98話 王族と貴族少女
タイタン王国の王都、タイタン。タイタン神により作られた神器の都市である。上下水道が完備されており、上水道は清廉なる水を湧き出し、下水道は浄化の力にて汚水は綺麗となる。城壁は魔物から人々を守るために、強力な物理、魔法耐性を持つ。
武骨なる王城にはタイタン神の神器が眠りについており、過去何度かの魔物のスタンピードや、敵軍の襲撃の際にその力を示し、その全てを打ち払ってきた。
そのため難攻不落の要塞都市の側面を持つのが、タイタン王都である。
王は過去に神々の住まう地であり、神々が去ったあとは王族が管理を任されたのだと声高に口にするが、それは極めて怪しかった。まさしく要塞都市として作られた感があるために、他に王都があったのではないかと、時折学者が口にして不敬罪で捕まっていたし、神々の時代から存在する美麗な建物がないためだ。
だが、この都市は王にとっては都合が良い。反乱が起きても陥落しない都市というのは魅力的なのだ。
そんな王城にフローラはアイと会った次の日に登城していた。
武骨なる城は城内も同じで、石に見えて、石ではない神がお作りになった修復の魔法やら各種耐性がつけられた石壁を隠そうと垂れ布がたくさん吊るされている。
床には真っ赤な絨毯が敷かれて、玉座へと続いている。壁際には近衛騎士と貴族たちが並ぶ中で、フローラは跪づいていた。
王との謁見が叶い、謁見の間にいるのである。お母様と一緒に訪れており、さすがのフローラも緊張していた。貴族たちも誰も喋らずに王の言葉を待っている。
妖精樹の状況をお母様が説明し、タイタン18世と呼ばれる30代の若き王は顎髭を弄りながら考え込んでいた。
そういえば、いつも隣に侍り、色々と王が考えている間に口を挟む宰相と大将軍がいないとフローラは気づいた。フローラも身分上、謁見の間に何回か来たことがあるので、そういった不敬に近い行為が行われていたことも知ってた。
それはそうだ、ムスペル宰相は北部に立て籠もり、それを討伐しにブレド大将軍が遠征しているのだから。
そして王の前で口を挟む者は誰もいない。
つまり、今はコロコロと変わって弱まっていた王の力が回復しているということだ。宮廷雀である貴族たちが一言も口を開かないことからもわかる。
これが王の企みの結果ということなのだろうと、ニコニコと笑みを浮かべるお母様を横目で見る。
全然緊張しているようには見えないわ。そういえば王とは幼馴染だったかしら。それにしても、謁見の間で緊張しないのは凄い。
「妖精花は今年は諦めよう。精霊退治は見送ることにする」
重々しく口を開く陛下の言葉にフローラはぎょっと目を見開く。周りの貴族たちもさすがに今の言葉に騒々しくなるが、陛下は片手をあげて、静寂を求める。
言葉を発せずに、ただそれだけの行為で、シンと静寂が戻る。以前では考えられない状況だ。かなり貴族たちに力を示していることがわかる。これではムスペル家もブレド家も戻ってきても、以前の立場には戻れないだろう。
「陛下。なぜ妖精樹の魔物退治への支援を頂けないかお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
相変わらず若き見た目のお母様が涼やかな声で尋ねる。お母様にとってもこれは予想外であったろうに、表情からはまったく読み取れない。
「うむ。第一にまず妖精樹に蔓延るのは高位精霊でも氷の精霊であることが挙げられる。季節は冬、そしてこの予想外の雪では軍は退治に向かっても、おびただしい被害を出すに違いない。春になり、力が衰えるだろう時に退治に向かっても遅くはない。なに、妖精花を諦める程度のことよ」
指を一本立てて、陛下は理由を続ける。
「第二に王領の宝石鉱山にはジュエルスライム、鉄鉱山にはアイアンアリクイとアイアンアントが大量に発生している。そちらを退治する方が喫緊の課題だ」
さらに指を立てる陛下。
「第三に各地にて強力な魔物が大量に夏から発生しているのだ。この原因はわからないが、この冬に入りそれら魔物らが食料を求めて街を襲っている。騎士団に妖精樹の精霊を退治する余裕はない。以上だ」
「……左様でございますか。陛下のお言葉であれば、春まで待つことに致します。ご英断ですわ」
妖精花は収穫しなければ1ヶ月程度で萎れてその効果をなくす。しかし、陛下の仰るとおりに、冬の豪雪の中で氷の精霊と戦うなど愚の骨頂だ。神器を使えば倒せるだろうから、騎士団を向かわせるとてっきり思っていたが、諦めるという選択肢を取るとは思いもよらなかった。
陛下は賢王として名声を広めると思う。愚王ならば自分のために妖精花を取らせに向かわせるだろうから。
お母様共々頭を下げて退室する。雪の中、危険な道のりを旅してきたのに、無駄になってしまったわ。アイと再会できたから良かったけど。
廊下を歩きながら、そういえばアイはうちの領地に来ると言ってたわね。しかもこの危険な季節に。止めた方が良いわよね。新しいベッドやソファを売ってもらい、この冬を屋敷で一緒に遊ぶのはどうかしら。きっと楽しい冬になるわ。
あっさりと陛下との謁見が終わり、フローラは肩の力を抜いていた。が、まだ終わっていなかった。
「ドッチナー夫人。陛下がお呼びです。執務室でお話したいと」
侍従が早足で歩いてきて、そんなことを言ってきた。え〜、さっきの謁見で終わりではないわけ?
嫌そうな表情にならないように頑張るフローラとは違い、お母様は予想していたようで、まったく意外な表情をとらない。
「わかりました。それではすぐに向かいますね」
ご案内しますと、侍従が先頭に立ち歩いていく。その後に続くと騎士が扉の前で立っている場所に着く。装いが魔鋼装備で銀ピカだから、近衛騎士だとわかる。
話は通っているのだろう。ちらりと見てきただけで綺麗な立ち姿を見せて、誰何は侍従がいることからしてこなかった。
「陛下、ドッチナー夫人とその娘、フローラ嬢をお連れしました」
「うむ、通せ」
重々しい威圧感のある声が中から聞こえてきて、また緊張し始めてしまう。しかも先程とは違い執務室に呼ぶとは。
帰って良いかしらと、お母様を横目で見るがスルーされた。だって部屋の中には王子たちもいるのが視界に入ってきたのだ。御年15歳のシグムント第一王子と12歳のシグルド第二王子が。
直系の血筋で子供はあとは5歳の王女だけである。王としてはもう少し子供を作らなければと貴族たちが後宮を作り、嫁を充てがおうとしているが、二人の妃しかいない。
王都では力のない辺境の伯爵家たちから嫁をとっており、後ろ盾のない王は操りやすいと評判であったが……。
「久しぶりだな、ビアーラ。それとフローラよ」
「お久しぶりでございます、陛下。ご健勝で喜ばしいことです」
「お久しぶりでございます、陛下」
お母様の真似をしてカーテシーをすると、陛下は悪戯そうな表情となり、高らかに笑う。
「よせよせ、俺とお前の仲だろう? いつもの口調を許す」
暖炉の炎で暖かな部屋に長椅子がテーブルと置いてあるが、そこに陛下たちは座って寛いでいた。ガラス瓶を手に持ちガラスのグラスをもう片方に持ち。
ガラス瓶は赤い色なので、ワインだ。最高級ワインだとわかる。なんと言ってもガラス瓶自体が金貨を出さないと買えないので。
「お湯割りで良いか? 外は寒かったであろう」
ざっくばらんなその態度に気が抜ける。同じく座っている王子たちは苦笑いだ。先程までの王の威厳がなくなっているから当然だろう。
「えぇ、頂くわ。随分とご活躍のようね?」
「おぅ、ようやく王らしくなってきただろう。ムスペルにもブレドにも、もはや顔色をうかがうこともないしな。フローラ嬢であったか? 直答を許す……なんてな! わざわざそんなことを言わなくても、もう自分で相手と話せる訳だ! ワハハハ」
ご機嫌な様子で笑う陛下。どうやら鬱憤がかなりが溜まっていたのね。でも……それだけ勢力を誇っていた二家を排除できたのかしら? 短期間で?
「宮廷雀の面子が変わっているわ。ねぇ、文官もかなり顔ぶれを変えたわね? あ、お湯割りで」
長椅子に座りながら、呆れた表情でお母様が言う。私もつられてちょこんと座る。あら、謁見の間に立っていたのは、今までと違う人たちだったのね。随分静かにしていると思ったけど、陛下に忠誠心を持つ人間に首をすげ替えたのか。
「そうだ。有能な奴らが何人か病死か事故死をしちまったからな。ほとんどは自分から辞めてしまったが。偶然にもその空きは忠誠心高い俺の家臣が埋めたんだよ」
「……そう。二家がいない間に、急いだという訳ね。でも辞めた文官たちには有能な人たちもいたでしょう? その人たちが他国に仕官したらどうするのかしら?」
「ワハハハ、どこの他国が雇うと言うんだ? 他国にとってタイタン王国の者を雇うなど、盗賊を雇うようなものだ。そんな国はあるまい。我が国よりも強大でない限り」
一瞬冷めた表情をお母様は浮かべるが、すぐに笑顔へと変える。笑う陛下はその変化に気づかない。
「そうね。有能で爵位の低い者たちは困窮するでしょうけど、これも時代の流れ。強き者が台頭する時には潰れる者がいるのは世の必定だものね」
「そうであろう。これからは強き者、即ち余の時代。タイタン王国が最も栄える治世となるのだから」
ますます機嫌を良くして笑う陛下を見ながら、お母様はニコニコ微笑み、その言葉に頷きはしなかった。昨日の話を考えると……もしかして強き者とは……。
考え込むが、考えすぎではないだろうか? アイは本当に妖精の隠れ道から現れた他国の者……なのだろうか?
「フローラ嬢、お久しぶりです。夜会で時折お会いしますが、お話をするのは初めてですよね。シグムントと申します」
「シグルドです。噂はかねがねお聞きしていますよ。とっても面白い噂をね」
輝くような金髪を魅せて、王子たちが私へと話しかけてくる。止めてほしいなぁ、私は置物で良かったのに。
だが、それを顔には出せない。にこやかな笑みで頭を下げる。
「フローラ・ドッチナーですわ。王子たちとお会いできて光栄です」
「仲の悪い王子たちに会えてかい?」
腹黒そうな笑みでシグムント第一王子が笑い
「口元が引き攣っているようだがな」
荒々しい様子でシグルド第二王子が犬歯を見せる。
あ、これは面倒くさい性格の人たちだわ。できれば関わりたくない人種。アイに会って癒やされたい……。
「噂など当てになりませんわね。とっても仲がよろしいようですし」
ムスペル家とブレド家の争いは王子の王太子問題も大きく関わっているのは、噂を集めなくても耳に入る。その二人は仲が悪いとも。
そして、この二人が仲が良いということは、陛下の謀略の成す業であったのだ。踊らされるとは、哀れなるムスペル家とブレド家ね。
「まったく驚く様子はないね。裏話を知っていたんだ」
「あぁ、さすが百の耳目を持つビアーラ夫人の娘だな」
爽やかさを見せようとして、二枚目を台無しにする腹黒笑顔で言うシグムント王子と、元々凶暴そうな顔立ちをさらに凶悪に変えるシグルド王子の言葉に内心嘆息する。
隣で陛下と話すお母様を睨み、こんな情報を教えてくれなくても良かったのにと、恨みがましく思う。
「いえ、驚いていますわ。でも兄弟仲の良いことは臣下として安心できます」
答えながらも、早く帰りたいわと、貴族少女はうんざりするのであった。