見惚れてしまう
「ぐぬっ……」
流石にこの場で離れるのは得策ではないと言う事だけは理解できたのだろう。
部屋の外へ向かおうとした間男の足は止まり、すごすごと元いた場所へと戻ってくるとパイプ椅子に座る。
その表情は、まるで何かに怯えているようにも見えた。
いや、実際には怯えているのだろう。
相談できる仲間がいないという状況は、やはり誰でも不安になるのだろう。
特に、数千万の支払いを決める話や、その結果会社バレや嫁バレ、そしてその結果会社を首にされる可能性や嫁に離婚を突き付けられる可能性を考えてしまっているのだろう。
自分の人生が壊れるかもしれない分岐点に立っているのでその重圧は凄まじいものであろうし、もしかしたらことの重大さに泣きたくなっているのかもしれない。
しかしながら、その間男の姿を見て俺は可哀想とは微塵も思わない。
そもそもこっちはこの男と元妻の身勝手な行動によって人生ぶっ壊されているのだから、こうなって当然だとも思ってしまう。
「それでは、こちらの書類に目を通していただき、サインとハンコ、ハンコが無い場合は拇印を押してください」
そして、そんな間男に考える暇を与えないと言わんばかりにすかさず弁護士さんが慰謝料や使い込みなど返済について承諾する示談書を差し出す。
「…………っ」
「高い買い物になりましたね。 これが今回の貴方が行った不倫という行為の代金です。 納得いかない場合は先程も言いましたが裁判でしっかりと適正価格について話し合いましょう。 あ、依頼主さんを待たせるのも悪いので早めでお願いします。 時間がかかるようならば示談金を支払う意思がないとみなして──」
「は、払いますっ! 払いますっ!」
やはり、プロは追い込み方が綺麗だと、見惚れてしまう。
一気に圧をかけて考える猶予を奪うと人間まともな思考で判断ができなくなり、そして今この場ののしかかって来るストレスから今すぐにでも抜け出せる選択を取ってしまうという心理を逃げ場をなくした状態からの一手。
そし間男も多分に漏れず簡単に今このストレスから解放される方を選んだようである。
ちなみに元嫁は未だに喚き散らしており、それを義理母から「アンタのせいで浮気をばらされたじゃないのよっ!!」と罵られいるので今はとりあえず無視である。
ちなみに義理父は今までうるさかったのが嘘のように静かになり、俺と弁護士と間男を血走った目で見ている。
もしかしたら義理母との離婚の参考にしているのかもしれない。
なんだかんだで強かな人だと改めて思う。




