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順応性バツグン! 元宇宙人のほのぼの探偵物語  作者: ミケユーリ
芸人と涙
17/55

元宇宙人探偵の誤操作

 決戦は金曜日、今晩だ。

「アヤ、お前大学生ではないのか。なぜこの3日ほど事務所にずっといるのだ」

「淀臣さんがおなかがすいたと言うからです」

「俺はお前の作るもやし炒めが大好きだ」

「え……好き……?」


 そういう危険なワードを恋愛脳相手に放つんじゃない。


 苦言を呈したいが俺の声は表の思考には届かない。そんなもどかしさの中、俺の頭の中に新着通知が届いた。

 ほう、聖天坂太郎がロケと言うには近すぎるホテルに予約を取ったらしい。


 ――追う価値があるかもしれないな。

「アヤ、このホテルの2365室の予約が取れるか」

「はい? 空いてるから取れそうですけど」

「すぐさま取れい!」

「え? はい!」


 夜7時、アヤの運転手付きの高級車でホテルへ向かう。

 坂太郎のGPSによると、すでにこのホテルにいるはずだ。


 予約した部屋に入るも、高級ホテルの壁が薄いなどということはない。隣の部屋の様子なぞ分かるよしもない。この地の人間にはな。


 ひざから少々体をむしり取り、壁にベタアとくっ付ける。原子レベルまで小さくなって壁をすり抜け隣の部屋に到達。

 よし、準備はOK。


 目を閉じて、頭の中のON/OFFスイッチをONにする。

 壁にへばりついていないといけないのも不便なので、スピーカーにする。


「……もう、正さんたら激しいんだからあ」

「え?!」

 突如聞こえた舌ったらずに甘えた女の声に、アヤが驚いている。

 さらにチュッと水っぽい音がする。

「激しいのは楓子ふうこじゃないか。大きな声を出して、いやらしい女だ」

 坂太郎の声が笑う。

「やあだあ、だって正さんがあ」

「いーや、楓子があ」

 チュッチュチュッチュうっせえ。あー、嘉純さんに会いたい!


「これは何なんですか、淀臣さん! 完全に他人が聞いちゃいけない雰囲気の音声ですが!」

「今まさに繰り広げられている隣の部屋の音声生ライブだ」

「え……今?! 事前に盗聴器でも仕掛けていたんですか?! いつの間に?!」

「探偵たるもの、前もって仕掛けずとも盗聴器くらい内蔵している」

「そうなんですか?! 探偵なめてました! すごいです!」


 なんで納得するんだよ!

 探偵だからじゃない、元宇宙人だからだ! いいかげん気付け、俺!


「これがリアルタイムの音声だと言うことは……」

「数分前まではピンク映画の音声だった」

「と言うことは」

「浮気をしたのは妻じゃない。坂太郎の方こそが不倫の真っ最中だ」


 この音声はもちろん録音している。不倫の証拠になる会話をしてくれれば、依頼はクリアだ。妻の浮気ではなく、坂太郎本人の、だがな。言い逃れできないような証拠を吐いてくれよ、坂太郎〜。


「週刊誌に撮られてから念のために会わないって言ってたのにお呼びがかかったってことは、何とかなりそうなのね?」

「ああ。探偵から明日事務所に来るよう連絡があった。何かつかんだんだろう。週刊誌に記事が出る前に、妻の浮気を理由に離婚する。妻の浮気により3年前から家庭内別居状態だったとストーリーを作れば、ダメージを最小限に抑えられるだろう」

「記事の方を抑えられないの?どちらにせよ、私は既婚者だと知っていて逢瀬を重ねたことになるじゃない。女子アナとして致命的なイメージダウンだわ」

「事実だから仕方ないじゃないか」

「私のイメージまで守る気はないってことね」

「記事が出ないように、最大限の努力はするよ」


 声も出ないらしいアヤが信じられない、と言わなくても分かる顔をしている。アヤが今急速に聖天坂太郎を大嫌いになっていく。

 ま、そーゆーことだな。だいたいの事情は飲み込めた。説明ありがとう、坂太郎&女子アナ。


「でも、3年前から……」

 部屋には女と坂太郎しかいないのに、女の声が小さくなる。


「話が佳境に入るんでしょうか。盗聴器の音量上げられませんか?」

「やってみよう」

 ボタンを一度だけ押そうとしたのに、つい手元がブレてトトトンと連続プッシュしてしまった。

「あ」


「私たちが5年前から不倫関係にあったことまでは絶対にバレないようにしないと」

「大丈夫だ、妻は何も気付いてない。浮気の証拠を突き付けて多少の財産分与でも恵んでやれば、離婚したって何の文句もないだろ……え?! なんだこれ?!」


 しまった、自分たちの会話がこの部屋から廊下にまで響き渡るほどの大音量で流されたことに気付かれてしまった。ここまでか。スイッチをOFFにする。

「だが、動かぬ証言をゲットした! 行くぞ、アヤ!」

「はい! ……え?! 淀臣さん?!」

 アヤよりも身長が小さく、金髪碧眼になっている俺にアヤが驚いた。これはさすがにおかしいと思うだろう、お嬢様。遠慮なく俺にその疑問をぶつけてくれ! そして自分が宇宙人であったと思い出せ、俺よ!


「なんだか、ずいぶんとかわいいんですけど?! え?! 淀臣さんはどこに?!」

「俺が淀臣だ。大丈夫、探偵たるもの、すぐに元に戻る」

「そうなんですね、びっくりしました。探偵って本当に私の知らないことばかり」

 だから、探偵だからじゃない! 元宇宙人だからなんだよ! 何回言わせるんだ、マジで!

 そして、今の姿が元に戻った姿なんだよ! 本来の姿から改めて順応していつもの姿になるだけなんだよ!


 部屋を飛び出し、隣の部屋の前で腕を組んで待ち受ける。入浴剤の中のスポンジでできたおもちゃが湯を吸ってゆっくりと膨らんでいくように、俺の体もゆっくりと大きくなり髪と瞳の色も茶色へと変化していく。

 どこが変わっているか見つける映像クイズのようだ。


 他の部屋からもなんだなんだと人が出てきた。金曜の夜だからわりと満室だったのかもしれない。

 廊下には10人くらいの人がいる中、ホテルのガウンを着た聖天坂太郎と女が出てきた。


「うわ! なんだ……探偵さん! どうしてここに?!」

「あなたの悪事は大音量で聞かせていただきましたよ、金持ってる芸人さん」

「なぜ大音量で?」

「ちょっとした誤操作です。言い逃れはできませんよ。どうやら、慰謝料を支払うべきはあなたのようだ」

「い……いや、そんな……」

「録音した証拠音声を大音量で流しましょうか?」

「やめてくれ!」


「あれ、聖天坂太郎じゃないか?」

「聖天坂太郎とアナウンサーの利本りもと楓子だ!」

「え? なに? 密会?」

「不倫じゃね?」

「えー、マジで!」


 我々が話している間に、周りの野次馬たちがワイワイと盛り上がりだす。

「ちょっ……あの、とりあえずこんな所では何ですから」

「あなたの部屋に入っても構いませんか?」

「いや、困ります」

「では明日、天外探偵事務所まで来てください」

「分かりました」


 野次馬の中に不貞を働いたふたりを残し、エレベーターへと向かう。もうこのホテルに用はない。

 俺に付いてきながらアヤが振り返った。

「うわ……」

 お嬢様らしかぬ声が漏れる。

 想像はつく。地元スターのスキャンダル現場に居合わせた一般人の興奮たるやいかに。突如リポーターと化して質問攻めであろう。

 現代では気を付けるべきは週刊誌だけではない。


 ――あ。金持って来いって言うの忘れた。


 人だかりで小柄な坂太郎の姿は見えないが、表の思考は構わずに用件を言う。

「もちろん、俺への報酬も満額支払ってもらいますよ。悪いのはあなただ」


 ――この俺をだまして自分の都合良く利用しようとは、許せん。名探偵を利用してギリギリ許されるのは永遠のライバルだけだ。


 バカだな、坂太郎。はじめから正直に全てを話していれば、この名探偵になりきった表の思考は愚直に任務を遂行しただろうに。

 世の中的に正しいか正しくないかどころか、自分の中にすら正義などない。ただ報酬を得るために任務にあたるだけなんだから。

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