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黒幕幼女の異世界ゲーム  作者: バッド
9章 計略コマンドも試すんだぜ
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95話 母親と貴族少女

 馬車に揺られ5日間。危険な魔獣も現れたが、なんとか無事にフローラは久しぶりの王都自宅に帰り、出迎えに来た召使いたちを見て、鼻白んでいた。


「なにかしらその服は?」


 なぜかはわからないが、我が家の装いに合わないと感じたので、そのまま口にする。


 なにしろ執事も他の召使いもモコモコしていたからだ。毛皮を着込んでいるわけではない。もっと柔らかななにかの服だ。


「お帰りなさいませ、お嬢様。これは平民地区で大流行中の半纏というものです。毛皮よりも暖かくこの冬では最高の服ですね」


 周りの召使いたちもウンウンと頷いている。新しい服? 彼らは子爵や男爵家から奉公に来た三男とか四女だ。そこまで、余裕のある給金ではないと思うのだけど。


「奥様はお部屋でお待ちです、お嬢様」


「え、えぇ……わかったわ。半纏ね、あとで見せなさい」


 半纏をどうやって買ったかは気になるが、あとで聞けば良いだろうと足を進める。


 大きな屋敷が仇となり、かなり屋敷内は寒いようで、執事の吐く息が白いし、召使いたちも寒そうに半纏に手を入れている。蒼の羽衣の力の一つ。魔法の力による寒暖耐性がなければ私も寒さに凍えていたに違いない。


 お母様の部屋の前で手櫛を入れて、コホンと一つ咳をする。それを合図とみなして、執事が部屋内に声をかける。


「奥様、フローラ様がお戻りになりました」


「入って良いわ。寒いから入ったらすぐに扉を閉めるのよ」


 ……なんというか、貴族らしさの欠片もないセリフね。それだけこの冬が寒いということなのだろう。


「お母様。おひさしぶ、……りです」


 部屋の様子に口元を引き攣らせつつ、なんとかカーテシーをする。


「久しぶりね、フローラ。今年の冬は物凄い寒いわね。何をしに王都に戻ってきたの? 冬の夜会に出席したいから……ではなさそうね」


「もちろん厄介事ですわ。そうでないと私が冬の王都に近寄るわけがありません」


「そうよね。あ~寒い寒い」


 いつも退屈そうにしているお母様。退屈すぎて、お母様が輿入りする時に持ってきた幻惑の指輪を使い、自分の身体を変装により別人へと変えて、平民地区に出入りしていることを私は知っている。私の物好きな性格はお母様譲りなのである。


 そして指輪の力を使い、結構な情報通としても有名だ。そんなお母様だが、なにか変だ。主にその姿格好。それになぜ部屋の真ん中で蹲ってるのかしら?


「あぁ、これ? これは七輪という小型の暖炉ね。炭という物を入れて燃やすの。結構暖かいし、鉄網の上でなにかを焼くのも良いわ」


 お母様の言葉によくよく見ると、なにかツボのような物が置いてあった。真っ赤に燃える薪が暖かそうな赤い光を放っていた。鉄網の上には燻製肉が置いてあり、ジリジリと焼かれて良い匂いをさせている。


「お母様まで半纏を着ているなんて、本当に流行ってるのですね。それとちゃんとした薪を入れたらどうですか? もうその薪は真っ黒じゃないですか」


 お母様が半纏を着込んで蹲っていると、極めて貧相にも見えるが、まぁお母様だしと諦めて長椅子に座り忠告したら、ふふっとお母様は笑った。なにか変なことを言ったかしら?


「これは月光炭という特別な薪なの。一見燃え尽きたように見えるけど、普通の薪とは違い、火を入れれば薪よりもずっと長く使えるのよ。そういう加工をしているらしいわね」


「あら、そうでしたの? たしかに真っ赤になっているから変だとは思いましたけれど」


「それはどうでも良いわよ。で、貴女はなにしに王都に来たのかしら? くだらない用事なら、そのまま冬の間は夜会に出席させるわよ」


 話の軌道を戻したお母様へと、表情を真剣に変えて、王都に来た理由を話す。少しばかり厄介事なのだ。


「妖精樹に荒ぶる精霊が現れたのです。上位精霊だけあって、お父様は安全をとることにしました。妖精樹は王の持ち物であるのですし助けを求めるようにと、私を遣わせたんですわ。管理はうちですが」


 妖精樹。強力な魔力の籠もる樹だ。その周辺にはマノクト草からタノクト草と言った錬金術に必要な強力な素材が生える。錬金術の大家であるうちの領地にあるが、その希少さと有益さから、王の物とされていた。


 形式上なだけだが。ドッチナー侯爵家が私的に使っても文句は言われない。ただ一つを除いて。


「あぁ、あと一ヶ月ほどで妖精花が咲くものね。陛下も嫌とは言わないでしょう」


 お母様が納得したように頷く。妖精花とは一年に一回。冬の闇夜の日に妖精樹に咲く幻の花である。


 その花の効果は若返り……と巷では噂されているが、実際は健康体にする効果を持つ。健康体にするだけであるが、毒を消し病を癒やし、日頃の疲れを癒やす効果なので、白髪がなくなり、顔の皺が少なくなる。見た目がわかりやすく変わるので若返りの秘薬と言われている。


 実際に王は激務である。知らない間に遅効性の毒を飲んでいるかもしれない。内臓に見えない病を持っているかもしれない。毎回、魔法使いを呼んで、回復魔法を使わせるわけにもいかないのだ。体面というものが王には必要なのだ。頻繁に回復魔法を受けていたら、病弱なのかと疑われて治世に難ありと呼ばれるかもしれない。なので、そんなことはできない。だが、妖精花を食べればすべては解決する、それだけ王にとっては必須なアイテムなのであった。


「先触れは出しました。きっとすぐにお会いになってくれるはずですわ」


「そうね。騒乱の渦中にいる王子たちにも会えるかも」


「勢力争いも内乱になれば、呆れるしかありませんわ。どちらが優位なのです?」


 今、王国は揺れている。第一王子支持の魔法の大家ムスペル公爵家と第二王子支持の剣の大家ブレド公爵家が騎士団を巻き込んで争っている。国力を下げるだけの愚かしい行為だ。


 しかし、お母様は意外なる答えを返してきた。どちらが優位という答えではなく。


「王家ね」


「王家?」


 あっさりと答えるその様子に戸惑う。なぜ王家なのかしら?


「王家ともうひとつ……。王家は王子同士一見王位争いで仲が悪そうに見えるけど、実際は仲が良いわ。この事態を利用して昨今凋落の一方の王家の勢力を取り戻しつつある」


 あら、燻製肉が焼けたわと、お母様はアチアチと手に持って冷ましながらとんでもないことを言った。


 え? これって王家の陰謀なの? ……聞きたくなかったわ、これから王城に行くのに。それにもうひとつって?


「もうひとつとは我が家のことですか、お母様?」


「う〜ん……。まだまだ力がなく、時勢にうまく乗っているだけだけど……この勢力が謎めいていて一番危険かもしれないわね。いまいちどのぐらいの勢力かわからないし」


 どこの家のことだろう? お母様は時勢を読むのがとても上手い。尊敬するべきひとつだ。常にどこの家が栄えるか、なにが危険かを読み取り、家を守ってきた。


 お母様の話の流れから、どうやら我が家のことではないらしい。フラガン家だろうか? 今ならば中立派が一番力を残せると思うのだけども。


 中立を保つのが一番良いでしょうと、お母様はブレド派に入ろうとしていたお父様を止めたのだが、今の情勢を見ると正しい選択肢であったのだろう。なにしろ王族の陰謀とくれば、ムスペル家もブレド家もただでは済まないはず。


「この内乱は様々な勢力の介入があってのことだけども……ディーアは統一戦争のためだから、今は関係ないし。つまみ食いするようにジワジワと、か。ほら、あげるわ」


 ポイと私に燻製肉を放ってきたので受け取る。アチアチ。あら、これ美味しいわ。


 はしたないけど、焼き立てなのでその場で食べる。どうせお母様と召使いしかいないし構わないわよね。


「それ美味しいでしょう? いったいどうやって作ったのかしらね」


 ふふっと、なぜか自分でも読み取れない不思議な表情でお母様は微笑む。


 たしかに塩漬けにしては肉が柔らかくて、それに辛い? 良い匂いもするし。


「最近はこんな燻製肉が売っているのですね。美味しいですわ」


「売ってなんかいないわよ。ちょっとした伝手を使ったの。で、王城に行くのは早くて明日になるのだから、今日はもう休みかしら? それなら夜会に行く?」


 パンパンと手をはたいて、う〜んと伸びをしながらお母様が聞いてくるが、まだ休む予定はない。ちょっとした楽しみがこれからあるのだから。


「実は王都に到着する少し前に厄介な魔物に纏わりつかれていたのをある方に助けて頂けたのです。貴族門は通行証がなかったので、その方たちを通すことができなくて。これからその方の屋敷にお礼に向かいます。他国の貴族にはなにが良い贈り物かしら?」


「他国の貴族? 貴女、そんな方に助けられたの? まったく仕方のない娘ねぇ。どこの国の方?」


「それが教えてくれないのです。ふふっ、自分は平民だと言い張る可愛らしい幼女ですわ。ただお供の方は凄腕ですし、純粋共通言語を流暢に扱うので、他国の貴族に間違いないですわ」


 私の言葉にお母様はピタリと動きを止めた。その目を一瞬鋭く変えて、私を見てくる。


「平民と名乗る幼女……? ふ〜ん、もしかしてそこは元スラム街の屋敷の主かしら?」


「え? えぇ、そうですわ。よく知っていますね。もしかして有名な方でした? そうなると家名を名乗らなくても、相手を知っていないとおかしかったかしら。恥ずかしいわ」


 お母様まで知っている方なら、名乗らなくても知っていないと恥ずかしい。でも、相手も私を知らなかったみたいだし、おあいこよね。


 それにあの幼女がそんなことを気にする風にも見えないわ。


「月光商会のアイね。今年急速に頭角を見せてきた商会よ。当初は草鞋、家具を扱い、木工職人を抱え込み、最近では見たことのない品である綿布にゴム……。布問屋を脅かす。そしてこの冬は予想外の積雪と寒さで早々に尽きてしまった薪を南部地域から大量に仕入れてきて、炭というのも行き渡らせてるの」


「へ〜。そうなんですか。大規模な商会なんですね。本当に平民だったのかしら?」


 それじゃアイは大店の娘だったのかしら……。う〜ん、そう言われればそうかも……。でも違和感がある。あの魔法とそば付きの者たちの強さは平民にはあり得ない。


「もちろん平民ではあり得ないわよ。月光商会曰く。偶然に知り合った妖精を介して、妖精の国マグ・メルから新商品を次々と仕入れていると噂を流しているけど、明らかに多くの騎士を抱え込んでいることから貴族以外にあり得ない……。いえ、もしかしたら……」


 クスクスと笑うお母様。まだ30代ということもあるが、優れた身体能力のおかげで、年若く10代でも通じそうな笑いは可愛らしい。


「そんな珍しい方でしたのね。それじゃこれからお会いするのに、ますますお礼の品を選ぶのに迷ってしまうわ」


「そうね……。私が思うに相手が一番欲しい物は貴族門の通行証よ。きっと貴族にも知り合いを増やしたい筈。木っ端貴族ではなくてね」


「貴族門の通行証? ……それはお父様の許可を頂かないと無理ですわ」


 商会を貴族街に入れるには、面倒な手続きが必要だ。通行証を発行した家が、通行証を使う者が問題を起こしたときに責任をある程度とらないといけないので。


 私の一存では通行証は無理だと諦めようとすると、お母様は妖しく微笑み、パンと両手を合わせる。


「良いわ。私が用意してあげる。その代わりにね……」


 お母様の提案は思いもよらない内容であったが、私は了承した。それにしても他国の貴族に通行証を気軽に渡しても良いのだろうか?


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― 新着の感想 ―
[一言] >ポイと私に燻製肉を放ってきたので受け取る 貴族のフィジカルのヤバさを感じますね( ゜Д゜)
[一言] お母様ヒロイン力高そうですね。お宅のお母さんを僕に下さい!
[気になる点] お母さんの伝手 知り合いが月光に雇われていて、おすそわけして貰ってるのか自分で変装して突撃してるのか・・・ [一言] 月光が貴族門の通行証を欲しがってるという予想、某くたびれたおっさん…
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