第5話 新人冒険者狩り
「ちょっと待ってよロゼ! 少しは疑いなさいよ! お金を増やせるなんて話おかしいとは思わないの?」
クラウディオに聞こえないようにロゼの耳元で囁くオルタンシア。だがロゼは怪訝そうな顔をしている。
「いやだってさ、お金増えたの見たろ? あんな風にやってもらえたら、また冒険者登録ができるんだぜ?」
「あんなのただの手品よ! タネがあるの! 仮にスキルで増やせるんだとしても、苦労もしないで知らない人から手に入れたお金を使って、それで冒険者登録して、ロゼは何も感じないわけ?」
オルタンシアの話にぐうの音も出ず、ロゼはシュンと俯く。
「ちょっとオルタンシアちゃん? さっきからヒソヒソと俺の悪口言ってない?」
黙って2人の様子を見ていたクラウディオが、ついに痺れを切らして口を開いた。
「べ、別に悪口は言ってませんよ」
言いながらロゼの後ろに隠れるオルタンシア。
「ホントか? 大方、俺のスキルをインチキだとか言ってたんじゃないの? ロゼ君が素直にお金渡そうとしたの止めてたし。俺、ちょっとイラっとしたわ」
クラウディオから殺気を感じたロゼは背後のオルタンシアを庇うように両手を広げる。
「何? ロゼ君、失礼なオルタンシアちゃんを庇うの? って事は、キミも俺を信じないってわけか? 俺の事を詐欺師だと思ってるわけか?」
優しげなクラウディオの顔は、あっという間に人相の悪いゴロツキのような顔に変貌した。
そしてずいずいと2人に迫りその長身から見下ろす。
「ね、ねぇ、もう行こうよ、ロゼ……」
「このまま帰れると思ってんの? 俺の親切心を踏み躙って、詐欺師呼ばわりしたんだからな」
クラウディオは首を左右に曲げコキコキと音を鳴らし恫喝する。
「俺たち詐欺師だなんて言ってませんよ」
「今言ったな“詐欺師”って」
ニヤリと笑うクラウディオ。端から2人を騙して因縁をつける気だったに違いない。
「今なら土下座で謝罪して、カネを置いていけば許してやってもいい。さもなければ、痛い目に遭う事になるよ? 冒険者の世界は上下関係が厳しいんだ」
凶悪な笑みを浮かべクラウディオは言った。
「こ、こんな人目のつく所でカツアゲなんて、大声出しますよ?」
ロゼの背中に隠れながらも、正義感の強いオルタンシアは謝るという選択肢を一切考慮せずにクラウディオに噛み付く。盾にされているロゼは殴られる覚悟でただ歯を食いしばった。2人で逃げようかとも思ったが、脚が震えて速く走れそうもない。オルタンシアの震えも背中越しに伝わって来ている。例え殴られてもお金だけは渡してはならない。
「そうだな。確かにここだと人目につく。だが、もう100mも移動すれば、人通りの少ない路地裏がある」
クラウディオは親指で背後を指す。
「100m? そんな所までノコノコとついて行くわけ──」
「まあまあ、ロゼ君。そう言わずに」
クラウディオがロゼの頭にポンと手を乗せると、突然目の前の景色が変わった。
ほんの数秒前まで、エデルヴィスの綺麗な街並みや海が見えていたのに、ロゼの視界は突然薄暗い路地裏に変わっていた。
「え!? 何で!?」
ロゼは辺りをキョロキョロと見回す。目の前にはクラウディオ。背後にはオルタンシアがいる。どうやら場所だけが移動したようだ。
「俺は己と己の触れたものを100m圏内の場所に自由に飛ばす事のできるスキルを持っている。ちなみに、俺が触れたものにくっ付いているものも飛ばす対象になる」
ニヤニヤと笑いながら得意げにクラウディオは自らのスキルの種明かしをした。ロゼとその背中にしがみついていたオルタンシアを100m強制的に移動させたという事だ。これはマズイ。突然人気のない場所へ連れて来られてしまった。路地裏の真ん中。道は前と後ろだけ。前にはクラウディオ。逃げるなら後ろしか──と、ロゼが振り返った瞬間、胸ぐらを捕まれ引っ張られた。
そして、左頬に拳が叩き込まれた。
──痛い……!!──
殴られた衝撃でゴロゴロと地面を転がった。
「う……くっ……そ」
「ロゼ!!?」
殴り飛ばされたロゼをオルタンシアが抱き起こす。
「よっわ! それで冒険者になんかなれるわけないだろ。さあ、さっさと謝ってカネ置いて行きな。俺は女の子でも殴るよ?」
「殴るんなら殴れば!? 私たちは悪くないし、お金も渡さないから!」
「強情な女の子だな。男の背中に隠れてた癖に。口だけ達者でも、冒険者の世界では生きていけない。冒険者の世界で必要なのは、カネとチカラ。どっちもないお前たちじゃ、冒険者にはなれないよ、芋女」
言いながらクラウディオはオルタンシアへと歩み寄る。
そして目の前で立ち止まるとニヤケ面でオルタンシアを見下す。
「俺の事を詐欺師呼ばわりした事を謝れ」
「謝りません! 貴方が場所移動のスキルを見せた時点で、お金を増やすスキルは持っていない事が判明しました。スキルは1人につき1つ。例外があるとすればSランク冒険者になってるはず。貴方みたいなゴロツキがSランクなわけない。だから貴方は詐欺師──きゃあっ!?」
「人を詐欺師呼ばわりするなっつってんだろガキが!!」
正論を述べたオルタンシアの頬をクラウディオの革のブーツが蹴り飛ばした。
「よくもオルタンシアを!! この野郎……!!」
蹴り飛ばされたオルタンシアを見て、倒れていたロゼが怒りの形相で立ち上がる。──だが……
「ぐあっ!」
クラウディオのブーツがロゼの頭を踏み付けて地面に顔を打ち付けた。
「ガキがいくら喚いても無駄だ。勝てない相手には逆らわず従うのが得策なんだぞ?」
クラウディオは倒れたロゼが握り締めていた金の入った袋を奪い取ると懐に仕舞い、今度は顔を蹴られて倒れていたオルタンシアのもとへと向かった。
「この盗賊野郎!」
倒れていたオルタンシアは突然飛び起きてクラウディオの股間目掛けて蹴り上げる。だが、それは呆気なく躱され腕を掴まれた。
「何だこの女。結構強烈な蹴りを顔面にお見舞いしてやったのに……受け身取ったのか? やられたフリなんかしやがって」
「汚い手で触るな! ロゼのお金を返せ! 泥棒!」
瞳から溢れる涙がポロポロと地面に零れている。怖い。痛い。生まれて初めての死の恐怖に、オルタンシアは震えながらも必死に叫び暴れる。
「今度は泥棒呼ばわりか。本当に生意気なガキだ。この女はもう少しキツく分からせてやる必要がありそうだ。立て!」
「離せ!! ロゼ!! 助けてぇぇ!!」
頭がフラフラとする。冷たい地面に頬を付けたまま動けずにいるロゼの耳にオルタンシアの助けを求める声が聞こえた。頭を上げてオルタンシアを探す。するとクラウディオに引きずられているオルタンシアの姿。何とか抵抗しているがその度に顔を殴られている。
「オ、オルタンシア……」
立ち上がろうとするも、頭に強いダメージを受けたロゼは中々思うように立ち上がれない。
「め、女神様……もし本当にいるのなら、オルタンシアをお助けください……今度こそ、本当にヤバい……」
もはや神頼みだった。情けない。本当は自分がオルタンシアを守ってやらなければならないのに、まるで手も足も出なかった。オルタンシア……ごめん……
──そうですね。どうやらオルタンシアには助けが必要。やれやれ。こんなに早くに加護を使う事になるとは。まあ、見ていなさい。私の分身がオルタンシアを救うでしょう──
「……え? 誰?」
またも聞こえた女性の声。辺りには誰もいない。当然オルタンシアの声でもない。もしかして──
「女神……様?」
ロゼが呟くと、突然クラウディオに引きずられているオルタンシアの前に金色に輝く女性が現れた。その女性は鎧を身に纏い、左手に盾、右手には剣を持っている。
だが、そんな派手な姿の女性が現れたというのに、オルタンシアもクラウディオもその存在に気付いていない。
「え……? 俺だけ見えるの?」
──極悪人ではあるけれど、殺すほどではないか──
また女性の声が聞こえた。
その瞬間、鎧の女性は剣を振り上げ、オルタンシアの腕を掴んでいるクラウディオの腕を斬った。
「わっ!!」
衝撃映像を目の当たりにしたロゼは思わず声を上げた……が、クラウディオの腕は切り落とされてはいなかった。しっかりとくっついてる。しかし、クラウディオはオルタンシアの腕を放していた。
「熱っ!!? 何だ!?? 右手が急に……痛てぇ!! 動かねぇ!!?」
クラウディオは右手を見ながら叫んだ。何が起こったのか分からない。だが、ロゼの目にはクラウディオの右手が激しく焼け爛れているように見えた。
──もう少し、事故を装っても良かったのですが、あまりに癪に障りました──
女性の声。もしかしたら鎧の女性の声なのかもしれないとも思ったが、口元が動いている様子はない。
「ちくしょう!! 何なんだよこれは!!」
クラウディオは錯乱してどこかへ走り去った。
それと同時に鎧の女性はすーっと消えてしまった。
「あ、ロ、ロゼ! ロゼ大丈夫!? 頭から血が出てるよ!!」
「大丈夫……大丈夫だよ、こんなの。それより、お前は無事か?」
「私はほっぺたが少し痛いだけで平気。すぐ手当しないと……ぎ、ギルドに行ったら手当してもらえるかな? アン=マリーさん優しいからきっと診てくれるよね!?」
涙をポロポロと零しながら、オルタンシアはロゼに肩を貸して立たせた。
そしてロゼはオルタンシアと共に、再び冒険者ギルド、ローズドゥノエルへと向かった。