96話 貴族少女を歓迎しちゃう黒幕幼女
フローラ・ドッチナーは、一応雪かきされている平民地区を馬車に乗って移動していた。ガタゴトと揺れる中で、窓の外を見ながら、意外な光景にまばたきをパチパチとする。
「王都は寒さに凍えて、皆は家の中に閉じ籠っていないんですね。うちの領都の者は、皆揃って家に閉じ籠っていますのに。それに煙突からは黒い煙も出ていませんし」
外では平民たちがワイワイと騒がしく声を掛け合い雪かきをしたり、子供らは雪玉を作って投げあって遊んだりしていた。
「フローラちゃん。あ、違ったわね。お嬢様、それは王都では格安で乾いた薪が売られているからですわ。南部地域から大量に乾いた薪を仕入れた商会がいるのよ。領都は乾いた薪が確保できなくて、生木を燃やしているから酷い状況というわけね?」
対面に座る召使いの女性が説明をしてくれる。なるほど、乾いた薪なら、真っ黒な煙はでないわね。
「でもよく乾いた薪を用意できましたわね? 領都ではいつもの冬だと思って、薪屋はいつもの量しか用意していませんでしたのに」
「ふふふ、王都でもそれは同じ。薪なんか扱ったことのない商会が取り扱い始めたのよ。ついでに月光炭も売り始めて、今や平民地区では誰もが知る有名な商会になったわね」
「それが月光商会という訳ですか。貴族街では騒ぎになっていないのですか?」
それだけ平民地区で有名ならば、貴族街でも有名になっているのではと、首を傾げて質問すると召使いは肩をすくめて、嘆息してみせる。
「取り扱ってるのが薪ということから、まったくと言って良いほど話にのぼらないわ。所詮は薪を多く確保できただけの目端が利く平民と言ったところかしら。綿布が少しずつ話にのぼるけども、月光商会の名前は不思議なほどに広まっていないわ。最近はフロンテ商会の名前が噂になっているわね」
「はぁ……そうなんですか? それじゃ月光商会にとっては残念なことですわね」
貴族に名前を覚えられなければ、大きな商いはできない。名前を広めるお手伝いをしてあげようかしら。
「月光商会の名前を広めるのは止めておいた方が良いわね。恐らくはわざと広めていないのよ。きっと名前が貴族たちに広まった頃には……面白い状況になっているはずよ」
「そうなんですか? それならお礼をするだけにしておきますわ」
「ふふっ、月光との縁作りに期待するわよ、お嬢様」
そう言って、召使いは妖しく微笑むのであった。
アイはソワソワとお部屋を彷徨いていた。幼女はソワソワと落ち着きなく彷徨いて呟く。
「初めて、お友だちをお家にお誘いしちゃいました。楽しみでつ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて、あたちは楽しみにしているの、と無邪気な微笑みを浮かべながら呟くように話す。
「無邪気な幼女のセリフだけど、腹黒そうな笑みがセリフを裏切ってるんだぜ。幼女で本当に良かったな社長。他の人には楽しみにしている幼女スマイルにしか見えないから」
どうやら、妖精には幼女スマイルは効かない模様。やるなマコト。
「マーダー神殿を見つけても、あたちは幼女から転職しません。幼女サイコー」
「怖い響きの神殿だぜ。なんだよマーダーって」
おっと失敗と、チロリと小さく舌を出すアイ。後ろで可愛いよアイたん、とか、だんちょーの新しい表情をアルバムにペタリとか興奮気味に呟く変態狐人たちが視界に入るが、きっと気のせいか幻覚にしておく。
フローラは貴族。貴族街には侯爵家の娘といえど、通行証がないと見知らぬ他人を入れることができなかったので、家に戻ってきたのだ。当主ならその場で通行証を発行できるらしいけど。
ちなみに通行証を発行できるのは子爵以上らしい。泣けるぜハウゼン。
なのであるが、それの方が都合が良い。マイホームで歓迎高位貴族様である。壁に垂れ布で歓迎フローラしゃんとも、幼い文字で書いてあったり。
トントンとノックがされて、入って良いよ〜と答えると、ドアを開けてマーサがララと一緒に入ってきて、待っていた報告を告げてくる。
「アイ様、フローラ様がいらっしゃいました。他に召使い一人、騎士六人の方々も連れてきております」
「わかりまちた! 通してあげてください」
きゃー、お友だちが来た〜と、喜び笑顔で了承する。マーサはわかりましたと去っていく。が、ララは戻らなかった。
「うん? どーしたんでつか、ララ?」
「えっとね……。訪問して来た人たちを見たんだけどね……」
テテテとアイに近寄り耳元でゴニョゴニョと教えてくれる内容に、ほほーっと口元に薄っすらと皮肉そうな笑みを浮かべ……幼女なので、可愛らしい笑みを浮かべる。皮肉そうな笑みは幼女には難しい。
「ララを雇って良かったでつ。なるほど、なるほど。面白いでつ」
ムフフと口に手をあてて考える。さすがは高位貴族、手に持つカードには色々とふぁんたじーな内容がありそうだね。
フローラは随分と綺麗な建物なのねと、見たことがない格好をしている召使いの案内を受けながら、アイのいる応接室へと向かっていた。
「召使いは皆その恰好なの?」
出迎えに来て頭を下げてきた召使いたちは皆同じ格好であったのだ。気になることは尋ねる。好奇心いっぱいの13歳。フローラは躊躇わずに聞くと、召使いはコクリと頷く。所作が綺麗なので、良く教育された召使いだとわかる。
そこからアイの立場も推測できるというものだ。
「はい。アイ様は女性の召使いをメイドと呼ばれておられます。これはメイド服という物だそうです。メイド全員に支給されております」
「そうなの。……よく考えられているのね」
そのメリットに気づく。うちの召使いは皆それぞれバラバラの服装だ。そのため、誰が召使いか、訪問客かわからない時がある。だが、このようなメイド服を着ていれば、すぐに召使いだとわかるし、上等そうな綿布というもので作られた新品の服はその家の財力も示している。
まさか、どこかの勇者が熱弁して、メイド服が導入されたとは思わないだろう。たしかにメイドって、そんなんだなと、幼女もなにも考えずに導入したのだが。
ちらりとうちの召使いへと視線を向けると、驚いている様子はない。知っていたのだろう。うちでも取り入れられないかしら?
「綿布は未だに貴族街では希少ですから」
「そういえば、そんなことを言ってましたわね。でも、召使いの服なんだから、執事に平民地区へと買いに行かせれば良いと思うわ。ねぇ、メイドの服装は皆同じなのよね?」
自分の召使いの言葉を受けて、メイドへと尋ねるとコクリと頷く。
「最近は他の商会も真似し始めてきて売れてきましたので、少しばかり在庫にも余裕があると思います」
ほら、と得意げに召使いを見ると、なるほどと感心していた。
「そういえば月光は同じ規格の服を大量に売るのが得意分野でした。服は商人を訪問させて買うものと思ってたから、盲点だったわ。それならわざわざ商人と会う煩わしさも無いし、導入できるわね」
「帰ったらお父様に提案するわ。それにしても寒くないの?」
うちの召使いは半纏を着込んでいたのに。それには苦笑で返されたので寒いらしい。私たちを歓迎するのに無理をしているのね。
新しいことがこの屋敷にはたくさんありそうねと、好奇心で目を輝かせながら、応接室前へと辿り着く。
「アイ様、フローラ様がおいでになりました」
「と~してください!」
舌足らずの可愛らしい声が中から返ってくるので、メイドはそっと扉を開けてくれる。中へと入ると
「ご訪問ありがとーございまつ! いぇーい! 歓迎しま~つ」
キャッキャッと踊りながら幼女はなにかを取り出した。頭を下げて〜と、うるうるおめめでお願いしてくるので、下げてあげると、やけにデカイ美しい花でできた首飾りをかけられた。なにかしら、これ?
「ハイビスカスの首飾りでつ! 歓迎しま~つ!」
歓迎と言ったらこれでしょうと、アホな考えをする幼女であった。迂闊にもテンションを高くしたので、女神の加護が力を発揮したのだ。もはや呪いであるかもしれない。
貴女もどうぞと、召使いにも花の首飾りをかけていた。続く護衛騎士には無いみたい。
身体をくねくねと揺らして、嬉しさいっぱいの笑顔で歓迎をしてくれる幼女の姿にクスリと笑ってしまう。癒やされるわ、なんて可愛らしいのかしら。
応接室は長椅子と白い布がかけられたテーブル、暖炉は多くの薪を燃やしており、そこまで広くない部屋は暖かい。壁際に老齢の騎士が護衛役だろう、佇んでいた。
手を引っ張っられて、どーぞと長椅子に座る。と、身体が沈み込む程の柔らかさの長椅子に驚く。なにこれ?
「ソファという物でつ。まだ少数しか出回って無いみたいでつね」
うふふと微笑む幼女。そういえば長椅子がうちのと全然作りが違うわ。なにこれ凄い。うちも欲しい。
「お嬢様、やはりこれも平民地区から広がっております。貴族街に広がらないのは、上等な物をまだ作れないかららしいですよ」
ソファの後ろに立つ召使いが教えてくれる。私たちの会話をニコニコと笑顔で見ながら、幼女は話を続ける。
「これは試作品で、最高級ソファとなりまつね。柔らかいでしょ? さぁ、召使いの格好をしている人もどうぞお座りください。どーぞどーぞ」
なんでもないように言ってくるその内容に、ギクリと身体を強張らせてしまう。そっと、アイを見るがニコニコ笑顔は変わらずに、護衛の老騎士も動く様子はない。
「まほーでピカピカ輝いていまつよ。ピカピカ〜って」
無邪気な様子で、両手を掲げて言ってくるアイ。いつの間にセンスマジックを使われたのだろうか? そんな様子はまったく見えなかったのに。
魔法で姿を変装させて、相手の家に訪れるのは暗殺など良からぬことを考えていると捉えられてもおかしくない。だから、止めようって言ったのに。
後ろに佇む召使いを睨むと、ため息を吐いて召使いは手を一振りした。ふわりと青い輝きが身体を覆い、その光が消えると先程までの平凡な装いとは別の美しい女性が立っていた。
「気づかれちゃうかもと思ってたの。庭で雪の中を元気に走り回るウォードウルフも私を睨んでいたし」
クスッと微笑み、ソファへと座る。その悪びれる様子もなく、堂々とした態度にある意味感心してしまう。これが厳しい貴族の家ならば斬って捨てられてもおかしくないのに、余裕の態度である。
「こんにちは、お嬢さん。私の名前はビアーラ・ドッチナーよ。今回の訪問に無理を言ってついてきてしまったの。許してくれるかしら?」
小首を傾げて、少し俯きに謝罪をする女性にアイはニコニコ笑顔を崩さない。
「たくさんお友だちが来てくれるのは嬉しいでつ! でも次は変装しないでくださいね。んで……フローラしゃんのおねーさんでつか?」
「違うわ。ビアーラは私のお母様よ。これでも30……なんでもないわ」
お母様が凄みを見せて睨んできたので、黙り込む。女性にとって、年齢はタブーなのであるからして。
「お母様! うわー、若いでつね。魔力が高いのでつね」
しゅごーい、とパチパチ拍手もしてくるアイのその可愛さに癒やされるが、そこまで驚いていないみたい。普通は驚くのに。高位貴族でも、ここまで見た目が若い人は少ないのに。慣れている様子ね。
「歓迎しまつよ、ビアーラしゃん、フローラしゃん。お話しましょーね。たっくさーん」
無邪気に楽しそうに言う幼女。一瞬、その目つきが歳に似合わぬ鋭さを見せて、フローラはゾクリとするが、見直すと可愛らしい微笑みだったので、気のせいねと笑顔で頷くのであった。
「私もお話したいわ。妖精の隠れ道からいらした女の子と」
お母様の思わぬ次の一言で、身体が固まってしまったが。