その万が一が私を足踏みさせる
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新谷さんと暮らし始めて二ヶ月近くがたった。
新谷さんはというと、相変わらず外に出るのは苦手なようなのだが、それでも新谷さん本人は外に出たいという意思はあるらしく、私が学校へ登校しようとするたびに玄関まで一緒に来てくれ、ここ最近ではアパートの道路まで出て見送れるようになった。
当初、玄関から一歩も出れないあの頃の事を思うと大きな進歩であったと思う。
その要因は、勿論新谷さんが頑張ったという事も大きいのだが、私が学校にいる間部屋で何かをし始めたらしく、それが息抜きになっているとの事でる。
新谷さん曰く、その瞬間だけは現実のことから逃避行できるらしく、そして時間が今では楽しくて仕方ないんだと語っていた。
一体何をしているのか聞いて良いのかどうなのか。
私は新谷さんが何をしているのか聞きたくて仕方がないのだが、束縛しているようで、面倒臭い女にも思えて、そして何よりもこれが原因で新谷さんとの関係がギクシャクしてしまうのはもっと嫌だ。
きっと新谷さんに聞けば『考え過ぎだ』と笑いながら昼間何をしているのか快く教えて貰えるだろう事は容易に想像がつくのだが、万が一という事もある。
その万が一が私を足踏みさせるのだ。
「ねぇ、朝霧さん」
「ひゃ、ひゃいっ!! な、なななっ、何でしょうっ!?」
「そんなにビックリしなくても良いじゃないか。 声をかけたコッチがビックリしてしまいそうですよ」
そう言いながら笑う新谷さん。
ここ最近の新谷さんの笑顔も自然な感じで笑えるようになり、目に見えて精神的な問題は改善していっているように思え、とても嬉しく思うと共に、新谷さんへの想いもまた強くなっていっている気がする。
「ご、ごめんなさいっ! 私自身もまさかあそこまでビックリしてしまうなんて、自分でも驚いています」
「そ、そうなんだ」
「そうです」
「…………」
「…………」
そして私たちはどちらからとも無く笑い出す。
初めのうちはこの、不意に訪れる沈黙が少しだけ苦手だったのだけれども、今ではこの沈黙すら悪くないと思えてくる。
「それで、私に何かようですか?」
「いえ、大したことではありませんが、コレ……。 近くのコンビニでプリン買ってきたので一緒に食べましょう。 朝霧さんから頂いてる恩からすれば微々たる物ですが……」
そう言いながら照れ臭そうに突き出すプリンは、私がよく買ってくる近所のコンビニのプリンであった。
あぁ、私、こういうのに弱いんだ。
ダメ男に引っかかる理由が少しだけ分かった気がした。




