97話 油断できない貴族夫人と話す黒幕幼女
昔々、とても昔。神々が世界の支配を止めて、騒乱の世になっていた時代。平凡な男がいました。小さな畑を持ち、自分の食い扶持だけで精一杯。そんな貧乏な男です。
ある時、男は畑に向かう途中で妖精を見つけました。妖精は道に倒れて傷ついていました。魔物と戦い傷ついたのだろうと哀れに思った男は、妖精を助けて家に連れ帰ります。
とっておきの薬草を使い看病をすると、妖精は目を覚ましました。そうして自分が傷だらけだと気づくと、癒やしの魔法を使いあっという間に治してしまいました。
そして助けてくれた男へと頭を下げて礼を言います。
「きゃー、ありがとー! あのまま道に倒れていたら死んでたわ。お礼になにか願い事を叶えてあげる。なにが望みかしら?」
物凄いテンションの高い妖精でした。手のひらサイズなのに、キャイキャイと騒ぐその様子に面食らいましたが、願い事と聞いて、ささやかな願いを口にします。
「少しだけ肉が食いてえ。いつもは祭りでしか食えねえんだ」
「きゃー! 全然欲がないのね! そうね、それなら私についてきて」
相変わらずのテンションで妖精は男の髪の毛を引っ張るので、イタタと痛がりながら男は妖精のあとについていきます。
そうして森の中に入ってしばらく経ち、男が大丈夫かなと不安に思い始めたら、目の前が急に開けました。なんと、森の中にいた筈なのに、街へといつの間にかいたのです。
「この街は今日はお祭りの日。食べ物の全ては食べ放題でタダよ」
たしかに騒がしく、街ゆく人は皆笑顔。ただ聞いたことのない言葉を使っていました。
「さぁ、あそこの串焼き屋から行きましょう。たくさん食べないとね」
「なぁ、ここの人たちは聞いたことのない言葉を使うが大丈夫か?」
不安でいっぱいの男は妖精に尋ねます。なにしろ聞いたことのない言葉。見たこともない上等な服。ここはどこなのだろうかと。
「ちゃんと帰してあげるから大丈夫。さぁ、食べに行きましょう」
そうして食べた串焼きは食べたことがない美味しい肉でした。なにやら芸をする人間もいて、踊る人たちもいます。
男はたくさんの食べ物を口にして、見事な芸を観て回り、踊りに加わり楽しい時を過ごしました。
そしていつしか宵闇が訪れます。
「さぁ、そろそろ帰るお時間よ。お祭りはもうおしまい」
妖精がニコニコ笑顔で男に伝えます。男は素直に頷き、また妖精のあとをついていきます。そうしてしばらく経つと、いつの間にか自宅の前にいました。
手には山程の食べ物。お土産として貰ったのです。
「ありがとう妖精よ。私は腹いっぱいに食べれたよ」
「ふふっ、良いわ、良いわ。貴方の正直さが気に入ったのだもの。それじゃあね」
翅を羽ばたかせて、夜の帳が下りる中で妖精は手を振り帰っていきました。
男は貴重な体験をしたと、満腹の腹をさすりながら、家の中に入りぐっすりと寝ました。
次の日、たくさんのお土産を近所に配る男に、こんな物をどうしたんだと、人々は聞いてきます。
男は素直に妖精を助けたら、見知らぬ地に連れて行かれて、たくさんの食べ物を食べたんだと答えます。
それを聞いた村一番の物知り婆さんが、それは遥か彼方の地なのだと教えてくれました。この地に住まう人間では辿り着けない場所なのだと。
妖精のみが使える道。それこそが妖精の隠れ道だと。
誰もが知らぬ遠い地へと繋がる隠れ道だと。
男は二度と妖精に出会うことはありませんでしたが、不思議と畑は常に豊作で、その後の暮らしを嫁を迎えて幸せに暮らしましたとさ。
「きゃー! 面白かったでつ、ビアーラしゃん、凄い面白かったでつ」
フンフンと興奮気味に、ソファをテーンテンと飛び跳ねる幼女ににこやかに笑みを浮かべ、頭を演技っぽく役者みたいに下げる。可愛らしい幼女だと、ビアーラはほんわかしてしまう。その無邪気な様子に演技は見られない。
だが、無駄だとは思うが力を使う。瞳に映る幼女の心を読み取ろうとする。ビアーラが夫にも家族にも秘密にしている力。魔眼、読み取る瞳の力を発動させる。
知られたら、絶対に実家である外交を司るメトリー家は私を手放さなかったに違いない魔眼。
この力により、ビアーラは様々な情報を集め、自らに有利な状況を作り出してきたのだが……。
やっぱり無理ねと、内心で嘆息する。この幼女を始め、月光のどこから来たのかわからない者たちには一切魔眼が通じなかった。心がまったく読めないのだ。
魔眼に気づかれた様子もない。ということは、彼女らはこのような精神読解を防ぐ技を持っているのだ。魔法道具を持っているように見えないから、なにかしらの技だろう。
信じられないことだ。精神読解を防ぐ魔法も魔法道具もほとんどない。なにしろ精神読解を使う魔法使いなど見たことがないので。無駄なことに人は力を注ぎはしない。
そんな技を持っているだけで、この地の人間たちではないとわかる。恐らくは精神読解を防ぐ必要があった地なのだ。そんな地は聞いたこともない。
わくわくと久しぶりに心が浮き立つ。魔眼を使えば相手との駆け引きなど、あってないようなものだ。つまらなかったのだが、この月光の者たちは別である。どんな駆け引きが必要か、心を読めないままに交渉しないといけないのだから。
ビアーラは退屈な生活の中で、ようやく楽しめそうだと、内心で舌なめずりをする。楽しいこと、刺激的なことが大好きなのだ。月光に関われば、退屈な生活が一変するかもしれない。
でも、この幼女は見かけどおり可愛らしい少しばかり頭の良い女の子なのだろう。お伽噺を聞いて興奮する様子からも見て取れる。
恐らくは彼女の後ろにいる老齢の騎士が月光の中心なのだ。
まさか、母娘揃ってふぁんたじーを持ってきてくれたよと、テンションを上げて、女神の呪いが、いや、加護がフルパワーになりアホな幼女になっているとは、ビアーラは予想もできなかった。普通は予想できないが。
「妖精の隠れ道。お伽噺でよく語られる有名なお話よ。正直者で、人を助ける優しい心の人はきっと良いことが待っているという教訓が入っているのよ」
「意地悪なおっさんや、欲深い行動をとったらどうなるか、二次創作ができそうなお伽噺でちた!」
さり気なく挨拶がてら、相手の真意を見抜くべく妖精の隠れ道のお伽噺を話したのだが、アイちゃんは普通にお伽噺を楽しんでいたみたい。幼女だものね。
後ろで僅かに目を細める老齢の騎士ギュンターさんの威圧が心地よい。退屈な日々が消えていくような感じがするわ。
「そんなに喜んでもらえると、私も嬉しいわ。で、アイちゃんは妖精の隠れ道を通ってきたの?」
もしも妖精の隠れ道を利用できたら莫大な財を築けるのではと考えた人は多いだろう。それがもしも国が利用できるようになったとしたら? しかも自分たちよりも技術力に劣る地を見つけることができたら? 大変なことになりそうよね。
「んと〜、えと〜。ヒ・ミ・ツでつ! 内緒にしておかないといけないんでつよ〜」
ふふふと口をちっこいおててで隠しながら含み笑いをするアイちゃん。おさげを尻尾の様に振りながら、ヒ・ミ・ツ〜と身体をくねくねとさせるその姿はちょっと可愛らしいすぎる。養女にして良いかしら?
でもその発言に、ギュンターさんが苦々しい表情を浮かべてもいるので、本当に妖精の隠れ道があると確信する。ふふっ、幼女に経験を積ませようと護衛に徹しているのが仇になったわね。
「あ〜、内緒ではしょうがないわね! えっと、アイ。貴女にお礼を持ってきたのだけど貰ってくれるかしら?」
この話を長く続けると自分の身が危ないと考えたのだろう。無理矢理娘が話を修正してくる。もぅ、こんな楽しい会話を怖がるなんて、まだまだねぇ。
フローラがテーブルの上に置いたのは、ドッチナー家の紋章が彫られた銀の丸い板だ。ドッチナー家が責任をとると表している貴族街へと入れる通行証だ。
「これは我が家の紋章を彫られた通行証よ。これを使えば貴族街に入れるし、うちに遊びにも来れるわよ。このソファという物を売りに訪れることもできるわ」
「おぉ〜、バージョンアップキター! 遂に新たな場所が解放されまちたか! ありあと〜フローラしゃん!」
キャホーと喜ぶ幼女に、フローラもニコニコと機嫌が良くなる。なにかいまいち意味不明な言葉だったけれども? 月光の元ある地での言い回しなのだろう。
「それじゃ、えと、んと、ソファやベッドみまつ? 枕もぜーんぶフカフカでつよ」
「ベッドもフカフカ? そうね、買うわ! いえ、見せて貰えるかしら?」
見せて貰うと言いながら買う気満々の我が娘に苦笑してしまう。まったく駆け引きできない娘ねぇ。将来が不安になるわ。
「ねぇ、アイちゃん? 私たちはきっと良いお友だちになれるわ? そう思わないかしら?」
ビアーラのにこやかな笑みでの問いかけに、アイはコクコクと勢いよく首を縦に振る。
「お友だち! フローラしゃんとビアーラしゃんとお友だち〜」
……アイちゃんも駆け引きが無理そうね。まだまだ幼女だし仕方ないでしょうね。でも、ギュンターさん、私はこのチャンスを逃さないわ。
「どうかしら、うちの領地には色々と面白いところがあるのよ。妖精樹から古代の植物園とか言う建物。滝とかもあって、面白いわよ。冬が終わったら見に来ない?」
そして、うちとの縁を強くしてほしい。好奇心もあるが、やっぱり金のある贅沢な日々を過ごしたいのだ。もしものことを考えると、アイちゃんに優しくしておいた方が良い。
そしてギュンターさんがアイちゃんの横にいれば、警戒して断って来たのだろうが、残念ながら幼女だけが私の話し相手だ。
好奇心旺盛の幼女なら断わりはすまい。
「いきまつ! あたちが遊びに行っても良いでつか?」
コテンと首を傾げて尋ねてくる幼女に
「もちろんよ、歓迎するわ。うちは小さい裏山があるんだけど、そこの渓谷で採れる魚が美味しいの」
「絶対に行きまつ! 美味しい魚しゃん! ギュンター、すぐに旅装を整えてください」
クルリと振り返り、後ろに佇むギュンターさんへと、張り切って声をかける、が……。
「かしこまりました、姫。それでは準備をさせます」
ギュンターさんはアイちゃんの言葉に頷く。え? 頷くの? 反対しないの?
「あの、今は危険よ? 雪の中には危険な魔物がいっぱいいるし、旅をするには命がいくらあっても足りないわよ?」
「大丈夫でつよ! ギュンターお爺さんは強いんでつ! あたちは安全に旅をできまつ。わ〜い、楽しみでつ」
ポンポンとソファの上で飛び跳ねるアイちゃんを見て、幼女を甘く見ていたことを悟る。幼女はいつも思い立ったら即行動なのだ。
お守り役が暴走を止めなくてはいけないのに、ギュンターさんは忠誠心溢れる騎士なのだろう。反論する用意はない。
「お母様、私は明日王城に行きます。お母様も旅装の準備をしておいてくださいね」
口元を引き攣らせながら、フローラが怒っている様子を見せる。どうするんだと、目つきがビアーラを責めていた。
私もまさか冬に動くとは思わなかった。
責任を持って、領地に戻り歓迎の準備をしないと……。大変なことになりそう。……楽しいことになりそうだが……。
策士策に溺れるとはこのことだろうと、嘆息をしてしまう貴族夫人であった。
なので、やったね、チャンスが転がり落ちてきたよと、ほくそ笑む黒幕幼女の姿には気づかなかった。
残念なことに。