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元宇宙人の初めての睡眠

「お待たせしました、淀臣(よどおみ)さん。淀臣さんの大好きなもやし炒めです」

「ありがとう、アヤ」

 ――うまい! 今日もアヤのもやし炒めは最高にうまい!


「もう食べ終わったんですね、淀臣さん。はい、おかわりです。いくらでもありますからね」

「おかわり!」

「まあ、本当に早食いですねえ、淀臣さんは。はい、どうぞ。おなかいっぱい食べて下さいね」

「おかわり!」


 ――どうしたというのだろう。いくら食べてもおなかがいっぱいにならない。いくらでも食べられる。

 なんて幸せなんだ。永遠にアヤのもやし炒めを食べられる!


 ハッと目を開いた。


 ――あれ? 俺いつの間に目ぇつぶってたんだろう?

 俺何してたんだっけ? なんだか頭がボーっとする。


 腹がぐう~と鳴った。


 ――あれ? 俺あんなにもやし炒め食べたのに、ぺっこり腹が減っている。どうしてだろう?




「という、不思議なできごとがあったんです、嘉純(かすみ)さん」

「それは、夢ではないかしら。淀臣は眠っていたんじゃない?」

「夢? 眠る、とは?」


 毎度毎度くだらない質問をすみませんね、嘉純さん。

 なぜ20年間この地で暮らしていて眠るということを知らんのだ、俺は。表の思考が大好きな祖父を敬愛する名探偵なんて、よく授業中に居眠りして先生に叱られて、幼なじみに「もう、はじめちゃんたら」って言われてるイメージなんだけど。

 嘉純さんは表の思考のバカバカしい発言にも笑顔を絶やさず、ひざ枕している俺の髪をなでてくれている。なんて優しいんだ、嘉純さん!


 我がアウストラレレント星人は睡眠などいらない。4000万年という長い寿命を食事も睡眠も取らずに真面目に研究し働くからこそ、人口は少なくともこうして地球まで来られるほどに知識と技術を得た。

 だが、順応化が進むこの体はついに眠るようになってしまったようだ。

 一体、俺はどこまで地球人に近付いていくのだろうか……。


「眠るのは生理現象よ。生きていくために睡眠は重要なの。夢は……そうね、眠っている間に見るものと言えばいいかしら。まるで自分が体験しているように感じるけれど、現実ではないの。淀臣の頭の中で起こっていたことなのよ。夢の中で淀臣はもやし炒めをたくさん食べたけれど、現実には食べていないから目覚めた時におなかがすいていたの」

「どうして人間は夢を見るのですか?」

 ひざ枕されながら、嘉純さんの顔を見上げる。嘉純さんがふふっと笑う。


「子供のように素朴な質問ね。人間だけじゃなく、動物も夢を見るとも言われているわ。どうして夢を見るのか、はっきりとした理由はまだ分かっていないの」

「分かってない? ナゾですか!」

「そうね、ナゾね。でも、仮説はあるわ。起きてる間に得た情報を整理するためだとか、心理状態が反映されているとか。有名な仮説のひとつに、夢にはその人の願望が現れている、という説があるわ。淀臣は心の奥底でおなかいっぱいになることなくもやし炒めを食べ続けたい、という願望があるのかもしれないわね」

「今も食べたいです」

「おなかがすいてるんだったわね。大福もちがあるけど、食べる?」

「食べます。今日は潜入捜査に行く予定だったんですけど、日曜日という日は学校が休みらしくて明日に延期になりました。それで今日はアヤも来ないんです。メシが食えなくて困ります」


 日本を代表する伝統工芸の家元のお嬢様を飯炊き女扱いするんじゃない。失敬なヤツだな、まったく。俺ってヤツは。


 上品な和紙に包まれた大福もちを食べる。柔らかいもちにくるまれたほど良い甘みのあんこがうまい。

「うまい! 嘉純さん、このツブツブは何ですか?」

「それは小豆ね。粒を残さずなめらかにしたこしあんもあるわよ。食べる?」

「食べます」


 窓辺のテーブルに並んで大福を食う俺を、微笑ましげに嘉純さんが見ている。大福しか見てねえで、俺も嘉純さんの顔が見たい!

「ところで淀臣、アヤって?」

「シマダアヤというハタチの娘です」

「え? もしかして、あの嶌田(しまだ)工芸のひとり娘の?」

「そうです。シマダリョウキチの娘です」

 嘉純さんが驚いている。……だけでもなさそうに見える真剣な目で大福をもぎゅもぎゅしている俺を見ている。


 どうしたんだろう……優しい嘉純さんのこんな厳しい表情は、初めてかもしれない。

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