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第一話 失われた恋と書いて

 久しぶりの外の空気を少し吸い込み、私は車の助手席に乗り込んだ。

 「…大変、だったわね、モモちゃん」

 「はい…」

 「それに…シオンちゃんも…」


 今からちょうど三週間前、私、太呂川 桃(タロガワ モモ)と私の()()御仁島 紫媛(オニシマ シオン)で一緒に映画を観に、近くのショッピングセンターに来ていた。

 

 それが、間違いだったのである。


 ショッピングセンター内のフードコートでお昼ご飯を食べているとき、「それ」は起こってしまった。

 空気が重くなるのを肌で感じ、イヤな予感がした次の瞬間、フードコートのある二階フロア全体が一瞬にして崩壊したのである。

 そこで私は、気を失ってしまったが、どうやらその後他のフロアも全て崩壊。最後にはショッピングセンター全てが崩壊し、日曜日だったこともあり、死者は数千人に及んだらしい。

 つまり今生き残れている私は、超絶ラッキーということになるが、やはり人生。全てが上手くいくわけがないのだ。


 ――三週間経った今でも、シオンちゃんの安否の確認が取れてないのである。


 何も、シオンちゃんについての情報が得られぬうちに、こうして退院の日を迎えてしまった。


 あまりにも大きすぎる建物のため瓦礫を片付ける工事が完璧に終わっておらず、そのため可能性として一番高いのが…


 何千トンあるかもわからないような瓦礫の下敷きになっている。

 

 もちろん、私はこの事実を簡単に飲み込めなかった。飲み込めるワケがないのだ。


 私は泣いた。

 無限に溢れて出る、とてつもない悲しみを「涙」という形でしかアウトプットすることができなかったのである。

 朝も、昼も、夜も、寝ずにただ溢れて来る悲しみを外に排出することだけに努めた。


 「もう、大丈夫、です。私のことも…シオンちゃんのことも…」

 「そう…」

 「いつもありがとございます。香織叔母さん。迷惑、ばかりかけちゃって」

 「いいのよ。陽菜乃達の残したたった一人の子供なんですもの」

 陽菜乃は、私の母親の名だ。そして香織叔母さんは私の母の姉にあたる。

 性格も声も優しく、顔もそこそこであるが、出逢いには恵まれていなかったらしく、現在も独身を貫き通している。

 祖父と祖母は、母方父方両方、自分が小さいときに死んでしまったため、唯一の家族といってもいい。


 「よーし、到着〜。また何かあったら言ってね。いつでも相談乗るからさ」

 「ありがとうございました。また、何かあったらよろしくお願いします」

 「それじゃあ、また。バイバイ、モモちゃん」

 そうして、私を降ろした叔母さんは、車を発進させ家に帰って行った。

 私は、叔母さんの車が見えなくなるまで手を振り続けた。まだ腕は、微かに痛む。


 久しぶりの我が家だが、変わったところはない。

 強いていうのであれば草が伸びたくらいだ。


 「ただいま」

 言ってはみたものの、この家には私以外、もう誰も住んでいない。

 靴を脱ぎ、廊下を少し歩き、リビングの電気をつける。少し喉が渇いたので、台所に足を進める。

 棚からコップを取り出す。そこまで、汚れていないのだろうが、気持ち的な問題で少し洗い、水道水を飲む。

 喉は潤ったが、もっと他のナニかの渇きは、当分、

 いや違う。

 考えたくは無いが、それは、一生潤うことはないのかもしれない。


 ソファに座り、ぼーっとしていると、思い出したくない記憶が、勝手に蘇って来る。

 

 三年前のことだ。

 あの日は、家族で久しぶりの旅行に行っていたのだ。

 両親と姉、そして私。

 私と姉の進学と、父の昇進で減ってしまっていた、貴重な家族の時間。

 その、失われてしまった時間を着実に取り戻していった。幸せだった。

 

 だがしかし、幸せの真っ只中に「それ」は起こってしまった。


 「きゃぁぁ、建物が!」

 「お父さん、何あれっ」

 「今はそんなことはいい!逃げるぞ!うん?あっ」


 建物が訳もわからず急に崩れ始め、人が宙を舞い、その中にはかつて人間だったモノも混ざっていた。

 最終的には――


 原因不明の大爆発が起こり、全てを消し飛ばしてしまった。


 そのときも、生き残ったのも私だけ。

 身体には、傷が残ったが、今回の事件で、どれがどっちの事件でついた傷かわからなくなってしまった。

 母は右手、姉は左足だけがかろうじて残り、父に至っては何も残らなかった。

 因みに今この地域は、接近するだけで命を落とす、とても危険な汚染区域になっているらしい。


 「はぁ」

 ダメだ。

 何かをしていないと、自分が勝手に、自分の精神を苦しめてしまう。

 けれど、私にはもう、何かをする気力は、残っていない。すっからかんだ。


 この凄惨な事件は、私の心を壊すには充分すぎた。


 その心も、なんとか、シオンちゃんという存在そのものを精神的な柱とすることによって、なんとか修復されてきていたのだが、その支えを失ってしまったことで――


 「……死んだら、みんなに、会えるのかな?」


 私の心は、完全に壊れてしまった。

 

 

 


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