第3話 銀髪美女のマノンの面接
受付でもらった用紙を書き終えたロゼとオルタンシアは、列の横からまだ忙しそうに冒険者たちを捌いている受付嬢アン=マリーへと提出した。
話によれば次は冒険者としての素質があるかどうかの面接らしい。
呼ばれるまで待機となったロゼとオルタンシアは、広いロビーを見て回ることにした。
待合用の席には何人もの冒険者たちが屯している。男も女も、若者も年寄りも。
ロゼとオルタンシアが驚いたのは、冒険者たちの中に耳の尖った美しい男女や背の低い髭面のゴツイ男たちがいる事である。
それは本で見た事があるだけの存在、エルフとドワーフに違いない。
オルタンシアはロゼの耳元で囁く。
「ねえロゼ、あの髭モジャの人ドワーフだよね、あっちの髪の長い男の人はエルフだよ。めっちゃかっこいいね」
「ああ、そうだな。ってか、お前俺には女の人にデレデレするなとか言ってたくせにエルフの男にデレデレしてるのはいいのかよ?」
「はぁ? 別にデレデレしてるわけじゃないし! かっこいいからかっこいいって言っただけじゃん! 何なの? 馬鹿なの??」
赤面して怒るオルタンシアを不満げに見るロゼは溜息をつく。
「はいはい。じゃあ俺も可愛い女の人の事は正直に可愛いと言うことにしよう」
「ぐぬぬ……」
さすがのオルタンシアも何も反論できずに悔しそうに唸る。
「何だお前ら、新人冒険者か?」
2人に突然話し掛けて来たのは、すぐそばの席で酒をガブガブ呑んでいたドワーフの男だった。
小柄だがガッチリとした筋肉質の体型。足下には大きなゴツイ斧。口髭と顎髭が繋がった立派な髭を蓄えており、その視線は肉食獣のように鋭い。仲間のドワーフたちが別の話題で盛り上がっているところ、たまたま2人を見付け声を掛けてきたようだ。
「あ、えっと、今日登録に来たのでまだ冒険者ではありませんが、これから冒険者になります」
ロゼが答えるとオルタンシアはロゼの右腕を両手で握ってそっとその背後に半身を隠した。
「そうか、これから冒険者になるヒヨっ子か! 新米はどいつもこいつも弱そうな奴だな。お前もその後ろに隠れた女も、イモっぽい田舎のガキだ! 初々しいね」
「は、はぁ……」
ドワーフという種族はガサツで無礼な者が多いと本で読んだ事がある。確かにその通りだ。ロゼは少しイラッと来たが冒険者の先輩であるこのドワーフに文句を言う気にはならなかった。
しかし、ロゼの後ろの赤髪の少女は違った。
「いきなり失礼ですよ! イモっぽいとか、ガキとか!」
ロゼの背後から飛び出したオルタンシアは、悔しそうにそう食いかかった。華奢なオルタンシアがガタイのいいドワーフの男に喧嘩で勝てるはずはない。オルタンシアは昔から正義感が強く、おまけにプライドも高かった。いきなら容姿を馬鹿にされた事が許せなかったのだろう。
ロゼは喧嘩になっては堪らないとオルタンシアの前に回り込み両肩を押してその場を離れようとする。
するとドワーフの男は大きな声で笑い始めた。
「すまんすまん! 馬鹿にしたつもりはなかった。見たまんまを言っちまうのは俺の悪い癖だ! 許してくれ」
「見たまんま……ですって?? ガキは分かりますけど、イモっぽいってどういう事ですか!? 私とロゼは今までずっとこの格好で過ごして来たんですよ? 何か悪いんですか??」
確かに田舎娘の地味な格好のオルタンシアの姿はイモっぽいのかもしれない。ドワーフの意見は間違ってはいない。失礼ではあるが。
「すみません、ドワーフさん。この子怒りっぽくて……」
「何で謝るのよ! ロゼ! 私が悪いわけ!?」
これから登録してもらう冒険者ギルドの中でいきなり喧嘩はマズイ。そんな事も考えられないくらいにオルタンシアは怒っている。ここまで取り乱すのは珍しい。
「悪かったよ。謝るから許してくれ。お前たち、今日登録するんだろ? あまり騒ぎを起こさない方がいいぞ。ここのギルドの面接官は厳しいからよ」
「……え?」
ドワーフの言葉に怒っていたオルタンシアはようやく我に返った。
「厳しい……ですか?」
不安になったロゼが聞く。
「ああ。厳しいぞ。だから覚悟した方がいい。普通は面接では犯罪歴でもない限り落ちないが、ここの面接官は少しでも気に入らないとすぐ落とす。そんでもって、ここのギルドの職員に誘うらしい」
ドワーフは他人事のように澄ました顔でそう言うと酒を呷った。
「ああ……そう言えばさっきも受付で勧誘されたわね……」
口を尖らせたオルタンシアが呟く。
「マジかよ。面接で落ちるかもしれないなんて……」
「まあ、もし運良く受かったら、今日お嬢さんを怒らせちまったお詫びとして、このAランク冒険者のギルガルド様が一度だけパーティーに加わってやるよ」
「え!? おじさん、Aランクなんですか!? すっげー!!」
ロゼのリアクションに機嫌を良くしたギルガルドはガハハと大声で笑った。
オルタンシアは唖然としてギルガルドの大きな口を凝視している。
冒険者にはFからSまでの7段階が存在する。
ギルガルドのAランクというのはかなりのベテラン冒険者で大抵のモンスターを1人で倒せるほどには強い。そのくらいの知識ならロゼとオルタンシアは持っているので、ギルガルドがどれ程凄い男なのか理解できた。
ちなみにSランクはAランクよりも強いのは当然として、冒険者として多大な功績を残した者か、冒険者ギルドの運営に貢献した者が冒険者ギルド評議会の推薦で選ばれる超エリートである。
「俺、ロゼ=ブルークレールって言います。で、こっちが」
「オルタンシア=ルージュガーランス」
オルタンシアは自ら名乗った。ムスッとした顔は直っていないが。
「そうか、ロゼ、オルタンシア。よろしくな」
「ブルークレールさん! ルージュガーランスさん! お待たせしました! 1番の部屋へお願いします!」
ギルガルドがニカッと笑ったその時、背後から受付嬢アン=マリーの声が聞こえた。
ロゼとオルタンシアは同時に振り向く。
「ほら、呼ばれたみたいだぞ。頑張れよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
ロゼはギルガルドに礼を言うと、オルタンシアを連れてアン=マリーが指し示す扉へと駆け足で向かった。
「オルタンシア、頼むから面接官に噛み付くような事はしないでくれよ」
「私、そんな凶暴な女じゃないわよ。空気は読むわ」
不安そうな顔のロゼを見たオルタンシアは、「はぁ」と息を吐くと「大丈夫」と言って微笑んだ。
その表情にロゼの心配は一瞬で吹き飛んだ。
♢
「失礼します!」
元気よく挨拶をして部屋に入ると、部屋の中央に椅子が2つ用意されていた。
椅子の向かいには面接官の席があり、そこには銀髪の女性が座っていた。背後の窓から差し込む陽光が、銀色の髪を輝かせている。
「ボンジュール、ムッシュ、マドモアゼル。お座りください」
面接官の女性は笑顔で指示を出した。
言われるがままにロゼとオルタンシアは椅子に腰を下ろす。
銀髪の女性をよく見ると、右眼が黄色、左眼が緑色の美しいオッドアイだった。その余りの美しさにロゼはつい見とれていた。
「はじめまして。面接官のマノンと申します。今回冒険者登録という事で、簡単にあなた達の経歴と冒険者としての素質を確認させてもらいますので、質問には正直に且つ簡潔にお答えくださいね」
優しげな笑顔を見せるマノンに、ロゼは骨抜きになった。受付嬢のアン=マリーといい面接官のマノンといい、このギルドは綺麗で可愛い女性職員が多いのかもしれない。美人に耐性のないロゼは呑気に浮かれていた。
一方のオルタンシアは、隣で緊張しているのかマノンの方を凝視して固まっている。ロゼがマノンに見とれていても突っ込む余裕もなさそうだ。
「えっと、2人とも志望動機はお金を稼ぎたいって事ですね。まあ、冒険者は稼げるからねー、多いのよね、そういう単純な理由。でも正直で好感が持てます」
手元の資料を見ながらマノンが話し始めた。
「あ、それもありますが、俺とオルタンシアは今まで孤児院で育ったので、外の広い世界を見て回りたいってのもあります」
「へぇ、そう」
マノンは冷たい声色で呟く。
「稼いだお金の使い道は?」
マノンのオッドアイはオルタンシアに向けられた。
「稼いだお金は自分たちが自立して生活していく為に使います。そして毎月少しずつ、私たちを育ててくれた孤児院に寄付します。それはロゼと以前から決めていました」
いつになく冷静にオルタンシアは言った。
「なるほどね、若いのにちゃんとしてますね。でも冒険者として食べていけるようになるにはかなり大変ですよ? まず、モンスター討伐以外の依頼はほとんどお金になりません。聞いた事があるかもしれませんが、この世界のモンスターは基本的に強いです。モンスター討伐の依頼を受注できるのはBランクの冒険者から。それ以下の冒険者は報酬の安い依頼しか受注できません。その日生きていくのがやっとという感じで、とても誰かに寄付なんてできません。そんな過酷な世界ですが、耐え抜く自信はありますか?」
「……あ、あります」
ロゼとオルタンシアは同時に答えた。
冒険者になりたい、とメール=アデライドに相談した際に、冒険者という職業の厳しさは聞いていた。だから、ある程度は覚悟していたはずなのに、ギルドの職員であるマノンにこの面接という場で言われると無性に恐ろしく感じた。
ロゼの隣のオルタンシアも神妙な顔つきをして口を真一文字に結んでいる。
「そうですか。自ら進んで茨の道を選ぶのですね。あと、冒険者って死ぬ可能性が非常に高いですけど本当に大丈夫ですか? この誓約書もちゃんと書いてもらってますが、一度登録してしまったら後戻りはできませんよ? やめるなら今ですよ?」
マノンは2人が書いた「死んでも文句は言わない」という誓約書をつまみ上げロゼとオルタンシアに見せる。
色違いの美しい双眸に若き少年少女が映る。2人が脅しに屈せず、本気で冒険者になりたいのか見定めているのだろう。マノンは、口調こそ穏やかだが、明らかにロゼとオルタンシアの冒険者への憧れを砕こうとしている。
恐怖心や迷いは隠さなければならない。しかし、ロゼは先刻ギルガルドに言われた事を思い出し、冷や汗をかき始めた。
“面接で落ちるかもしれない”
「覚悟はできています。死ぬ覚悟ができていないと、冒険者にはなれませんから」
「“死ぬ覚悟”ですか……でもさ、死んだらお金も意味なくなっちゃいますよ?」
「万が一俺が死んだら、俺が稼いだお金はオルタンシアに託すし、2人とも死ぬような事があれば、全額孤児院に寄付しますから無駄にはなりません」
「へぇ〜そうですか。でもすぐにお金を稼ぎたいなら、冒険者じゃなくて、このギルドで働いた方がいいと思いますけど? 死ぬ危険性もないし、孤児院への寄付も現実的かと思いますよ?」
「いや、俺は冒険者になりたいのであって、ここで働くつもりはありません」
ロゼの答えを聞いたマノンはつまらなそうな顔をして、ロゼとオルタンシアが提出した書類ではない別の書類を手に取った。
「キミ達のスキルなんですけどね、もう血液検査の結果出たから分かってるんですよ。それを踏まえた上で、私はここで働く事をオススメします」
「え……! お、教えてください! 俺とオルタンシアのスキル」
何やら思わしくないマノンの口振りよりも、自分のスキルが何なのかという事の方にロゼの興味は持っていかれた。オルタンシアもいつの間にかおもちゃを目の前で見せびらかされた子供のようにキラキラと目を輝かせている。
「いいんですか? ルージュさん? あなた達は同じ孤児院で育った仲みたいだけど、プライベートな情報をここで発表しちゃっても? スキルは個別に伝えようかと思っていたのだけれど」
頬杖をつきながら書類に目を落とすマノンは何故か気だるそうに言った。
「あ、はい。構いません。教えてください」
オルタンシアの返事にマノンのオッドアイが書類からオルタンシアへと動く。
「なら発表しますね。覚悟して聞いてくださいね」
ロゼとオルタンシアは唾を飲んだ。
「ブルー君のスキル、スキルナンバー1979『無痛脱毛』、ルージュさんのスキル、スキルナンバー148『花粉無効』。以上、残念ながら冒険者としての素質はありません」
「……え”?? 何それ??」
「花粉……無効??」
聞いた事もないスキルに変な声を出すロゼ。
同じく地味過ぎるスキルに絶望するオルタンシア。
マノンは目を細めて2人を憐れむ。
「ね? 役に立たないでしょ? だからここで職員やりなさいって勧めたんですよ? 本来なら職員にも不要なスキルだから要らないんだけど、ちょうど今人手不足だから特別に職員としてなら採用してあげますよ? どうします? きっとブルー君が一緒に働いてくれたら、受付のアン=マリーから何かご褒美が貰えるかもしれませんよぉ?」
期待していたスキルがゴミスキル。
あまりのショックに、ロゼもオルタンシアもマノンの言葉が耳に入らなかった。
「あ……で、でも、スキルが役に立たなくても冒険者にはなれますよね? 俺たちどんなにツラい訓練も耐えますし! なあ、オルタンシア!」
「はい! スキルなしでも頑張ります!」
2人の意志は硬かった。スキルがなんだ。戦闘系スキルなしでも戦っている冒険者はたくさんいると聞いた。自分たちもそうなるだけだ。
そう意気込んだのだが……
「不合格です。ブルー君は脱毛エステティシャンでも始めたら? ルージュさんはお花屋さんかな?」
「え、そんな、スキルが駄目だから不合格って事ですか?? そんな理不尽な」
「理不尽? そうですかね? あなた達のような“死ぬ覚悟”だけしか持たない人は冒険者としてスキルがあろうがなかろうが不適切です。さ、面接は終わり、登録料は規定通り半額返還しますのでお帰りください。いいお仕事が見つかりますように。オルヴォワール」
マノンは冷たい笑顔で手をヒラヒラと振った。
悔しそうに歯を食いしばるロゼの肩にオルタンシアの手が置かれた。
「行こう……ロゼ」
そう言ったオルタンシアも悔しさに顔が歪んでいる。
ロゼは頷き、オルタンシアと共に部屋を後にした。