94話 貴族少女と再会する黒幕幼女
雪原を無理矢理走っている馬車。馬がブルドーザーか除雪車かよというほどパワフルでありすぎる。なにしろ一メートルを超える積雪の中を雪を掻き分けて走っているのだから。
本当に異世界の馬はパワフルだなぁと感心しちゃう幼女である。というか魔物だと思う今日この頃。
だって牙を生やした馬なんていないと思うんだ。幼女の雪玉でもくらえぃっ。
「てい」
ちっこい雪玉をふんわり山なりに放り投げて、ペしりとお馬さんに当てる。もちろんお馬さんは当てられたことに気づかずに走っていた。
「はいはい。戦いを挑んだって言いたいんだろ? あれはファングホース。魔物でも幻獣よりだな。そのため繁殖は普通に哺乳類の繁殖方法。子馬の頃から調教してある馬だ。ここらへん、ゲームっぽいぜ」
フヨフヨと横を飛びながらマコトは教えてくれる。というか、マコトのすばやさはどれくらいなんだろ? どんな速さでもついてくるな?
「あ、ステータスは平均20、力がとても高いんだぜ。特性は悪路走破だな。ちなみに馬車は悪路走破に対応していないと思うんだぜ。なにしろ荒っぽすぎる動きだから、耐えられる身体を持たないと乗れない。きっと乗ってるやつは平民じゃないな」
さすがはマコト。俺の聞きたいことが良くわかってる。乗ってるやつは貴族だろう。高位貴族とか、余裕があるからふぁんたじーな品物とか文化を大量に持っているのかも。
そしてマコトの言うとおり、馬車は暴れ馬のように揺れている。よく乗ってるやつ平気だな。
「あんまり期待はしないでおきましょー。まずは主人公っぽく助けまつか」
浮遊を使い、ケンケンパーと空を駆けていた幼女は馬車の後ろを観察する。後ろにはぴちぴちとイルカが……いや、シャチか? シャチ、いやいやあれは鮫だろ、鮫。
「キラリン、ファイアアロー」
手に炎の矢を生み出し、雪の中を進む鮫へと撃ち放つ。鮫のヒレにペしりと当たり、燃えあがるがすぐに雪の中に潜り消されてしまう。と、思ったら牙だらけの大口を開けて飛び出してきた。
「まんま映画の鮫の化物と一緒でつね」
「ゲームだと、雷を纏ったりハンターの船を破壊してたから、あれよりはマシだと思うんだぜ」
「鮫が主人公のゲームにはビックリしまちた。と、こちらに向かってきまちたよ」
炎を当てられて怒りを覚えたのか、脅威と思ったのか鮫はこちらへと向かってくる。
「なんか遅いでつね。時速60キロありまつ?」
「やつはスノーシャーク。雪降る中の死神だな。雪の中じゃあの速さで十分なんだぜ。普通の生き物は雪に足をとられちゃうだろ? 平均ステータス48、特性雪中遊泳、雪中再生だな。すばやさが少し低いんだぜ。ヒットポイントが500近いからタフネスが売りだな。ちなみに賞金首じゃないんだぜ」
「納得の性能でつね。戦車で倒したいモンスターでつが、雪中再生は雪の中にいる限り再生できると。騎士たちが護衛にいるのに倒せない理由がわかりまちた」
仲間は合流していない。少し慎重にしすぎた予感。バイク乗りは目立つと思うので。あと、尻尾を何本も生やす侍少女も。でも問題ないんだけどね。
「特技 真理より優れしものはなし! フリーズスタチュー!」
封印系氷魔法を解き放つ。敵の抵抗をゼロにして、あっという間に雪の中を泳いでいたスノーシャークを凍らせて、ゴロンと氷像にして転がせちゃう。
雪のモンスターを空飛ぶ幼女が凍らせる。そんな魔法幼女が目立っていることには自覚がない模様。
まぁ、急遽人助けをする時は後先考えないことが多いおっさんが中にいるので仕方ない。地球でも人助けをするために、何台か車を駄目にしたり、商品を配っちゃったりする経験があるのだから。
金儲けが上手いおっさんなので、金に困ることがなかったのも反省しない理由の一つだったりする。車が駄目になったら買い直せば良いだろう、商品はまた仕入れれば良いよと笑っていたので。
スノーシャークは凍り漬けになったが、カタカタと身体を震わす。最初の封印抵抗がゼロになっても、一定間隔でゲームで言えば抵抗ロールを振れるのだ。即ちダメージによる死亡をスノーシャークがしていないということがわかる。
「特性になくても、ふつーに氷結耐性を持ってるからな。封印中の継続ダメージが入らないどころか、封印時のダメージを抜かせば雪中にいると判断されて再生までしてるぜ」
「あたちの最高魔法がこれだから仕方ないでつ。それに時間が稼げればそれで良いでつので」
冷静に封印されたスノーシャークを見ながら腕組みをする。本来ならなにか強そうなキャラのシーンのはずだが、空に浮かぶ小柄な幼女が余裕を見せる姿はまったく凄みがなく、ごっこ遊びをしているみたいで愛らしかった。
「サンダーブレード!」
そんな余裕な怪しいキャラを演じていて、俺ってかっこいいとか思う幼女をおいて、空から雷の剣が封印されたスノーシャークに落ちる。
眩い雷光が周囲を照らし、光が消える頃には帯電してスパークが残る焼け焦げたスノーシャークの死体が残っていた。
「アイたん、大丈夫〜?」
とんとんと空中を蹴りながらランカが心配げに走ってきていた。どうやら強敵との戦いを幼女が始めたことに気づいて、走ってきたらしい。どうやって気づいたのかは考えないようにしておこう。
「大丈夫でつが、少し目立っちゃいまちたね」
「そうだな。強力な魔法を使う空飛ぶ幼女と狐人。少し目立っちゃったぜ」
「皮肉はいらないでつ」
マコトの呆れた声に、仕方ないでしょと返す。ガイとリンは隠れて待機と通信をして、雪の上にゆっくりと降りると、ランカに抱きしめられた。
「もぉ、強敵相手には呼んでよね。なんのために僕たちがいると思ってるのかな?」
「ごめんごめん。目立たないように助けようと思って」
「それ、やれやれ系主人公がやるやつだから。ちょっとムッとするんだけど。目立つ気満々だよねって」
頬を膨らませたランカにまで怒られちゃう幼女である。結果を見るとたしかにそのとおりだな。反省。
「もちもちほっぺの刑〜。うにょ〜ん」
「やめるでつ。こら、やめなさい」
ランカがアイのほっぺを引っ張り、アイが防ごうとする、傍目から見たら二人のたんなるじゃれ合いに、警戒をしながら近づいてきた騎士たちが安心したような表情となる。
馬を降りて、丁寧な物腰で頭を騎士が下げてきた。
「助けて頂き感謝致す。いずれの貴族の方かお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」
強力無比な魔法を使う二人を見て、貴族だと確信した態度でのセリフに、それではいつもの返答をと、ニコニコ幼女スマイルで答えようとして
「その幼女は自称平民のアイよ。家名を聞いても内緒にされちゃうわ」
どこかで聞いたような年若い女性の声が馬車から響いてきた。そのまま馬車の扉が開き、水色の不思議な光沢のワンピースを着ている少女が飛び降りてくる。
「フローラ様、冬の雪原は危険です! 馬車へとお戻りを」
「大丈夫よ。この蒼の羽衣が守ってくれるから」
ひらりんとスカート部分をたなびかせて、クルリと回転する少女。水色の髪とのワンピースのコントラストが似合っている。そんな可愛らしくもやんちゃそうな顔つきの少女は見覚えがあった。
「お久しぶりでつ、フローラしゃん。夏以来でつね」
「お久しぶり。貴女も元気そうでなにより。空中遊泳なんて洒落たことをするのね」
ふふっと笑うその少女の名前はフローラ・ドッチナー。タイタン王国の高位貴族。ドッチナー侯爵家の娘であった。
馬車へと戻り、ガタガタと揺れる中でアイはフローラと再会の言葉を交わしていた。ちなみにスノーシャークを倒したから、普通の速さに戻っている。戻っているが、ガタガタ揺れるのでお尻が痛い幼女はランカの膝の上に乗っていたりする。
モニター越しに抗議の声がどこからか聞こえてくるがスルーして、フローラへとペコリと頭を下げる。
「奇遇でつね、フローラしゃん。お元気でちたか? その服はまほーの服?」
挨拶の次に疑問を口にしちゃう幼女である。なにせ魔法の効果があるっぽいのだ。ガタガタと揺れてお尻が浮き上がり、椅子に落ちる瞬間に、ワンピースから水の膜が生まれてお尻を覆い、衝撃を緩和しているのだからして。
なにげに魔法の効果がこれだけはっきりと見える装備は初めて見る。吸魔の杖とか、霧氷刀はいまいち地味だしな。霧氷刀はそうでもないか。
「ふふ、せっかちさんね。良いわ、教えてあげる。これは蒼の羽衣。私の戦闘装備よ。自動で敵の攻撃を緩和するの。弱い攻撃なら完全に防げるわよ」
「どこで買ったんでつか? あたちも欲しいでつ!」
金貨10万枚までなら出すよ。それ以上なら、ローンで良いかな?
期待に目を輝かせて、フンフンと鼻息荒く尋ねる幼女に、フローラは苦笑で返す。
「無理よ。これは魔法付与の大家、フラガン侯爵家に頼んで8年かかって作ってもらったのよ。サイズ調整の魔法がなければ、この服のサイズに身体を合わせないといけなかったわ」
「8年でつか……。フラガン侯爵家って凄いんでつね。一応聞きまつが、予約が8年前に必要というのではなく、作成に8年必要なんでつよね?」
予約がいっぱいで8年前に発注しなければならないとかなら、一筋の光明が見えるのだ。
「そうよ。かかりっきりでの作成ではないかもしれないけど」
がっかりしながら、アイは諦めた。気が長すぎる年月だろ。さすがは貴族だ。そんなに待っていられない。
フラガン侯爵家、魔物に襲われたりしないかなぁ。アラクネモドキに偶然殺されたりして。
クククと悪落ちしちゃいそうな幼女に、善かもしれない妖精が忠告してくる。
「諦めるんだぜ。どうせドロップしないだろうし」
「まぁ、そうでつよね。悪逆非道な貴族なら良いんでつが。あと、心を読みまちたね?」
「そこは高位貴族だからな。一人ぐらいはいるかもだぜ。それと悪そうなわかりやすい表情をしていたんだぜ」
なるほど、そのとおりだ。高位貴族ならたくさん悪人がいそうだ。ちゃらら〜ん、必殺幼女人が金貨一枚で悪徳貴族を倒しちゃうぜ。
とはいえ、まずはフローラのことだ。
「フローラしゃんはなんでこんな危険な雪降る中で旅をしてきたんでつか? 自分の領地から来たんでつよね」
戦闘装備だし、馬車も厳ついし。こんな危険な季節になんで? イベントだよね? イベントだよな。イベントに決まってる。
期待に胸を膨らます幼女である。だって、なにかしら緊急性のある用事がないとこんな魔物がうようよいる雪の中で旅をしてこないと思うんだ。
「有名だから教えても良いけど、私の家が管理している伝説の樹、妖精樹に荒ぶる精霊が現れたの。しかも上位精霊だから、多数の下位精霊を呼び出してね。その退治をお願いに王城へ行くという訳」
パチリとウインクをして、フローラが教えてくれる。もしかしてこの娘はイベントキャラなのかしらん。以前は死の都市について教えたくれたし。ふぁんたじーなストーリー展開はこの娘がメインなのかも。
「フローラしゃん! 親友になりましょー」
他のイベントはふぁんたじーより世紀末救世主伝説っぼいんだよ。もはやこの娘が頼りだぜ。
損得勘定で即行親友を作ろうとする幼女だった。両手を掲げて身を乗り出して、ふんふんとフローラに纏わりつく。おっさんなら通報間違いなしの事案であろう。
「あらあら。気に入られちゃったわね。ふふふ」
微笑みながら無邪気な幼女をあやしてくれるフローラに、どうやって介入しようかなと、腹黒い計算をする黒幕幼女であった。
ちなみにスノーシャークは元々ドロップしない魔物だった。
「嘘だぜ」
ちなみにスノーシャークは元々ドロップしない魔物だった。