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順応性バツグン! 元宇宙人のほのぼの探偵物語  作者: ミケユーリ
マジックとトリック
42/55

お嬢様とアルコール

 買い物袋を提げて天外探偵事務所兼自宅にやってきたアヤがダイニングテーブルに袋を置き、中身を取り出した。

 いかにも高級そうな箱である。


「淀臣さんはお酒はたしなまれますか?」

「酒? 酒とは何だ」

 よく探偵のおっちゃんが飲んでるヤツだよ。飲み過ぎて娘に怒られてるヤツ。


 アヤが箱を開け、中には美しい緑の瓶が見える。

「私ももうハタチ。ホストの妻になるにあたり、お酒をたしなんでみようと思いまして。お付き合いいただけますか?」

「はあ」


 ――なんだ、飲み物か。食い物ならいくらでも付き合うのに。


 アヤは酒を飲んだことがないのか。当然、俺も飲んだことがない。アウストラレレント星には酒などない。酔っ払ってるヒマなどないのだ。

 日が上り日が落ちても眠らないアウストラレレント星人にとっては、夜もなければ休日もないと同じ。ずーっと働き勉強するため酒でも飲んでくつろごう、という文化がない。


 アヤが珍しくいつもの節約料理BOOK(ブーック)風ではなく、居酒屋メニューっぽい種々の料理を作る。

 買って来た酒はいかにも高級品なのに、なぜこの娘はこうまで食に関して庶民的なのだろう。


 テーブルに料理が並び、まだ夕方5時だと言うのにディナータイムが始まる。

「わーい! いっただーきまー」

 ピーンポーンとマンションロビーへの来客を知らせるインターホンが「す」とかぶった。


 食べることを止めるはずのない俺に代わって、アヤが応対のため立ち上がる。


 ――うまい! この穴の開いたプニプニしたものの中に入っているシャキシャキしたやつ、おいしい!


 うん、これはちくキュウだ。ちくわの中にキュウリを入れたものである。居酒屋ですら出て来なさそうな料理も混じっていた。


 しばらくして入って来たのは、富岡美咲とその息子の勇樹、そして白くて大きなサモエド犬ピックである。

 入って来るなり、キョロキョロと辺りを見回した勇樹が

「あれ? ハムスターは?」

 とアヤに尋ねた。

「あのハムスターは預かっていた子なんです。友達が旅行から帰って来たので、ハムスターも帰って行きました」

「えー、残念だねえ、ピック」

 ピックもクウン、と悲し気に鳴いているが、お前たち食べさせる気&食べる気だったんじゃないだろうな。


「探偵さん、本当にお世話になりました。謝礼をお持ちしました」

 美咲がにこやかに封筒を差し出す。遺言書が入っていたのと同じ封筒だ。その分厚さに思わず笑みが漏れる。


「あ! すっごいごちそう! いいなー、ぼくおなかすいたー」

「たくさん作ったから、良かったら勇樹くんと美咲さんも召し上がりますか?」

「いいの?! ありがとう、お姉ちゃん! お姉ちゃんが作ったんだ? すごいね! こんなにかわいいのにお料理までできるんだ!」

「え? あらやだ、お上手ですねえ、勇樹くんったら」

「何が上手なの? ぼく何か上手だった?」


 キョトンと首をかしげながら大きく純粋無垢な瞳でアヤを見上げる。

「ああ、なんでしょう、この胸にダイレクトに《かわいい》が突き刺さって来る感じ。私今勇樹くんに何を言われてもイエスとしか言えない気がします」


 勇樹くんはやはり逸材だな。5歳にして女心のつかみ方を心得ている。そこの少年のような顔をしながら戸籍は36歳のおっさんに教えてやってほしい。


「こら勇樹、いきなりお食事に乱入なんて、ご迷惑でしょ」

「いえ、構いませんよ。そうだ、良かったら一緒にお酒をいかがですか?」

「まあ、なんって高級な日本酒……」

「お酒お好きですか?」

「好きなんですけど、あまり強くなくて」

「お好きなら、ぜひどうぞ。私なんて初めてお酒をいただくものですから、強いか弱いかすら分からなくて」

「まあ、初めて? じゃあ、お言葉に甘えて」


 ひとり暮らしだがダイニングテーブルは大きいし椅子もちょうど4脚ある。

 俺はひと言も発さずずっと食べ続けていたが、アヤと美咲と勇樹もいただきまーす! と手を合わせた。


「おひとつどうぞ、美咲さん」

「ありがとうございます。(あや)さんも」

「ありがとうございます」


 小さなグラスに日本酒を注ぎ、ふたりが上品にひと口飲む。

「あら、おいしい」

「いける口なんじゃないですか? 綾さん」

 くだけた言い方で酒を飲みながらこんなにも上流階級感をかもしだすあたり、さすが日本一地価の高い聖天坂で育った人間だなと特別感を感じざるを得ない。

 365万年もの間、この星の資料を飽きるほど読み込んだと思っていたけれど、生活してみて初めて分かることも多々ある。こんな微細な情報はいくらアウストラレレント星人であっても入手することは困難だ。


 飲んで早々、アヤのほっぺたがポッと赤くなる。

 こういうお嬢様キャラに限って、実は酒豪だったりするんだよなあ。


 ――腹は満たされた。俺も酒ってのを飲んでみようかなあ。

 ……あれ。もう瓶空っぽじゃん。


「酒が足りない! 淀臣! 酒が足りないんだよお!」

「え? アヤ?」

「酒買って来い!」

「え? アヤ?」

「酒ぇええ!」


 ――え、何? アヤがコワイ。


 すっかり表の思考はアヤにおびえてしまっている。

 これは、アレだ。

 いわゆる、酒乱だ。

 アヤ、いかにもお嬢様なたたずまいで酒豪どころか酒乱だったのか……。


「探偵さん、お酒買ってきてえ~。綾さん、かんぱーい! あっはは~」

 美咲がぐっにゃぐにゃにアヤにもたれかかる。こっちも酒乱か!


 ――おそらく、お子様の健全な育成にはこの環境はそぐわない。

「勇樹くん、家まで送るから帰ろうか。おいで、ピック!」

 正しい判断だ、俺よ。こんな現場、お子様は一秒でも早く立ち去らせるに限る。


 アヤの財布を握って、勇樹とピックと共にマンションを出る。

 歩いて行ってもマジシャン屋敷までは15分ほどだから、食後の軽いお散歩感覚だ。


 10月の末の夕方6時過ぎともなると、もう辺りは暗くなっている。

 ピックを散歩させながら、勇樹は道を覚えているみたいでちゃんと自宅へと向かう。5歳にしてはやはりしっかりした子供だ。


「勇樹くん、じじいの様子はどうだい? 快便だったかい?」

「うん! トイレからなんっっじゃこりゃー! って元気に叫んでるのが聞こえたよ」

「そうか」


 ――良かった。もう安心だ。


 ……何も安心じゃない。俺はもうアウストラレレント星人とは言えない域までこの地に順応してしまっている。


 アウストラレレント星人の唯一の死因が寿命だ。

 寿命に抗うことなど、あってはならないのに。


「探偵さんってすごいね。探偵さんのおかげで、みんな前みたいに仲良くなれて、すっごくおうちの居心地がいいんだ。ありがとう、探偵さん」

 かわいい笑顔で小さな勇樹が見上げてくる。


 ――かわいい! なんてかわいいんだ、勇樹くん!


「ぼく、大きくなったら探偵になりたい。ぼくも探偵さんみたいな探偵になれるかなあ?」

「なれる! 探偵の素晴らしさが分かる君なら、絶対にいい探偵になれるよ、勇樹くん!」


 ……落ち着け、俺よ。彼は天才マジシャンが才能を認めた素人目にもそのポテンシャルが分かるほど確実にマジシャンになる人物だ。

 おべっかだよ、俺よ。5歳児のリップサービスに踊らされてるんじゃない。


「いつでも遊びに来てね! 待ってるよ、勇樹くん」

「うん! 探偵さんもまた遊びに来てね!」

「ワン!」


 勇樹を送り届けると、メイドの田代舞香が出てきた。

 時間がなかったのだろうか。先日見たイマドキギャルっぽい田代舞香とは別人のように地味な糸目で素朴ながらかわいらしい田舎娘のようだ。

 俺に顔を見られないよう隠しながらそそくさと勇樹を連れて屋敷に入って行くあたり、すっぴんあれなんだろうな……俺は作られたギャルより素の方が好きだが。


 適当に酒を買ってマンションに戻ると、何やら大盛り上がりである。

「さんー、にー、いーち」

 カウントダウンか。

 部屋に入って行くと、アヤがベランダから身を乗り出している。部屋の中から号令を出しているのが美咲だ。


「バンジー!」

「この世の果てまでダーイブ!」


 アヤがベランダの柵を乗り越えようとする。バカ! ここは13階だ!


 ――危ない!


 とっさにベランダに走り出てアヤの体を抱え上げる。

「きゃっ」


「何をしているんだ、アヤ」

「よ、淀臣さんこそ! 私には婚約者がいるんですよ!」


 お姫様だっこをされている状態にアヤが酒のせいとはまた熱量を変えて赤くなる。


「こんな危ないマネをするなら酒は飲ませられないな」

「あ~お酒~。飲みましょ、綾さん~」

「そ、そうですね、美咲さん」


 ――まったく、酒って危険だな。


 チラチラとこちらを見つつ真っ赤になりながらまた酒宴を続けるアヤを見る。

 いや、お前も危険だよ。恋愛脳相手に何スマートに助けてんだ。見てみろ、あのアヤの顔。

 危険極まりない。

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