これは酷い
「どうした? 渡部。 今日はやけに元気ないじゃないか」
「いえ、大丈夫っす」
「そうか? なら良いけどあんまり無理はすんなよ?」
「は、はいっ!」
どうやら俺が凹んでいた事が態度に出ていたらしくカラオケのバイト中の先輩から心配されてしまう。
とりあえず、先輩にトイレへと行く旨告げて使っていない階のトイレへと向かい、そこの鏡に映っている自分の顔を見れば、確かに心配の一つはしたくもなる覇気のない顔がそこには映っていた。
「はは、これは酷い」
恋愛は、皆キラキラして、幸せな気持ちになり、世界が色づく等いうのだが、真逆じゃねぇかよ。
こんな事ならば好きになるんじゃなかった。
よりにもよって、朝霧さんに好きな異性ができた時に好きにならなくても良いじゃねぇかよ、と思わずにはいられない。
クラスで朝霧さんを好きな男達は『もしかしたらお母さんの好きな人は自分かもしれない』という話題で俺だお前じゃないなんて盛り上がっているのだが、朝霧さんの普段の行動を見ていれば、彼女の好きな異性の相手が少なくともクラスにいない事くらいは俺でもわかる。
この俺ですら朝霧さんの事を好きだと自覚してからは、気がついたら朝霧さんを目で追っているのである。
そして、それは同時朝霧さんはクラスメイトには好きな異性がいないという事も分かってしまう。
もし、朝霧さんが俺の事を好きであるのならば、俺と目線が何度か合っても良いはずだ。
なのに実際は一日朝霧さんと一回目線が合うかどうかである。
俺は余裕で十回以上は朝霧さんの方を無意識に見ているというのにである。
そして、それと同じように、朝霧さんがクラスメイトの中で意識して見ているような事もない事が分かる。
なのでクラスメイトの中には朝霧さんの意中の人はいないと見て良いだろう。
「俺、気持ち悪りぃな……」
朝霧さんの事を好きだという高井の奇行やご都合主義な妄想を気持ち悪いと、これではもう言えないじゃないか。
今なら高井の奇行もご都合主義の妄想も、それをしてしまう気持ちが分かってしまう。
実際に何度も何度も無意識のうちに朝霧さんの事を見てしまっているし、もし両想いだったらとか、付き合えたらとかいう妄想をしてしまうのだから。
ほんと、だせぇ……。
「何やってんだか……」
そう思いながら俺はバイトへと戻る。
「本当に大丈夫か? あれなら早退するか? 今日暇だし大丈夫だと思うぞ。 どうせ裏でだべって終わりっぽいし」
「いえ、大丈夫ですし、それなら先輩と一緒にだべっていた方が気も紛れますし、ちょうど良いっす」
「何だ? 彼女にフラれでもしたのか?」
「いえ、そんなんじゃないっす」
今日だけは先輩のウザい絡みも有難いと思った。




