団地妻
「それがどうして気になるのよ? むしろ良い事なんじゃ無いの?」
「確かに確かに」
「それは、そうなんだけれども……」
美奈子にそう言われて、自分でも良い事だと思っているのだが、私たちのイレギュラーな関係上では新谷さんの精神面が良くなっていくと言うのは即ち、新谷さんが私の元から離れるということになるのでは? とどうしても考えてしまう自分がいるのだ。
もちろん、新谷さん本人からは『精神面が良くなって問題なく外を出歩けるようになったらこの部屋から出て行く』と言う旨の言葉は聞いていないので、新谷さんの精神面が良くなったからと言って必ず出ていくとは限らない。
しかしながら新谷さんを今まで生活してきたからこそ、精神面が良くなると『これ以上は朝霧さんに迷惑をかけてしまうので』とか言って出ていきそうなのもまた事実である。
というか、実際にそう言って出ていく新谷さんの姿が目に浮かぶ。
そもそも、そもそもである。
新谷さんを拾ったのは私で、部屋にに連れて帰ったのも私で外に出れるようになるまで身の回りの世話をしたのも私である。
この状況を、捨て猫で考えて欲しい。
私はある日、段ボールに入って衰弱した捨て子猫を拾った。
そして家に連れて帰って介抱して、動物病院で必要な処置を全て施し、今では体調も万全とは言えないがよちよち歩く事はできるようになった段階であろう。
そしてこのまま成長して、元気に遊び回れるようになった途端にもう大丈夫だと外へと話して良いのだろうか?
否。
ダメに決まっている。
子猫を拾って家に連れて帰るという選択を取った時点で私はその子猫の飼い主になるという責任が生じるのだ。
元気になったから外に放すなどという無責任な事をして良いわけがない。
一度拾ったのならば最後まで買う覚悟が必要なのだ。
その覚悟が出来ないのならば初めから拾ってはいけない。
そして、これを今の私達の関係に当てはめてみると、私が飼い主で新谷さんが子猫であり私のペットになるのである。
と、いうことはである。
新谷さんの精神が回復したからといって外に放すのは飼い主としていかがなものかと、そういう事である。
「なんかお母さんが闇落ちしたような気がするんだけど気のせいかしら?」
「大丈夫。 私もそう見えてるから。 そしてそこはかとなく闇落ちしたお母さんはなんかエロい」
「あ、それ分かる。 なんかエロいよね」
「な、何ですか? 二人して私を見つめて……っ?」
「いや、なんかさっきまでのお母さんの雰囲気エロかったなって」
「例えるなら、そう。 団地妻っ!」




