第九話 この町を愛している
俺はヤーコブさんにリビングまで案内され、ダイニングテーブルに通される。
しばらく待つと彼はパンとスープ、そして目玉焼きやベーコンなどが盛られたワンプレート料理を持ってきてくれた。
せっかくなので皆で食べようと俺は提案し、三人で食事を始める。
「お……このスープ、すごく美味いですね……!」
「お口に合ってよかった。それには森人の里に伝わる伝統的な香草が入っているんですよ。良い香りでしょう」
「なるほど、なんだか体力も回復する気がします。そういえば、ヤーコブさんはずっとこの町で人形店を?」
「ええ、ラバノに来てもう50年ほどになりますか。森人の中には人間との共同生活を嫌う者もおりますが、私は慣れたものです」
50年て、この人今幾つなんだろ……?
森人って長寿だから、見た目で年齢把握できないんだよな……。
ヤーコブさんも十分若く見えるし……。
「なるほど……しかし、さっき店内に飾ってあった人形たちは見事な出来栄えでした。俺は人形に関して素人ですけど、それでもすぐわかりましたね」
「いやあ、あはは。それほどでも……」
「私や叔父さんの一族は、代々〔人形職〕に関わる仕事をしている、です。叔父さんは人形を作るだけでなく、操るのも一流なんですよ!」
「こ、こらこら、エルヴィ……」
ちょっと自慢気に語るエルヴィと、照れ臭そうにするヤーコブさん。
なんだかちょっとほんわかするなぁ。
「一族……ってことは、エルヴィも人形を操れるのか?」
「はい。私も一応〔人形職〕をしてます、です。まだまだ修行中、ですが」
そう言うと彼女は椅子から立ち上がり、置いてあった一体の人形に触れる。
すると――その人形はふわりと宙に浮き、くいくいと手足を動かし始めた。
よく見ると彼女の五本指からは細い魔術の糸が伸びており、それで人形を操作しているらしい。
「おお……凄いな……!」
「えへへ、シュリオ様に褒められちゃった、です……」
嬉しそうにするエルヴィ。
だがそれとは対照的に、ヤーコブさんは複雑そうな顔をする。
「この子は〔人形職〕の技術を生かして冒険者になる、と言って聞かないんですよ。今回危ない目にあって懲りたかと思いましたが……」
「まだまだ諦めない、です! 実際、一族の中には冒険者をやっている人もいる、です!」
「〔人形職〕の冒険者、か……。〔人形職〕って戦えるのか?」
「勿論、です! 人形を使えば、全範囲攻撃も可能、です!」
ビシィ!とポーズを決めるエルヴィ。
……なんだかエルヴィって、意外と熱いハートを持ってるタイプだったんだな……。
「そっか、それじゃエルヴィ、俺と――」
パーティでも組むか――と言いかけて、口から出かけた言葉を押し留めた。
俺は――『白金の刃』から追放されたばかりだ。
また裏切られるかもしれない、またあの恐怖と絶望を味わうかもしれない。
エルヴィがそんなことをするとは思えないが――それでも、植え付けられたトラウマが俺を躊躇させた。
「……? シュリオ様……?」
「い、いや、なんでもない! それよりもヤーコブさん、この町に巨像が向かってきてると聞きましたが、お店はどうされる予定なんですか?」
それは話題を逸らすため、何気なくしたつもりの質問だった。
しかしそれを聞いたヤーコブさんはハッとした表情をすると、徐々に悲しそうな顔になっていく。
「そう……そうですね……正直決めかねてはいましたが……やはり畳むしかないでしょうなぁ」
「え……?」
「元々、森人の里に帰ってこいとは言われていたんです。それでも諦めず今日まで店を続けてきましたが、エルヴィの顔を見て決めました。やはり店を畳むべきだと」
「あの、例えば他の町でやり直すとかは――」
「私はずっとラバノだけで店を営んできました。他の町で商売を始める伝手はありませんし、始めるつもりもありません」
そう語るヤーコブさんは口元こそ柔らかい笑みをうかべていたが、同時にとても悔しそうだった。
「……ヤーコブさんは、そんなにこのお店のことを……」
「そうですなぁ、諦められませんでした。この店……というよりも、私はラバノという町そのものを愛しているのかもしれません」
「この町を、ですか?」
「人間にはあまりピンとこないかもしれませんが……森人にとって、森の奥深くにある故郷を出て町に住み、仕事を始め、多様な人々と関わるというのは、とても勇気のいることなのですよ」
「……」
「私も最初この町に来た時は苦難の連続でした。それでも町の人々は私を温かく迎え、困ったら手を差し伸べてくれた。私にとって……ラバノは思い出が多すぎる」
「ヤーコブ叔父さん……」
エルヴィもしんみりと表情でヤーコブさんを見つめる。
だが彼はすぐに作ったような笑顔を見せ、
「でも、もう決めました。私もこの町を出る。姪っ子が危険な目に遭ってまで迎えに来てくれたというのに、我儘ばかり言っていられませんから」
そう言って立ち上がった彼は、部屋の奥にある引き出しからなにやら小さな袋を持ってくる。
その中には硬貨が詰まっているらしく、ヤーコブさんはそれを俺の前に置いた。
「エルヴィを助けて頂いたせめてものお礼です。店になにかあった時のためにと取っておいたものですが、もはや使うこともないでしょう。どうぞ、受け取ってください」
「ヤーコブさん……」
「あ、わ、私もなにか恩返しを……!」
慌ててなにか渡せる物がないか服のポケットなどをまさぐるエルヴィ。
そんなに探しても、なにも出てこないと思うのだが……。
「……」
俺はその袋を掴むと――少しだけ考え、それを返すように彼の前に置いた。
「……いいや、俺はこれを受け取れません。だってもしかしたら、まだヤーコブさんが使う時が来るかもしれませんから」
「え――?」
俺は席を立ち、店の出口の方へと向かう。
エルヴィも慌てた様子で立ち上がり、
「シュ、シュリオ様!? どこへいくのですか、です!」
「……そりゃ決まってるだろ? 今から、その巨像をぶっ倒しに行くのさ」
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