何だかとても嬉しいと思えてしまう
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今現在俺は学校の理科の授業で使う実験用の道具、歯ブラシを買う為に訪れた近所のデパートで朝霧さんを発見したのだが、声をかける勇気が無くやきもきとしている。
端から見れば今の俺はきっと気持ち悪い奴だろう。
因みに今度行う理科の実験は植物の葉にある葉脈を取り出すというものらしい。
これ自体は小・中学で習う内容なのでどちらかというと実験を楽しむことをコンセプトにした実験である。
因みに高井はコレクション用に様々な種類の植物の葉を集めて来ると息巻いていたのだが、歯ブラシの事は頭から抜け落ちていないか今から心配ではあるものの、楽しそうにしている姿から理科の先生の思惑は成功とみて良いだろう。
そして、俺は今目的の商品である歯ブラシは既に購入しており、適当にぶらついているだけなので『一緒に買いに行かないか?』というパターンも使えない。
あとほんの少しだけ買うのが遅ければとは思うものの、結局それは声をかけない言い訳にしかならず、もしまだ学校の授業で使う歯ブラシを買っていたとしても別の言い訳を考えて声はかけれず、今の俺の様にやきもきしている姿が容易に想像できる。
情けない。
もし俺が朝霧さんにまだ好意を寄せていなければ、なんの抵抗も無く話しかけていたのだろう、と思いながらフードコートにあるマックでポテトを買い、席に座り突っ伏す。
「渡部君?」
「……へ?」
「あ、やっぱりそうだ。 どこかで見たような人影だったから、知り合いだったら声をかけようと思って」
「あ、そうなんだ。 朝霧も歯ブラシ?」
「そうだよっ。 別にコンビニでも良いかな? って思ったけど今日私の好きなバンドのアルバムの発売日だったからついでに買っていこうと思って」
「それってまさか天……ラットオブチキン?」
俺がそう聞くと朝霧さんは目を輝かせ、前のめりに話しかけてくる。
どうやら朝霧さんはラット好きのようだ。
そんな、今恐らく男性陣の中でもしかしたら俺しか知らないような朝霧さんの一部を知れた事が、何だかとても嬉しいと思えてしまう。
「え? もしかして渡部君もラット好きなのっ!?」
「いやまぁ、俺もここに歯ブラシ買いに来た理由がラットのアルバム目当てで来るくらいにはラットは好きだけど……。 なんだろう、ダウンロードもいいけど現物を手元に置きたいというか。 スマホで聞く場合取り込む手間が増えるけどね」
「分かるっ! 物凄く分かるっ!! 歌詞カードを手に聞くのもまた良いよねっ!! 因みにどの曲が好き?」




