夢の中へ
再び3年2組の教室前廊下である。
ドアの陰から、アヤと並んで座り込み中の様子をうかがう。
「どうするつもりですか? 淀臣さん」
アヤが小声で尋ねてくる。
――どうしよっかなあ……。
ノープランである。
焦らせるったって、あの海老名克哉が大人しく俺の話を聞くとも思えない。
――腹が減って考えがまとまらない……。
表に出ている思考はいつもまとまっていないぞ。
――ああ、さっきの夢の中に戻りたい。あと3個残っていた弁当を食っていれば、たとえあれが夢でももう少しくらいは腹が膨れていたかもしれないのに。
まだ夢と現実の区別が曖昧らしい。この地で20年暮らしていながらフィクションを理解してないくらいだからな。
教室の克哉を見ると、望田愛月の隣の列、窓際の前から3番目の席に座っている。5時間目の社会の授業は子守唄な様子で机に突っ伏してすっかり寝入っている。
――彼も、夢を見ているだろうか。他人の夢がどんなものなのか、見てみたい!
よし、行くか。おじゃましまーす!
体から抜け、表の思考が克哉の脳内、ひいては夢へと遠慮なく入って行く。
俺も行こう!
「アヤ、後は頼んだ」
初めてアヤに直接話しかける。
「え? 何をですか? 淀臣さん」
振り返ったアヤに微笑んで、俺も体から出る。主を失いぐったりとした体がアヤにもたれかかる。
「え?! 寝ちゃったんですか? 淀臣さん?」
外の世界と何ら変わらないな。
海老名克哉の夢の中は、騒がしく活気あふれる商業施設内にあるアイスクリーム店のイートインスペースである。
「かっちゃん、ひと口食べる?」
「食べる! うまいな、抹茶。あづもチョコアンドクッキー食べるだろ?」
「うん。おいしいねえ」
アイスを交換して、ひと口ずつ食べて克哉少年と望田愛月が微笑み合っている。
わざわざ夢で見るほどの内容じゃないな。
だが……少年の笑顔は外の世界で見た少年とは別人のようだ。
雰囲気もまるで違う。あのまとわりつく重厚な思春期感が皆無だ。
アイスを食べ終えたふたりは、手をつないで居並ぶ店をのぞきながら歩く。
「この服あづに似合いそうだよ」
「こんな短いスカート履けないよー」
「あづは小さいから長いスカート履いてるとサイズが合ってないみたいに見えるよ」
「もう! 小さいって言わないでってば」
「でも、俺は小さくても大きくてもあづが好きだよ」
「うれしい。ありがとう、かっちゃん。私も……」
「私も、何?」
「えっ……分かってるでしょ?」
「分かんないよ。ちゃんと言ってくれなきゃ」
と言いつつも、もうちゃんと言われたかのようにうれしそうな笑顔だ。
嘉純さんが言っていた。
夢を見る理由はまだ解明されていないが、夢にはその人の願望が現れている、という説があると。
たったこれだけのことが、望田愛月と笑顔で過ごす時間が彼の望みなのだろうか。
それとも、現実には言えない素直な気持ちを伝えることが望みなのだろうか。
はたまた、彼女の気持ちもまた自分に向くことが望みなのだろうか。
俺はアウストラレレント星人なのに、嘉純さんが大好きだ。
それは、生まれた星の違いなど軽く超えて嘉純さんが好みド真ん中な上に優しくセクシーで色っぽいからである。
俺の望みはただひとつ。嘉純さんに触りたい!
だが、彼は手をつないでいるだけ。
嘉純さんが大好きな俺でも、克哉少年の望みは推し量れない。
あれ?
そう言えば、ずいぶんこのふたりのおデートを追跡しているが、表の思考は何をしてるんだろう。
あ、いた。
辺りを見回すと、俺とまったく同じ姿の金髪碧眼の美少年がふたりを見つめている。
なんで笑ってんだ? 人のデート見てて何が楽しいんだろうか。
「何してんの? 海老名克哉を焦らせに来たんだろ?」
「え、俺? へえ、夢の中って俺がふたりいることもあるんだ」
納得するなよ。もっと疑問に思えよ。
「幸せそうにしてるからさあ、もうちょっとあのままでいさせてやりたくて。ほら、見てよあの顔。少年に1滴の水を落としたみたいだ。顔の真ん中から波紋のように広がって行くあの笑顔。彼が素直になれるのは、きっと夢の中だけなんだ。もう少し、夢を見させてやりたいと思うだろ」
……もう、読み込んだ資料の記憶がある俺にも理解できない感情なのだが。
素直になれない克哉少年への同情なのだろうか。
資料にはなかった感情がこの地の人間にはまだあるのだろうか。そして、それが俺にも芽生え始めているんだろうか。
この夢に入ってから分からないことだらけだな。夢とはなんて複雑怪奇なものなんだ。
「もうあまり時間がない。チャイムが鳴ったら確実に少年が目覚めるぞ。自分の仕事を忘れるんじゃない、俺よ」
「ああ、それもそうか。少年には悪いが、いつまでも夢の中だけで幸せを見るんじゃなく、現実にしてもらわないとな」
「えらい殊勝なことを言うもんだな」
「首相?」
「なんでだよ。いいから、早く行け」
「よし! 行くか」
手をつないで歩く少年少女の前に躍り出る。
「アズキモチは俺がもらう!」
「え?!」
シュパッとつながれたふたりの手をチョップで引き離し、小さな望田愛月をお姫様抱っこでかかえる。
「あづを放せ!」
「ちゃんと伝えるんだ! 夢で満足していちゃダメだ!」
「へ? 何の話だ」
「ここは夢だ。君の願望だ。こんなにリアルな夢を見るくらい、君は自分の願望が明確に分かっているはずだ」
「……夢……」
呆然とする克哉の脳に、ホストにつけていたドローンから送られてきた映像を流す。愛月の涙を壁ドンするホストが拭っている。
「それは現実だ。現実にアズキモチに近付いている男がいる」
「う……嘘だ! あづが、こんな……泣いてる……」
そっちがショックなのか。愛月に何が起こっているのか、まるっきり気付いてないわけでもあるまいに。
「君が行動を起こさないと言うのなら、アズキモチは俺がもらう」
抱えた少女の顔に顔を接近させていく。
「やめろ!」
少年の絶叫と共に、机に突っ伏す海老名克哉と廊下でアヤにもたれかかる俺が同時に目覚めた。




