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新たな夢は遥かな異国で

作者: セルケイラ

今季の某チームに対するフラストレーションが爆発したので書きました

 俺の名は加納鉄矢。年齢は二十七歳、既婚者だ。

生まれも育ちも日本の葛飾であるが、現在は英国で仕事をしている。

 高校を卒業後、大学在学中に嫁と共に留学し、なんやかんやで現地で就職出来たのだ

しかしそれは思いもよらぬ事態が襲った結果だ。一度は就職取り消しの憂き目に遭ったのだから


 イングランドプレミアリーグ、ネオキャッスルAFCの新監督が契約後一週間で辞任……

ちょっとしたニュースになったものだと今なら言えるが……

当時はほんの少しだけマジでビビった。




『…………すまん、テツヤ』

『マジですかラファさん、本当に……』



 恩師がシーズン開始前に首になり、実務に着く前に無職になった俺であるが

嫁は優しかった。というより駄々甘だった

油断すればいくらでもダメ人間に為れてしまっただろう……

 色々完璧な彼女は幼馴染で同い年、名を醍醐千歳。

昔から借りばかりの俺はなんとか返そうと努力したわけだが、結果は前述の通りだ

しかし情けない男なりに、俺は足掻いた。


 異国の地で異邦人、伝手もコネもない俺に英国の風は冷たかった

北極圏にでもほっぽり出されたんじゃないかと思うくらいに……

しかし拾う神あれば……とは佳く言ったものだとつくづく思う。

躓き、倒れた先に救いはあったわけである。


 求職活動で訪れた先で、古いブリティッシュ・カーがエンストしている現場に出くわし、これを助けたのだ。とは言っても修理など出来ようもなく頑張って工場に押しただけだ。

 その根性を買われたのかは分からないが、車の主はこう言った。




『親切ついでに、一つ頼まれちゃくれんか?』




 疲労も手伝って、俺は深く考えることもせずに頷いた。

その後は仕事に就くにあたっての準備やら引っ越しやら……

兎角忙しく、忙殺されている内に日々が過ぎて……





加納鉄矢は、イングランド五部リーグのチーム。

世界最古のサッカークラブ、ノッツカウントFCの監督に就任したのだった。





―――




 時は20××年、四月初旬。

 イングランドリーグは終盤であり、修羅場があちらこちらで繰り広げられている

 我がノッツカウントFCは昇格を既に決めているが、内情は複雑だ

 シーズンを戦い終えようという時期ということは、来季に向けての準備が水面下で行われている

という意味でもあるのだ。


 俺たち首脳陣だけでなく、選手も同様に将来を決定する時期なのだ

 つまりは、移籍するかしないか……ということ




 正直覚悟はしていたが、願望は持たずにはいられなかった

 如何にか移籍させない方法はないものか、と思う選手が我がチームには存在した







「単刀直入に言わせてください!」

「……構わない」


「もっと大きなクラブで俺のプレーを……試してみたいんです」

「つまりは移籍希望、ということか」

「そう受け取ってくださって構いません」



 固い決意を感じさせる表情で俺の前に立つのは、あどけなさを過分に残す少年。生まれも育ちもノッティンガムのユースっ子だ。

 彼――トム=ジャーヴィスは我がクラブ期待の若手であるとともに、他クラブから垂涎の的となるホーム・タウン・グロウンを満たす選手なのだ。



 ホームグロウン制度について簡単に説明すると

 読んで字のごとく、国内で育成された選手を一定の人数登録したり自チーム育成した選手を最低1人ベンチ入りさせる義務を課すルールである。

 前者は正直な所簡単である。外国籍だろうとイングランドリーグでデビューした者ならば条件が満たされるし、そもそもイングランド人選手の数が多い。

 しかし後者は厄介で、スタメン11人+ベンチ入り7人の内最低一人がHTGでなければならないという……

 優秀な選手が育っている場合は全く何も問題はないがそうでない場合言い方は悪いがベンチ入り枠を一つ無駄にしてしまうことになる。

 世界一過酷と言われるイングランドリーグの日程は、選手を矢継ぎ早に入れ替えなければ乗り越えられない。

 資金の潤沢な一部のクラブであればどうとでもやりようはあるが、我がチームは貧乏なのだ



「……正直な話、今移籍しても出番を望めはしないぞ?」


「覚悟の上です、アピールが必要だってことは」



 トムの眼を見る。

 野心と希望と、ほんの少し焦りの色を帯びた瞳

 サッカーに限らずスポーツ選手は、その人生の進む速度が速い

 瞬く間に成長し、駆け上がったと思いきや、嘘のように滑落していく……

 そんなことは日常茶飯事だ。


 彼の考えを理解できないのではない。むしろその逆だった

 俺だって選手の立場であったなら高みを目指すと断言できる



「どうやら引き留めても無駄のようだな」

「……すみません」

「謝るな。移籍は選手に認められた当然の権利だ」



 出来うる限り穏やかな表情を浮かべながら、右手を差し出す

 おずおずと差し出したトムと握手をしつつも、俺は……



――これは始まり、だろうな



 これから先の数か月、チームに何が起こるかを察してしまっていたんだ



――――



 あれから約1か月後の、五月初旬……

 予想通りと云うべきか、チームの未来には暗雲が立ち込めていた

 ジャーヴィスへのオファーを皮切りに主力選手に矢継ぎ早にオファーが舞い込んだのだ

 財政的に困窮している我がクラブからすれば、移籍金は懐を直接的に潤してくれる彼らはありがたい存在だ

 がしかし……カツカツのスカッドが更に引き抜かれると苦しいのには変わりない。

 幸い移籍が決まったのは全員ではなく、CBが一人、CHが一人、そしてCFWが一人である

 CFWはジャーヴィスであり、その他のポジションは中堅の年齢の選手だ



 今現在、俺は秘書と共に選手リストの洗い出しを行っている

 アナリストから送られてきた選手リストからこれはという個人を見つけ出す作業だ

 昨今はマーケティングツールとして某シミュレーターがあるからかなり捗ってはいるのだが……




「無理ですね、要求される給与が高すぎます」

「……まぁ、そうだな」



 自分のノートPCと秘書のタブレット端末に表示された選手データ――

 加えて週給やら契約条件等々と…………

 ノッツカウントFCの予算を照らし合わせ、更にそこから妥協できる点を抽出していく作業だ。

 運よく適合できた選手だけが、晴れた我がクラブととの交渉のテーブルにつけるという訳である



「続いてまいりますよ、監督?」

「ああ……」



 少々ボーっとしていた俺に声を掛けた秘書――醍醐千歳は資料に再度目をやる

 現状50数名いる候補の中では一番の若手の一人で、某ビッグクラブを放出される予定の選手だ

 一見すると彼は非常に我々にとって都合のいい選手である、言い方は非常に悪いが……

兎に角給与が安く、方々で潜在能力や現状のスキルを評価されており年代別代表の経験もある



 がしかし、致命的に不利な点が一つ



「素晴らしい選手です、ドリブルやパスなどの攻撃的な選手に必要な能力が高いだけでなく周囲を活かしつつも自らも活かされる術を心得ていて尚且つ献身性も高いとは……」

「フォアチェックもサイドへの追い込みも欠かさないし、途切れない。スタミナも豊富だ。普通なら獲りに行くべきで、是が非でもほしい逸材だ」

「加えてメディカルの問題もありませんし、素行も良好……と」

「ああ、全く素晴らしいな」



 其処まで言って、ファイルを次の選手へと移行させる

 千歳にそのことを咎める動きはなく、同様にかの選手のページを閉じた

 まるで時間の無駄だと言うように……



「それが故に、縁がないのでしょうね」

「ウチには絶対に来ないだろうな……」




 実の所、彼にコンタクトを試みてはいるのだ。

 しかし……代理人の時点で引っかかったまま数日経過したままである

理由は調べがついている。他のクラブからもコンタクトが頻繁にされているのだ

 それも各国の一部クラブから……

色んな意味で勝ち目がない。将来プレミアを目指すと言っても最低三年は時間が掛かってしまう

 そうなれば高校生でも卒業しているし、20代後半の選手は肉体的な衰えを感じ始める頃合いだ

時間の浪費、と捉える視点も理解はできる。



 彼は下部リーグでプレーすることを良しとしないと断言できる

噂ではポルトガルリーグが有力な移籍先だとか

 まぁ我々には関係のない話である。



――――





 それから時間をかけてリストを洗い出し、なんとか八人程の候補を絞った

 来てくれる可能性の高い選手であり、補強の必要性があるポジションの選手はCFW、CH、CBに加えて、ウイングやOMFも数人である

 何れの選手も移籍金が全くかからず、契約金などだけで移籍を成立させられる



 残留してくれる選手を合わせればなんとか戦える陣容が整う、といった所だ

 昇格チームというのは、世界の何処でも厳しい現実と向き合わなければいけない運命にあるのかもしれない……詮無い事ではあるが金が欲しい。


 そんなおセンチなことを考えていると、鼻腔を擽る香り。

 思わず視線をあげてみると見慣れた怜悧な貌がすぐ傍に在った。



「珈琲です」

「あ、ああ……ありがとう」


 何の迷いもなく湯気が立ち昇るマグカップに口を付けた

 眠気はないが、疲れは強烈に感じていたからだ

 それ故に味わい楽しむことは出来ないが、とりえず目は覚めるだろう



 しかしずずっと啜ると、少々違和感を覚えた



 塩辛いのだ



「しょっぱい……」

「それは塩を入れたからですね、私が」

「限度があるのだと思うぞ」

「まぁ、そうですね」



 真顔である。感情の動きがまるで読み取れない

 まあ悪戯目的だろうけども……

しかし根っこから真面目な千歳がこのような真似をする意味がわからない

 塩入珈琲は割かしポピュラーな飲み方であり、酸味と苦みを緩和し飲みやすくできるのだが、眼の前の一杯は明らかに塩辛かった


 しかし、次の瞬間目撃したのは涼しい貌をして同じマグカップの珈琲を啜る姿だった



「っ! ちょっと待て、塩っ辛いだろ……淹れ直して飲めば……」

「いえ、美味しいですよ?」

「は?」



 さぞかし間抜けな貌になっていただろう。それほど俺は驚いていた舌が感じた刺激の度合いはかなり強いものだったからだ

 あたかも電気治療器の間違った使い方をした時のような……



「刺激を過剰に感じ取ってしまうのは、身体に何らかの異変が起きているからです」

「…………」



 改めて指摘されれば、疲労が溜まっているのも当然だった

 昼は練習にミーティング、時に取材対応にスポンサーとの折衝に駆り出されることもある

 必然的に睡眠時間が削られてしまうこともあり、妻にも迷惑を掛けっぱなしだった

 昔から心配事を片付けてしまいたくなりすぎる性質だったが……


 ふと時計に眼をやれば、既に夜の十時を廻っていた

 夕食後に作業を始めてから四時間以上もデータに齧りついていたことになる……



「す、すまない……千歳……」

「いえ、私は大丈夫ですよ」



 彼女は何も言わなかった

 ただ仕事道具を速やかに片付け、珈琲にミルクを追加して



「そろそろ、休みましょう?」



 若い頃から変わらず、いや更に美しくなった顔で微笑みながら、そう云った

 





★ 



 五月初旬、ロンドン

 フットボールの聖地と呼ばれるウェンブリーには、普段とは別の姿が在った

 下部リーグだけのカップ戦の決勝が行われるからだ



ノッツカウントFC VS ゲイツヘアーAFC


 昇格を果たしたチームと惜しくも逃したチームとの戦い

 圧倒的な戦績で勝ち上がった前者と大きく引き離された後者では戦力差は大きい

 しかして、カップ戦……一発勝負ではそうした戦力差は時としてひっくり返ることもままあるのだ

 それだけの熱量が、此処には充満しつつあった

 6万を超える大観衆……普段とは別次元の大音量に、俺は感慨を覚えていた

 


「今日は、力を示すにはもってこいの日だ」



 闘ってこい。

 戦術的な指示以外は、ミーティングで伝えた通り

 多くは語らず気持ちを滾らせるのみ

 キックオフ迄の時間は目まぐるしく流れた

 アンセムを聞き、エンドを決め、ベンチに一度腰を下ろす

 着慣れたスーツが何故だかくすぐったく感じたのはピリピリした空気ゆえだろう

 願わくば選手として立ちたかった場所……


 しかし今の自分は監督なのだ

 あの頃の自分を心に置き去りにして、未踏の地を目指さねばならない




『さあ、ゲイツヘアーのキックオフで試合が始まりました!!』



――




 今シーズンを4-4-2で戦い抜いたノッツカウントFCだが、この日は陣形を変更していた

しかしフォーメーションの変更だけならばそう珍しくもない事だ。負傷者や出場停止によって変えることはあるからだ。


 しかし、今日の変更は抜本的に戦術を変えた……

 そう見られても不思議ではなかった



『見た所アンカーを置いていますね、4-1-4-1か4-3-3でしょうか?」



DFラインとMFとの間にアンカーと呼ばれる守備的なMFを置いた陣形

一般的には守備と攻撃のバランスを取るための方式である



『これはミラーゲームになったようです』



 相手のフォーメーションも4-3-3であり、戦術的にがっぷり四つに組んだ

 所謂「ミラーゲーム」になった

 プレッシングにしろ、ビルドアップにしろ対応する相手を出し抜けばチャンスになるし、ミスを犯せば付け込まれるリスクが増大する。

しかし、恐らくだが相手方は違和感を覚えていた筈だ



『ゲイツヘアーの積極的なプレッシング! 3トップがDFラインに襲い掛かる!!」



 前半15分過ぎ迄は猛烈にプレッシングを掛けるゲイツヘアーとかろうじて繋ぐ

ノッツカウントFCという表現が当てはまる内容であった

予想より激しいプレッシャーに苦しんでいたのだ

 素晴らしく速い寄せに苦しみ、前線へとボールを運べずにいたのだから

潮目が変わったのは、たった一つのプレーからだった



『ノッツカウントは緩急を付けたパスワークで崩すチームですが、今日は少々

上手く行っていない様子です』


『少々ボールサイドに人数を集めすぎているかもしれません、もう少しワイドにピッチを使えるといいのですが――』



 ウェンブリーの実況席、俯瞰的に試合を観ることの出来る位置に座るアナウンサーも状況を判断しかねていた。

 しかし致し方ない事だ。誰がどう見ても窮屈な陣形であったのだから

 両サイドからの攻撃を試みたノッツカウントイレブンは、防備を固めた相手方を攻めあぐね、その都度ゴールキーパーまでボールを戻した。

 当然のように前線から果敢にプレッシャーが掛かる。

現代サッカーでは出来て当然となって久しいフォアチェックはしばしば諸刃の剣となる




『おっとCFW――トム=ジャーヴィスが右サイドに開きました……が、これは味方と呼吸が合わないか?』



 サイドに開きボールを呼び込もうとしたジャーヴィスだが、パスの出し手である右CBとタイミングが合わず、ボールを受けることは出来なかった

 彼について走った相手の左SBの選手とカバーに入ったCBが引っ張られはしたが、それだけだ。

 しかし結果的に言えばこの無駄走りが伏線となったのだ


 好機と見たゲイツヘアーのFWと両サイドハーフはやや前のめりにプレスを仕掛けやや持ちすぎ気味となった右CBの選手はサイドに追い込まれてしまうかに見えた

 けれどこの時、ゲイツヘアーの最終ラインはスピードのあるジャーヴィスらを畏れてか、DFラインを上げ切ることが出来なかった。

 そして、ノッツカウントのビルドアップの真骨頂は相手が乱れた隙を突くことにある。

 だが、前を向けずにDFラインで、緩慢に見える速度でボールを回す風景は

如何にも劣勢だ。


 バス・ストップのようにゆっくりとした速度で右から左へボールが流れ、遂にはFWのプレスを喰らいそうになってしまう……

 場内にはどよめきと歓声が鳴り響き、たまらずGKへと戻した選手には容赦ない罵声が浴びせられる

 贔屓の背を押し、敵を脅かす常套手段だ。



 けれども次の瞬間、場内の観衆は息を吞んだ






『おっとGKはダイレクトで中盤へ――これをCHのロドリゲスがレイオフ(ボールを落とす)!!』


『落としを受けた右SHがグングン速度を上げる、素晴らしい動きだ!』


『ゲイツヘアーは切り替えが鈍い! 中盤とDFラインの間にスペースが生じてしまった!

右SH――クレメントはそのままバイタルエリアに――』




 敵陣につり出され、前のめりになったゲイツヘアーを尻目にノッツカウントの選手たちは一気に攻勢に出た。

 プレスの隙間を縫ってのレイオフ(縦パスを出し手に戻し、前を向かせる動作)を皮切りに、チーム有数のスピードの持ち主が手数を掛けずにゴールまでの距離を詰めていく。

 泡を食ったゲイツヘアーは捕らえに掛かるがどうにもトランジションが鈍い。

 だがCBと相対する頃にはカバーリングが間に合った――


 

 しかし




『おおっ! クレメントはアウトサイドでボールを流した!!』


『その先には――絶妙なタイミングで右SBのイーストウッドだぁ!!!』



 タックルが間に合うか否かというタイミング、しかし無情にもボールはサイドへ流れる

待ってましたとばかりに落ち着いてトラップしたのは此処まで思うように前線に上がれていなかった右SBが前半18分でこの試合初のクロスを送る。


 この形は今シーズンにおける、ノッツカウントFCの得点パターンの一つだった




『ダイレクトで鋭いクロス――っ!』




 クロスボールは、鋭く弧を描く様にして軌道を変えた

そして吸い込まれるようにある一点に向かう


 其処にはDFはいない

 

 GKも飛び出せない


 マークしていた選手も振り切られていた



 一陣の風のように奔り、迷うことなく飛んだFWがいただけだった




『飛び込んで来たジャーヴィスだーーッ!!!』




 痛烈なヘディング。

 芯を食い、叩かれたボールは反応すらも許さない

 GKは手を広げるだけが精いっぱいでボールは無情にもその先をすり抜けていく


 ネットを揺らす音はしたのだろう

 

 しかし誰にも聞こえなかった






『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!!!!!!!!!』




 耳を劈く、爆裂音のような歓声が刹那の静寂の後にスタジアムに響いたからだ




『格別だ』




 心の内に想いつつ、監督は指示を送る


 まだ1点入っただけ、決勝は序の口なのだから



「相手の心の火は、寧ろ燃え上がっただろう」


「厳しくプレッシャーを掛けろ、好きにやらすな」


「2点目を取りにいけ」



 つまらない指示だ、しかし有効だった


 こと試合中に関しては、監督が出来る仕事は少ない


 彼らを燃え上がらせることに心血を注ぐ方が、生産的なのだ






――――




 後半45分を過ぎて、ウェンブリースタジアムには雨が降り始めていた

観衆は誰も席を立とうとしていない

 しかし彼らの眼の前の光景は、時間という概念は残酷で無慈悲だ



『先制点を与えたことが、あの時間に前掛かりになってしまったことが

結果的に言えば敗因となった形でしょうか』



 他国の解説者は語る。事実その通りだろう

 1点入った後は、スコア上で云えば一方的な試合だった

 同点にしようと猛然とした勢いで襲い掛かるゲイツヘアーと真っ向から受け止めつつカウンターを狙うノッツカウントFC……


 前半の内にカウンターからクレメントが一対一を制し追加点を挙げ

後半にも不用意なバックパスを奪ったクレメントからのアシストでジャーヴィスが見事なフィニッシュを決めた。


 この時点で後半25分過ぎ……

 勝敗は決したと言っても過言ではなかった


 しかしゲイツヘアーの選手たちは、闘うことを止めなかった

 圧倒的に攻め込まれながらもボールをクリアし、こぼれ球に食らいつき、前線へと蹴り出す

 アバウトなロングボールに走り込むアタッカーは消耗し脚がつり、倒れる選手もいた


 結果は……5-2。

 セットプレイからの2点だったが……

 積極的なプレーは来シーズンへの財産となるだろう



 この試合に対して、著名スポーツサイト【skies-sports】は6.5の採点を下した



 最高とは言えない、だが見るべきものが確実に在った。



 そういう評価だった。






――――




 試合後、ゴール裏に挨拶に向かった。


 こういうのは普通本拠地で行うものだが、特別に許可されたのだ

エースと幾人かの主力が退団することが決まっていて、別れとしては都合が良かったのだ

 穏便に、あと腐れなく別れるためには……



 そうした思惑が見え隠れしていたのか、勝利してタイトルを取った後にしては

 ゴール裏のボルテージは低かったように思える

  



 そんな中、ジャーヴィスはマイクを握った




「俺は、子供の頃からノッテンガム育ちです」



 彼の声は落ち着いていた、感極まることなく淡々としてさえいた



「7歳の頃、初めてスタジアムで試合を観た時は……負けちゃいましたけど

感激しました。諦めずに戦う選手たちと後押しをするサポーターの皆さんに」



 彼は客席に眼を向けたまま、逸らすことなく言葉を紡ぐ

 



「それからずっとプロになるために努力して……だけど僕がトップに上がる前に

チームは降格してしまって、悔しくて涙が出る経験もしました」



「でも」



「嬉し涙を流すような、素晴らしい思い出も沢山あります」



「そのどんなときも一緒に戦ってくれたチームの皆や監督やコーチ、家族、友人、恋人、そしてこの最高のサポーター…………」



 何時しか、雨が再びピッチに振り始めていた


 しかしそれを気にする者は此処にはいない


 彼の頬に流れるモノを気が付くものは……きっといたのだろうけど




「本当に、ありがとうございました!!」



「俺は必ず成功します、世界一のFWになってみせます!!

そしてこのチームの、ノッツカウントFCの名前を知らしめてやります!」




「これからも、ノッツカウントFCを応援してください!!

行ってきます!! 夢を叶えに、行ってきます!!」








 立派に想いを叫んだ少年は、人目も憚らず泣き、やがて去っていった




 俺はその背中を追いかけて、叩いた。



 抱きしめるなんて柄でもないし、慰めは要らないと思ったからだ



 彼の試練はこれからだから


 ずっと競争は続くのだ、血を吐いて走るマラソンのような日々が待っているのだ



 けれど、彼は負けないだろう。

此処は帰ってくる場所だ。


 逃げ帰るでもなく、凱旋すべき故郷だ


 そうした場所がある上に、向上心とプロ根性を持ったトムは……




 彼は理想的なフットボーラーだ




 なぁ、千歳……



 俺がもし、怪我をしなかったら……再起できたとしたら……


 あんな風に慣れただろうか……?



 そう思うことがあったんだ……



 だけど、いつからだろうな?


 ピッチで奔るよりも、選手たちを走らせる方策を考える自分の方に違和感がなくなったのは



 俺は多分、夢を見つけたからだと思う



 客席で、外から観る彼らと似た願いかもしれないな



 俺のチームから、フェノメノのような怪物を産み出す事


 

 そして栄光を、共に掴み取る事



 時間はかかるだろうけど、追いかけてみようと思っているんだ



 遥か先の未来、いつか彼方の明日……この異国の地で……













来季はスタジアムで試合が観たいなぁ……




あ、出来れば評価を……

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― 新着の感想 ―
[一言] 前半はすごく好きだけど、今回のは前編に比べてヒロインとの絡み、ヒロインの登場シーンが少なすぎる。。。
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