を絞めたような跡があった。
「気持ち悪ぃ。」
「えぇ〜っ!ガキの死体まであるの!
やだなぁ。死体処理は金がかかるのに。
悪いんだけど、業者に電話で頼んでくるから、
ここで待っててくれるかい?」
「はぁ!? せめて外で待たせてくれよ!」
「はいはい、苦情はあとでじっくり聞くから。」
そう言い残して男は去っていった。
「クソ! 何でも屋は低賃金でも働くからって、
どいつもこいつも足元ばかり見やがって。
ホント、どっちの方が卑しいか分かったもんじゃねぇ!」
愚痴をこぼしていると、
ババアが恐怖で顔を引き攣らせて言う。
「ね、ねぇ!アンタ。」
「何だよババア!消し飛ばすぞ!」
「この子、今、こっち見なかったかい?」
「はぁ!? 死んでるのに目が合うわけないだ……ろ…」
こっちを見ている。
オレたちを見ている。
ただ静かに、波一つ立てること無く、
何もかもを諦めた虚ろな目で、こちらを見ている。
「委託完了。あと1時間ほどで着くってさ。
……どうしたんだい? そんな幽霊見たみたいな顔して。」
男が戻って来たので、訳を話した。
そして、かわいそうだし引き上げることにした。
「いくぞオラッ!せぇのぉッ!!!」
男とオレで持ち上げる。思ったよりも軽かった。
ほとんどが水の重さ。彼自身はあまり重くない。
ガリッガリでしわっしわの肌。
最初は気づかなかったが、全身に虐待痕がある。
「どうしようもねぇクソ親だったみてーだな。」
「……そうですね。」
「あのクソ男にガキがいるって知ってたのかよ?」
「いいや、知らなかった。
知ってたらとっ捕まえてバラして売ってた。」
「………クソが。」
このやるせない気持ちを3人で分け合った。
でもその時だ。怪奇現象に襲われた。
腹がへこんだ。息を吸い込もうとして、水を吐いた。
こいつは、間違いなく生きている。
「こりゃあ驚いたな。」
「随分と冷静じゃないか、円谷くん。」
「オレはタフなやつを沢山見てきた。
だけど、こんなに生命力強いやつは見たことねえ。」
長考の末、男が問う。
「君、この子を引き取る気はない?」
「はぁ??」
あまりに突拍子も無かったので思わず声を漏らす。
「さすがにこんなイレギュラー、
好き好んで買うもの好きはいないだろう。」
「世界は広いぜ?案外そんな変態もいるかも。」
「違う。バラして売るんだよ。
そのまんま売ったら尻尾掴まれる。
人間なんて、生きてるだけで証拠の塊なんだ。」
「……………。」
その時のオレは、何を思ったのか。
「じゃ、オレが引き取りますわ。」
「いいの!? ありがたいなぁ〜。」
「(おいおいオレ何言ってんの!?
ガキなんて育てる余裕ないだろうがよバカ!!)」
結局、この「あ」と「う」しか喋れないガキを、
どうしようもなく悪趣味で貧乏なオレが、
引き取ることになってしまった。
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ずぅっと考えていた。死んだらどうなるのか。
お父さんは酒が好きだった。
お母さんは夜が好きだった。
幼少の記憶は中途半端ながらに覚えている。
僕が泣いて、お父さんが怒鳴って、お母さんがぶつ。
毎日がその繰り返しだったと思う。
ある日、お母さんがお父さんを見捨てて出てったきり、
お父さんの暴力はエスカレートしていった。
お父さんは、どうしようもないクズだった。
返しきれない借金を背負って、
毎日がひもじく、心も身体も貧しかった。
僕の身体は変だった。
何日もごはんを与えなくても死なないので、
そのうち、一切のエサがもらえなくなってしまった。
ずぅっとただ、死にたいと思ってた。
でも死ねなかった。いつも中途半端に生きてしまう。
「生き地獄だ。」
好機が訪れた。
お父さんが「心中しよう」と言って、僕の首を絞めた。
ようやく楽になれると思った。
だけど、こんな時に限って僕は。
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生きたいって、思ってしまうんだ。
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必死の抵抗の後、浴槽に沈められた。
荒ぶる水面には、かつて僕が「お父さん」と形容した、
人の形をした悪魔が真顔で見ていた。
意識が遠のいた。だが眠ることは許されなかった。
「生きたい」「死にたい」2つの真逆の感情が、
僕の中でケンカして、どちらにも成れなかった。
やがてもう考えることをやめ、
ただ静かに揺らめく水面を眺めた。
でもそんな長い時間も終わりを告げた。
爆発音と共に、複数人の足音。悲鳴。
やがて彼らは浴槽で僕とご対面した。
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気持ち悪ぃ。
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その言葉はもう聞き飽きた。
お父さんとお母さんから言われていたから。
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君、この子を引き取る気はない?
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やめて。妙な期待はしないで。
もうこのまま楽になろう。天国に行こう。
もう知ってるんだ。この世は地獄だって。
水面を抜けたその先にあるのは、破滅だって。
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じゃ、オレが引き取りますわ。
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駄目だ。その先にあるのは辛い世界だけだ。
だけど、必要にされたというわこの胸の高鳴り。
これを誤魔化す言葉を、僕は知らなかった。
身体から熱いものが溢れ出す。
これが出ると、いつも僕は殴られた。
止めなければ。声を出すな。涙も流すな。
僕は……………僕は…………………。
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「ハッ!」
それは遠い昔の夢。
だけど、つい最近のように感じられる。
「大くん………」
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何だよその「円谷さん」って。
もっとカジュアルな………違う!……まあいいやそれで。
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「大くん………大くん………!」
いくら泣いて喚こうが、もう彼は居ない。
彼がクズなのは知っていた。
いつかは終わりが来るってことも知っていた。
分かっていたことだったはずなんだ。
「どうしてこんなにつらいんだろう。」
ガキぶるな。もうとっくにそんな歳じゃない。
もうとっくに分かってるんだ。分かってるんだ。
「君は今、どこにいるの………?」
号哭が響く白い牢獄。
彼が解放されることは、二度と無い。
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ご安心を。
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