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順応性バツグン! 元宇宙人のほのぼの探偵物語  作者: ミケユーリ
芸人と涙
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甘い涙

「無事にやり遂げましたね、奥さん。預金の8割ですよ、いくらになるんです?」

「えっ……さ、さあ? 私にはお金のことは……」

「分からないはずはないでしょうー。やだなあ、奥さん。まあ、いいや。依頼主ではないあなたに報酬を要求することはできませんが、話を合わせてあげたんだから金一封くらいくれないんですか?」


「え?! 話を合わせたって、何の話をですか?!」

 驚きしきりなアヤとは対照的に、坂太郎の妻は感心したように手を叩く。

「探偵さんにはすべてお見通しって訳ね」

「ですね」

 笑顔を返す俺に呆れたように笑う妻の顔にはもう、夫に裏切られた不憫な妻の儚さはない。強くたくましいものだな、女性というものは。

「分かったわ。後日、慰謝料をもらったら振り込ませていただきます」


「ありがとうございます。振り込まれたのを確認したら、トキくんにあなたがよく行く喫茶店を教えますよ。彼、またあなたに会えないかといまだに時間があれば天神森にいるみたいなんで。ああ、あなたが今すぐ天神森に行った方が早いか。彼、今日はオフらしいですよ」

「えっ……」


 記憶のディスクの中にいた彼女のように、純粋で可憐な表情を見せる。

「ありがとう! 探偵さん!」

 勢い良く頭を下げると、まるで少女のような笑顔を上げた。

「また何かあれば、天外探偵事務所へどうぞー」

「ええ! ぜひ、お願いするわ!」

 踊るように玄関へと走って行く。


 ――よし、太い客ゲットだぜ! いくら振り込まれるだろ、楽しみだな!


 野口真由美を見送り戻って来たアヤが眉間にしわを寄せている。

「……どういうことですか? 途中から完全に話についていけなくなりました」

「彼女は悲しくて泣いていたんじゃないってことだよ」

「……はい?」


 意外にも表の思考にも分かっていたのか。金とメシと涙のことしか考えてなかったのに、本当に意外だ。


 少なくとも3年前の時点では夫を疑ってなぞいなかった妻だが、自身の心に夫以外の男への感情が芽生えたことがきっかけで夫の浮気に気付いたんだろう。

 浮気をしている人間ほどパートナーの浮気を疑うものだ。聖天坂太郎のようにな。自分の浮気に忙しくて当時は疑問にも思わなかったようだが。


 だが、彼女が記憶の中で言っていた通り、職歴もない自分が不倫を責め立てても離婚と言われれば自分の首を絞めることになる。

 彼女が若手ミュージシャンとの関係に踏み込まなかった一因でもあるだろう。聖天坂太郎の妻だからセレブな生活を送れているが、夢を追う青年とではそうはいかない。


 あらかた、いいかげん結婚生活に嫌気の差した妻が女子アナとの不倫を週刊誌にリークしたのだろう。

 多額の慰謝料を得るために。

 夫のために不倫を拒みその純粋な言葉で荒んだ若者を奮い立たせたような妻を、たった3年でこのように変えてしまったのは他でもない、夫の聖天坂太郎である。


 坂太郎の方も3年前の妻の挙動を思い出し、利用して自分の不倫を隠したまま離婚しようと画策した。

 何のことはない、とっくに互いに別れたい夫婦の金の絡んだだまし合いだ。


「彼女の涙には甘みがあった」

 は? 何言い出してんの? 俺。

「涙とはしょっぱいものでは?」

「総じてしょっぱいのだが、味覚センサーにかけると悲しみの涙に比べ喜びの涙には甘みがある。喫茶店でトキくんの成功を知った時の涙と、さっきの涙は同じ味だった。彼女はうれしくて泣いてるんだから、金一封くらいくれないかと思ってふっかけてみたら大成功!」


 何も分かってねえじゃねーか! 表の思考を買いかぶりすぎたようだな!


「アヤ、腹が減った。天外探偵事務所の初報酬ゲットを祝って何か作ってくれ」

「分かりました。ちょっと待っててくださいね」

 笑顔でアヤがキッチンへ向かう。


 ――何作ってくれるんだろ? 楽しみだな! もっともっとたくさん、うまいもんを腹いっぱい食いたい!


 全く……もうすでに頭の中は食いもんのことでいっぱいだ。

 あ、新着通知だ。

 ほう、野口真由美が無事トキくんと再会を果たしたようだ。


 ――無事に会えたか。良かったな、金持ってる芸人の妻とトキくん。


 ……もう聖天坂太郎界隈の人間の通知は切っておこう。裏にいる俺の情緒は順応などしない。熱い魂もないくせにいらん世話は焼く表の思考は無視して通知を切る。


 あ、ホストに付けてるドローンから動画が送られてきている。

 ……中学生だろうか。セーラー服の女の子を壁ドンして泣かせてる……何してんだ、このホスト!


 ――アヤは聖天坂太郎の不倫に嫌悪感をあらわにしていた。

 中学生との浮気を立証すれば簡単に嶌田良吉からの依頼も完遂できるんじゃないか?


 少女のセーラー服をよく見る。目を閉じ、頭に浮かぶON/OFFスイッチをON。精巧緻密にセーラー服を再現……よし! 実行!


「お待たせしました、淀臣さん……あら、また小さくなってる。かわいいですね、淀臣さん。とてもキレイな金髪にキレイな青い目」

 うふふ、とアヤが笑っている。アヤの順応性もすごいな。本当に地球人なのか。


「アヤ! 明日これを着てくるんだ!」

 料理をテーブルに置いたアヤに作ったセーラー服を手渡す。

「えっ……こんなの、ハタチの私が着たらただのコスプレですよ!」

「何でもいい。明日、潜入捜査を実施する!」

「ええ?! 私も?!」


 ――名探偵には幼なじみがいるものだ。アヤには幼なじみになってもらう!


 じいちゃんを敬愛する名探偵と子供にされた名探偵の場合は幼なじみなだけで、名探偵にいるのは優秀な助手だ、俺よ。

 果たして、この恋愛脳のお嬢様に名探偵の助手が務まるのだろうか。

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