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順応性バツグン! 元宇宙人のほのぼの探偵物語  作者: ミケユーリ
芸人と涙
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聖天坂太郎の止まらないロマンチックナイツ

 アヤの運転手が待つ車に戻る。

「例の喫茶店へ行ってくれ。金持ってる芸人の妻は今あの店にいる」

「え? 会いに行くんですか? 聖天坂太郎の妻……野口真由美さんに」

 何も言わず、アヤを見つめうなずく。

 たった今夫の裏切りを見てしまったアヤは、妻の顔を見ることに抵抗があるようだ。


 夫のためを思って己の心に逆らった妻に、近々夫の不貞が知らされる。

 それを指をくわえて見ているのは歯がゆいものだが、何かするのは大きなお世話というものだ。夫婦の問題なのだから、そんなことは依頼内容には入っていない。


 喫茶店に入ると、数日前と同じように窓際の席で野口真由美が本を読んでいる。

「どうするつもりですか? 淀臣さん」

 不安げなアヤの質問を無視して、目をつぶり頭の中のON/OFFボタンをONにする。


 全く、金とメシにしか興味がないくせにいらん世話は焼くのか。めんどくさい思考だ。


「聖天坂太郎の、止まらないロマンチックナーイツ!」

 突然脳内に聞こえた夫の声に、驚いた妻が本から顔を上げる。


「本日のゲストは、メジャーデビューが決定したばかりの注目のロックバンド、スカイ・ゴッド・フォレストのボーカル、トキさんです! トキさんはなんと、この聖天坂出身なんですよ!」

「はじめまして、トキです。よろしくお願いします」

 その声に、野口真由美が本を取り落す。


「トキさんは一度はミュージシャンとしての活動を諦め、職を転々としていたとか?」

「はい。でも、ある人が俺のことを才能あるって、諦めないでって言ってくれて。その人自身は夢を諦めてしまったと言ってたものだから、俺はその人の分まで絶対にあきらめたくないって思って」

「かつてはひとりでアコギ1本で活動されていたとか」

「はい。他人の手を借りることに抵抗があって。でも、プロを目指すならこだわるべきはそんな些末なことじゃないなって気付いたんです。自分のやりたい音楽をやるためなら、何だってやるって方向性を変えてからは、本当にびっくりするくらい風向きが変わって、たった3年でメジャーデビューまで来ました!」


「その恩人に向けてメッセージを送られてはどうですか? 何てお名前の方なんですか?」

「それが、名前も分からないんです。でも、その人と出会ったのがこの聖天坂の隣の天神森だったから、天神森から由来してバンド名を決めました。いつかその人に届いたらいいなって」

「なるほど、スカイ・ゴッド・フォレスト、たしかにまんまですね」

「はい。ファンの皆さんからはスカフォと略していただいています」

「では、そのスカフォのデビュー曲を聴いていただきましょう!」


 流れて来たロック調の楽曲に、野口真由美が涙を流した。


 ――何だ、あれは。


 俺が立ち上がり、彼女の頬をつたりテーブルに落ちようとした涙を手の甲で受け止める。

 大気中にある水蒸気をライトアップでもするように淡い虹色に可視化して成分を分析。


「え……なんてキレイ……」

 まるでおとぎの世界だ。辺りが無数の淡い光に包まれる。アヤが思わず小さな声をもらした。


 ――へえ、おもしろい水だ。塩味が強い水とは。周りの水分とは味が違う。

 ほお、涙というのか。おもしろいな、涙。もっといろいろ調べてみよう。


 なんでこの場面で涙の味に興味持つんだよ。

 毎日見てるブルーレイでも高確率で涙流してるだろ。たいがい人が死ぬんだから。

 感無量の野口真由美が俺のこの不審な挙動に気付かなくて良かった。


「帰るぞ、アヤ。腹が減った」

「えっ……はい」

 アヤにしてみれば何しに来たのか意味分からんだろうな。


 この地で生活しだして20年。アウストラレレント星人にはない人情のようなものが俺の中にも生まれ始めているんだろうか。

 情緒面にも順応化は及ぶのか。

 順調に順応化が進んでいるようだな……どうなるんだろうか、俺の体は。

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