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順応性バツグン! 元宇宙人のほのぼの探偵物語  作者: ミケユーリ
マジックとトリック
36/55

元宇宙人探偵の考察

 長女家族の部屋から出て階段を下り、カメラの映像を確認しようと神棚のある広い部屋へと向かう。


「こーら、勇樹くん! 今は練習のお時間ですよ。お部屋に戻ってちゃんと練習してくださいね」

 若い女性の声がして、振り向くと俺たちの後ろをイタズラ坊主、富岡勇樹がついて来ていたらしい。

 笑って勇樹が手を振った相手は、この家のメイドだ。


「そうだ。あなたと執事さんもこの家に住んでいらっしゃるんですよね」

「はい」

 ちょうど執事も部屋から出てきた。

「すみません、あなた方にも念のためお話を聞かせていただけますか」

 呼び止めると、笑顔で執事も姿勢良くやってくる。


「もちろん構いませんが、私たちには遺言書の件は関係のないことですので完全に部外者ですが」

「承知しています。執事さんはお医者さんでいらっしゃったんですよね?」

「はい。(もり)(おさむ)と申します」

「天外淀臣。探偵です」

「……ご丁寧にありがとうございます。新ちゃんとは幼稚舎からの付き合いになりますので、もう70年になりますか。年は新ちゃんが10ほど上にはなりますが、弟のようにかわいがってもらっております」

「70超えた弟ですか。ちょっと何言ってるか分からないですね」

「いくつになっても弟は弟なんですよ、淀臣さん」


「70年以上もこのご家族を見てきましたが、新ちゃんがこんな淀んだ空気の中旅立つのかと思うと不憫でなりません」

 執事が神妙な面持ちで目を伏せる。

 年寄りにしては違和感を覚えるほどに背の高い男だ。俺と変わらない身長に執事服がよく似合ってナイスミドルという言葉がぴったりくる。

「最近は一触即発といった空気ですもんね。私はなんだか怖いです。殺し合いでも始まりそうな雰囲気を度々感じますもん」


 若いメイドが執事を見上げる。

 メイドというと勝手に黒髪メガネを想像していたが、明るい茶髪に目には青いカラコンを入れたイマドキなギャルがコスプレをしているようなメイドさんだ。


「あなたは? 長らくここで勤めているんですか?」

「いえ、私は勇樹さまが生まれた際に雇われましたので、まだ5年くらいです。田代(たしろ)舞香(まいか)、23歳です」

「どうして年齢まで?」

「私は森さんと違って若いので。あなたはおいくつですか?」

「え? 私ですか? ハタチです」

「ちっ」


 突然の舌打ちにアヤが驚いているが、メイドは不安げな表情を保っている。あの可憐な顔のまま舌打ちを繰り出すとは、このメイドあなどれない。


「3年前の遺言書の時は、家族の愛に感動して泣きそうになったものなのに」

「ああ、あの時は泣きそう泣きそうと言いながら一粒の涙も流しませんでしたね、舞香さん」

「3年前にも遺言書が消失しているんですか?」

 それは初耳だ。大事そうな情報なのに、なぜ言わなかったんだ、富岡美咲は。


「いえ、消失はしていません。あの時は新ちゃんに病気が見つかってとても難しい手術をすることになったので、万が一に備えて遺言書を書いたんです。それを当時は仏壇に置いていたものだから、供え物のぶどうを食べようとした勇樹さまがめちゃくちゃにしてしまわれて」

「もうよだれとぶどうの汁と皮でぐっちゃぐちゃでしたね」

「舞香さんが勇樹さまをちゃんと見ずにスマホゲームに夢中になっていたせいですがね」

「あの時はイケメンアイドルグループのライブを成功させることしか頭になかったもので。でも、そのおかげで成功率5%と言われた手術が大成功したんですよ」


「ライブを成功させたおかげ?」

「違います。私が勇樹さまの面倒も見ずにいたおかげで遺言書がぐちゃぐちゃになったおかげです」

「あの時は、勇樹さまが遺言書を無用の長物にしたおかげで新ちゃんが助かったんだと皆さん大喜びで。現在はアメリカに単身赴任中の美咲さまの夫、秀則(ひでのり)さまも勇樹さまをほめたたえておられました」

「夫いたんですね。単身赴任ですか。最悪話に出て来ない夫が犯人なのかと思って泳がせていましたが」

「皆さんで勇樹さまを抱きしめていて、本当に感動しました。と同時に叱られなくてホッとしました」

「私は叱りましたよ、舞香さん。お忘れですか」

「あれ? そうでしたっけ?」


 ――なんだ、過去の事件が今回の事件に絡んでくる本格ミステリー展開来たかと思ったのに、ただのイタズラ坊主のイタズラかあ。つまらん。富岡美咲がわざわざ言わなかったのも納得だ。

 このふたりは何の利益も絡まないから無関係だろうが、一応ドローンを付けておくか。もしかしたらどちらかが死にかけのマジシャンの隠された子供かもしれないし。


 10歳の時の子供か62歳の時の子供ってか。まずあり得ない推理だな。

 それより、左腕からばっかり体をむしるから細くなって気持ち悪いんだけど。


「これでこの屋敷の住人全員から話を聞けましたね」

「そうだな。だが、何も得るものはなかった」


 人を箱に入れて外から剣を差すマジックに使うのであろう大掛かりな装置やギロチン台のような道具等々、刃物置き場のような落ち着かない応接室でメイドの田代舞香が入れてくれた紅茶を飲む。

 この部屋からは、廊下の向こうに例の神棚のある広間が見える。

 この家の人間は皆忙しそうに、せわしなく廊下を行き来しマジック道具が多く置いてある神棚のある広間にも人が出入りしている。


「だいたい、遺言書が開封されるのは死にかけのマジシャンが実際に死んでからだ。いくら消し去ったところで新たに中身の分からない遺言書が書かれるだけだ」

「現状、そうなっていますね」

「と言うことは、誰かが死にかけのマジシャンに自分に都合のいい遺言書を書けと水面下で交渉中なのではないだろうか。その途中で書かれた遺言書を始末している」

「深紅の魔術師レッドローズが折れて望む遺言書を書くまでこの消失マジックは続く訳ですか」

「ならば話は簡単だ。死にかけのマジシャンが晴れて死んだマジシャンとなった時、公開される遺言書の内容からおのずと犯人が分かる。この依頼は期限を設けられていない。死にかけの間に犯人を暴く必要はない。間もなく死ぬと言うならそれを待っていればいい」

「……いいんでしょうか」


 良くないだろ。普通、期限などなくても死ぬ前に犯人を見つけるだろ。

 右腕よりもすっかり細くなった左腕を右手で叩きながら、なおも表の思考は考察を続ける。


 ――はっ。もしかすると、ふたりの子供、長男の卓と長女の智子、どちらかが実の子供ではないのかもしれない!

 それが遺言書に書かれていることを恐れて始末している可能性がある!


「アヤ、もしも卓が死にかけのマジシャンの実の子ではないとしたら、遺言書がなければ遺産はどうなる」

「また突飛なことをおっしゃいますね。それでも戸籍上は親子であれば、法に基づいて分配されると思いますよ」


 ――なるほど、だとしたら遺言書などただのリスキーなお手紙でしかない。新たに遺言書が書かれれば消し書かれれば消し、もう思うように体の動かない死にかけのマジシャンが遺言書を書けなくなった時、犯人は目的を達成しもう尻尾を出さなくなる。


「一刻も早く犯人を見つけ出さねば!」

「そうですよ、死を待つなんて、不謹慎な作戦はやめましょう!」


 ――だが、どうすれば戸籍上は親子である卓か智子のどちらが実の子ではないと暴ける?

 ふたりを産んだとされている死にかけのマジシャンの妻はすでに死んでいる。俺に、死者と会話する能力があれば直接聞いて解決できる。

 とりあえず、ON/OFFスイッチをONにしてそんな能力があるか探してみるか。


 やめんか! そんな能力なんぞ、ない! 我がアウストラレレント星人は輪廻転生論を保持している。生まれ変わるから死者の魂など現世にない。

 貴重なバッテリーを無駄にしようとするんじゃない!


 ――なんか、左腕に違和感が……はっ。

 左腕が細くなっている! 右腕からもドローンは作れるんだから、右左右左交互にむしれば良かった!

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